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NHEX03 お家再興のため奮闘します  作者: mesotes
1章 賀茂家の栄華と没落、そしてS岳掃討作戦
17/21

1-17 S岳掃討作戦-千軍、その興り-






「……あなたが、『魔王』の一人?」

 高高度の上空で『喜びの魔王』と相対する望月は妖刀を握る手に力を篭める。その手には緊張から汗が滲んでいた。

 現在『魔王』を冠せられた者は世界に五名いる。

 いずれも強力無比な力を有し、一度暴れれば誰にも止める事ができないと言われるほどの実力者達だ。

 唯一絶対最強の称号『アークマスター』がただ一人のみに与えられ、世界の頂点に立つ者を示す事に対して、『魔王』はその一つ下の称号に当たる。

 準最強を示すその『魔王』の称号は、実質的な最強格として捉えられている。

 例えば、某国家最強、某組織最強などという冠詞付きでの「最強」で言い表せる人物はたくさんいる。だが、これらの冠詞抜きでただ単に「最強」と言えば自動的に彼ら六名を指す言葉となる。退魔術士の世界において、それは暗黙の了解なのだ。

 『魔王』とは世界の最上段に立つ者。正しく天才。人外の怪物。

 彼らの前に立つべからず。争うべからず。

 彼らに抗えるのは同じ『魔王』或いは、それ以上の『アークマスター』のみ。

 それが『魔王』である。

「君が一番乗りですね。その内もっと沢山の人たちが駆けつけてくるでしょうが、まさかこれほど早いとは感心しましたよ。うん。その異世界から来たという妖刀(アーティファクト)の力は噂に違わぬ、といったところですか。確か……銘は、そう。青鸞(せいらん)でしたか」

 まるで世間話をするようにゆったりとマカーブルと名乗った『喜びの魔王』が語りかけてくる。両手を胸の前で組み、まるで聖職者のように。

 望月は『魔王』の前に立っているというだけで今にも押し潰されそうなプレッシャーに耐えながら、その一挙手一投足に注意を払い続ける。

「……どういうつもりだ」

「うん?」

「どうして邪魔をした。あなたに用はない。下がっていてくれないか」

「うーん……そうですね。君があそこに加勢したらすぐに決着が着くでしょう。折角今、楽しく観戦しているのだから、余計な邪魔をして欲しくないんですよね」

 『喜びの魔王』は朗らかな笑みを絶やさずにそう言った。

「戦力としては今のままが丁度いいんですよ。スリルあって、どちらが勝つか見てて楽しめる。そこに君が加勢したんじゃぁ……バランスがあっという間に崩れて簡単に決着がついてしまう。それじゃあつまらない」

 大げさに肩を竦めてから、楽しそうに笑う。

「だから、君もここで私と一緒に観戦しませんか」

 無邪気な笑顔でそう提案する『喜びの魔王』を望月は鋭く見つめる。その真意を見抜かんとばかりに。

「目的は……僕の足止め、か? まさか今山で起こっている事に『魔王』が絡んでいる?」

「ふふふ。それは残念ながらハズレです。私は誓って無関係ですよ。単に面白くなりそうな火種を見つけたからここにやってきただけでして。まあ信じる信じないは自由ですが」

 望月は黙って『喜びの魔王』の言動に注意を払う。そうしながらも頭の裏でその言葉に不審な点や矛盾がないか検証し続ける。

 そんな必死な望月を見て、毛を逆立てる子猫に対するように優しく『魔王』は声をかける。

「まあ観戦も楽しみなのですが、私の目的はどちらかというと君ですね。こうして大きな事件のある場所で張っていたらいつか出会えると思っていましたよ。何度かハズレを引いて時間はかかりましたが、急いでいるわけでもなし、こうしてようやく会えたので嬉しさもひとしおです」

