第一話 令嬢は王子に狂わされて
一目惚れだった。
燃える盛る炎のような真っ赤な髪。他人を威圧してしまいそうなほど苛烈なつり目。子供らしさのあるフリフリのドレスに身を包んだ彼女の立ち姿は子供ながらに彼は見惚れていた。
しかし、彼が見惚れる彼女の瞳には一人の男が映っている。彼女のその男のために生まれ、その男のために育てられ、しかるべき立場となるために今もなお勉強を続けている。
「いいかアーシェ――お前はこれからあのお方のために尽くすんだ。私たち家族は公爵家の寄子なのだから絶対に裏切るんじゃないぞ」
「……はい」
「本当にわかってるのか?」
「……はい」
その時の少年に父の言葉はうまく響かない。そんなことよりも彼は自身の中の心の高鳴りを反芻し、彼女の姿を目に焼き付けることを優先していたのだから。
アーシェ=グラメスタ――公爵令嬢エレノア=イグフレアの初めての異性で同い年の取り巻きとなり、数いる取り巻きの中でも忠誠心の高く、激情家の彼女を諫められる唯一の人物となる。
◇◇◇◇◇◇
――6年後
とある学園の一室――令嬢のエレノアが貸切る形で使っている教室にて、すさまじいほどの破壊音が鳴り響いていた。
花瓶は割れ、カーテンが割かれ、思いっきり殴ったのか壁にはこぶし大の穴が開いていた。
「私は――私は! 殿下のために、殿下のためを思って……っ!! あの、女……ああああああああ!!!!」
令嬢らしくな程に取り乱している彼女は部屋の中で大暴れしており、とある女生徒に向かって怒りを向けている。
近くにいた取り巻きはいつものことながらも最近はさらにひどくなった令嬢に対して恐怖を覚え、なにもできずに固まっている。
そんな中で、取り巻きたちはある男を呼んで、その到着を待っていた。
「お、おい……まだアーシェのやつは来ないのか!」
「よ、呼んでるんですけど、別棟にいるのか遅れるみたいです」
「あ、あああああ、最近のエレノア様は日に日に荒れてるし、唯一止められるあのバカも肝心な時にいない! おい、シャル、エレノア様を止めろよ!」
「む、無茶苦茶言わないでよ!」
令嬢とは別に騒ぎが起きそうになった時、部屋の扉が開けられ、一つの影が飛び込んでくる。
「やめてください、エレノア様! こんなことはやめてください」
「離せ! 離すんだ!」
「離しません。お気持ちは理解しますが、ものに当たるのは公爵令嬢としての資質が問われます。どうか冷静に!」
飛び込んできた影――アーシェがエレノアを羽交い絞めにしてどうにか場を収める。彼女が落ち着くまでしばらく打撃じみたものを受けたが、そんな程度は特に気にならなかった。
ようやく彼女が冷静になり、うなだれながら席に着く。他の取り巻きは今日はもうごめんだとばかりに教室からはいなくなっており、一人残された彼だけが彼女の散らかした部屋の片づけをしていた。
「なあ、なにが違うんだ。あの女と私で……」
「殿下の考えることなど私にはわかりませんよ」
「そうか……すまないな。片付けをさせてしまって」
「俺は構いません。エレノア様の気持ちがわからないわけではないので。あとはお任せください。ここの片づけはしておきます」
「ありがとう。――私はもう行かせてもらう」
彼にすべてを任せて彼女は教室を去っていく。
彼女が寮の部屋で何をするかはアーシェは感知しない。婦女子の部屋に不躾に入ることはいくら一番近い取り巻きと言えどはばかられる。そうでなくても他の女子たちにえらい目に遭わされるだけだが。
一人で残された部屋の中で彼はつぶやく。
「あなたを好きになれない殿下の気持ちなんか、私にわかるわけないでしょう……」
翌日――
「皆さんも知っての通り、魔術というのは属性による適正が個人によって異なり、練度は努力によるものです。才能の介在する割合が大きい世界ですが、魔術というのは奥深い。自身の力を理解し、まだ誰も知らない魔術を生み出すというこの学園の最終目標に向かって頑張ってください」
昨日の教室の片付けなどを終わらせ、必要な修繕を彼は申請しておいた。
学園の2年生となった彼は幾分かこの学園のシステムを理解し、うまく使うことができるようになっていた。とは言っても、それは本当に最近のこと。
エレノアという公爵令嬢が婚約者の王子にすり寄っている女に対して苛立ちが行動に現れ始めてからだった。
最初はそんなに気にしていなかった。
婚約者のいるグループにあまり位の高くない女生徒がいたのか程度のこと。王子が気に入ったのであれば妾にでもという程度で考えていたのだ。
しかし、ここ最近で状況が変わった。
王子がエレノアのお茶の誘いを断り、その女と過ごすことが段々と増えてきた。
最近の噂ではある程度の逢瀬も済んでいるとのことだ。
そして、問題はもう一つある。
その女が王子のいるグループに所属している公爵家などの男子にも気に入られていた。こちらは学園でキスをしていたとの情報がある。
王子に手を出しただけならまだしも、3股ともいえるその状況にエレノアは激昂した。
自分は王子だけを愛しているというのに、生半可で半端な気持ちの彼女が王子に気に入られるなど許せないと。
(あまり過激な手段には出ないでほしいのだが……)
最近は彼女の名でいじめが行われているとの話もある。
ただ、アーシェはそれを信じていない。というよりやっていないことは確信している。
感情的で、手が出るのはそれなりに早いが、彼女は貴族としての誇りを大事にしている。そんな彼女がそんな汚い手段に出るわけがない。
しかし、その話を王子は信じなかった。それ故の昨日の荒れ方とのこと。
今はいいが、このままだと良い方向に事は進んでくれなさそうだった。
「――ミスター・アーシェ。聞いていますか?」
「あ、はい……」
「私の話を聞かずとも魔術を学ぶことはできます。ですが、授業態度が芳しくないのであれば単位は渡すことができませんよ」
「いやホントすいません。勘弁してください」
「まあいいだろう。基本三属である火、水、風に適性のある学生は手をあげてください――」
そのまま授業は続き、いつも通りの光景が過ぎ去っていく。
だが、彼の頭の中はすでにこの後のことしかない。
王子主催のパーティーが行われる。
例の女もエレノアも全員が参加している。
(本当、何事もなければいいけど……)




