南の島で
きいろ
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「相棒、今日も誰も来なかったな」
俺の言葉に、子犬は尻尾を振って元気よく答えた。
「今日でここに来て何日目だっけ?」
俺は後ろに置いていた板切れを持ち上げた。
「ニーシー……三十日目か。夏休みももう終わってしまったな」
俺は砂浜にごろりと身体を横たえた。目の前では、街中で見るより小さく見える太陽が、水平線に沈もうとしている。
「また夜になっちまう。相棒、早いけど、もう寝ようか」
わかっていないのだろうけれど、子犬は相変わらず元気よく答えた。俺が立ち上がると、足元にからみついてきた。コイツがいて良かった。もしコイツがいなければ、俺はこの小さな孤島で、一人ぼっちだっただろう。
ほんの一ヶ月前まで、俺はなんの変哲もない予備校生だった。浪人生とも言う。五年目ってところが、少し珍しいかもしれないが。
浪人も五年目となると、親もまわりも、風当たりが厳しくなる。
『そこまでして、そこにこだわらなくてもいいんじゃないか?』
『予備校に四年も行ったんだし、もう大学に行かなくてもいいんじゃないの?』
そうなのかもしれない。
だけどそうすると、俺の四年間はいったいどうなる?
初めの一年目は、確かに遊んでいた。一年浪人すれば絶対入れると、たかをくくっていた。それが落ちた。二年目になって、今度こそ入ろうと、真面目に通っていたけれど、また落ちた。三年目は必死だった。さすがにこれ以上、落ちられない。ところが落ちた。
予備校には、いつも生徒がいる。しかし当然、生徒の入れ替わりはまちまちながら、入学するヤツ、卒業するヤツ、辞めるヤツがいるのだ。三年目までは、予備校の主のように思われていた俺だけど、四年目になると肩身が狭くなった。予備校でできた友達は、次々といなくなる。初めは連絡をとっていても、大学生活を満喫するのに忙しいのだろう。だからと言うわけではないけれど、俺は四年目も失敗した。
心機一転、俺は予備校を変えることにした。
同じ学校に四年もいて受からなかったのだから、と、これには親も納得した。最後のチャンスだ、とも言われたし、俺もそう思った。それがこんなことになるとは……。
子犬が俺にくっついてきた。かすかな寝息は変わらない。この小さなぬくもりに、ここに来てどれだけ救われたことか。夏休みの大切な時期にこんなことになって、俺一人だったら、もっと捨て鉢になっていたはずだ。
それにしても、この犬は誰が連れてきたんだろう? 船で缶詰合宿という妙な企画とは言え、参加者は受験生と先生ばかりだった。いったい、誰が小犬を連れてきたんだろう?
降りそうな星空の下、俺は葉っぱのベッドの上で目を閉じた。
このとき俺は、まだ楽観していた。船が沈んだのだから、それなりに捜索されているはずだ。すぐに助けがくる。それまで、南の島での夏休みを楽しもう。そう、思っていた。
「相棒、今日も誰も来なかったな」
すっかり大きくなった子犬は、答えるように元気よく吠えた。
「今日でここに来て何日目だっけ?」
俺は後ろに置いていた板切れを振り返った。
「ニーシー……もう三年か。世界はいったいどうなってるんだろうな」
俺は砂浜にごろりと身体を横たえた。目の前では、見飽きた太陽が、水平線に沈もうとしている。俺が無言で立ち上がると、相棒も立ち上がり、寝床まで先導した。
食べ物に困らないことが幸いだったのか。俺はこの小さな南の島で三年も生き続けていた。本当に世界はどうなったんだろう? 知らない間に、なくなってしまったのか?
相棒が、俺の身体に寄り添った。そして規則正しい寝息が……おかしい。
「おい! 大丈夫か?」
荒い息づかいをする相棒の身体は、いつもより熱かった。どうすることもできないまま、相棒は息を引き取った。
それからの俺は、抜け殻のようだった。
せめてもと、あちこちで花を摘み取り相棒の墓に添える毎日。魚をとることも、前ほど楽しくなかった。いっそ俺も死んでしまえれば。そう思わない日はなかった。
いつものように相棒の墓のそばで昼寝をしていると、きな臭い匂いがした。目をあけると、すでに枯れた花から、火が上がっていた。どうやら、昼寝をする時に置いた眼鏡のレンズが、枯れた花に火をおこしたらしい。花は大量にあったので、火は収まらず、しばらく燃え盛った。
暖かい南の島で、これ以上暑くなることはないと思っていたのに、炎の熱が、離れているところまで伝わってきた。
「雪?」
俺は目を疑った。白いものが、後から後から降ってくる。
『ここが南の島なら良かったのにな』
突然、俺は思い出した。昔、これと同じような光景を見たことがある。
俺が小さい頃暮らしていたのは、寒い地方だった。学校の帰り道、子犬が捨てられていて、箱のなかでもう息をしていなかった。ここの人間なら、こうなることがわかっているから、生き物を野外に放置したりしないのに。あの時も、こんな風に雪が散らついていた。
「相棒、おまえはあの時の子犬なのか?」
見上げていた目に灰が入り、俺は涙を流した。そして、目を開けた。
「先生! 患者の意識が戻りました!」
「三年も眠ったままだったのに、奇跡だ!」
20040221修正2019




