02
セザムに馬車が到着し、次々に人々が降りていく。
リラも、人々に倣い馬車を降りる。
「さて、皆さん。宿はご用意してありますので、こちらをお使いください。ルゲアームへの出発は三日後の早朝になりますので、それまではどうぞご自由にお過ごしを」
馬車の御者が、右手をかざしながらそう案内をする。
御者が案内した宿屋は、車輪亭と書かれた大きな宿屋。
(車輪亭……。この馬車、車輪ギルドの馬車だったのね)
リラは宿屋を見ながら納得する。
車輪ギルド。連合国唯一の旅客商業組合。
旅をする人のためのギルドだったわけだが、その交通網から現在では、荷物の輸送、宿屋の経営等も手広く扱っている大手ギルドだ。
それにしても、とリラは眉を顰める。
「三日? 三日もここで過ごすの?」
「観光用馬車だから仕方ないだろ。急いでんなら、直行の馬車か貨物用馬車に乗らねぇと」
リラの呟きに答える声。
先程の、茶髪の男だ。
「でも、あんた急ぎじゃないだろ? 馬車の行き先も知らずに乗ってたくらいだから、用事があるわけでもなさそうだし」
男の詮索ともとれる言葉に、リラは警戒する。
しかし、それと同時にそれ以外の考えもあった。
「確かに、用事はないですけど」
ちらりと、男を盗み見る。
そして、馬車の中での男との会話を思い出す。
―――――――……。
「……セザムは、小さな田舎町だ」
頬を赤く染めた男は、誤魔化すように視線を逸らす。
「ただ、伝統工芸が有名で、こういう観光馬車だとよく通るんだ。今、王都で流行ってるガラス細工もそこで作られてる」
「ガラス細工?」
「知らねぇの? カットガラスのアクセサリー。若い女の子たちは随分ご執心みたいだけど」
リラは首を傾げだけで、答えなかった。実家にいたときにガラス細工を手にする機会などなかった。アクセサリーなら手にするのは本物の宝石のみ。当然だ。リラの家は貴族の中でも上流階級であり、そのご令嬢がガラス細工なの身に着けることがあるわけがなかった。
しかし、そんな理由もいえないので、ただ誤魔化すだけだった。
男もそれ以上追及はしなかった。
「あとは、そうだな。怪盗の町だな」
「……かい、とう?」
リラは怪訝な顔をする。
男は愉快そうに笑った。リラの表情が期待通りだったのだろう。
「そう、怪盗。怪盗ゲッカってきいたことあるだろ? あいつが最初に出たのが、ここだ」
「聞いたことはありますけど、怪盗の町って」
被害にあったのに怪盗の町、と呼ばれるのはおかしいだろうと、リラが言うと男は、更に上機嫌に笑うのだ。
その言葉を待っていたかのように。
「行けばわかるさ」
―――――――……。
「それにしても、怪盗の町、の意味がわかりました」
まず町に入ったときに、怪盗ゲッカとおぼしき、銅像に迎えられ、正直驚いた。
それから、怪盗ゲッカの博物館、やら、土産屋やら。ゲッカ関連の建物の多いこと。
「怪盗ゲッカは義賊だからな。他で盗みをするうちに市井からは人気が出て、それに便乗して商売してる、ってわけだ」
リラはたいした商売魂だ、と感心する。したたかというか、転んでもただでは起きないらしい。
そして、その商売は成功しているらしく、観光客らしい人々の多さ。随分と人の出入りも多いだろう。
(これだけ人の出入りが多いと、治安も良くなさそう。それに、家からこの町は近すぎる)
実家のある町からセザムまで半日ほどで着いてしまった。距離としては近すぎる。もしも、顔見知りにでも見つかろうものなら、今回の家出計画は早々に終わってしまう。
考え込み、黙りこんでしまったリラを男は不思議そうに見つめる。
「どうした?」
(せめて、誰かの協力があれば多少は状況が変わるかも)
リラは何を言うわけでもなく、男の顔をじっと見つめ返す。そんなリラの視線に耐え切れなくなった男は、気まずげに赤くなった頬を指でかく。
「何だよ」
「いいえ。そういえば、お名前を伺ってなかったな、と思って」
リラはスカートの裾を掴むと、軽く会釈をする。
「私は、リラと申します。お名前を伺っても宜しいですか?」
礼にのっとり先に名乗ったが、ファミリーネームは避けた。さすがに、家の事までは知られたくない。
「あ? ああ。俺はローウェン」
丁寧にお辞儀までされて、ローウェンは怯んだ。その辺にいるような娘たちなら、こんなお辞儀はしない。
(これは、間違いないか。普通の家の娘じゃねぇな)
言葉遣いや、服装、持ち物。そして、日に焼けていない白い肌に、あかぎれもない綺麗な手。どこぞの良家の子女だろうとは思っていたが、確信する。
そして、深入りするのは得策ではないとも判断した。
供も付けずに一人でいるところをみると、おそらく、家出娘か何かだろう。一緒にいるところを彼女の家の人間に見つかれば要らぬ疑いをかけられかねない。下手をすれば、無実の罪を被せられるかもしれない。
(すげぇ美人だし、勿体ねぇけど)
正直先程から、リラの笑顔にときめいて仕方がない。眼福過ぎるとは思う。しかし、関わるにはリスクがあまりにも大きすぎた。
「ローウェンさんと、お呼びしても?」
(……その呼ばれ方はなんか良い)
お嬢様に、さん付けで呼ばれるというのは中々に気分が良かった。初々しい感じがするというか、リラの綺麗な声に、柔らかな話し方。
(って、なんか良いじゃねぇよ、俺! しっかりしろ)
ローウェンは顔がにやけそうになるのを、ぐっと堪える。
「呼びやすいようでいい」
ふいっと他所を向き、ローウェンは必死に平常心を保とうとする。
(ダメだ。喜ぶな、俺。距離を置くんだ。関わるべきじゃない)
自分に言い聞かせるように、頭の中でダメだダメだと繰り返す。
そんな彼の葛藤などお構いなしに、リラは質問を続ける。
「ローウェンさんは、ご職業は何をされてるんですか?」
ダメだとはわかっていても、彼の性格上聞かれているのに無下にはできない。
「まぁ、一応傭兵かな。それじゃあ、俺ちょっと荷物片してくるから」
答えるだけ、答えて、そそくさと逃げようとする。
しかし、そう簡単に事は運ばなかった。
「やっぱり、傭兵さんなんですね」
リラは逃げようとするローウェンの服の裾を掴み引き止める。
ぐっと縮まった二人の距離に、ローウェンはどきりとする。
(うううわわわぁ、良い匂いがする! お嬢様って、匂いまで良い匂いなのか!)
訳のわからない混乱をおこしながら対処できずにいるローウェンへ、更にリラはたたみかける。
「あの、私、この辺りははじめて来てちょっと心細いんです」
そして、本当に頼りなく見えるよう意識し、上目遣いで彼にうったえた。
「お願いします。私に雇われてくれませんか?」
瞳を潤ませ押しの一手。
「ローウェンさんしかいないんです。助けてください」
貴方しかいないの、と念を押し、彼が落ちるのを。
涙で濡れた瞳で、見守った。




