逃避行〈side/ラズ〉
「山沿いに森を低く飛べば、今日中に目的の町まで行けます」
「えっと、それって僕がまたラズに抱きついて飛んで行くってこと?」
「そうです♡」
どこへ向かうにも毎回その方が早いし、ずっとくっついていられるし、名案だよね。考えるだけでドキドキしちゃう。
でも何だかちょっと恥ずかしい。今までは全然平気だったのに。ううん、旦那様に出会ってから、少しずつ平気じゃなくなってるかも。
旦那様と家を出る。束の間の隠れ家から――。
変化の術で人間の女の子に。森を離れて集落の外れ、ボルガさんの元へ。
「おや、おふたりさん。昨晩はゆっくりと眠れましたかい?」
「おはようボルガ。おかげさまでね」
「ありがとうございます。よく眠れました」
雰囲気で察したらしく、ボルガさんは寂しそうな表情で言いました。
「もうお出かけになるので?」
「うん。旅に出ようと思ってね」
「旅ですか……良いですな。ならば道中お気をつけて。またいつでもお立ち寄りくだされ」
特に詮索はしてきません。対応はあっさりして見えますが、旦那様の気持ちを汲み取っているのが感じられます。
「世話になったね。今度来るときはぜひお礼をさせてよ」
「でしたら異国の酒が良いですな。なんでも大陸の北端には珍しい酒があると聞きます」
ボルガさんは、「北に進む方が安全だ」と暗に言っているのだと思います。
「探しに行ってみるよ」
「お願いしますよ、ぼっちゃん」
「うん。……じゃあ、そろそろ行くね」
「いってらっしゃいませ」
大事に思っているからこそ静かに見送ってくれる。ボルガさんは素敵な殿方です。
それで私ったら、つい――。
「ボルガさん、ありがとう♡」
ほっぺにキス。走り寄ってしちゃったから驚かれちゃった。でも、私は旦那様に良くしてくれる人が好き。旦那様のことが好きな人はみんな私の仲間だもん。
走って旦那様の元へ戻る。表情がちょっと固い。もしかしてやきもち妬いてる?
人目につかないように森へ入ってからサキュバスの姿に。旦那様にはお口にキス。そしたら表情がやわらいだ。やっぱり妬いてたのかな。だったらうれしいな。
「旦那様、来てください♡」
腕を広げてお誘いする。頷いて、私を抱きしめる。私も抱きしめ返す。勢いよく翼を広げて、木々の間から空へ。低く、低く、森のすれすれを飛ぶ。
胸の谷間から、照れくさそうにしてる旦那様の顔が見える。伝わってくる体温にほっとする。えっちな気分になりそうなのを我慢するのは大変だけど。
「疲れたら言ってください。休憩しながらでも時間にゆとりはあると思いますから」
「うん、ありがとう」
始まった私たちの逃避行。もうこれって駆け落ちみたいなものじゃない? 楽しすぎてドキドキしちゃって、旦那様に心臓の音がバレちゃいそう。
これだけくっついてるんだから、伝わっちゃってるよね? 顔が熱くなってきてる。体はとっくに熱くなってるけど。
海風が気持ちいい。森の香りも心地いい。何より旦那様といっしょに眺める景色は最高。太陽の光に弱い体質じゃなくて良かったな。
「ラズは疲れない?」
「私は大丈夫です。空を飛ぶ方が楽ですし、よく眠れちゃいましたし」
そうだった。昨日は寝落ちしちゃったんだった。旦那様とあんなにいい雰囲気になって、いろいろ期待してたのに――。私のバカ。
でも、すごく幸せな時間だったな。
向かう先に、岩の連山が見えてきた。海岸線を遮るように海まで延びている。トリノメーアの港町を離れ、内陸部へと森は続く。その森には小さな集落が点々と拓けている。
トリノメーアの街は大きい。ローレル王国で最も広大な面積を持っているって聞いたことがある。山間部を抜けた先に立派な市街地があるらしいけど、たぶんまだ遠い。
しばらく飛んでいると、ひときわ大きい岩山が行く手を阻むように立っていた。
「ねえラズ、あの大きな岩山のどこかでひと休みしない? 景色が良さそうだよ」
「そうですね。見晴らしの良いところを探してみますね」
すごく高い岩山。誰にも見られずにイチャイチャできる場所があるかも。ゆっくり旋回していると、八合目辺りに良さそうな洞穴を見つけた。
昨日の続き、しちゃったり? な~んてね。




