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015「沈黙する愚者」

〈二〇二五年 七月二十四日 Dekopoモール 大地区域 最下階 地下広場〉



────銀狼は憤っていた。


 己の縄張りを荒らす、不届き者が眼前にいることに。

 空を飛び回る奇抜な格好をした羽虫。

 足が速く、力の強い……地を這う雌。


 何より厄介なのが、あの襤褸を纏った鎖の雄だ。

 体から無数に伸ばした赤黒い鎖は、かなりの速度と数がある。


 それらを自由自在に操ることもそうだが、何より厄介なのが鎖が生物に反応するということ。

 銀狼の得意技は銀色の雲内に入り、意識を遮断された敵を本体で攻撃することだ。

 しかし、意識もない非生物の雄の鎖が本体を感知し、自らを追う……まさしく銀狼の天敵と言える性能だ。


 雲の内に入れば鎖の操作は不能だが、中で鎖の勢いを殺すことはできない。

 感知されていれば雲内で本体を追尾できなくても、鎖の物量で押し切られてしまう。


 故に、銀雲の能力を使うことはできない。

 本体を雲から移動できるが、感知されてしまえば移動に使った力は無駄になる。

 雲形態ではない、動ける形態なら回避も反撃もできるのだから、わざわざ本体がほぼ動けない雲形態になる訳がない。


 銀狼の意識はより、鎖男の方へと向かっていった。

 それは、単に鎖男が厄介というのもあるし、他の雌どもは羽虫程度の脅威しかないと考えたから。

 そして、さらに言えば遠くにいる、塵芥どもは論外だ。


 群れの長である彼は、憤っていた……群れの仲間に手を出されていることに。

 無論あくまで生存競争であることは理解しているが、それでも一応は家族であることには変わりない。

 ただ、後れを取った〝光槍の〟は万死に値するが、すでに刑は執行されている。


 そして、もう一つ理由があるとすれば、あの腹立たしい〝犬〟の巣で戦わされていることだ。

 ただ今は留守にしているのか、居ない。

 本当に不本意ながら、奴がいればこちらが譲らなければならなかったところだ。


 しかし、目の上のたん瘤である奴がいないのならば精々自由にさせてもらおう。

 そして、銀狼は厄介な獲物をどう噛み潰そうかと、舌なめずりをするのであった。



◆◇◆◇◆



────状況は目まぐるしく変わっていった。



「──私好みの混沌が煮詰まってきましたねぇ!」

 そう、笑顔で辺りを飛び回るメアリアは空中を登攀するがごとく、変則に変則を重ねた挙動で鎖を回避していく。彼女は銀狼の神経を逆なでるために周りを飛び回っていた。


 レイはただ冷静に鎖を回避しつつ、銀狼へと肉を切らせて骨を断つ戦法で、傷を受けつつ、肉薄する。

 あの雄叫びすら出す余裕のない鎖男は相変わらずの物量で、この場にいる全員と相手をするように鎖をうねらす。

 何故かかなり憤っている銀狼は鎖男を最大限警戒しつつ、レイとメアリアへも反撃していた。


────苛立ってるなぁ、とメアは銀狼から向けられる殺気に背筋を硬くする。


 そりゃあ、自身の弱点である鎖を浴びせられ、さらに周りにはうざったい羽虫が二匹。私だってちゃぶ台ひっくり返す自身がありますよ……としみじみ思いつつ、メアリアはナギトから吹き込まれた作戦を頭に反芻させる。



 合図は、メアリアから……そして、そのまま一気に片を付けるのが彼から聞いた策。

 そんな夢のような、しかし悪魔の如き戦法、メアはその方法を甘美な飴のように脳内で転がす。


「────オオオオオオオォォォォォ!」

 そして、動かない状況に鎖男が焦れたのか、何度目かになる鎖の全包囲射撃が二人と一匹を襲う。

 どちらかが焦れ、無理矢理状況を動かそうとする。

 正気を失っていそうな血鎖の男が、銀狼よりも動き出す可能性が高い…………これもナギトの予想通り。




──今だ、ナギトから聞いていた作戦の発起点を見定め、メアは鎖男の行動をきっかけとする。



 そうしてメアはこれまで回避していた鎖を、()()()

