第九話「夜話」
夜の森は、昼とは違う静けさに包まれていた。
焚き火の火がぱちぱちと弾け、橙色の光がゆらゆらと揺れる。
その周りで、自然と役割が分かれていく。
「薪、もう少し持ってくるか」
ディオが立ち上がる。
「頼む」
レオは短く頷き、周囲を一度見渡した。
「ねえねえ!お腹すいたー!!」
「お前は子どもか!」
ミリーネの声に、ゼンが即座に突っ込む。
「しょうがないじゃん!戦ったし!」
「待ってろ!」
お馴染みになりつつあるやり取り。
その中で、セレナがそっと手を挙げた。
「では、私が作りますね」
躊躇いもなく言う。
「じゃあ、お願いしよう」
深く考えずに任せる空気。
誰も止めない。
――ティアも、止めなかった。
(……これも、同じ)
胸の奥で、静かに理解している。
この流れも、この空気も。
知っている。
やがて。
「できました」
差し出された皿は、黒い。
ゆらりと紫色の煙が立ち上っている。
「……食べ物、だよな?」
「ええ」
迷いのない返答。
「……ほんとに?」
ゼンとレオが顔を見合わせる。
その横で、エイルが小さく呟いた。
「……とてもじゃないけど、僧侶が作ったとは思えない」
そっと距離を取る。
「おい逃げるな!」
「いや無理でしょこれは!」
押し付け合いの末、なぜかゼンが一口。
――数秒後。
「……っ、これ……」
「はいアウトー!」
ミリーネが即座に割り込む。
「お口に合いませんでしたか?」
しゅんとするセレナに、ゼンは言葉に詰まる。
「いや、えっと……」
「う、うまいよ。なあ!」
レオが肩を叩く。
「……!」
青い顔のまま、ゼンは頷いた。
その横で、ディオが苦笑しながら鍋を引き取り、クロードは興味深そうに覗き込む。
「これは……どういう過程を辿ればこうなるんでしょうね」
「研究対象にするな」
ゼンのツッコミに、小さな笑いがこぼれる。
焚き火を囲む、穏やかな時間。
他愛のない会話が続く。
誰かが笑い、誰かが返す。
自然と出来上がっている距離感。
ティアも、その中にいる。
話しかけられれば答える。
けれど、自分から話題を広げることはなかった。
(……同じだ)
この会話も。
この笑い方も。
この並びも。
懐かしさが、胸に広がる。
それは温かいはずなのに――
どこか、落ち着かない。
やがて、夜は深まっていった。
見張りの順番を決め、それぞれが休み始める。
――少し、静かな場所に行きたかった。
理由ははっきりしない。
ただ、そう思った。
ティアはそっと立ち上がり、焚き火の光から離れる。
森の奥。
小さな泉が、月明かりを受けて静かに揺れていた。
ティアは躊躇なく水に足を入れる。
冷たいはずの感触は、ほとんど分からない。
そのまま、身体を沈める。
音が遠くなる。
世界が、少しだけ静かになる。
水面に浮かび、月を見上げた。
(……落ち着く)
感覚は、ほとんどないのに。
それでも水の中は、どこか安らいだ。
その時。
「……おい」
声がした。
「って、いねぇ!? 沈んだ!?」
「……溺れたのか」
水面が大きく揺れる。
ジャバジャバと水をかき分ける音が二つ。
次の瞬間、腕を掴まれ、強引に引き上げられた。
「……なに?」
顔を出したティアに、ゼンが息を吐く。
「びびらせんな!溺れてるのかと思っただろ!」
「僕、人魚だよ」
「そう言えばそうだったな」
レオも少しだけ肩の力を抜く。
ティアはくすりと笑う。
(……これも、同じ)
「……大丈夫だよ」
「大丈夫そうに見えなかったんだよ」
ゼンが呆れたように言う。
「……人魚が水で溺れるわけないでしょ」
「俺らは慣れてねぇんだよ」
すぐに返ってくる言葉。
水面が揺れる。
月の光が、三人を淡く照らしていた。
(……この時間も)
知っている。
(今度は――)
同じようには、したくない。
(……もう、失いたくない)
胸の奥が、わずかに軋む。
レオとゼンの隣で。
まだ何も失っていない、この時間の中にいる。
それでも――
ティアは、目を逸らさなかった。




