第19話 初対面♡お義父様 ~やり手社長って地味か胡散臭いの二極化が激しい~
とある土曜日の朝七時。
野乃花とナイト先輩が桜ヶ丘駅前を歩いていた。
「いったいどうしたことか? デートなのか?」と思った諸君、ご安心いただきたい。
二駅隣の「桔梗台」で開催されるライブに急遽飛び入り参加できることになったため、二人で移動していたのである。甘い雰囲気など一切ない。
(でも休みの日に一緒に出かけるなんて、デートっぽいよね! 私服の先輩、めっちゃ尊い……!)
最近暑くなってきたので、ナイト先輩は白い無地のTシャツとチノパンを着ていた。なんとも地味な服装だが、サッパリとした着こなしが、逆にオシャレ上級者っぽく見えた。
何より野乃花の目には美形補正のフィルターがかかっているので、先輩が何をしていても後光が差しているように麗しく見えた。
「今日は本当にラッキーだよ。まさかトップバッターがキャンセルになるなんてな!☆」
前日の夜九時に公式から、トップバッターの出場辞退が公表された。
野乃花は詳しい事情を知らないが、急にナイト先輩から夜に電話がかかってきて「明日出かけないか?」と誘われた。デートだと期待して即OKしたら、朝九時からの出演が決まっていたというザマである。
もちろん表には出していないが、野乃花のテンションはだだ下がりだ。
「でもまあ、持ち時間は十分あるし、前回と同じようにできたらいいから。リラックスしていけよ☆」
「は、はぁい♡ 頑張りますぅ……」
普通は持ち時間やライブ会場によって、曲の順番などを変更する。だが「ののりん」は持ち歌が少ないから、変更のしようもない。前回のライブを再演すればいいだけなので、労力的には楽だった。
(あーあ。こんな天気がいい日にライブなんて嫌だけど、ナイト先輩と隣町までデートに行ったと思おう!)
野乃花はこうしてテンションを保っていた。くどいようだが、こうやって何度も自分に言い聞かせないと、野乃花は外面を保てられないほどに落胆していたのだ。
「そういや新しいグッズ作ったんだけど、どっちがいい? コーラルピンクとショッキングピンクから選べるんだけど☆」
ナイト先輩が鞄からタブレットを取り出した。そしてアッと叫んだ。
「これオトンのじゃん!☆」
よく見ると、タブレットの背面に「武人」と記名されている。先輩のタブレットは無記名だから、明らかに別人のものだ。
「マズイな。あっちに曲とか入ってんだよ☆」
「えぇ! じゃあライブできないじゃないですかぁ♡」
(よっしゃああ、デートイベントに変更!)
するとナイト先輩はスマホを取り出し、どこかに電話し始めた。
「あ、オトン? おはよう☆……今その話はいいから。うん。うん。でさ、俺のタブレット持ってない? ……あ、やっぱり? わかった、今から取りに行くわ☆……ああ、はいはい。一分で着くからよろしく。うん、あそこで待ってるから☆」
そういって、ナイト先輩は通話を切った。
「悪い。ちょっと寄り道していいか?☆」
「いいですけどぉ、時間は大丈夫ですかぁ?♡」
「大丈夫大丈夫。すぐ終わるから☆」
(ちっ)
残念ながらデートイベントは発生しなかった。
さて桜ヶ丘駅前には、大通りが真っ直ぐ走っている。二人はその大通りを直進。途中で先輩が右折し、とあるビルに入った。
それは「桜ヶ丘のヒルズ」と呼ばれている、街一番の高級オフィスビルだった。
「せ、先輩、勝手に入っていいんですかぁ?♡」
休日早朝のため、広大で豪奢なエントランスは閑散としている。自分たちの声がよく響き、その声でこちらを見た守衛の視線が痛かった。
「大丈夫、大丈夫☆」
ナイト先輩はエントランスの高そうなソファーにどっかり座ってくつろぎ始めた。
野乃花も隣に座る。よほどいいソファーを使っているのか、座面が深く沈み込んで、身体をゆったりと包み込んでくる。立ちたくないほど心地よいのに、心はちっとも安らげなかった。
そうこうしていると、ポーンと音がする。エレベーターが開いて、四十代のイケオジが小走りでやってきた。手にはタブレットを持っている。
「やあやあ、ごめん。面倒かけたな★」
「いや、すぐそこだったから☆」
二人はタブレットを交換した。
先輩はすぐに中身を確認して、音声データがあることを確かめた。
「よし、これで完璧!☆」
「すっかりデキる男の顔だな★」
「自分を褒めたいだけだろ、くそオトン☆」
ナイト先輩が、肘で父親を小突いた。二人は楽しそうに笑っている。
「ところで、彼女さん?★」
ナイト先輩の父親が、野乃花を見た。「彼女」と呼ばれたことで野乃花は一気に赤面した。自分のなかでは「そう」だと確信していたが、まだ他人から言われ慣れていないのだ。(それが乙女心というものだから、仕方ないのである)
野乃花はヘドバン並みの勢いで、深くお辞儀した。
「はははははじめまして!♡」
「はは、元気がいい子だな★」
「オトン、野乃花は俺の金の卵だよ。俺と一緒にビッグドリームを目指してるんだ☆」
「ああ、そういうこと。野乃花ちゃんだっけ? うちの息子をよろしくね★」
「はは、はいぃ!♡」
野乃花はまたもヘドバン並みに、深くお辞儀した。
「はは、面白い子★」
そう言って笑った父親は、ナイト先輩と雰囲気が似ていた。
(先輩もあと二十年くらいしたら、こんな感じに笑うのかしら?)