 強く、強く、空気を掴んだメアは、鎖に繋がっている男の重さを奪っていく。

 鎖と男は連結している、ならば鎖を持っただけでも《風神の手羽(ヴァーユ・パタ)》の効果が男にまで及ぶ。


 顔に玉の汗が浮かび、血の気が引いていく。

 意識を失いそうになるが、それでも彼女は笑みを絶やすことなく。



「────────いっせー…………のッ!!!!」

 そして、空中で一本背負いの体勢となったメアは────鎖男をモーニングスターの如く、宙へと()()()()た。


 振り上げられた、男はメアを起点として、振り下ろされる。

 その場所は、()()()()()


「────────っ」

 咄嗟に鎖男を利用した攻撃を、回避する銀狼。

 だが、本来距離を取っていた両者の間隙が限りなくゼロに近づいた、すなわち────


 

「ガァァァァァァアアアアア!!!!」

 自らを好き放題された鎖男は、全方位に鎖を放ち、全体の敵に攻撃する。

 


────その影響をもろに受けるのは無論銀狼である。

 

 爆心地に近い銀狼は、自身の弱点を攻撃する確率が限りなく高い鎖の波状攻撃にさらされてしまう。

 だから、そう行動をとるのは仕方ないことであった。


 見ると銀狼の姿が掻き消え、そして辺りには銀色の雲が漂っていた。

 すわ、野生の本能からの緊急回避である。

 そして、雲から雲へと、魔力を使用し移動し、自らの安置へと──


 

──────そして、もう一人の少女が〝バキッ〟と、鎖を折った音がした。


 

 それは、メアが限界まで伸ばした鎖である。

 鎖が折ることができるのか、それは当然の疑問ではある。

 しかし、それでも物理的にピンと張られた鎖を真上から叩けば、高確率で折れるだろう。

 メアとレイの共同作業、メアが鎖を張り、レイがその鎖を壊す。

 

 この数瞬で行われた一連の動作に銀狼は瞠目する。


「…………リサイクル、だよ」

 どちらかと言えばリユースじゃね?という声が聞こえてきそうな発言をしたレイは鎖を両手で持ち、そのまま回転するように鎖を地面と平行に、()()()()()


『────ッ!?』

 雲から聞こえる筈のない息使いが聞こえた気がした。

 群れの長、全ての狼の王は状況を見て気が付く──あの折られた鎖で、一帯の雲すべてが上下に分断されたのだ、と。

 本体の回避に辛うじて成功……しかし、あまりに一瞬で王手の数歩手前まで削られた銀狼。

 取るに足らない羽虫によってということが、彼のプライドを大いに傷つける…………予想外だったが、それでも一手足りない──────



「──────後方、八時の方向!周りより一回り小さい雲ですっ!!!」

 上空から、響くのはメアの叫びであった。


 上から、レイが薙ぐ様子を見ていたメアリアはより全体を俯瞰して観察していた。

 彼女はぴくり、と鎖が本体に反応する様子を見逃さなかった。



 瞬時に、飛び出したレイは一直線に、雲の方向へと向かう。

 しかし、銀狼はこの土壇場で、魔力を消費し、無理矢理雲への移動を敢行しようとする──────



──────自身の体が動かないことに気が付く。



「────フ、え、えむぶいぴーはもらいました、よ…………っ!」

 そして、上空に居座るメアリアは《風神の羽片(ヴァーユ・パタ)》によって、銀狼のいる雲を固定していた。あまりの疲労に鼻血を出しながら、彼女それでも口の端をゆがめる。


