第九話
湖畔に向かって走っていると馬車道から逸れた草原上に魔物らしきシルエットを捉えた。ああいった魔物は普段から草原の茂みに潜んで街道を通る一般人を襲っているらしい。
「ティアさん、ああいう魔物は討伐してもいいですか?」
「そうですね、あのようなゴブリンの群れは時に市民の脅威となります。余裕があれば討伐してもいいかと思います」
すまんが俺の召喚獣の礎になってもらおう。バンダルの捕獲固定を一時的に解除し肩から降りる。今回はバンダルに成長してほしいと考えているためフーリィと俺は少し離れる。
「バンダル、できるだけあのゴブリン達を倒せるか?」
何も声は発さないが力強く頷くバンダルには確固たる意志を感じる。指示を出さなくても自ら走り出す。大きな体格には似合わない速度に目を見張る。
ドゴッ、バキッ、ボカッ
「ギィイイイ」
バンダルの拳がゴブリンの頭蓋を砕いていく。圧倒的な攻撃力ではないがその質量も加えた殴打はゴブリンにダメージを与えるのには十分なようだ。ちなみに今戦闘前にバンダルの経験値を確認したところ0/30に戻っていた。どうやら死亡すると経験値はリセットされると思われる。レベルまで下がるかはまだ分からないが。
「ゴブリンは決して強い魔物ではないですが、レンタさんの召喚獣はお強いですね」
茂みに隠れていたゴブリン6匹ほどはあっという間にバンダルに倒されたのだった。
◇
討伐証明部位としてゴブリンの右耳を裂き、素材袋に入れた。他は特に使用できるものはないようなので腐って悪臭被害を出さないようにフーリィに燃やしてもらう。魔導薬師ギルドは討伐系はメインにしていないが、魔物の討伐も評価項目の一つして加味してくれるようだ。
そんなこんなで魔物を倒しているとバンダルの経験値が30/30まで貯まった。
【バンダルのレベルが上がりました】
名前『バンダル』
種族『土人形』
召喚者『レンタ』
レベル『2(0/35)』
スキル『捕獲固定』
HP『50/50』《10上昇》
MP『10/10』《5上昇》
攻撃力『35』《10上昇》
防御力『45』《15上昇》
バンダルの防御力の伸びはすごいかもしれない。MPが少ないからスキルの乱れ打ちは出来なさそうだが、タンク役としてはもってこいのように思える。
「もうそろそろ着きますよー」
ティアとともに湖畔へ向かって2時間弱、木々の間に湖が見えてきた。
「ここの湖は魔素を微量に含んでいるため、通常の湖よりも周りに特殊な薬草や調合素材が自生しやすいんです」
さあ簡易素材辞典を見ながら採集しましょう、と微笑みながらティアは言う。確かに言う通りいろいろな植物が生えていた。湖畔のそばの木々をかき分けて歩いてみると青いチューリップのような花を咲かせた草がいくつか生えていた。
「お、運がいいですね。これはレカル草と言って治癒薬の原料となる草ですよ」
素材採集部門としては最も基本的な素材のようだ。しかし、生える場所は定期的に変わるようで見つからない時は何回来ても見つからず、季節によっては全く生えない時期があるので値段がかなり高騰する時もあるそう。
そんな流れで湖畔近くの森を歩き回っていると青い花が綺麗に咲き誇っている場所を見つけた。レカル草の群生地に感動していると後ろから大きな音が聞こえる。
「グワアアア」
前頭部から立派な一角を生やした大柄な熊がこちらに向かってくる。
「トレスホーンベア!?なぜこんなところに!?」
ティアが驚きの声を上げた。すかさずバンダルに指示し突進を防ぐ。2mほど後ろまで押されるがなんとか抑えた。フーリィも援護をしようと飛び出し、鋭利な牙で一角熊に噛み付き、脇腹を噛みちぎる。【火纏い〈強化(小)〉】にて再度攻撃を試み、毛で覆われた体躯は噛み跡から燃え広がっていく。
