チャプター13
竜の紅玉亭に怪我をしたフォルクローレが運び込まれたのは、あれから一週間後のことだった。
〜竜の紅玉亭〜
「エルちゃん!」
忙しいランチタイムを終え、ディナータイムの仕込みに入ろうかと準備を始めたその時、突如として扉が開き、エルリッヒを呼ぶ男性の声が響き渡った。
「エルちゃんはいる?」
「えぇと……あなたは……」
入ってきたのは白銀の甲冑に身を包んだ金髪の青年。顔に見覚えはあるが、名前がするっと出てこない。この街のギルドに登録している戦士なのは間違いないのだろうが、はて、誰だったか。
喉元から出かかっている名前が思い出せずもがいていると、青年は構わずお店の中に入ってきた。その様子は深刻そのもので、名前のことなどどうでも良いことがすぐに伝わってきた。
「僕はシュベルト。ゲートムントたちの友達だよ。会ったこと、あるよね」
「あぁ、そうだった! 無双の剣戟、だっけ。そのシュベルトさんが一体……て、その、台車の上!」
もう一人来ていたこちらは身軽そうななりの冒険者。獣や魔物と渡り合う時には重装備だけではダメだということをよく伝えている。さすがは旅慣れたフォルクローレが選んだ用心棒だ。しかし、そんなことを考えたのは一瞬のこと。それよりもすぐ、軒先に置かれた台車に横たえられたフォルクローレの姿が目に飛び込んできた。
「フォルちゃん……ねえ、どうなったの? 怪我、してるよね……」
手際よく応急処置はしてあるようだったが、怪我をしている様子はすぐに見て取れた。今まで見たことがないような苦しそうな表情をしていることからも、軽傷ではなさそうだとすぐにわかる。
「ああ。だから、まずは彼女を中に入れてくれないか。事情はそれから説明する」
「うん、わかった。テーブル並べるから、ひとまずそこに寝かせて!」
友達の一大事だ、なりふり構ってなどいられない。勢い良くテーブルを動かし、二つをつなげて簡易ベッドを作る。あまりにも固いが、台車の上よりひどいということはない。
そうこうするうち、鎧姿のシュベルトに背負われてフォルクローレが運ばれてきた。間近で見ても、頭や腕に巻かれた包帯から無事ではなかったのだとわかる。幸い、致命傷は追ってなさそうだったので二人から話を聞くことにした。
「で、どうしてこうなったの?」
「ああ。僕たちは西のフィアールカ山に行ってたんだ。あそこの鉱石を集めたいからってね。知ってるかどうかはわからないけど、あそこの山は未だに魔物が結構出るんだ。だから僕らにお呼びがかかったんだけど、帰り道にガーゴイルっていうのかな、そういうのに出会っちゃって、それで怪我をさせてしまって。彼女も僕らも薬草や薬は持ってきていたから、それで応急処置をしたんだけど……」
戦士としてか用心棒としてか、はたまた男としてか、戦闘員でなく、まして依頼主であり身体能力的にはか弱い女の子であるフォルクローレを守れなかったことがよほど悔しいらしく、話をしながら俯いたシュベルトはテーブルに拳を打ち付けた。
店内に激しい音が響くが、エルリッヒは眉一つ動かさない。
「で、どうしてフォルちゃんのアトリエじゃなくてうちに? フォルちゃんのアトリエくらい、場所は分かってるよね」
「ああ。それは、ずっと『あたしに何かあったらエルちゃんのお店に行ってよね』て言ってたんだ。何の思惑があったのかはわからないけど、僕もこのお店のことは知ってたし、エルちゃんとも一応顔見知りだし、何も考えずに了承したんだよ。それで……」
「あれじゃね? ここの方がアトリエより外門に近いからじゃね?」
とは、軽装の冒険者の彼の弁。あいにくと、彼のことは知らなかった。
「あぁごめん、俺はヴォーテン。一応、この街のギルドに登録されてる冒険者ね。エルちゃんのことは色んな人から聞いてるよ。噂通り可愛いね……じゃなかった。怪我をした後、応急処置はしたんだ。毒が回ってる気配もなかったし、あぁいや、そのガーゴイルが毒を持ってるかどうかも知らないんだけどさ、とにかくそういう気配もなくて。本人も元気そうだったからそのまま帰ってきたんだけど、街が近づいて、外門が見えてきた頃かな、急に倒れちゃったんだよ。で、慌ててここまで運んできたってわけ」
「ヴォーテンくん、初めましてだけど挨拶はまた今度ね。じゃあ、遅効性の毒が回ってきたとか、無理して元気に振舞ってたとか、その辺が考えられるわけだ」