「なに……?」

「ああ……そんな怖い顔をしないで下さい。私はただ、友人から話を聞いて君と実際に会ってみたかっただけですよ。そして確かめたかっただけです」

「なにを、だ」

「それは秘密です。まあこちらとしてもこのままでは消化不良といった所ですが。残念、とも言っていいですかね。ですが今回はこれで良しとしておきますよ。さて。少々嬉しくなって饒舌になってしまいましたがお喋りはこれまでにしましょうか。もしこれ以上私の口を割らせたかったら力ずくでどうぞ」

「……」

「下がるだけなら別段止めはしませんが、私を回避して山へと行こうとしない事ですね。無駄ですから」

 望月はそれ以上『喜びの魔王』に取り合わず、妖刀の力を以って一気に加速した。一度この場から離れ、大きく回りこんで山へと向かうつもりだった。

 『魔王』に背を向ける危険を冒しながらも数秒で音速に達し、急カーブを描いて一気にトップスピードに突入し、大空を飛空しながら迂回ルートを通ろうとした望月。

 だが。

”――いかん!”

「っ!?」

 望月の頭に直接響くような女性の声がした。望月のパートナーの声だ。

 如何なる魔法を使ったのか、大気が渦巻いたと感じた次の瞬間には激しい竜巻が巻き起こっていた。それが望月のそれ以上の進出を阻む。

 風に翻弄され天地を見失いながらも景色の歪みを察知した望月は、その時点で強引に竜巻から脱出した。

 そして気がつけば、望月は再び『喜びの魔王』の前へ立っていた。

 彼から遠く離れていたはずなのに、だ。この不可解な事象が何らかの彼の能力に違いなかった。

「言ったでしょう。無駄だと」

 穏やかに諭すように言う『喜びの魔王』に、望月は内心舌打ちをした。

「なら、実力で押し通る……!」

「空中戦はあまり得意ではありませんが、まあお手並み拝見といきましょうか」


 ☆☆☆☆☆☆


 地鳴りがしている。

 それは駆け上ってくる獣達の足音。

 山中の全ての妖怪が、一斉に山頂目指して移動しているという悪夢の始まりの秒読みに他ならない。

「こいつ、よりにもよってさっきの咆哮で今この山にいる妖怪全て呼び寄せたわね!」

 アズサが思わず歯軋りし、焦燥に身を焦がしていた。

 さすがに両面宿儺を相手取りながら、他の妖怪の相手などしていられない。

 十体や二十体ならまだいい。それだけならフリーのアズサだけでも対処できる。

 だが、予想されうる妖怪の数はゆうに百、二百を下らない。

 如何にD級C級がアズサらにとって取るに足らない妖怪とはいえ、この数を今この状況で相手し続けるのは厳しい。

 ただでさえ両面宿儺とはなんとか拮抗していると言える戦況だというのに、ここで山中の妖怪が群がってくれば極めて厳しい苦境に立たせられる事は想像に難くない。

 それはアズサだけでなく、北条、高野も共通する状況判断だった。

 これはマズイ、と。

「ふむ……これは誰かが下の妖怪群を排除に動かねばならんか? しかしワシではさすがに全方位から来る敵を一度に全て相手取り続ける術はないしの……」

 ただでさえ戦闘人数の少ない中、一人対応に当たるために戦列から抜ける事は、下手すれば戦線の崩壊に繋がりかねない。

「いっそその場その場で誰かが強力な広範囲の魔法で掃討を繰り返すのは……いや、やはり必ず誰か一人の手が空いているとも限らん。詰みが見えとるの」

「ぼくちんはこいつから目の敵にされ続けてるので無理でゴザル」

 筋肉を振り絞って錫杖を振りかざしながら真言を唱える高野が渋面になり、大天使ウリエルを背に背負いながら聖気を纏うルーインが関係ねぇとばかりに哄笑を響かせ金髪を振り乱しながら攻撃の手を緩めず、北条が必死に太刀で両面宿儺の猛攻を凌ぎ続けながら肩を竦めた。

 両面宿儺と交戦を続けながら、北条と高野は瞬間瞬間の隙を見つけながら相談を交わす。

「一番適役なのはルーインと……あの玄武、かの? 十二神将ほどの力であれば大津波(ビッグウェイブ)級の魔法もまず間違いなく使えるであろうし。それで一切合財を洗い流せるじゃろう」