「────ゆずる」


 そして、一秒も経たず小さくなった雲へとレイの拳がたたきつけられた。





──────だが、足りた一手すら、狼の王には届かない。



 辺りの雲が晴れ、そして、元居た鎖男の前に銀狼が出現する。

 最後の悪あがきに銀狼は能力を解除したのだろうことが、はたから見ていた全員が理解できた。


 どんな状況でも揺るがないレイは、咄嗟に銀狼のもとに走る。

 だが、既にメアリアには銀狼のもとに向かう余力はない。


 そして、銀狼も満身創痍であった。

 レイの拳が回避しきれず、本体の防御力が無い核に拳が掠ったためだ。

 それでも、銀狼はまだ負けていない。

 本体の物理無効もすでに解除されいて、彼の中の狩人としての撤退ラインはとうに超えていた。

 この場から逃げることができるかも怪しい。


 追い詰めようとしたレイが銀狼にたどり着く直前────血鎖の全包囲攻撃が彼女らと銀狼に襲い掛かる。


 時間切れ、その言葉がレイの脳裏によぎる。

 そもそも、鎖男の攻撃の合間を縫うことが条件の作戦出会った。


 その合間はすでに過ぎ、しかし銀狼も鎖の攻撃を回避できる余力を残している──────

 





──────鎖の出所である男の上体は、()の突撃によって倒される。


 そして、体制を崩した男の鎖はレイたち上を通り過ぎる。

 

 予想外の光景に一同は瞠目する──()()()()()、彼女は止まらない。

 己のうちに渦巻く混沌を噛み潰して、なんら躊躇いなくレイは足を動かす。

 契約(パス)の影響か、それとも出会って数刻の(ナギト)への信頼か……いずれにせよ、レイだけは迷いなく銀狼の元へと踏み出していた。



 そして、体の内側に傷を負い、霧化の解除された銀狼はしかしそれでも誇らしくレイへと立ち向かう。


 だが、勇ましいその噛みつきを上体を逸らして回避したレイは超速の拳を、胸部へと振り抜いた。



──決着……だが、それを目にする前にナギトが抑え込んだ鎖による衝撃が、彼の意識を刈り取るのだった。

 


◆◇◆◇◆





「────やっぱり親父はロリコ…………あれ、俺いったい……川の向こうの親父は?」

 目を覚ますと、知らない天井が……といっても、天井が遠すぎて模様もわからないが。


「うむ、なんかすっごい気になる発言だが、ともかくそこまで危篤状態ではなかったぞ、ナギトよ」

「おお、ノワ子がいるということは……やっぱり地獄なのかここ」

「天使のような妾がいるなら、天国に決まっておろう!?や、死んでないけども!」

 暗黒姫じゃなかったっけお前…………まあ、どうやら生き残ってしまったらしい。

 今度は頬を膨らますノワ子に膝枕をされ、地べたに寝かされていた。


「あの、鎖野郎にタックル噛ましたとこまで覚えてるんだが……」

『鎖野郎なら、君にかまされた後、呆けたままあそこに佇んでる』

 上から見下ろすリティアが見た方向には、呆然とした上を見上げる鎖男が遠目に見えた。

 俺にタックルされ、理由は分からないが沈静化したらしい。


「マジか、まあ助かったからありがたいが……そうだ、煤の銀狼は?」

「私が倒した、褒めて」

 なぜか、俺の脚の上に跨ったレイが、口をはさんだ。

 というか、ノワ子も俺の腕を彼女の体の後ろに拘束している。


「そんで、なぜこうなったんだよ?」

 何この拷問スタイル、次は俺の番なのか?

