霧雨の記憶
ピンク
「だから――。もういい。切るね」
もう何回目のケンカかわからない。最近、彼とはケンカばっかりだ。キッカケはいつも些細なこと。今だって、待ち合わせに遅れるんなら、もっと早く連絡してくれればいいだけなのに。
震えるスマホに目を落すと、彼じゃなく、高校生時代からの男友達のラインだった。
『また彼女とケンカした(涙)』
相変わらずな内容とタイミングの良さに、思わず笑ってしまった。すぐに書き込む。
『同志よ(涙)』
小さな水滴が画面についた。霧雨だ。急いで駅の構内に入り雨宿りをする。
そう言えばあの日も霧雨だったな……。
高校に入学してすぐ、まだ友達ができていなかった頃、一番最初に仲良くなったのがラインの相手である男友達だった。男子なのに女子以上に話しやすかったから、友達を作るのが苦手な私には、彼の存在は貴重だった。
ようやく女子の友達ができた頃、彼女は言った。
「二人ってすごく仲いいけど、つきあってるの?」
私は返事に詰まった。男友達のことは好きだ。でも、つきあってはいない。そう答えると、
「でも、好きなんでしょ?」
そうなんだけど、なんだか私の『好き』は彼女の『好き』と違うようで、
「あなたが言ってる『好き』とは違うけど、好きだよ」と言った。
気のせいかもしれないけれど、あの後から、男友達の態度が少し変わったような気がする。
もしもあの時、「つきあいたいという意味で好きだ」と答えていれば、私と男友達はつきあっていたかもしれない。少なくとも、男友達の友達である今の彼氏とつきあうことはなかった。
男友達とつきあっていれば、男友達は時間にキッチリしてるから、彼とのようにこんな不毛なケンカもしないだろうし、彼と同じ寂しがりやだとしても、男友達なら自分から連絡をマメにくれるから、連絡が少ないと文句を言われることはないだろうし。今よりラブラブなことは確実だ。
あたし、なんであのとき「好きだ」ってハッキリ言わなかったんだろ……。
今からでも遅くないんじゃない?
お互い彼氏彼女がいる身だとしても、別に結婚しているわけじゃないんだから、なんの問題もない、はずだ。しかも今は、どっちもケンカしてることだし。
早速ラインした。
『私たちでつきあう?』
なんて返ってくるかな?
さすがに「いいね。つきあおう」はないわ。でも、もしかしたら「実はむかし好きだったんだ」くらいは返ってくるかも。そしたら「実は私も。素直になれなくて」って返そう。二人の恋は、年月を隔てた分だけ燃え上がるのよ!
早く書き込み来ないかなぁ。
スマホを見つめていると、メール受信中の画像になった。ラインじゃなくてメールってことは長文なの? とドキドキしながら確認すると、彼氏からだった。
なぁんだ。
メールを開かないでいると、今度こそ男友達からラインが入った。
『ケーキバイキングは却下』
はぁ? 誰がケーキバイキングに誘ったのよ! まさか「一緒に憂さ晴らししよう」と勘違いしたとか?
ありうるわ。
そう言えば高校生時代も、いっつも妙な勘違いしてた。天然な男友達だったから、一緒にいて楽しかったし好きだったんだけど、おつきあいするのはなにか違うって感じてたんだ。
私、なにを期待してたんだろ。
たった三年でも思い出って美化されるのね。思い出補正おそるべし。
もしかしたら高校生時代の男友達は、本当に当時の私のことを好きだったかもしれない。でもそれは三年前で、今じゃない。
……ケーキバイキング以外って、なにがいいかな?
お互いのパートナーに誤解されないようななにかを検索していると、未読のメールマークが光っているのに気がついた。そう言えば彼氏からのメール見てなかったわ。
『ほんとごめん。お詫びに今日はおごるから、もう少し待ってて』
しょうがないなぁ。
おごってくれなくてもいいから、早く会いたい。
未来の私も後悔しないように、素直な気持ちで彼を迎えよう。
霧雨がやわらかく道路の色を変えていく。
今日のことだって年月で薄れていつか思い出になる。
私の気持ちは美化されて、霧雨を見るたびに切なくなるかもしれない。
人混みの中で、ぱっと彼の姿が飛び込んできた。
030719修正20190520
告白は、良くも悪くもタイミング! だと思います。




