1-10 S岳掃討作戦-異変-
作戦行動が始まった。
先発の第一陣の術士達は山へと切り込んでいき、地脈の『淀み』から生み出されたあちこちの妖怪を駆逐していく。そして予め観測済の淀みを順番に浄化していく。
後方第二陣の術士達は第一陣で討ち漏らした、或いは術士達の穴を抜けて山を下ってくる妖怪を急行して漏れ無く殲滅する事にある。
作戦は予定通り一つ一つ消化されていった。
「順調ですね」
「ああ、いざ始まってみれば思った以上によく動いてくれている」
「あのアズサさん、物凄い勢いで妖怪を撃破していってますよ。それこそ猟犬のように。第二陣の出番なしですね、これは」
「ううむ……凄まじいな。そういえば、アズサさんのチームの所で最初作戦前に何かトラブルがあったんだって?」
「ええ……まあ」
「お。隣のこっちのチームも中々すごい勢いですよ。なんでもペアが強力だとか」
作戦本部で交わされるそんな会話を他所に、無線からの報告を受けてまた地図上の淀みを示すポイントに攻略済のフラグが立てられる。
第三陣としてS岳の入り口に展開されている、自衛隊でも妖怪を専門とした特殊な部署から編成された部隊もまたいざという時に備えて待機し続けていた。
「この調子でいけば、予定通り夕方までには山頂までいけそうですね」
「うむ」
決して予断を許さないが、それでも本部の雰囲気は明るかった。
☆☆☆☆☆☆
後方第二陣。そこに賀茂総一と『賀茂貴博』の姿があった。
先発の第一陣がチェックポイントまで攻略を進めたら第二陣もまた移動する。その繰り返しで少しずつ少しずつチームは山頂へと近づいていく。
S岳は六月でもなお一部に雪の残る山だ。あちこち迅速に移動が繰り返されるため大人でも厳しい山の道無き道を、それでも子供の総一は必死についていっていた。
「ほほう。少年、作戦前に大口叩くだけあってここまでちゃんとついて来れているとはな。子供でこの山歩きは厳しいだろうに。見直したぞ」
交代で休憩を取っていた総一と貴博の前に、人懐っこい邪気のない笑顔で近づいて来た一人の男性がいた。その男性は山伏姿で、モミアゲと顎鬚が繋がったまさに山男といった風情だった。
「少年の家も大変だろうが、なにもその年でこんなところに出てこなくていいだろうに。もっと大人になってからの方がいいぞ」
「でも、僕は宗主だから。賀茂の屋敷を、皆を、僕が守らなくちゃいけないんです」
「……その年で、その言葉で、この行動か。賀茂家ってえのはどんな教育してやがったんだ……ありえねえだろ。おい、兄ちゃんももっとしっかり止めてやれよ」
「宗主なら当然のことです」
「当然じゃねえよ少年……ったく。よし、辛くなったらおじさんにすぐ言うんだぞ。なるべく手助けしてやろう。なーに、少年くらいのカバーならわけもないさ。兄ちゃんもなんかあったら頼っていいからな。いいな」
そう言って、気のいい山伏のおじさんはまた総一の元を去っていった。
「いい人でしたね、総一様」
「うん」
総一はちょっとだけ顔を綻ばせた。
一方、そんな二人から離れた別の集団では第一陣で活躍しているアズサの話題で持ちきりだった。銃と剣と体術を使い分けて次々に妖怪を狩っていくその姿はまさに圧巻だそうだ。
他にも唯一遅刻してきた『林○めぐみLOVE』と書かれた武者鎧を着込んだ太っちょの男性の南宗正が何やら一人、ブラブラしていた。
「ヒマでゴザルなぁ。太刀の手入れでもして、折角だから今の内に『ス○イヤーズ』を読むでゴザルか。遂に最終巻とは感無量でゴザルなぁ」
そのまま「ぐふふ」と言いながら宗正は総一の視界から消えていった。
それからも第一陣と第二陣とで何度か人員を交代しながら作戦は進んで行く。
また総一ら二人の休憩の番が来た時だった。
「……あれ? なんだろう、これ」