「けど、あの少年がちゃんとぼくちん達の言う事聞いてくれるかなぁ? 十二神将を使役する天才といってもまだ子供でゴザルよ」

 北条の懸念は最もだ。なにしろ、顔見知りなのは北条、高野、ルーインの三者のみであって、総一とアズサはほとんど行きずりでしかない。

 その人柄や目的など互いに詳しいわけではないのだ。信用も信頼もほとんどない。加えて子供であれば精神的に未熟で理屈よりも感情がより強く先行しやすい。

 そこで二人の視線が総一に集中する。ルーインは嬉々として高らかに神への愛を叫びながら、両面宿儺の胴体に巨岩を砲弾のように叩き込んでいた。

 当の総一はといえば、肩で息をしながら玄武と両面宿儺の攻防を睨むように見上げ続けていた。

 流れ弾を五行の土気で作り上げた防壁で懸命に防ぎ、或いは玄武のサポートに走る。

 その少年の心にあるのはただ一つ。この山の異変を食い止め、浄化を完遂させる事。

 それができるまで一歩たりとて引くつもりはなかった。

 一人で賀茂家宗主としての看板を背負い、賀茂家の衰退を防ぐため。

 何よりも、残った一族を守るために。

 そのために、今総一はここにいる。

 不退転の決意をもち、己の命を恐るべき鬼神の前に晒し、死力を尽くし、前だけを見据え続けている。

 賀茂家という己の居場所を守るため、少年は戦う。

 例え一人だけであってもその意志は変わらない。他の者らが撤退を選択したとしても、総一はここに残り最後まで戦い続ける事を選ぶだろう。

 元より他の者を当てにしておらず、完全な信が置けるのは己が使役する玄武のみ。

 総一は自分の力しか信じていない。またそれは頼れる者が皆いなくなってしまったという裏返しでもある。

 だから、総一は一人で決める。

 そして迷わない。目指すものはたった一つなのだから、これ以上ないというくらい明確なのだから。

 山頂に向かって来る妖怪の気配を察知しても、総一は怯えも恐怖も感じる事なくどうすべきかを考える。

「たくさんの敵が近づいてきてる」

「邪魔」

「ならどうする」

「やっつけよう」

「全部、やっつけてしまえばいい」

「できるかな」

「もっと」

「もっとたくさん呼ぼう」

「そしてやって来る皆を殺してしまえばいい」


「そうだ――邪魔をするやつは絶対に許さない」


 総一にとってはそれだけの話だった。

「急急如律令」

 それは静謐で、厳かな声だった。

 総一の周囲に次々と鬼が召喚し続けられる。立派な角に鋭い牙と爪。凶暴さを隠しもしないその目は釣り上がり、獣の皮を腰に巻いて上半身は盛り上がった筋肉むき出しの裸。その手にはいたるところにトゲの付いた凶悪な金砕棒がある。軽く十kgを超えるそれを鬼が振るえば岩とて一撃で砕けてしまう。

