エピローグ
ミシェルが捕縛され、凛もまた職員室に呼び出された。凛にもきっと何らかの処分が出るに違いないと、花音は不安でいっぱいになりながら待っていた。
職員室から出てくる凛を出迎えようと、花音が廊下をうろうろしていたら、がちゃりとその扉が開いた。その瞬間飛び上がるように花音は振り向いて、その奧から彼女が出てくるのを期待の眼差しで見つめた。
「凛!」
花音は職員室から出てきた凛に抱きついた。身長差がありすぎて、凛の背は花音の肩よりも低い。胸に顔を押しつけられて苦しそうにもがいていた。慌てて花音は力を緩める。
「死にそうですわ」
「ごめん。ごめん。でも、処分どうだったの?」
心配そうに凛の顔をのぞき込んだ。最後には裏切ったが、ミシェルの容疑を知りながら加担していた。その罪は決して軽くは無いはずだ。そう思い花音は心配そうに問いかける。
「処分? 何の事です?」
「だってミシェルの手伝いをしてたんだから、何か罪に問われるんじゃ?」
花音の心配を大げさなと笑うように、凛は余裕を持って答えた。
「ありませんわ、そんなもの。だってわたくしは学園側がミシェルに送り込んだ、スパイだったんですもの」
「えっ!!」
花音は言葉を失ったかのように沈黙して驚いた。
「学園が捜査に乗り出しているって噂にあったでしょう? ミシェルはすでに学園にマークされていたのですわ。ただ証拠が無くて見張ってたんですのよ。海原先輩へ手出ししようとした所で、やっとしっぽを掴めたんですの。結果的には花音が海原先輩に話を持っていってくれたお陰ですわね」
「そんな……僕は何もしてないよ。すごいのは凛だ」
「証拠は出てるのになかなか逮捕状がでなくて、準備が整わないうちに花音が飛び出していった時には冷や冷やしましたわ」
花音は本気で凛の凄さに圧倒されていた。さらに追い打ちをかけるように凛が言葉を続ける。
「ミシェルからメイド代も徴収済みでしたし、学園からも成功報酬がでたし、二重取りでだいぶ儲かりましたわ」
そう言いながら、凛はぺろりと舌を出して悪戯っ子のように笑った。あまりの凛のしたたかさとずぶとさに花音は驚きを通り越して呆れた。
それから二人は並んで寮へと歩いて帰った。二人で過ごしたあの部屋に、凛は再び帰っていくのだ。
「凛。僕は君の前で無神経に家族の話をよくしていたよね。君はあの時怒ったりしなかった?」
「そうね、嫉妬しなかったといったら嘘になるわ。でもそれ以上に花音の話を聞いて嬉しくなったの」
花音は歩みを止めて、不思議そうに凛を見つめた。凛は今度こそ嘘ではないと必至に言葉を紡ぐ。
「わたくしは普通の子供の生活をした事がなかったわ。だから花音の語る普通の女の子の話を聞いて、自分ももしそうだったら……と想像する事ができた。花音の話を聞いていたら私も普通の女の子になれる気がしましたの」
花音は凛の言葉を聞いて、大笑いした。凛は何故笑われるのか理解できないという表情を浮かべる。
「ごめん。ごめん。だって僕の事『普通の女の子』だなんて言う人他にいないんだもん。凛はすごいね。僕は凛のそういう所好きだよ」
凛の顔はいつもの作り物めいた綺麗な笑顔ではなく、心の底からわき上がるような喜びで満ちあふれていた。その表情はまだぎこちないものではあったが、それでも凛にとって大きな一歩に違いない。
花音は凛のそんな反応を微笑ましく見守りながら、言葉を続けた。
「凛。僕達まだまだ半人前の撃退士だけど、二人で力を合わせて最高のコンビになろうね」
「そうですわね。一人ではだめでも二人なら」
「それじゃあ、また友達からだ」
そう言って花音は右手を差しのべる。花音が握手を求めているのがすぐにわかった。
「え……?」
凛は戸惑いながらも手を握り替えし、ゆっくりと花音を見上げる。花音は元気いっぱいのひまわりみたいな明るい笑顔を浮かべた。
「仲直りしてくれる?」
「もちろんですわ。わたくしは友達って慣れていませんから、失敗も色々するでしょうけど、よろしくお願いしますですの」
「こちらこそ。新米友達から、いつかかけがえのない親友になろう。そしてずっとずっと一緒にいよう。二人ならどこまでも行けるよ。僕は薔薇じゃなく、君に誓うよ。いつも永遠にそばにいる」
花音はそう言いながら、凛の小さな手を強く握った。華奢で小さな手でも、自分よりすごい力を持っている。自分の背中を預けられる大切な友達。
「どうしてでしょう。ずっととか、永遠なんて言葉信じていなかったのですけれど、花音の言う事だけは信じられる気がしますわ」
凛は自分でも不思議だという表情で、小首を傾げてそう言った。そんな不器用すぎる友人に苦笑しながら花音は呟いた。
「たくさん友達なんてできなくてもいい。凛さえそばにいれば……」
花音の呟きは小さく、凛は風に紛れてよく聞こえなかった。
「え? 何かいいました?」
「ううん。なんでもない」
二人は手を繋いだまま歩き出す。花音は握り替えされる凛の手のぬくもりを感じ、この手がまた離れる事のないように、本当に凛を守れるぐらい強くなろうと自分自身に誓った。
「アンダー・ザ・ローズ」終