チャプター12
〜アーレンの森〜
今日はようやく王都に帰る日だ。昨日の採集で欲しいだけの素材はほとんど揃ったからと、帰宅を決めた。素材は鮮度を機にする必要があるため、いつまでもここに置いておくことはよろしくない。だから、これでよしと思ったところで帰宅を決めることも大切だった。
二人はのんびりと朝の支度を終えるとテントなどのベースキャンプを片付け、収穫物を山と乗せた台車を曳きながら、森を出るべく歩き始めた。
「いやー、いい収穫だった! 昨日1日の収穫は特に大きかったよ」
「そう? それは来た甲斐があったよ。で、私がお供をした意味はあったの?」
ガラガラと音を立てながら森を進んでいく。日はまだ高く、十分に余裕を持って森を出ることができるだろう。懸念された返り血から匂いも、少なくとも体についている分についてはしっかりと洗い流せている。とはいえ、衣類についた分はどうしようもなく、厳重に布で包んで、嗅覚の鋭い獣ができるだけ察知できないように気をつけた。とりあえずはエルリッヒの嗅覚を持ってしてもそこまで気にならないレベルまでは落とせているので、一安心といったところか。
「意味? おおありおおあり! そばにいてくれるだけで価値も意味も大ありだよ! それにしても、昨日はエルちゃんあんなに大胆なことをするなんてねー、思いもよらなかったよ。このあたしが、なんだか恥ずかしかったもん」
「な! それって、泉での! あ、あれは体についた返り血を落とすためだって何度説明したら!」
確かに、昨日のような特別な事情でもない限りあれほど直接人の体に触れたりはしない。同性の気安さがあったとはいえ、よもや日が明けてまでからかわれるとは。これは少し迂闊だったのではないかと、小さく反省をする。
「わかってる、わかってるけどさー、あんな風に触られたことなんてなかったからねえ。ついドキドキしちゃったよ。で、触り心地、どうだった? 余計なお肉には気をつけてるから、そこまでよろしくはないと思うけど」
「あーもう! そういう目で見てないってば! そんなことより、日の高いうちに森を出るんでしょ? あんまりゆっくり歩いてたら日が暮れちゃうよ」
本当は、あの不摂生で不規則な生活をしているくせによくもこんな、と思うほど体型に無駄がなく肌荒れのようなものも感じられず、体を洗いながら少しばかりの嫉妬心に駆られてしまったのだが、それは黙っていることにした。口にしてしまうと、また調子に乗ったりからかってきたりするに決まっている。フォルクローレとは、そういう娘なのだ。
「はーい。じゃー、森から出たらお昼ご飯ねー」
「はいはい。美味しいお肉を焼いてあげるから、きっちり進む。いいね?」
フォルクローレの歩調に合わせて台車を押すのも、案外と骨が折れる。力を抑えて行動するということの難しさを、よもやこんなところで実感しようとは。
とはいえ、二人がかりで運搬しているのでさほど大変ではないはずだ。どちらかといえば、道を間違えずに進むことの方が大きな意味を持つ。歩いて来た道は全て誰かが踏み固めたあぜ道のようになっており迷うことはなく、より明るい方へと進んでいけばおかしな方角に進むこともない。結局のところ、そこまで危険な行程ではないのである。
じんわりと汗が滲む額を拭い、時折吹き付ける緑の風を受けると、それだけで言い知れぬ充実感が襲ってくるから不思議である。フォルクローレもこの気持ちを理解できるだろうか。
「エルちゃーん、もうすぐ森から出られるからねー!」
「りょうかーい」
さすがは何度も訪れていて勝手を知り尽くしたフォルクローレ、迷うことなく森を抜けることができそうだった。約束通り、森を抜けたら昼食を作らなければ。幸い、こちらのお腹もすいてきた。
「おっひるーおっひるー楽しみだ〜♪」
「気楽だねぇ……」
その歌声は、森中に響き渡るのだった。
〜王都・外門前〜
森を抜けてから三日後、二人は無事王都に帰ってきた。道中二度ほど盗賊に襲われたが、戦闘用に持ってきた爆弾にはまだストックがあったため、エルリッヒがその腕をふるうこともなく退けることに成功した。夜寝る時にも、当然のように仕掛けを張り巡らせてから眠りにつくのだから、寝込みを襲われる心配もない。か弱いかどうかはさておいても、若い娘であるフォルクローレが気軽に街の外に出歩いているのもうなずける気がした。