 某撃の巨人ネタはともかく、眉根を寄せたレイは俺を見下ろして言う。


「ん、尋問」

「なぜに!?」

「ふ、今回ばかりは擁護できんぞ盟友よ」

 拷問ではなかったが、尋問らしい。

 上でモゾモゾするな!てか、なんでノワ子はしたり顔なんだよ。


「なんで無茶したの?」

「そりゃ、あそこで俺が一手打たないとダメだっただろ?」

 不確定要素が多い戦場で、何が起こるかは予測できない。

 ただ、銀狼なら逃げる手段はいくらでもある、鎖男も何をするかわからない。

 結果論だが、あそこで鎖男を抑えるのが最善な状況になった。


「でも、銀狼には重傷を負わせた。あそこからゆっくりやっても勝てた」

「う、そうだが……でも、確実じゃないし」

「うむ、死んでも理解できない盟友……よもやよもやだ!」

 ともかく、これは俺が悪いので責め苦を受けるしかない。

 いや、確かにその人も死んでしまったが、というか死んでないのでギリ──


「────次やったら、〝コレ〟だから」

「…………善処します」

 そう、おそらくわかっていないだろうレイは、俺の眼前に拳を振り下ろす。

 うむ、死んでも殺されそう(小並感)

 ほんとに怖いね、目のハイライトがないや。



「凄まじいヒロインポテンシャル……私がこの域に至ったのは二十代の頃……!」

「お前まだ十代だろ……」

 どうやら、ノワ子は何か追及するわけではないらしい。

 自分より怒っている人間がいるので、矛を収めたのか。


『レイがここまで、感情を露わにするのも初めてだ。やはりナギト、君との《身体の契約》が影響しているのだろう』

 とはいえ、メアリアも満身創痍だった。

 あのまま戦いが続いていれば、先にやられていたのは彼女の方で──


「────あれ、メアリアは?」

『彼女なら、いつの間にかいなくなっていた。一応、書き置きを残していたよ』


──────色々楽しかったです、また会いましょう!ナギトさんもご壮健あらせられますよう、尋問は頑張ってくださいね……!


