心と精神
今日は超々凄い私の武勇伝について話してやろう。
中学、高校、大学で私は喧嘩で負けた事が無い。中学では心臓破壊モンスター、高校では猛毒殺人ブラックコブラ、大学ではこの世で最も怒らせてはいけないデモリッションマンなどと呼ばれ恐れられていた。
尚、このうち高校と大学という場所には行った事がないのだが、とにかく呼ばれていた。
だが弱い者イジメだけh絶対しない男の中の男、それが若き日の私だ。
みかじめ料として私に喧嘩で敗れた奴隷からは毎日、一億円ほど強制徴収していたがそのお金だって全て紛争地域の子供たちに寄贈していたのだ。
ううう…。何て私は優しいんだ。
ここは泣くところだからね?
そして昔もすごいが今も超スゴイのがこの私、ふじわらしのぶ様。
今日も数千兆円の商談を済ませ、美人OLよ優雅なランチを楽しんできた。
いやあ、もてる男は辛いねえ。…。
書いていて何か吐き気がしてきたので止めます。
そもそもですね、私は一人で食べないと落ち着かないんですよ。マジで便所メシ最高。
いつ便所メシしてもいいように会社が入っているビルの便所も毎日、綺麗にしています。
しかし私のクソほど価値の無いカスどもが便所に「便所はご飯を食べる場所ではありません」とか張り紙しやがった。
この国は間違っている!
何で便所で飯を食べちゃいけないんだ‼
国が腐っているから若者はみんな駄目になってしまったんだ‼
みんな勇気を出して言おう‼
私たちはご飯を食べたい‼
別にウンコ食べろって言ってない、オシッコ飲めとも言ってない、ただ純粋に一人になりたいだけなんだ‼って声高らかに言ってやろう。
雌伏の時は終わった。
今日は便所メシ記念日だ‼記念日だ‼
おい。無言は同意と見なすからな。
そういうわけで、この毒殺アルケミーマイスターと現在呼ばれているが俺が今日する話は…どぅるるるるるるるるるる‼
…、心についてだ。みんな好きだろ、こういう話は。
俺も大好きだ。
俺もよく誰かに不実な人だと指摘された時に、同意している自分と否定したい自分の狭間で葛藤している。
何て謙虚なんだ、俺。そんな謙虚で賢い、しかも人格者なふじわらしのぶ様の想定する心とは何か?
興味があるだろう?ないわけがない、なあ?ねえ?
…。
満場の拍手が俺にだけ聞こえてきたな。続けるぞ。
前述のクソ話によく精神が崩壊を迎えるとか、よく言っていたような気がするが心は精神とは別物ってのが俺の考えだ。
精神が自意識を越えた場所に或る自分で、心が自意識と共にある自分という構図を想像して欲しい。
故に普通の状態では心が精神を意識する事は無い。
つまり人間は自意識を通じて外界を、精神を通じて内なる世界を観測しているのだろう。
何かの本にそれが脳裏に描かれるのが夢の一部だと書いてあったような気がする。
俺たちはバカをやらないように自分で自分を監視しているわけだ。
良心っていうのもこういうものから派生して存在するのかもしれない。
まあこれは俺が人間は善性の生物って考えているからなんだけれども。
良心は無意識から自分を観察しているから、悪いと思う事をした時に腹がチクチクと痛む、誰にでもある経験だ。
今回の話はZ前述の話とジョイントしていて、では心を強くするためにはどうするかという話になる。
奮起するにも、人を許すのも、やはり心の助けが無ければ成し得ないだろう。
前に辛い物を食えたいな話をしたがそれはあくまで俺の考えた方法だから気にする必要は無い。
今を以ってもお勧めだが。
そして心の修養は、精神のそれにも繋がる。
これは絶対に保証できる。
強い心は強い精神の呼び水となり、やがて確固たる己を形成するだろう。
くどいようだがこれらの活動はまとめて起こる物ではない。
しかるべく順序で、じっくりと時間をかけて見についていくものだ。
時短はない。ごめんな。
具体的な方法は一般論になるが、本を読む。或いは人の話を聞く。後は気に言った文章を書くなりなんかして写すことだろう。
コピペでもいいが音読するのも一つの手法だ。YouTubeで動画鑑賞ってのも有効だ。
そして頭の中でそれらの外的情報をまとめて自分なりの解釈を深める。すぐには生きて来ないだろうが、そういう過程を踏まえると自分の粗というものが見えてくる。
ちょっとマイナスのイメージは強いな…。よし、自分の良いところを再確認できるってのはどうだ?
千里の道も一歩から、豊かな心なんて都合の良い物は手に入らないだろうが多少の事では動じない確かなものが手に入るはず。
実感が沸かなければ迷わずトライ&エラーを繰り返せばいい。
よほどの事が無い限り、時間はたっぷりある。納得が行くまで続ければいい。
何しろこの銀河でたった一つの君の心の話なんだから。




