1500年ごろ幕間:戦象と戦馬
戦象と戦馬についてです。
オスマン帝国、そしてインド諸国。
彼らの商う軍馬の種類の多様さと豊富さ。
血統の管理の厳しさと交配による能力と素質。
その知識の豊富さは日本人の常識を越えていた。
性格(利口さ、賢さ、勇敢さ、臆病さ,馴致性)
体力(回復力、頑健さ、瞬発力、健康さ、)
身体能力(筋力、心肺能力、持久力、脚質、速力)
血統によって、馬の設計図を決めているらしかった。
例えば性格(勇敢さ)+体力(瞬発力)+身体能力(速力)で突撃騎馬隊。
性格(賢さ)+体力(頑健さ)+身体能力(持久力)で旗本親衛隊。
なんでもござれだ。
奇妙寺の僧形の知っている馬は木曽馬である。
短足で胴長。
全高135cm。
体重350kg-420kg。
蒙古草原馬が、2-3世紀に朝鮮経由で入ってきて、木曽で育ったものだ。
本州ではこの1種類しかない。
インドの馬はマルワリ種という馬だ。
全高152-163cm。
体重380kg(平均)。
お耳がクルリンッと曲がった特徴がかわいい。
西欧人はこれを品種改良に失敗したと馬鹿にしていた。
しかし実は、賢く勇敢な戦馬である。
エピソードにも事欠かない。
インドの戦場には戦象がいる。
人を殺す事だけを躾けられた戦闘兵器である。
鼻の先に大刀を握りしめ、ブンブン振り回しながら突進してくる巨象。
大刀で敵兵士を切り刻む。
敵兵を押し倒し、踏み潰す。
牙で串刺しにして、放り投げる。
その怒り狂った戦象に立ち向かう方法はただ1つ。
コスプレである。
マルワリ種の戦馬は子象のコスプレで戦象に接近した。
Marwari horse in false elephant trunk.
<偽りの象の鼻を付けたマルワリ種の戦馬>
哺乳類である象は元来、子供思いの賢い性質だ。
決して子象に乱暴したりせず、逆に命がけで守るのだ。
戦場に子象がいたら守ろうとする本能がある。
これを利用する。
大人しくなった戦象に子象のコスプレで近づく。
象使いを仕留めて終わりである。
象は気が狂って暴れ出したら、もう手に負えない。
象使いは、その時の為に、象を殺す道具も持っていた。
象使いを仕留めれば、象はボーッと突っ立ているだけだ。
もう誰の命令も聞かない。
ほかにも対戦象戦略はあった。
象そのものに危害を与える方法である。
紀元前331年、メッセニアのメガロポリス包囲戦で釘を打ち付けた板を地面に置き、象が踏んだ。
釘を踏んだ象は暴れ狂って、味方の兵に大損害を与えた。
進行方向に「杭を足を絡ませるように」配置しておく。
6mの長槍で遠くから、弱点の横腹に襲いかかる。
動物の嫌う火矢を放つ。
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マルワリ種の馬には戦場で王を救って息絶えたエピソードもある。
メーワール王国とムガル帝国の戦い、ハルディーガーティ(Haldighati)の戦いだ。
王の愛馬チェータックは致命傷を負いながらも、王を救い息絶えた。
奇妙寺の僧形は目を回した。
戦象と戦う戦馬。
想像出来ない。
そしてアラビア半島から来るアラブ種。
2000年の歴史を持ち、品種として確立しており、管理された血統がある。
始祖はアラブ種の根幹牝馬(ケヒレット・エル・アジュズ:老婦人の牝馬)まで遡れる。
乾燥した気候に順応し、耐久性に優れている。
バルブ種は北アフリカ原産の軽種馬である。
イベリア半島に渡り、700年代にアンダルシアン種の複数の始祖の1つとなった。
<サラブレッド、トラケナー、リピッツァナー他はまだ品種改良が始まっていない>
サラブレッドは体高160-170cm、450-500kgのバケモノである。
速く走る事だけに生産され、神経質で、閃光や騒音に弱い。
競馬場で速く走る能力は他の追随を許さない。
馬の種類の多さ、血統の管理に舌を巻いた奇妙寺の僧形。
日本にも輸入して、研究しなければならない。
しかし、すでに機を逸した感は否めない……。
2000年ほど、出遅れているのだ。
周回遅れの騒ぎではない。
奇妙寺僧形の目を引いた馬がいた。
アハルテケ種だ。
これが三国志に出てくる赤兎馬だ。
安息国には汗血馬(アハルテケ種)がいた。
前漢の武帝は中国の馬より遙かに体格のいい馬を捜していた。
武帝はこの馬を買い求めて、軍事力を強化したのだ。
この時、同時に輸入されたのがパルティアショットだ。
馬に乗って最前線に出る。
くるっと180度転進、後退ざまに後ろ向きに矢を放つ。
これの繰り返しだ。
曹操軍では曹真がこの名手だったと聞く。
僧形はアハルテケ種が気に入った。
「これはいいものだ!」
ただ甲斐国で育てるにしても戦馬としては使えない。
大平原を疾走するに良いが、山岳地帯の登攀に弱い。
一生観賞用として暮らす事になる。
この地で暮らすのが1番幸せなのかもしれない。
奇妙寺の僧形はマルワリ種+アラブ種+バルブ種を買い付けた。
これらの血統を管理し、交配を行い、日本の戦馬を作り出すのだ。
平地が少ない日本で活躍の場は無いかもしれない。
だが、だからといってこのままではいけない。
マルワリ種の近縁馬種カチアワリも購入した。
なんかちょっとタレ目っぽいところが気に入った。
馬は畜獣専用船を建造して大量に日本に送り込んだ。
機帆船はだいたい10日もあれば日本に到着する。
馬に船旅の負担を掛けたくなかった。
輸入船が清水港に着くと外来種の馬は目を引いた。
「でかい!確かにでかい」
「大人しそうな目をしている」
「オミミガクルリンというのだそうだ」
いや違う、勝手にあだ名を付けるな、これはだな……。
オミミガクルリンはあっという間に広がり、俗名になってしまった。
さっそく広々とした牧場で馬を飼い始めた。
調教も行い、馬場で走らせてみた。
平地の脚力はさすがである。
その速度に勝てる日本在来種はいなかった。
だが、傾斜地はまずかった。
木曽馬は山間部で飼育される。
そのため足腰が強く、頑丈だった。
また後肢がX脚になっている。
これは傾斜地で踏ん張りが効く。
それゆえ登攀が得意である。
外来種は大きな身体が災いして、コケてしまった。
だが使えないわけではない。
新大陸アメリカはだだっ広い荒野が続く。
そういった場所で使えばいい。
その機会はまもなくやってくる。