二十年後の未来を想像し、野乃花は人知れず蕩けていた。
× × ×
タブレットを受け取ると、野乃花たちはすぐさま駅に向かった。
乗車したことでひと心地ついたのか、ナイト先輩は父親のことを語り出した。
「オカンがいうには、若い時のオトンは顔しか取り柄がないらしくてさ。惚れた弱みでオカンも覚悟したそうだけど、あまりにも遊んでばっかりだから、一生ヒモになるのは大目に見てたんだって☆
でもさ、俺が生まれる前くらいに何かがきっかけで大喧嘩してさ。あわや離婚って時に、オトンが家出したんだって☆ 数年したら、どの面下げてかふらっと戻ってきたさ。しかも、なんか大発明したって言うんだよ。
その頃はオカンもまだべた惚れでさ。普通にヨリ戻して、安心して二人目を作ったんだって。でも妹が生まれた頃に、またオトンが家出してさ。またふらっと戻るだろうって思ってたけど、今度はテレビでオトンの所在を知ったんだって☆
なんか当時の『日本を代表する実業家百選』にいきなりオトンの名前が出てきてさ。それからだよ、オトンのサクセスストーリーが始まったのは☆ 起業して数年で、あんな大きなビルまで建てちゃって。本当に夢があるよな☆
まあオカンからの信頼はゼロで、今もほぼ別居婚だけど、息子ながらに『スゲーな』ってオトンを尊敬してるんだよね☆ だから俺もさ、オトンみたいに身一つでビッグドリームを掴みたいわけよ。
だからこうやって協力してくれる野乃花には、マジ感謝してる。ありがとうな☆」
「いえぇ♡ 私は大したことしてませんよぉ。先輩が頑張ってホームページを作ったり、宣伝してくれてるおかげじゃないですかぁ♡」
「まあ、俺も俺なりにかなり頑張ってるけどさ、結構オトンの人脈とか借りてるんだよね。でも起業してすぐって、そんなもんだと思うんだよね。借りられる力は借りちゃう的な? 他人のふんどしは借りておけ的な? なんかわかんないけど、そういうこと☆ だから野乃花の力も借りると思うけど、よろしくな☆」
「もちろんですよぉ! 私たち、ビジネスパートナーですからぁ♡」
そういって、野乃花はビッグスマイルを見せた。
この時の野乃花は喜んでいた。家庭の踏み込んだ事情をナイト先輩から聞かせてもらえて、信頼されたようで嬉しかったのだ。
(先輩のためにも、頑張らなきゃ!)
さっきまでの憂鬱さはどこへやら、今の野乃花にはやる気が漲っていた。
そのおかげか、桔梗台ライブは大成功。新規ファンを獲得し、SNSのフォロワーも増えた。チェキ券もそれなりに売れて、野乃花には交通費と缶ジュース代くらいの金額が支払われた。
初めて収支がプラスとなったので、野乃花もようやく手ごたえを感じた。まあ可愛さで言うと、自分がダントツ一位だと思っていたが。
(魔法少女は面倒だけど、今のままがベストかも。先輩との距離が近くなれるし)
こんなことを考えていた矢先に、あの男が動き出した。そう、宗介が巻き起こす一騒動に乞うご期待!