総一はふと拠点の隅っこで小さな『気』の乱れを見つけた。それは例えるなら動脈から伸びた毛細血管のような小さな歪みだった。
「ちょっと式盤で占ってみよう」
キーワードを唱え、手の中に埋め込まれた正方形の板を表に出す。最新技術を使って極小の八卦板と円盤を組み合わせ、その中央に七星を描いた物だ。
慣れた手つきで式盤を操作し、歪みを調べるとどうやら奥へと続いているようだった。
「なんか、変だなこの歪み……?」
「総一様、どうなされましたか」
「あ、貴博さん。これなんだけど……なんだかおかしくない?」
「ふむ? どれ……ああ、はい。確かにおかしいですね。この気、周りにろくな地脈がないのに、一体どこから伸びてきているのか。それに不自然に細く、乱れ、『陰』に傾きすぎていますね。本来ならもっと『陽』が強く、活発に気が流れているのが正常な流れのはずですが」
「僕、ちょっと調べていいか聞いてくる」
ここで一番偉い人に聞きに行くも返事は「調べるなら勝手にしな。ただし休憩時間が終わる前には戻って来い。後遠くにも行き過ぎるな。3分以内に戻ってこれる程度ならばいい」とおざなりなものだった。
「行こう、貴博さん」
「はい。お供します」
二人は細い、細い気の乱れを占いながら辿っていく。丈の長い雑草を掻き分け、虫らを払い、奥へ奥へと進んでいく。気の歪みを辿れば辿るほど、気はどんどん穢れていき、今や総一にはどす黒い、禍々しい気の流れが見えていた。
そして二人は思ったより早く、歪みの源泉へと到着した。
「……祠?」
そこは崖をくり抜き、石でできた一体の観音像が安置されていた。だが今は誰も見ていないのだろう、長年風雨に晒され続け観音像はひどく汚れている上にあちこちが欠け、見た目はひどい事になっていた。
そしてそこから穢れた気の流れが生まれ続けていた。
「ふむ……この祠はどうやらこの一帯の神域の中心のようです。おそらくは山に住み、縄張りとして管理している土地神の祠でしょう。まだ微かに神域としての力があちこちに残留しています」
「……今は違うの?」
「ええ。総一様もお分かりでしょうが、もうここには土地神の力を感じられません。祠からもその力が発せられていない。既に出て行ったか、或いは……」
二人の空気が張り詰める。警戒レベルを最大限に上げた二人の緊張は空気を伝播し、辺り一帯へと広がる。
祠を中心とした森の木々から鳥たちが一斉に飛び立ち、小動物達は波が引くように逃げ出していった。
「『中』へ入りますか?」
「うん。少しだけ見てすぐ帰ろう。チームの皆に置いていかれちゃうかもしれないし」
「かしこまりました。万一の場合でもどうかご安心を。戦闘が専門ではありませんが、何が起ころうともこの私の名にかけて、身を賭して総一様をお守り致します」
「うん。――は強いからね。お願い」
「お任せを」
そして二人は祠へと歩みを進める。観音像へと手を伸ばし、空間の歪みに手を入れる。
それが土地神のテリトリーへの入り口。神域という名の異界へと続く道だった。
二人の姿が観音像の中に吸い込まれるように消える。
その後は再び祠周辺に森の静寂が戻った。
二人の姿が消えてから少し。
山が一度、二度と大きく揺れた。地震だ。
地震はすぐに止み、だが異変は続く。
山の上空を凄まじい勢いで黒雲が覆い始める。
風が吹き始め、すぐさま荒れていく。
悲鳴のような風が山に吹き荒れると、次は黒い、吸い込まれるように真っ黒な雫の雨が降り始める。
それと同時に山から人間の悲鳴、絶叫が幾重も木霊する。
更に山の至る所で生まれ始める陰の気。それは様々な肉体の形を取り、奇怪な産声を上げ始める。その数はゆうに100を超えて、今なお増え続けていた。
刻一刻と増え続ける黒い影。降り続ける黒の雨。
山に動物の鳴き声一つしない死の静寂が訪れるまでさほど時間はかからなかった。