 そんな鬼の数は一体や二体に留まらず、10、20と増え続け、ついには100を超えた。

 増える。

 増え続ける。

 まだ止まらない。

 地獄から鬼が溢れるように総一の周りへと顕現し続ける。

 その光景は異様であり、威容でもあった。

「なによ、この数……これが、私の知らない日本の魔法? 陰陽師の力なの?」

 総一の傍らで戦慄したように呟くアズサに構わず、総一は式神の召喚を続ける。

 そして気がつけばアズサは総一と共に総数300近い数の鬼達の中心にいた。

「これはまた……たまげたの」

「ほぉぉぉぉぉぉう。すごい、すごいでゴザルな! ははっ!」

 その式神の鬼の軍勢を見た北条と高野は思わず感嘆の吐息を漏らす。

 ルーインやアズサの二人より陰陽師という退魔術士をよく知る北条と高野だからこそ分かる。

 この式神の数は異常だという事を。

 一流の陰陽師が使役する式神の数は、多くても十数体程度。だが目の前の光景はその陰陽師の常識をあっさりひっくり返す。

 幼い男の子の若き才気を前にして、二人は推し量るような鋭い視線を送っていた。

「賀茂家の遺児……か」

 だがこの数の式神の代償もまた総一であっても大きかった。

「う……ぇ……」

 同格の式神を複数体使役するのと、格の異なる式神を同時に使役するのでは制御の難易度が違う。

 力が異なる式神の制御は非常にバランスが難しく、難易度が跳ね上がる。だから陰陽師は式神を打つ時は同格のものしか使役しない。パワーバランスの異なる式神を打ち、強力な方の式神の制御に気を取られて、もう片方の式神の制御を疎かにして式神が狂う悲劇は過去何度も記録されている。

 初めてその禁を破った総一は、式神の手綱を握るだけで一杯一杯になってしまっていた。

 集中力の全てが式神の制御だけに割り振られる。余裕が全て吹き飛び、その結果体を動かす事を放棄せざるをえないほど式神の使役にかかりきりになってしまう。

 膝から崩れ落ち、両手を地面につける。その体を支える両腕もまたろくに力が入らない。ただでさえ戦闘による地震で立つのが困難な状況下なのだ、総一はすぐに地に倒れ呻く事になった。

 吐き気、頭痛が総一を苛み、頭の中がグルグル回る。

 一瞬前後不覚に陥り、玄武を含め呼び出した全ての式神の制御が一気に総一の手元から離れようとした。

「……っ」

 だが間一髪、制御の手綱を引き戻す事に成功する。

 もう一瞬遅ければこの場にいる全ての式神が狂い、総一に殺到し、生きながらバラバラに引き千切られその腹の中に収められてしまう所だった。

 全身に力が入らず、揺れ続ける地面に転がり雨に打たれながら、総一は周囲の鬼達に指示を下す。

「……行って」

 今か今かと暴れられるその時を待つ鬼達。その凶暴な衝動を総一によって我慢させられているのはその鼻息を荒くした表情だけで一目瞭然だ。

 それが、その主のGOサインが出た途端に鬼達は歓喜に咆哮し、一斉にバラバラに飛び出して行った。

 もはやろくに思考もできず、倒れ伏したまま戦場も視認できない今、細かい指示を出すのが不可能だった。そのため、総一は新たに召喚した鬼達に下したのは次のたった一つの命令だけ。

「ここに来る敵全部やっつけて」

 解き放たれた鬼達は、両面宿儺の元へと集おうとする妖怪達を探し、見つけ次第手に持つ武器で殴りかかりに行く。

 それは猟犬のようだった。

「うはっ、この数を一人で統率するとか! まさに一人軍隊(ワンマンアーミー)! 『傀儡師(マリオネットマスター)』、『人形王国(パペットキングダム)』みたいでゴザル!」