「風を纏いし精霊達よ、その御力を我に与えよ【ウインドアロー】」
ティアの放った風の矢はトレスホーンベアの右前足に当たり血飛沫を上げ更に援護をする。怯んだところを見逃さず、バンダルは顔面を殴りつけ一角熊は吹き飛んだ。すかさず一気に距離を詰め、相手の首の骨を折るように締め殺す。
最後はバンダルの華麗な格闘技であった。
◇
「それにしてもこんなところにトレスホーンベアが出るとは思いませんでした」
戦闘後の汗を拭い、ティアはしみじみと言った。ティアの話によるとトレスホーンベアはB級魔物であり、北東の魔物の森の中深部あたりからは見られることはあるが、初心者魔導士も来るようなこの湖畔に出現したことは無いとのこと。
そしてこの魔物の厄介なところは、と言葉に出す頃には同種の熊二頭に囲まれていたのであった。
「そう、この魔物は三体で行動を共にするという習性があるのです。これは不味いですね、撤退も考慮した方が良さそうです」
冷静を装いつつティアが周りを警戒している。B級魔導士のティアもさすがに二体の相手は厳しいようだ。
「そろそろ俺の出番かな」
まだ何もしていなかった俺は意気揚々と前に乗り出す。
「やめなさい!死にたいのですか!」
警められるが無視し片方の熊に向かっていく。これを試そうと思っていたんだ、そう言いながら魔法を放つ。
「【クリアウォール】」
トレスホーンベアの周り五面に透明の壁を出現させる。動きを制限されていることにまだ気づいていないようだ。異変に気付いたもう一体がこちらに向かって突進してくる。特に避けもせずに真っ向から受け止め、角をへし折ると痛みからか唸りをあげた。
「【威圧】」
キングオーガから得たスキルを初使用。魔物は急に恐怖で縮まった。世の中の音が止まったかと錯覚するほどに恐怖で動けなくなる魔物達。そこに腕力強化したパンチを繰り出す。一体の顔面は弾け飛んだ。
踵を返しもう一体の方へ歩み出す。一角熊は恐怖で逃げようとするも透明の壁に阻まれて動くことができない。
「この魔法って使い方次第な気がするんだよね」
そう言ってクリアウォールの対面の壁の距離を狭めていく。先程バンダルが戦っている間に試してみたら効果範囲内では動かすことができた。その挟撃によりギチギチと音を出しながらトレスホーンベアが圧迫されることで言葉にならない唸り声をあげている。
そして最後に、熊は真っ赤な板となった。
◇
彼女は驚愕していた、この男の苛烈さに。
彼女は畏怖していた、この男の残虐さに。
彼女は歓喜していた、この男の将来性に。
ティアにはなんとも表現し難い複雑な感情が渦巻き、表情は硬く強ばった微笑みになっていた。
「ふう、なんとか終わりましたねー」
明るい表情で何事もなかったかのように話しかけてくるこの男がどんなポテンシャルを秘めているのか彼女には到底わかるはずもない。
「この魔物の討伐証明部位はどこですか?一体はもう回収不可能になってしまいましたが」
ティアは気持ちを切り替え、いつも通り快活に答える。
「トレスホーンベアの討伐証明部位はこの角です。一体は潰して血だらけにはなっていますが、角は大丈夫そうですので回収しましょう。肉はかなりの美味でして、高値で取引されているので持ち帰ることができれば良いお小遣いになりますよ」
あと、一応言っておきますが、とティアは念を押しながら話を続ける。
「この一角熊はB級の魔物になります。本来であればG級の、しかも魔導士が圧倒できるような相手ではないのです。素材採集部門としての魔物迎撃能力に関しては一切問題はありませんが、上司への特別な報告の必要性がありますので呼び出しがあると思います」
何か説教をされているような気持ちになりながらティアの小言に返事をするレンタなのであった。
読んでいただきありがとうございます。