真珠姫(童話)
ピンク?
海の片隅に、今もひっそりと人魚がいます。
もう少なくなってしまった人魚たちは、家族ごとに固まって、仲良く暮らしていました。
人魚は、海をきれいにしたり、魚を保護したり、真珠を作ったりと、地上の人間と関わることはありません。
海にいるためか、人魚の時間の流れ方は、人間よりもゆっくりしています。
人魚の一年は人間の十年にあたり、千年は軽く生きるのでした。
そんな長い時を過ごす人魚にとって、『悲しいこと』は致命的です。
ゆるやかな生活の中、嬉しいことは稀なので、悲しみがなかなか癒えません。
一つの悲しみから鱗が剥がれ続け、命を落とす人魚もおりました。
真珠作りを営む人魚の家族に、特別な娘がいました。
その娘が他の人魚から話を聞いて真珠貝を握ると、真珠に想いを込められるのです。
そうすることで、話をした人魚の悲しみはやわらぎ、嬉しさは形を持ち、繊細な人魚を慰めました。
娘は『真珠姫』と呼ばれ、遠い海に住む人魚もわざわざ真珠作りを頼みに来るほどでした。
どこから噂がもれたのか、いつからか、地上の人間も真珠姫の真珠を望むようになりました。
家族や他の人魚からは反対されましたが、人間も悲しみが辛いことと、珍しい話が聞けることもあって、月のない暗い晩、海と繋がった小さな洞窟の中で、真珠姫は人間の服を着て、人間の話を聞いて真珠を作るようになりました。
ある日のこと、真珠姫は洞窟で、出来上がった真珠を渡していました。
赤みを帯びた真珠を前に、悲しみを話した人間は、また、はらはらと涙を流しました。
流れる涙の横に少しやわらいだ口元を見て、その人間を支えていた青年が、感心したように言いました。
「親父の悲しみで真珠がこれだけ綺麗になるのなら、君の想いのこもった真珠は、きっともっと美しいんだろうね。良かったら見せてくれないかい?」
真珠姫は驚きました。
今までは、作ってほしいと言われるばかり。
見せてほしいと言われて、初めて、真珠姫は自分の真珠がないことに気づきました。
それを聞いた青年は微笑みました。
「それじゃあ僕と一緒に出かけよう。それから作ったものを見せてくれたらいいよ」
青年との約束の日、真珠姫は深海に住む物知りな人魚からもらった薬で、尻尾を足に変えました。
歩き慣れない真珠姫は、青年と馬車に乗り、見たこともない土地で、息を飲むような夕焼けを見ました。
海に戻ると、さっそく真珠姫は真珠を作りました。
それはそれは美しい、オレンジ色の真珠が出来上がりました。
「でも……」
真珠姫が見た夕焼けは、もっと赤く、もっと深かったように思いました。
それから毎月、男は洞窟を訪れ、真珠姫を誘いました。
ある時は山へ、ある時は町へ、ある時は別の海へ。
そのたびに真珠姫は真珠を作るのですが、どれもなにか足りない感じがしました。
作った真珠を見せていないためか、青年は何度も真珠姫を誘いにきます。
催促されているのかと真珠姫は焦り、ちっともうまくできません。
そのうちに、いつも作っている真珠すら作れなくなってしまいました。
仕事を休み、青年の誘いも断る真珠姫の元に、ある晩、青年が花を持って現れました。
心配する青年に、真珠姫は思うように真珠が作れないことを話しました。
「真珠のことなんて忘れていたよ」
と、青年は笑いました。
「作った真珠を見なくても君を見れば、君がどんな気持ちかわかるよ。君は確かに真珠に気持ちをこめられるんだろうけど、それで依頼人の悲しみが癒えるんじゃない。君が話を聞いてくれるからだ。依頼人は、君に話を聞いてもらえることで気持ちがやわらぐんだよ。僕はね、君自身が悲しんだり、楽しんだり、喜んだりしてくれたら、真珠なんてどうでもいいんだ。僕はそんな君を見てきたし、これからも見たい」
真珠姫は、真珠を作ることができるようになりました。
そして今日、真珠姫は海を出ます。
地上の人間に嫁いでしまうと、もう海には戻れません。
家族の人魚が、海に浮かんで見送ります。
海でのことを一粒でも作っておけば良かったと、真珠姫が心苦しく思っていると、人魚が言いました。
「真珠がなくても、私たちはあなたのことを忘れない。あなたの幸せを毎日想像するし、信じているから」
海から上がる真珠姫の目から一粒、涙がこぼれました。
朝焼けの中、数秒後、静かに海に消えました。
それは、今まで作ってきたどんな真珠よりも輝いていました。
20040908修正2019
童話風人魚姫でした。
最初は、友達の結婚お祝いに書いたように思います。
K.様のサイト「伍拾音式。」(50のお題)の「涙」のタイトルで個人サイトに載せていました。




