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チャプター16

〜竜の紅玉亭 朝〜


「な、何さ」

「うん、少し訊きたいことが出てきたんだけどさ……」

 少しだけ身を引きながら、フォルクローレの言葉を待つ。一体何が気になるというのか。少しだけ、胸の奥で鼓動が早くなるのを感じた。

 大丈夫だ、やましいことは何もない。何を訊かれても動揺する必要なんかないはずだ。それなのに、ドキドキが止まらない。

「この寝間着、誰が着替えさせてくれたの?」

「なんだ、そんなことか〜。そんなの、私が着替えさせたに決まってるじゃん。あれでしょ? あの二人に手伝ってもらったとでも思ったの?」

 確かに、自分でも意識を失っている間とはいえ着替えに男性が関わっていると思うと、それは嫌だ。フォルクローレが気にするのも十分に理解出来る。そこはちゃんと安心させてあげられるし、質問内容がこのことで、こちらも安心した。

 だが、フォルクローレの目が座っているのに気付いた。なんだろう、望んでいた回答とは違うのだろうか。

「ん、どうしたの? ここに運び込まれてからは、あの二人には指一本触れさせてないよ?」

「そうじゃなくてさ。エルちゃんのことは信じてるから、エルちゃんが着替えさせてくれたことはもちろん予想通りだったよ。けどさ、体もエルちゃんが綺麗にしてくれたんでしょ? てことは……」

 ごくり、とエルリッヒの喉が鳴る。

「てことは?」

「見たんでしょ。あたしの体」

 そんなことは当たり前だ。今更なぜわざわざ質問するのか。しかし、表情は真剣そのものだし、語調は突き刺すようだ。もしかして、フォルクローレの体にも、重大な秘密があるというのか。そう考えると、またしてもドキドキしてくる。少なくとも、着替えさせて体を拭った時には、何かしらの秘密のようなものは見つけられなかった。

「見た、ていうか、見ないと着替えさせられないし、綺麗にできないじゃん」

「うん、そうだよね。そうなんだよね。あー、見られた〜!!」

 大げさに顔を手に当てて悔しがっている。まさか、これが本題ということなのだろうか。全く、考え過ぎていた自分が馬鹿馬鹿しくなるほどだった。

「フォルちゃんや、女の子同士なんだからいいじゃん。それに、こないだ泉であれだけ開けっぴろげだったのを、私は忘れちゃいないぞ? 何を気にするのさ」

「そりゃ気にするよー。だって、こっちは意識を失ってて何にもわからないんだよ? 知らない間にっていうのが大きいんだよ。あと、女の子同士だからって平気っていうの、エルちゃんだからこそ理解してくれると思ったのに。それこそ泉でもあんなに恥ずかしそうにしてたじゃん」

 それとこれとは違う、ということをどうしたら理解してもらえるだろうか。あんな緊急時なのだから、同性ならいいじゃないか。

 つい、腕を組んで悩んでしまった。

「それはな〜、別だと思うんだけどな〜。緊急事態だったし、当たり前だけど何にもしてないし、私にやましいところはないよ?」

 本当に、こんな時に何を気にしているというのか。女の子の間で済んで良かった、それでいいではないか。

「はい、この話はこれでおしまい! 私はフォルちゃんを着替えさせたし体も綺麗にしたけど、それだけ」

「見られたのは引っかかるけど、仕方ないか」

 いつまでもぶつくさ言っていたが、これ以上取り合っても意味がない。無理矢理話を終わらせることにして正解だったようだ。まあ、確かに知らない間に着替えさせられたり全身をタオルで拭かれたりしたらと思うと、落ち着かなくなる気持ちもわからないではない。どれだけ相手が何もしていなかったとしても。それに、その時自分の体を見てどう思うかも、気になってしまう。むしろ話を終わらせたことで、フォルクローレが何を気にしているのかがわかったような気がした。もちろん、これだって的外れなのかもしれないけど。