 見ないと思ったら、すでに逃亡していた。

 せっかく、守ってやったというのに、なんて奴だ……尋問も分かってたなら止めてくれ。


 ただ、ここにいれば鎖男に狙われるかもしれないので、逃亡するのもやむなしか。

 世話になったので挨拶くらいはしたかったのだが。



「とにかく、もう命を賭けた無茶はしないでくれ盟友よ……」

「ん、とにかく次は相談して」

「申し訳ない。次は絶対しない」

 ノワ子とレイにジトっとした目線を向けられる。

 陳謝するしかないので、ともかく俺は謝ったが、次同じ状況で飛び出さない自身はない。

 そして、どうにか許された俺は、仕切りなおすために話題を変える。


「──────あの鎖野郎さん、あれ大丈夫なのか?」

 ただ、話し合いをしたいが、遠くに見える鎖男が気になるのだ。

 本人はともかく赤い鎖は時たま揺れるので、内心穏やかではいられない。


『君が気絶してから、ずっと沈黙したままだ。おそらく大丈夫だと思う』

「ここはモンスターも来ないから、今はここが一番安全」

 というのがレイ&リティア談、まあ確かにそのとおりだ。

 確かにその通りだが、とはいえ鎖男が気になる。

 その気持ちはいったん頭の隅に置いておき、ノワ子へ視線を向ける。


「ノワ子今何時だ。俺のスマホ、さっきのどさくさで壊れたっぽい」

「えーと、九時三十分……ふむ、前に確認してから二時間ほど経過しているな」

 たった二時間。

 一日は立っているくらいの感覚だが、生き延びるにはあまりに過酷であるのか。


『戦場は往々にして、時間経過が曖昧になる』

「ん、私も百戦して、日がまだ落ちてなかったりする。戦場あるある」

 どこの会長だ……ともかく、この環境は過酷であることは理解できた。

 状況は悪いし、そんな物騒なあるある知りたくなかったのだが。


「ここまで来たのはいいが、二戦して戦果無し……思ったよりもマズいかもな」

『怪物からは特に何も得られなかった。死体も光の粒になって消えてしまったよ』

 情報を得るためのモンスター戦だったが、裏目に出たかもしれない。

 ただ、それでも空想現界の詳細を知れたのは大きい。


 だが、もしメアがいれば情報のすり合わせもできたので、結局はプラマイゼロくらいだ。

 現実逃避のたらればはともかく、今は現状をどうにかせねば。


「ま、過ぎたことはともかく、こっからどうする?ってことだ」

「〈ショップ〉を探したい」

 レイは単刀直入にそう言った。

 このジリ貧の現状を打開するのに、スパっと意見を言ってくれるのはありがたい。


「あのアナウンスが言ってたやつか。情報を得るにはもってこいだが……」

「このモールは結構広大だぞ。聖なる乙女よ」

 その通りでもある。

 闇雲に探しても見つかる可能性は低いのだ。

 けれど、それはこの階の全容が把握できていない場合だ


『けれど、ここはこの〈区域(エリア)〉の最下層だろう』

「おそらくだけどな」

『ならば、上に登りながらもれなく探していけば、いつかは見つかるはずだろう』

 確かに、ここが最下層であることがここにきて活きる。

 この区域(エリア)の構造として、地下が広く作られているのだろう。


「それなら時間はかかっても効率はいい」

「うむ、いい案だ!流石、聖なる乙女を守りし妖精よ!」

 ともかく、ここから上を目指すのが、最適解のようだ。

 正直、この近くに〈ショップ〉がないと詰むが、まだ動けるうちに探索すべきだろう。


「よし……他の〈区域(エリア)〉に行くのは現実的じゃないし、ともかくショップ探しだな」

『ショップに行けば他のエリアに入るための情報があるかもしれないだろうからね』


 俺たちの方針は〈ショップ〉探しに固まった。

 そして、三人と一匹は上へと昇るのだった。



◆◇◆◇◆




 方針が固まり、〈ショップ〉を探しながら俺たちは早々に地下三階まで戻ってきていた。


 ここは先ほど落ちてきた吹き抜けの場所とは違い、飲食店の立ち並ぶレストラン街であった。

 また、少し入り組んだ場所であり、色とりどりの食欲をそそる食べ物の看板が並んでいた。

 奥まで行けば別の〈区域(エリア)〉への入り口があり、反対側に行けばあの地下広場と吹き抜けがあるという立地にある。


「あの地下広場から結構上がって来たけど〈ショップ〉は無いな」

 そう、地下広場の空間は現実よりも引き延ばされており、ここまで来るのにも少し時間がかかってしまった。

 前に来た時よりもかなり構造が変わっており、それも進むのに苦戦した要因の一つだ。


「そうだな。というか、美味しそうな店ばかりではないか!?飯テロ犯ばかりではないか!」

「ん、絵は食べられない」

 そして、レストラン街に来ても、やはり食料は無い。

 あれから一時間ほど、この空間に来てすでに三時間も経っている。

 最後に食べた飯からかなり時間が過ぎている、腹が減ってくる頃合いだ。


「持ってきた菓子もそんなに無いし、流石にヤバいな」

「うぬぬ、小さいチョコでは妾の腹は満たんぞ!」

 どういう鳴き声だ、とツッコみたいが、空腹のため体力を温存しておく。

 一応、持ってきた菓子はあったが、すでに食べきってしまった。

 