思えば、二人はまだ街の”外”にいるのだ。分厚い城壁を越えるまでは、何が起こっても保証できない。
「あ〜、なんかどっと疲れたね〜。ここまでくると、帰ってきたな〜って気がするよ〜」
「そうだねー。ところでフォルちゃん、これから道具作りに入るんでしょ? どんなものを作るか、もう決めたの?」
外門をくぐりながら、フォルクローレのアイディアを教えてもらおうと訊いてみた。しかし、当のフォルクローレはキョトンとした表情で歩みを止め、こちらを見ている。
「エルちゃん、何言ってるの? 素材集めが終わったのは、あそこの森の素材だけだよ? まだ、山の素材も川の素材も集めに行かなきゃじゃん」
「え! 何それ!」
事も無げに恐ろしいことを言われた。このような行軍を、まだ続けるというのだ。なんと無茶なことだろうか。この言いようから察するに、慣れっこなのだろう。フォルクローレのフットワークの軽さを思い知らされたようだった。
「あーでも、大丈夫大丈夫。さすがに山と川は危ないからエルちゃんは連れて行けないよ。そっちは、ちゃんと本職に護衛してもらうから」
「そ、そう?」
一安心ともむしろ心配だともつかない、複雑な気持ちが生まれる。より大変な旅に同行しなくて済むのは助かるが、その間のフォルクローレの動向は気になる。かと言って、自ら随行を申し出るわけにもいかず、当初のプランに従ってしまうのだった。
「帰ってきたら、またいろいろ手伝ってもらいたいから真っ先に顔を見せるよ。それまで普段通りにしててね」
「う、うん」
もどかしい気持ちを抱えたまま、二人は中央通りで別れた。
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜
「ただいま〜」
誰も待つ人のいない家に帰る。疲れた体を休める前に、まずはよろい戸を開け放ち、外の空気と光を入れる。そして、荷物をテーブルの上に置いたまま、二階へ上がる。
そして、すぐに服を脱ぎ捨てると寝間着に着替え、ベッドに横たわる。旅から帰ってきた時の、日課のようなパターンだった。
「なんだか、妙に疲れたなぁ」
思えば、これがフォルクローレとの初めての外出だった。そもそも、街の外に出る機会自体があまりない。その、数少ない経験の中で今回が初めてだったというだけなのだが、予想以上に気楽で、予想以上に疲れた。これが、女の子同士の旅というものなのか。
大切な友達という意味では、ゲートムントたちと何も変わらない。それどころか、知り合ってからの年月が浅く、しかしそれを踏まえてもなお、彼らよりも大切にしたいとすら思っている自分がいる。無意識に感じている気安さなのだろう。だからこそ、より一層気を使ってしまうのだ。
「疑われて……ないよね」
以前言われた一言が、未だに楔のように胸に突き刺さっている。
『獣の匂いがする……』
そんなに深い意味がないことくらいすぐにでも察することができるのに、それでも時折思い返してしまう。隠し通す、などという大げさなことを言うつもりはない。普段通りにしていればそれだけでいいはずなのだ。この数日間を思い返すと、危険があるのは獣との戦闘くらいだったが、向こうも戦いに必死でこちらのことなど見ていないはず。それなら、大丈夫だ。大丈夫の、はずだ。
腕や髪など、横たわったままおもむろに己に匂いを嗅いでみても、あのとき落とした返り血の匂いはもちろんのこと、獣退治をしたときや毛皮製品に触れたときのような獣臭さも感じられない。
大丈夫なのか、自分自身だから気づかないのか、判断できない。
「い、いかん、こんなことじゃ休まるものも休まらないよ。また少しの間、いつも通りにお店を開くんだから!」
マイナス思考の連鎖が始まってはまずいと、自分に言い聞かせるように声に出す。それから勢い良く布団をかぶり、無理矢理目を閉じた。次に、襲って来る睡魔に身を任せる。気づいた頃には、きっとこの不安もどこかへ飛んでいることだろう。一時的にでも、遠くに追いやることができれば、それで十分だ。
そんなことを考えながら、眠りにつくのだった。
〜つづく〜