「全く、何であんな生活してるのにそんな無駄のない体してるんだか。その秘訣、教えて欲しいもんだよ」

 席を立つ刹那、唯一抱いた感想を告げた。すると、フォルクローレの表情がパッと明るくなった。気にしているポイントはわからないが、好意的な感想であればよかったのかもしれない。

「そっか、そんな風に思ったんだ。ならま、いっか♪」

「っ、それで……いいんだ……」

 とりあえずは、一件落着だった。




〜二日後 夕刻〜


「んじゃ、お世話になったね。ギルドには、これから行くから」

「そう? 晩ご飯食べていけばいいのに」

 エルリッヒは、大事を取って二日ほどフォルクローレを休ませた。特にすることのない気ままな同居生活もいいものだった。相変わらず、ベッドは狭かったが。

 だが、おかげでフォルクローレはすっかり元気になった。無茶をするタイプだから、これで安心ということはないが、今まで通りには活動できるだろう。

「んー、それはとってもありがたいんだけど、暗くなると危ないからね。さすがに、爆弾を持ってないあたしはか弱い女の子だから」

「あはは〜、そりゃそうだ。じゃ、気をつけてね」

 護衛を買って出ようかとも思ったが、それこそ余計なお世話だろう。それに、今度はこちらの帰りを心配されかねない。さすがに、あのアトリエで一泊する勇気はなかった。

「じゃーねー。ありがとねー」

 荷物を載せた台車を曳く姿が、次第に小さくなっていく。なんとなく、寂しい。なんだかんだ言っても、フォルクローレは明るい娘だ、一緒にいると楽しい。

 静かになった自宅に入ると、一層寂しさがこみ上げてくる。

「あ、そうだ、寝間着、洗わなきゃ」

 二階へ上がり、フォルクローレが脱ぎ散らかした寝間着を手にする。日中は旅に持ち込んだ服を着ていたが、夜寝るときは、着替えなければならない。だから、結局寝間着は貸したままにしていた。今日はもうこの時間だから洗うことは適わないが、明日洗うのを忘れないためにも洗濯用の桶に入れておかなければ。

「あ……」

 持ち上げた瞬間、ふわりとフォルクローレの匂いがした。この二日間着ていたからか。こう言う小さな瞬間に、寂しさが強くなる。

「なんだかなぁ。感傷的になることでもないのにな。同じ街に住んでるんだし」

 久しく感じていなかった気持ちが湧き上がる。フォルクローレというのは、本当に不思議な娘だ。

「さてと、晩御飯を作らなきゃ」

 階下に降りる足取りも、なんとなく重かった。




〜三日後 昼〜


 フォルクローレが「お礼」と称して魚をたくさん持ってきたのは、三日後のことだった。その表情は、とてもにこやかで、ついこの間倒れたとはとても思えなかった。

「フォルちゃん、これどうしたの?」

 忙しいお昼時、なかなか構えないが、せめて会話だけでも応対をする。

「ほら、前に言ったでしょ? 川にも採集に行くって。これはその収穫物の一つ〜。この間のお礼も兼ねて、持ってきたよ。フルストラウトって言って、すっごい美味しい魚だから」

「なんですと!」

 思わず反応してしまうのは料理人のサガか。しかし、突如持ち込まれた川の幸に色めきだっているのはエルリッヒだけではなかった。その場にいた客も歓声を上げる。

「うーん、これはみんなに振る舞うしかないかー! じゃあみんな、食べたい人は今からなんか作るよー!」

 その一言を皮切りに、歓声はより大きくなった。やはり、「竜の紅玉亭」にはこの活気が一番似合う。

「ほら、フォルちゃんもどっか適当に座って! お昼、食べてないでしょ? 今からうんと美味しいの作るから!」

「え、ホント? それは助かるよ!」

 色めきだつフォルクローレの顔に、言いようのない嬉しさがこみ上げるのだった。




〜つづく〜

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