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アイロン  作者: Hard
同好会の人々
8/10

ひた走る2

「・・・フン!・・・フン!」

 『アナザー』の名鳥市民球場のグラウンドを踏みしめ、一所懸命にバットを振る秋。

「うん、以前よりもシャープに振れてるね。イイ感じだよ」

 その隣にはボールをトスする犬飼直斗の姿があった。

「ホントですか?なら、練習した甲斐がありますよ」

 汗を浮かべながらニコリと微笑む秋の顔には充実感が浮かんでいた。

(・・・毎日軽く素振りくらいしてるだろうとは思ってたけど、予想以上に振れてるな。これは相当振り込んでる。それに・・・)

「フン!・・・フン!」

 バットがボールを正確に捉える。

 時折、直斗がリズムを変えてトスをしても、バットはボールを逃さない。

(いいセンスだ・・・!)

「ダァァァあリャアアアアああ!!!!」

「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 感心する直斗を他所に芽衣とブラウンがグラウンドを疾走していく。

 身体に結びつけた尋常ではない数のタイヤが土煙を巻き上げる。

「おーい、あんまり無理するなよー」

 直斗がそう告げるが、どこ吹く風と言った具合で二人が駆けて行く。

「はぁ・・・はぁ・・・派手、ですね・・・二人とも、特に芽衣ちゃん・・・」

 息を切らせながら二人に視線を向ける秋。

 筋力、瞬発力、持久力その他諸々、牧村芽衣という人物が持つ底なしのパワーにただ圧倒されるばかりだ。

「まぁね。ブラウンはまだしも、芽衣は別格だよ」

 直斗がメンバーの中でも年長者だからか、二人を見つめるその表情は随分と落ち着いて見えた。

(あ・・・そうだ)

「・・・あの、犬飼さん・・・」

 思い立った秋が直斗に声をかける。

「え?あーゴメンゴメン。さっ続きを・・・」

「あ、えと、その、ちょっと聞きたいことがあるんですけど・・・いいですか?」

「・・・俺に?いいけど、何かな?」

 きょとんとする直斗に秋が問う。

「犬飼さんは、大学を卒業した後はどうするんですか?」

「卒業後?また随分急だね。何かあったの?」

「あ・・・その・・・」

 自分の進路が白紙なことも、何となく大学受験をして今ここにいる身の上もどこか話しづらいと感じてしまい、口ごもる秋。

「・・・質問に質問で返すのは失礼だったね、ゴメン。で、俺の卒業後、か。決まっているよ」

(・・・やっぱり)

「俺は大学を卒業したら、警察官になる。子供の頃からの夢なんだ。この大学を出て一人の警察官として、この町の役に立つことがね」

「警察官・・・子供の頃の夢、ですか」

 夢を叶える。

 大人と子供の狭間に立つ今の自分なら、その行為の難しさはよく分かる。

 幼き頃は自分も将来はパン屋だ花屋だと周りと同じように話していた。

 それがいつの間にか色褪せてしまい、自然と夢ではなく幼き頃の戯言と取り扱う様になっていった。

 昔はそんなことを言っていた。世間を、現実を知らなかったからだ、と。

 だが、そんな自分と違い、犬飼直斗は折れることなく今日まで足を止めず進み続けてきた。

 直斗と自分に明確な差の様なものを感じずにはいられなかった。

「あー・・・やっぱり、変かな・・・俺が警察官なんて」

「いえ、その、直感みたいなものなんですが、犬飼さんらしくて素敵な進路だと思います」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ちなみに秋ちゃんは大学を出たらどうするの?」

「・・・」

 直斗の問いに咄嗟に何か答えようと思考を巡らせたが、言葉にすることは出来なかった。

「白紙、ってトコかな?」

「・・・はい」

 やはり聞くべきではなかった。

 きっと直斗には何となく大学に来た適当な人間と思われてしまっただろう。

 気まずさから、秋は思わず直斗から視線を外してしまう。

「いいじゃない、白紙。それもアリだよ」

「・・・そう、ですかね」

 気休めと思いつつ視線を戻すと、すぐさま直斗の真剣な眼差しが自身を捉えていることに気付いた。

「俺は警察官になりたいと思って今日まで生きてきたけど、そう考えて生きてきた分、色んな可能性を捨ててきているかもしれない。気付かず視野を狭めてしまっていたかもしれない。後悔なんてないけど、時折そう考えるときもあるよ」

 秋にそう告げると再び直斗の表情に笑みが浮かぶ。

「今現在、進路が白紙っていうのは見通しが甘いとも取れるけど、同時にここでの生活を通してやりたいことが見つかる可能性に満ちているとも取れる。少なくとも、俺はそう考えるよ。その点では、夏原さんがこの大学を選んだのは幸運だよ。ここの学生や教授たちは迅を始め、『アナザー』の面々に負けず劣らずの個性派ばかりだからね。様々な価値観や思想に触れることが出来るはずだし、それは夏原さんが進路を決めるのにきっと役に立つ筈だよ」

 自然と焦っていたのだろう。

 無理にでも目標を持とうと必死だった。

 劣等感を無くそうと必死だった。

 『とりあえず』で塗り固めた進路を作ろうとしていた。

 進路はいずれ決めなくてはならない。

 だからこそ、その時は自分の気持ちに正直でいたい。秋は強くそう感じた。

「・・・ありがとうございます、犬飼さん。何だか、吹っ切れたような気がします」

「お役に立てたなら光栄だよ」

 今現在、夏原秋の進路は未定だ。

 だが、未定だからこそ生まれる可能性もある。

 その可能性の中から何を選び、掴み取るのか。

 不安と期待が入り混じり混沌とした感情が秋の胸中に渦巻いた。

「犬飼さん・・・!」

 秋がバットを構える。

「直斗でいいよ」

 直斗がボールを構える。

「なら、自分も名前で呼んでもらってかまいません」

「じゃあ・・・いくよ、秋ちゃん」

 トスされたボールを見据え、秋がバットを振る。

 今はただ、目の前のことに全力を尽くすのみだ。

 その積み重ねが、その経験がいずれ自分の進路に繋がると信じて。

 まずはこのトスバッティング。

 その次は、来週のサークル入会者(仮)歓迎会だ。

「・・・フン!・・・フン!」

 気持ちの良い打球音が辺りに響く。

 心なしか、その音は先程よりも力強かった。

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