そんな風に考察してみるも、おかしい。毒に苦しんでいる人間は、特有の嫌な匂いがするものなのだ。今のフォルクローレからは、そんな匂いはしない。傷口もふさがっているのか、血の匂いすらわずかしかしないのだから、原因は他にありそうだった。とはいえ、病気の線も考えにくい。病気もまた、特有の匂いがするのだ。
「ちょっと傷口を見せてもらってもいい?」
「いいけど……」
本人じゃない人間が答えるのもどうかとためらわれた様子だったが、同行者として応急処置には立ち会っているのでき気にしても仕方ないと、シュベルトが少しだけ遠慮がちに瞳を伏せながら答える。
「ありがと。私も医者じゃないけど、旅は慣れてるから、見ればわかることもあるかもしれないと思ってね」
テーブルの上で意識を失っているフォルクローレの前に立つと、慣れた手つきで包帯を解いていく。頭部と右腕の二カ所。検分してみると、傷口はそこまで浅くなさそうで、応急処置が良かったのか今はしっかりとふさがっている。特に跡が残るようなこともなさそうだし、致命傷どころか重症になるとも思えない。
「どう? 何かわかった?」
「ううん、大したことは。ただ、重症じゃなさそうってことくらい」
残念そうに首を振るも、先が見えているわけでも絶望的な状況というわけでもなく、三人ともが、どう受け止めれば良いのかわからず頭を抱えていた。
「とりあえず、フォルちゃんのことを頼めるかな」
「そうだね。今日はこのまま預かるよ。フォルちゃんの荷物はその辺に置いておいて。台車は裏手にでも止めておいてくれればいいから。後、宙ぶらりんになってる二人の雇い賃も、私が立て替えて払っておくよ。どうせ後払いでしょ?」
「お! そんなとこまで気を回してくれるなんてさすが!」
ヴォーテンの軽い口ぶりが、今はありがたい。彼自身お金が最優先というわけでも、心配でないということもないのだろうから、努めて明るく振る舞ってくれているのだろう。
「俺たち、その日その日のお金が命綱だから、助かるよ」
「それは僕からもお礼を言わせてくれ。フォルちゃんのことだけでなくね。でも、大丈夫? こいつはともかく、僕の分はフォルちゃんが元気になってからでもいいんだよ?」
「ううん、それは大丈夫。それこそ、フォルちゃんが目を覚ましたら、きっちり取り立てるから。だから、気にしないで」
力ない笑みを見せると、上辺だけでも安心せねばと二人も表情を明るくしてくれた。ただ心配するだけでは何にもならないと、伝わったのだろう。その気遣いがありがたい。
二人はテキパキと台車に乗ったままのフォルクローレの荷物を運び込んでくれた。そして、ヴォーテンが台車を見せの裏手に移動させてくれる。いくらフォルクローレの所有物だからといって、これだけの大物、さすがに店の中に運び込むわけにはいかなかった。
「本当、ありがとね。じゃ、二人にはいくら払えばいいのかな」
「僕は銀貨500枚。こいつは400枚ね」
ギルドの冒険者リストには、その雇用単価も書いてあるので秘密ではないのだが、金額に差があるということは、シュベルトの方が腕利き、ということなのだろうか。金額の差を知っている以上、ヴォーテンに不平は出ないのだろうか。そんなことがよぎった。
そして、王都のギルドでも比較的上位に名を連ね、護衛を頼むとしたら比較的高コストなゲートムントたちとタダで冒険できていることが、どれだけ幸運なのかということも思い知る。
もちろん、こちらとて普段なら代金をいただくような料理を振る舞うのだから、おあいこには違いないのだが。
「はい。じゃあ今取ってくるからそこで待っててね」
「うん、ありがとう」
「いやー、助かった助かった!」
そうしてカウンターから銀貨を持ち出し、二人に払う。念のため、目の前でその重さを量って見せ、枚数に狂いがないことを確認させて。普段やり取りするよりも多くの枚数が出て行くため、ミスが起こらないようにという配慮だ。
「じゃ、ここからは私がやるから、二人は帰っていいよ。回復したらギルドには知らせを入れるから」
「うん。くれぐれも頼んだよ」
「じゃ、俺からも頼むわ」
二人は後ろ髪引かれる様子だったが、これ以上できることはないと、店を後にした。扉が閉まると、静寂が訪れる。
「さて、まずはちゃんとしたベッドに寝かせてあげないとね」
小さく呟くと、フォルクローレを抱きかかえて二階へと向かった。
〜つづく〜




