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2-2

広く優美な王宮。敷地に入ってすぐの庭地には大きな噴水がライトアップされており、宮殿の象徴的なシンボルでもあった。その圧巻な景観に相変わらず圧倒される。


「どうした? 入るぞ」


隣でそうこちらを覗く、礼服に身を纏うカイル。いつ見てもこの男は腹が立つほど様になり男前だ。

そして今日ローレンスが身に着けるドレスもまたカイルが用意したものだ。濃紺のドレスは腕と胸元までが見事に編み込まれた総レースとなっている。スカートは足元が広がるマーメイドタイプ。サテンのような光沢のある生地は、光によっては色を若干変え美しく艶めかしい色合いを見せる。それもローレンスに繕うように作られたようなピッタリな一点物。一体いくらの代物だかわからない。

ちなみに以前贈られたあの見事な装飾と宝石がついた馬鹿高そうなドレスだが、事件のせいで血だらけのボロボロにしてしまった。その負い目がある手前今回はもちろん拒否したかったのだが、むしろ断れなくなってしまったている。


「……大丈夫です」


ローレンスはそっと隣のカイルの腕を組み直す。気持ちを整え息を吐く。

そうして皇太子主催の豪華なパーティーへ足を踏み入れたのだが――



「やっぱり以前の夜会も二人で来られてたのって……」


妙に集まる視線とヒソヒソと聞こえる声にローレンスはカイルへ静かに問いかける。


「……どういう事ですかカイル様」


眉目秀麗、精明強幹で人気も高く、数多の女性がアプローチをしてもこれまで全く女性に一切靡かなかったエドワーズ公爵が、伯爵令嬢と運命的に出会い惹かれ、更にカイルがローレンスへ心底惚れている事からドラマチックな恋に落ちたという噂がローレンスが入院している間にあっという間に広まっていた。社交界というのは恐ろしく、格好の話題となる噂は一気に回る。既に手遅れなところまで。


「俺達は愛し合う仲睦まじい姿を見せて振る舞わないとな」


もう空いた口が塞がらず言葉も出ない。開き直りを見せるカイルにいっそ全て投げ出してひと蹴り食らわせたくなるが、恐らくそれも彼には躱されてしまうだろう。


「聞いてないんですが」

「ああ、言ってなかったな」

「相談も何もなかったんですが」

「別に許可も得なかったからな」


静かに頭を抱える。しれっと返ってくる言葉達。この男、ほんとに――


「カイル様……!」

「言いたいことがあればいくらでも聞こう」


宥めるようにローレンスを見る余裕気な顔のカイルだが、ふと視線をずらす。


「――……まあその前に、わざわざこんな会まで開いて招いてくれた元凶に会いに行かないとな」


少々面倒そうにカイルがくい、と顎を向けた先にいたのはこの国の次期王位継承者でもあり、今回のパーティーの主催者である皇太子だった。そんな高貴な相手にもこんな態度で良いものか。言ってやりたいことも大いにあったが、まずは招待してくれた皇太子にやはり顔を見せなくてはならない。というかこの国の皇族、まして将来皇帝となるような方に婚約者だと挨拶しなくてはならないのか。いよいよ後戻りできなくなる。

心配もそのままカイルと共に、挨拶へと向かう。


「スライ、来てやったぞ」

「ああ! 待ってたよ」


カイルの呼びかけに相手はぱっと柔らかな声を上げた。そして彼は目を移すと隣のローレンスへと声をかける。


「君がカイルの婚約者かい? はじめまして」

「帝国の小さな太陽にご挨拶申し上げます。はじめまして、シルヴェスター殿下。ローレンス・アローンと申します」

「そんなに畏まらなくていいよ。楽にして」


見事なカーテシーを見せたローレンスはその顔を上げる。美しく輝くブロンドの髪に、色素の薄いブルーグレイの瞳。酷く整った容姿に細身に見えるも立ち居姿は王族らしい堂々たるものだった。そしてそのオーラはキラキラと眩しい。