 心底愉快そうな、テンションの上がった北条の喝采が飛ぶ。

 跳び上がった北条が見下ろす視界では乱戦模様が広がっていた。

 黒い鬼や悪霊達と式神の鬼が喰らい合っている。

 総一の召喚した鬼と駆け上がってくる妖怪の実力に大差はない。だが鬼達は高所の利点もあって苦戦する事は少なかった。

 唯一の問題は強酸性の雨。すぐに影響を受けるほど鬼達は柔ではないが、時間の問題だ。いずれ酸に侵され、鬼達は戦えなくなるだろう。

 限定的な間だけだが、今戦線崩壊を食い止めているのは確かに総一の尽力のおかげだった。

 そしてそれがあまり長く保てないという事も全員が察していた。

「ちょ、ちょっと、あなたしっかりしなさいよ!」

 アズサが慌てて死んだように倒れ伏す総一に駆け寄った。

 両腕で抱き上げても総一はぐったりとして苦しそうに顔を歪めるだけ。完全に無防備な状態だった。

シャイセ(ああもう)!」

 そこへ二人の周囲へ戦闘の余波が襲い掛かる。

 両面宿儺と北条とのぶつかり合いで周囲の岩石が真横へと吹き飛ばされたのだ。

 直撃コースの岩の弾丸を、アズサは悪態をつきながら華麗に跳躍して殺傷圏から離脱した。その腕に総一を抱えたまま。

「仕方ないわね……!」

 何を思ったのか、駆けながら総一とバスタードソードを片手で抱え直し、高い防御性能を備えているオーバーコートを手早く脱ぎ去るアズサ。

 コートによる保護がなくなり、強酸性の雨に晒される。

 だがそれに構わず、アズサの編上靴が強く地を蹴って二人は一気に空へと跳躍した。

 まるで蓋のように広がっている分厚い黒雲がぐんぐん近づく。降りしきる黒い雨に逆らいながら上昇する中、アズサに変化が起こる。

 まるで空砲のような空気を打つ乾いた音が響いた。

 アズサの背に翼ができていた。

 それは一見コウモリの翼のようだった。ただし深い赤色に染まっていたが。

 スーツの背の生地を突き破り、数mもの長さまで広がった赤い皮膜が風を一杯に受ける。

 魔法の力により翼から風が生み出され、その推進力を受けてアズサ達は空をゆったりと飛翔していた。

 飛行が安定したのか、荷物のように取り扱っていた総一を、アズサが抱えなおす。

 人形かぬいぐるみよろしく後ろから抱きしめられる格好になった総一の視界に、奇妙な物が映った。

「ぇ……?」

 総一が自分の胸の前で組んであるアズサの手の甲を見て、小さく驚いた声を出す。その手には真っ赤な鱗が生えていたのだ。

 ゆっくりと見上げた総一の視界に入ってきたのは、やはり真っ赤な鱗。アズサの顔から首にかけてそれがびっしりと生えていた。しかもそれだけに留まらず、その瞳は縦長の真っ赤な虹彩を持ち、口には鋭い牙が立ち並び、鼻と口も少しだけ盛り上がっている。

 吐く息は白く、手の爪もまた鋭い鉤爪のように変化していた。

 その姿はまさに半人半竜。

「あんまりジロジロと見ないでよね。この姿、人目に出すの好きじゃないんだから」

「ぁ……うん」

 総一を抱きしめるアズサの腕に力がわずかに篭る。柔らかい女性の体が総一の後頭部に押し付けられる。だが総一は腕や背後から不機嫌そうな気配を敏感に感じ取り、口を噤んだ。

 これがアズサが今まで封じてきた手札、竜人変化だった。

 アズサは火竜の血を引く一族の出だった。神や魔物、妖怪と契りを結び、特殊な力を持つハーフを産む物語は古今東西の神話や伝承に残っている。アズサは欧州の一地方でその特殊な血をつなぎ続けてきた一族の一人だった。

 似たような秘術に『竜魂憑依』があるが、こちらは一時的に竜の力を宿して半人半竜と化すものでアズサの竜人変化とはプロセスが異なる。

 半人半竜になれば強靭な肉体が得られ、竜の属性が付与される事による竜の吐息(ドラゴンブレス)や感覚器官を向上させる超感覚といった特殊能力が扱えるようになる。

 退魔術士としては強力な力だ。

 だがアズサはこの半人半竜の女性にあるまじきウロコや顔の変化が好きではなかった。他人に見られるのを嫌悪している。とはいえ、あくまで好みに合わないというだけで必要であれば使う事に躊躇いはない。少々不機嫌にはなるが。

 上空、なんとか50mを超える両面宿儺よりも上に位置取り滑空を続けるアズサ。ここなら戦闘の余波で襲われる事も少ない。せいぜいが両面宿儺の動向に注意していればいいくらいだ。

