矢島美香の手記
関口さんの葬式の後に太田さんのところへ資料を見せて貰うため、連絡を入れた。式の際、見かけたら声をかけるつもりであったが、見つけることができなかったから仕方ない。
電話をすると太田さんは快諾してくれたのでそして彼の家に向かった。というのも資料は全て太田さんが家で預かっているとのこと。
どうやら教育委員会のほうでも他の職員が気持ち悪がって体調を崩す者も居たから持ち帰ったとのこと。
後日、太田さんから教えてもらった家に向かった。彼の家は一戸建ての平屋だったが少し手入れが意気届いていないように感じた。
チャイムを押す前に太田さんは玄関を開けてくれた。どうやら窓から私のことが見えたらしい。
部屋に入ると夏だというのにエアコンもついておらず部屋も昼間に行ったにも関わらず暗かったような気もする。
奥に通されると和室に一つの段ボールが置かれていた。その中には三冊のファイルとUSBとボイスレコーダーが入っていた。
私はその場で確認しようとしたが、太田さんがこのあと仕事があるということで資料の持ち帰りを許してくれた。
今思えばなぜ私はあの時に違和感にもっと敏感にならなかったのだろう。
持ち帰ってからファイルとUSBを確認した。関口さんのファイルもそこにはあったがそれを手に取ると涙が溢れてしまいすぐには開くことができず、他の二冊とUSBの中身を確認した。はじめの一冊には例の新聞の原本と思わしきものそれぞれに対するインタビューを書き起こしたようなメモが、二冊目には七不思議に関連するような出来事がまとめられていた。そしてUSBにはいくつかのファイルが残されていたがそれらに関係すると思わしき人物とは誰一人として連絡が取れなかった。
私はこの資料をずっと持っていると太田さんに迷惑がかかるのではと思い、返却しようと彼の携帯にかけたが現在使われていないとアナウンスが流れた。
仕方がないので教育委員会の方に連絡を取ってみたが太田さんは学校で遺体が見つかる前日から欠勤しているとのことだった。
その数日後だった。例の遺体の身元が判明したのは。
■■市教育委員会 課長 太田誠
私が資料を見せてもらいに行ったあの家は彼の生家で、現在は誰も住んでいない空き家であった。私の手元にはまだ資料が残っている。