「退院後すぐに悪かったね。ローレンス嬢」

「いえ、お会い出来て光栄でございます」


気品のある柔らかな笑みを見せる皇太子に流石だなと王家の品格を感じた。


「カイルが選んだ女性なんだ。僕もとても気になってね。こちらこそ会えて嬉しいよ」


にこりと微笑む姿に、周りの令嬢達も思わず息を吐いたのがわかる。それほどまでに尊いと思うような笑みだった。思わずローレンスもほうと一瞬見惚れた。


「俺の婚約者を誘惑しないでくれるか」


その時さっとローレンスを隠すように、カイルがジト目で皇太子を睨む。


「ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだ。でも本当に綺麗な素敵な女性だね。カイルのその様子が理解できるよ。珍しいものが見れた」

「俺達も暇じゃないんだ。このためだけに夜会を開いて招待するな」

「とか言って早くみんなにお披露目したかったくせに」

「うるさい」


気安く話す二人に、ローレンスはその姿を眺める。

皇太子とカイルは仲がいい。エドワーズ公爵家が遠い王家の親戚でもある事から幼い頃から親交があり、互いの一番のよき理解者でもある親友だった。

こうして見ると、皇太子もこの国の名のある公爵であるカイルも一人のただの男性に見える。本当に仲が良いのだなとローレンスは思った。


「ローレンス、挨拶は済んだから行くぞ」

「ですが――」

「こんなのと構っている暇があれば永遠とダンスでも踊ってた方がましだ」


酷い言い様。皇太子相手に流石に不敬ではないのかと思うも、相手は存外気にしていないようにあっけらかんと笑う。


「つれないなぁ」

「顔は見せた。もう十分だろ」


不機嫌を浮かべるカイルに、皇太子はローレンスへ向き直る。そして優しく柔らかな笑みを向けた。


「では、ローレンス嬢。またお会いしましょう」

「次は式以降にな」


決まってもいない結婚式まで会わせるつもりはないのか。挨拶を交わす隙も与えずカイルはローレンスを連れて去っていく。彼女は目のあった皇太子に振り返って会釈だけしてその場を後にした。



「――いいんですか? 皇太子相手にあんな態度」

「放っておけ、気にするな。あいつは俺の反応を面白がっているだけだ」


皇太子と別れ、会場を回り腕を組んで隣を歩きながら、見上げた横顔の彼はフンと息を吐く。


「ろくに話しませんでしたが……」

「顔見せただけで十分だ。義理は果たしただろう」


そういうものなのだろうか。それにしても皇太子はだいぶ物腰柔らかな方だった。綺麗で甘い顔立ちはその女性人気も伺える。そして人民をまとめ上げるカリスマ性と指導力もあるものだから、国民からの支持も高いのだろう。彼女は感心した。

さて、とカイルはローレンスへ向き直る。


「ここからは、参加者たちへ俺達の仲睦まじい姿を見せる時間()だ」

「……それ、本当に必要ですか?」


というか何でこんなに乗り気なんだこの男。恐らく彼女へのやっかみによる手出しをさせないようにとカイルが流した噂なのだろう。彼なりの配慮だともわかっていた。しかしそんな事しなくてもローレンスは別になんてことない。令嬢たちにいびられたって面倒ではあるがそこまで気にしない。

ジト目で顔をしかめるローレンスに彼はさして気にする事もなく口元に笑みを浮かべながらさらりと答える。


「君が思うよりも存外、俺は君を気に入っている」


その言葉に、ローレンスは止まる。


「……私には、貴方が私を気に入る理由(わけ)がわかりません」


小さく息を吐いたローレンスが返す。第一初めてまともに話したのはあの連続殺人鬼の事件のあった夜だ。あんなボロボロの姿を見て気に入ったなんて到底理解できない。

その時ホールに演奏が響き始めた。皇室抱えの演奏家たちの美しい演奏の音色だ。

ダンスをと、差し出された手を握る。


「愛している、と言っても信じなさそうだな」

「当然」


ローレンスはしらっと答える。あり得ない。これに尽きる。


「楽しみだな」


クッと笑ったカイルがそう呟いた。意味を測りかねて怪訝な顔で眉を顰め彼を見るも、そのこちらを見つめる存外温かな瞳にローレンスは言葉は出なかった。

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