 そこに山から黒い影がいくつも飛び出してきた。

 妖怪と化した鳥達だった。翼で風を打ち、アズサ目掛けて旋回しながら上昇してくる。

 あっという間に囲まれるアズサは、しかし泰然と滑空を続けていた。

「……舐めるな」

 それは冷たい声だった。同時にアズサの竜の瞳が苛立たしげに細められる。

 編隊を組んで四方八方から襲い掛かって来る妖鳥にも動じず、アズサは口を開き、息を吸い込む。口の奥が明るく輝く。

 ――灼熱の炎が走った。

 雨と凍える空気を切り裂いて飛空を続けながら、囲んできた妖鳥全てに炎の吐息を浴びせかける。

 火竜のブレスに触れた妖鳥は皆一瞬で丸焦げになって墜ちていった。

「この程度、いくら束になってかかってきても遅れをとる私じゃないわ」

 憤怒と無念。威圧する言葉とは裏腹にそれらがない交ぜになった、今にも唾棄しそうな声色だった。

 C級程度にやられるなど、ルーンナイトの誇りにかけて許されない。

 だがそんなルーンナイトという誇りも、この場で唯一両面宿儺との戦列に入れないアズサにとっては無残なまでにズタズタに切り裂かれてしまっていた。

 大空から山頂を見下ろせば、軽快に動き回る両面宿儺が見える。そしてその周囲では総一の使役する鬼達が山頂へ駆け上ってくる妖怪達と交戦し、戦場の均衡が崩壊するのを食い止めている。

 総一の鬼が金砕棒を振り回し、山の黒い鬼の頭を叩き割る。別の場所では黒い鬼が総一の鬼の首筋へと牙を突き立て、首から肩にかけての肉を食い破っていた。

 そんな戦闘がアズサら二人の眼下のあちこちで繰り広げられている。

 そこでふと、アズサが気付いた。

「ちょっと、あなた……」

 総一の手や顔を見たアズサの顔が引きつる。

 外気に露出された総一の顔や手などの肌がぽつりぽつりと白く、或いは焼け爛れるように赤く膨れ上がっていた。

 総一はこれまで陰陽中和の術で降りしきる強酸性の雨から身を守っていたが、ここでその術の効果が切れかけても更新し直す余裕もなくなっていたのだ。

 慌ててアズサは自分のコートを総一に頭から被せる。

「被ってなさい。私はこの姿なら平気だから」

「ありが……とぅ」

「……あなたに比べたらこの程度、礼を言われるほどの事じゃないわ」

 か細い声で感謝を伝える幼い男の子に、アズサは思わず顔を背けることしかできなかった。

 それから改めて総一は戦場を俯瞰する。

 体にろくに力が入らず一瞬たりとて気を抜けない状況ではあるが、今の状況は総一にとって非常にありがたいものだった。

「すごい……これなら式神が今どの辺りにいて、敵がどこから来るのかが分かる。式神を動かしやすい」

 ろくに口もまわらないため言葉にはできないが、上空から全てを見渡せる事のあまりの素晴らしさに内心感嘆していた。太陽は黒雲の奥に隠れて薄暗く、また地上の式神などは米粒以下にしか見えないが、それでも式神の位置と妖怪の気配はぼんやりと掴めるのだ。

 空へと運び且つ空で襲い掛かってくる敵を排除してくれるアズサはまさに総一にとって女神だった。おかげで式神の制御と運用に安心して集中できる。

 指先が微かに震え、意識が遠くなりかけながらも総一は必死に式神の部隊編成を行い始めた。

 今までバラバラだった式神達が総一の統率の元にようやくまとまり始め、道などを中心に拠点防衛戦に移行しつつある。

 両面宿儺との交戦に集中しながらも、その総一の身を削る一手を確かに見ていた北条、高野、ルーインの三者は互いに目配せをし、頷いた。

「長くは保たないでゴザルな」

「坊主が倒れれば、戦況は崩れる。今しかないの」

「チッ、ガキの癖していい根性見せてくれるじゃねーか。ああ、ああ! 一丁やったろーじゃねえかぁ!」

 三者三様に決意する。

 そして戦いは最終局面へと突入する。







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