俺は最悪のウンコ野郎。あえて伏字にしないのは品性下劣なウンコ野郎だから。
今さら言うまでもない話だが命は尊い…らしい。
私が命の尊厳というものに対して懐疑的な態度でありつづける理由とは自身の命の価値いついて考えた場合に限定される。
正直、自分は生きている価値の無い人間だと物心ついた時からずっと考えている。
私には自信というものがない。その理由は単純なもので以前の項目でも語ったが、今の今まで何一つ成し遂げていないからである。
これは私がそう思っているから間違いではない、私は役立たずの無能だ。
今この瞬間でも人間として最底辺だと思っている。
自身が無い性格ゆえに他者を信じる事が出来ない。
自信が無いから成功体験という実感が沸かない。あまり聞いていて耳障りの良い話ではないが、ふじわらしのぶという人間はその程度のゴミクズだ。
ああ、誤解はしないで欲しい。
自殺願望の類は無い。私にも世間への未来は多少ある。
私のようなゴミクズにつき合ってくれた大恩ある家族にお金を残しておきたいし、死体を焼却するにも多少の金がかかる。
死ぬまでに合わせて一千三百万円くらいのお金を稼いでおきたいと考えている。
なかなか骨の折れる作業だろう。
そして夢というものをまだ捨てきれない。ジャニーズJr、或いはEXILE、AKB48のオーディションに合格し、圧倒的な人気を獲得した後にセンターの地位を手に入れ、紅白歌合戦とレコード大賞に参加して優勝する。
大晦日の主役は私だ。
覚えておけ、雑魚どもが‼
(反省中)…。
話を戻そうか。
翻って命の尊厳は私以外は必要だ。私は他者が自殺を試みた時に全力で引き止める。
この行いは、悪魔超人としてはアウトだが悪魔将軍様は許してくれるだろう。
「冷酷非道なのはリングの中だけだ」とアシュラマンもキン肉マン二世で言っていた。
今回は何故、命は尊いかという話をしようと思う。
まず第一に命の持つ可能性は無限だ。良くも悪くも生きてさえいれば望外の結果というものが期待できる。
その願いは一億円の宝くじ当選を狙うような試みだが、賭けておいて損はしないと思う。
命への願掛けというものは信頼に通じる。
やがてそれらは私が一生涯で決して持ち得ない、他者への信愛に変わるのだ。
そして信無き者は弱い。
金だけの繋がりは恐怖と同じで額面以上の効果は発揮できないものだ。
「金の切れ目が縁の…、」というやつである。
不幸にもこれらの雑事を体験した人間は少なくないだろう。
それはどうでもいい。
不慮の事故は避けられないし、不実な人間には最悪の結末がだけが待っている。
それだけは私が保証しよう。
クズな悪人ほど路傍の石に蹴躓いた時には大声で「そうして俺だけが!」と醜態を晒すものだ。仕方ない。
世の中はそういう風に出来ているのだから。
善行は報われないし、悪行は放置されない。
心当たりがある方は反省して生き方を改めるか、厄払いでもするといい。
悪人が畳の部屋で家族に看取られて大往生?夢を見るのは夢の中だけにしたほうがいいと助言しておこうか。特に私がそうなるはずだ。
信を抱く事は自分にとっても他者にとってもプラスになる行為だ。
信は力なり、と軽薄な言葉を吐くつもりはない。
だが信を勝ち得た者は、信じる何かがある限りそれが真っ当な道井引き戻してくれるだろう。
そして愛ははやはり信に近い感情で誰かの過ちを許せるような安らぎを貴方の心に与える。
信愛、つまり他者を信じて愛せる者は誰よりも広い心と心強さを持ち合わせているのだ。
やがてそれらは自身が生きていなければ決して成し得ない奇跡の業とも言えよう。
死人には。生ける屍には信じる事も愛する事も出来ない。
どれほど口達者でも信愛の無い人間の言行というものは空疎なものだ。どれほど罵倒されようとも耳を傾ける必要は無い。
誇りを汚されたと感じるならば、それは無用の気遣いとうものだ。
信愛を持つ者の誇りとは命と命の絆なのだから。
これほど眩いばかりの神々しい輝きを放つ宝物を持ち得るのもやはり生きているからだろう。
命は尊いのだ。
そして私の命の尊さはポイント、ブクマ、感想、いいね、PV数によってメッチャパワーアップするのでこれからも応援よろしく‼
…応援しない奴は、俺の親友として無断で紹介してやるからな。
人間としてこれ以上の屈辱はあるまい。
クックック…カーッカッカッカ‼
正義超人破れたり‼