 そして、あるのは目の前の食べられないレストラン街という、絵にかいた餅だけである。


「とにかく、ゆっくり登ろう。怪物は回避できているが、急いでまた戦うのは勘弁だからな」

『戦場に兵站は必要不可欠だということが理解できる』

 あの鎖男がモンスターを狩っりつくしてくれたのと、リティアの探知のおかげで、どうにかここまでこれた。

 しかし、メアリアたち空想現界人はどうやって食料を調達しているのだろうか。

 あの時、聞く暇が無かったとはいえ聞いておけばよかった。

 ナギトが思考することで空腹を誤魔化していると────



「──────素晴らしい。ここにも贄が存在するとは、まさしく僥倖!」


 突如として、後ろから張り上げた男の声が背を打った。

 その少し高い声は演劇の宣誓のように仰々しい台詞、されど背に刃物を突き付けられた感覚がナギトを襲う。


 突然の声に振り返るとそこには、緑色の軍服を着た男がいた。

 そして、その異様に驚愕し、ナギトは固まってしまう。




 何よりその後ろには、これまで見たどの怪物よりも()()な覇気を放つ、三頭の獣がしかめっ面でこちらを睨んでいた。



──────ぞわり、と身の毛がよだつ。


 まるで、地獄の王に心臓を掴まれた感覚が、身体を襲う。

 この世の者とは思えない風体と先ほどの銀狼よりも一回り大きいほどの巨躯に圧倒される。


 その威容は驚嘆に値するが、口は糊付けされて塞がってしまう。


…………地獄の番犬(ケルベロス)、そう伝承で語られる神獣が目の前にいた。




────瞠目する少年と打って変わり、恐れを知らない少女の拳がその巨躯へと向かう。



 この場で、行動を取れる唯一の人間である少女は、軍服の後ろにいるケルベロスへと果敢に挑む。

 だが、蛮勇により振り抜かれたその拳は空を切ってしまう。

 否、その拳は目測を誤ったかのように、届かなかったのだ。


 レイからすると、ケルベロスが離れたように見えた。

 だが、後ろからその光景を……それらの一部始終を見ていたナギトは全く別の感想を抱いた。



 ケルベロスは動いていない、ただ()()()()()()のだ。



 身体に違和感を感じ、視線を下げるといつもよりも小さな手があった。

 ナギトが見た光景をそのまま言うと、飛び出したレイは、軍服の男へと近づいた瞬間に幼くなった…………だ。

 時間を巻き戻したようなレイの姿は庇護欲をくすぐる。

 笑えない冗談のような姿であり、服すらも縮んでしまっていた。



「──────」


 そして、横を見ればノワ子が消えていた。

 否、視線から消えていたノワ子を探し、下に目を向けると幼くなった彼女が目を閉じ、地に横たわっていた。


 レイも必死に意識を保とうとするが、抗いがたい眠気に意識を刈り取られてしまっていた。




「──────あ」

 一瞬のやりとり、しかしそれだけで彼らは、全滅と言える状況に陥れられてしまったのだ。

 静かに、膝をついたナギトはただ、息を漏らすしかできない。



「────ああ、幼き勇者は、蛮勇により砕ける……されど、賢き愚者は地にて座す!」


 そして、軍服の男は意識を失ったノワ子とレイを抱える。

 そして、先ほどはなかった場所に突如、ドアが現れる。



「…………臆病者こそ賢者なり、すわ世界の破滅を座して待つ──────閉幕の時、来れり、彼のものに万来の喝采を!」

 まるで、何を言っているかわからない。

 だが、まるでナギトの存在を歯牙にもかけない表情の男につい安堵してしまう。

 軍服男はナギトを嘲笑うように、ドアを開いて二人を抱えて入っていく。

 その光景を見ていることしかできない青年は、呆けるのみ。

 そして、軍服男の入ったドアも消えてしまい、そこに残ったのは────





──────ただ、何もできない愚かなる者だた一人のみであった。

 

〈Tips!〉

・メアリアの能力について

 メアリアの能力は《風神の羽片》である。

 その能力は空気を掴むという単純なもの。

 《風神の羽片》自体はアーティファクトであり、身に着けている者の体重をほぼゼロにする能力もある。

 空気を掴んで空を飛ぶ以外にも、空気を凝縮して敵を固定するという応用もでき、その分の負担は使用者本人に行く。

 《風神の羽片》は本人だけでなく、術者の持ったものにも影響を及ぼす。

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