僕は役立タズ
使えない勇者。
屋上からの身投げ。
辛うじて意識が残る程度。
それが今の僕の状態。
これなら死ねる。
これで死ねる。
誰からも認識されない。
悲しみの中の将来。
心を許せる相手もいない。
希望は持てない。
周りは信じられない。
――――――僕、は・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・ま、だ・・・・い・・・し、きが、あ、る・・・・・・・・。
な、んで?
『どうか!』
なに、か・・・き、こえる・・・・・・・。
『早く治癒魔法を!!絶対に死なせてはいけない!!』
死なせて「くれ!」
少年の絶叫。その一言だけは普段の少年を知っているならばありえないほどの声量。
だが、残念なことに少年の周りは勘違いしたらしく懸命に少年を治療していった。
それが例え、少年が望まないにしても。
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少年の意識は覚醒する。
・・・あれ、僕は一体・・・・・・?
少年は眼を開けると、近くで何かガラスを落とす音が聞こえる。
「あ、あ、あああああ」
女のような声が聞こえ、大きな音を立てながら走っていく音が聞こえた。
な、何なんだ・・・?
少年は戸惑いながらも周りを見渡す。
しかし、周りは真っ暗で何も見えなかった。
・・・何だ?今は夜なのか・・・。
夜なのになぜ、自分の近くで女の声がしたのかは分からないが少年は何も気にすることなく、もう一度眠ることにした。
朝になった。鳥の鳴き声ともに目を覚まし、周りを見渡す。しかし、やはり残念なことに真っ暗で何も見えなかった。
「起きられましたか?」
近くで、昨日聞いたものと同じ声がする。それは、自分を助けてしまったあの時の声と同じだった。
”・・・何で、助けたんですか?こんな、トロいだけの僕なんかを・・・”
「そうですね。理由を言うなら貴方が私たちの国の勇者だからですよ」
少年は耳を疑う。これ以上、僕をからかって楽しいのかと。
「いいえ、ちっとも楽しくはありません。というよりも残念でならないのです。何故、貴方のような人に私たちは救いを求めてしまったのかと」
”・・・それは、試すまでも無く僕が頼りない様に見えるからですか?”
「もちろんそれもあります。私たちにとって勇者とは危機的絶望に助けてくれる神に等しい存在。それなのに貴方は何だ」
声の端々に怒りが感じられる。
「そんなボロボロの身体に血まみれの服。身体は使い物にならず、眼を開いているのにどこも見ていない。その眼、何も見えてはいないのでしょう?」
”・・・え?”
少年は驚いた。今は夜ではないのか?それになんだ身体が使えないって。少年は混乱していた。
「まあ、戸惑うのも無理は無いでしょう。私たちが貴方を召喚したとき貴方は血溜まりの中倒れていました。苦渋の決断とともに決まった勇者召喚なのに、貴方のような人を呼んでしまって非常に残念極まりないし、このような勝手なことをして申し訳ないとも思っている」
”・・・それより、ぼくは今起きていると思うのですが、身体が使えないとはどういうことですか?”
もちろん、少年にとって引っ掛かる言葉はいくつもあった。『勇者』とか『召喚』とかだ。だが、今そんなものはどうでも良かった。今、少年にとって身体は動いている。なのに、使えないといわれているのだ。
「もちろん、そのままの意味ですよ。召喚された時の貴方の状態があまりにも酷かった。治癒魔法を駆使し、ありとあらゆる治療を施したがこれが私たちの国の限界だった。今の貴方の状態を話そう。眼は見えず、身体は動かない。現に、今貴方はベッドの上から全く動いていない」
”そうですか・・・・・・”
少年とて、全てを信じたわけではない。しかし、眼が見えないことは真実で身体が動かないのも真実だった。動かそうとしても全く動かないのが拍車をかけてしまっていた。
しかし、聞いて理解はできても納得はいかなかった。現に少年にとっては身体を動かしているような感覚はあるのだ。
”・・・それで、僕はこれからどうなるんですか?”
「どう、とは?」
”勇者として全く役に立たない僕はこれからどうなるんですか?殺しますか?”
部屋の中に暫く静寂が流れ、少年は理解した。ああ、殺してくれるのだと。
そして、少年は1つの思いが頭に浮かぶ。
―ああ、この人たちなら、自分を認識してくれるだろう―、と。
少年の願いは他者による自己の認識。それならば、例え記録に残らずとも、既にこの国にとって不出来な無能の勇者の烙印を押されている自分は、それはさぞかし記憶に残りやすいだろうと考えたのだ。故に、
”・・・いいですよ、こんな状態の僕が役に立つとは思えません。早く殺して次の勇者に期待して下さい。僕のことは運が無かったと思って諦めて下さい”
少年は傍から見れば投げやりのような言葉を投げつける。
「いいえ、そうはいきません」
しかし、それは何故か否定された。
「この世界にとって勇者は言ってみれば異物。そんな異物にこの世界の常識に囚われている私たちは干渉できないのです」
少年には声の言っている意味が分からなかった。
”・・・それは、どういうことですか?”
「私たちに勇者を殺すことはできず、勇者は自分から死ぬこともできない。そして貴方を召喚した理由ですが、今この世界では『魔王』の危機に晒されています。そんな状況を打破するのが『勇者』なのです。そして、勇者はこの世界に光をもたらし、魔王はこの世界に闇を堕とします。勇者を殺せるのは魔王だけ。魔王を殺せるのは勇者だけなのです」
・・・・・・・・・・・やはり意味が分からなかった。少年とてその手のゲームはやったことはある。しかし、勇者にしか魔王を殺せないってのは聞いたことが無かった。
「試してみますか?」
―何を?と聞こうとした時、僅かな衝撃と共に少年は胸の辺りが熱くなりジンジンと痛み出した。身体からは生温い水のようなものも出ている。
胸を触ると、ナニかが生えているのが分かった。感触からして鉄製のナニか。恐らくナイフなのだろうと、推測し少年の意識は遠のいた。
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声の持ち主、カールは非常に残念な気持ちだった。
カールたちが召喚した少年は、召喚の儀の中央台座に血塗れで寝転がり、今にも死に絶えそうだったのだ。勇者が死なない存在とはいえ、これでは使い物にならない。死なないだけで傷が完治するというわけではないのだ。
(何故、私たちがこのような者に救いを求めなければならない)
カールは見下ろす。今しがた胸を刺突した少年のことを。カール自身少年には何一つとして嘘はついていない。どんな人間だろうと勇者と魔王は殺せない。それがこの世界に根付いている基本だからだ。実際、勇者が何度も蘇生したのを見たものは大勢いるし、その逆、魔王が蘇生したのは見たものすらいるのだ。
使えない勇者。いっそ、魔王の元に行き殺してもらいたいが、その魔王の所在が分からない。そして、ここからが厄介なのだ。召喚した勇者は殺しても殺しても一度召喚された国に舞い戻ってくるのだ。
どれだけ離れていようと、魔王に殺されない限り勇者はこの国について回る。カールはそれが残念でならなかった。
しかし、折角召喚したのだ。何らかの形で役立ってもらわないと困るのも事実。
勇者は世界にとって光と繁栄と利益をもたらす。
光と繁栄をもたらさないならば、せめて利益ぐらいはもたらして欲しいと願うカールだった。
それすらも無いのならば、無いならないで絞って絞って絞りつくして使い倒せばいい。
勇者は異能の存在。この何の役に立たない少年でさえ、何かしらの役に立つ道は残っているはずなのだ。
―それを見つけ出さねば!―
カールは手をグッと握ると退室した。
何かありましたら、お願い致します。