91.ヴァルハラとハラール
何か言いかけると、それを遮るように素早く言われる、言い訳でもないけどそのようにも聞こえる。
「――何もしていない。考えるのはお前のことばかりだった」
「――目的は果たした?」
畳みかけるように尋ねるとディアンはリディアから目を離さず、懐から丸い細工を出した。タイヤのホイールの形みたいだ。けれど円形の中にあるのは、アスタリスク。
「やっぱりこの形。よく手に入れたね」
たった一回で。その時何をしたの? とは聞かなかった。両方が嫌な気持ちになる。けれど少しだけ二人の間で微妙な空気になる。
「――すった、偽物と。あっちは何かも知らないから問題ない」
「何の素材?」
「不明だ」
「感覚は塔の取っ手に似ているね」
「そうか? 俺は痛くて握られなかった。これは特に何にも感じないが……」
飴色で滑らか、握るとほんのり温かくなるようで冷たさはなくなる。
「この鍵は偽物かもな」とディアンが言って、再度リディアを眺める。
本物を知らないのだから仕方がない。でも、謎ならば本物ともいえる。
「本物というのは簡単だけど。偽物ということは難しいね」
目を瞬くディアンに笑う。
「証拠があれば本物と断定できる。でも何も証拠がなければ誰もそれは偽物といえないから。案外、偽物という方が難しい」
「なるほど」
ディアンが珍しく何度か頷いた。
「これも、偽物とはまだ言えないな。塔の鍵というからには扉と照合し調べようとしたが、あれから本体が跳ねのけ近づけない。ここの王宮の人間も離れての警護態勢。この硬化物質も、放射線、透過魔法全てを跳ね除け、成分一つ探らせない。この時代に、何一つわからないものなんてな」
この時代。それにリディアは引っかかりを覚えてディアンを見上げた。
「私が渡したラキュス・フェリスタティの木の葉やあの空間の梯子の正体もわかった?」
「――いいや」
「ローゼが言っていた。未来から過去へ来たもの。アレスティアも今より文明が進んでいた、過去なのに。そういうのと同じじゃないかな?」
「過去なのに今より文明が進化していた、か」
少なくとも魔法では、あの時代は黄金期と呼ばれていたと皆がいう。リディアにとってはそんなにすごいことなのかと不思議だ。魔法を使う人にとっては、遥か昔の伝説の逸話を初等教育で教えられ、その後魔法を実践してみて、経験を積めば積むほど、もし本当ならばそれが失われたこと、自分達より遥かに高度なものを使いこなしていたことに打ちのめされると。
「あのね。進化ってより良い状態に進むことじゃないんだって。前に本で読んだよ」
進化して不都合な身体になることもある。人間は二足歩行に進化してバランスが悪くなり、足が遅くなり腰痛や膝や腰の不調症状に悩まされ、出産が困難な動物になった。
文明も必ずしも良い状態に進むわけじゃないかもしれない。
「今の文明はアレスティアより年月が進んでいるのに、退化したか、やり直しなのか、別方向に進化しているのか。――だがそんなことより今のことだ」
考え込む腑に落ちないというディアンの顔。リディアもわかる。なんとなくもやもやする。
「一つ、わかったことがある」
ディアンの声音が切り替わり彼は言う。
「ハラールとヴァルハラは歴史上の建国は同時期だが、図書館都市上の資料ではハラールの当時の歴史がない。恐らく、ハラールの歴史は浅い」
それが何になるのだろう? 建国年を誤魔化すことはある。その頃にまだ文字や紙など筆っするものがなかったから、混迷の治世で当時のことが不明だから、建立の古い方が歴史があると誇れるから、数字を数百年もさかのぼり捏造することもある。
何しろ後付けしても誰にもわからないのだから。
「急に始まったハラールの最初の王の生誕が不自然だ。おそらくヴァルハラの歴史と合わせたのだろうが、ヴァルハラの歴史を紐解くと、五百年前に王弟が不自然に消えている。恐らくそいつがハラールを建国した。ヴァルハラとハラールは王の系譜は血族関係にある。といっても、五百年もたてば薄くなるが」
「かといって隣り合えば、婚姻も繰り返し結局は途切れてないだろう」とも繋ぐ。
「……ヴァルハラの王弟が、ハラールの建国の王……」
むしろここまで領土が近いのだからそうかもしれないと思う。
でもわざわざ間隣に、国を建てなくてもいいのに、と思う。目の前で何かをするのは、喧嘩を売っているのだろうか? あとは何かの事情で兄弟で保を分かつ羽目になっても離れられなかった?
「図書館都市、というかディアノブルの塔のため?」
「恐らく、どちらもが所有権を主張したんだ、今のように。だから鍵も両方で持つ」
「でも」
いろいろひっかかる、分けた理由は何?
「よく何かを分ける時は、平等のためでしょ? ……例えば食べ物とか半分こにする時はある。仲が良ければ、鍵をペアリングとか二つにくっつけば一つの形を成すものもあるけど。仲がよかったのかな? 反対に仲が悪い、もしくは仲を調停するために」
見た目と雰囲気からしてペアリングとかそう言うのが好きそうじゃなさそうなディアンは眉を寄せている。でも結婚リングは揃えてくれたんだよね。
「今回のともう片方はシヴァが持っている。奴のと重ねてみたが大きさも違い、デザインで重なることもなく何も起こらない」
確かにディアン達が試さないわけがない。
「ただ、二つに分けたのは離しておいた方がいいためもある。寝た子を起こそうという気がする」
そう言って、ディアンは呟く。
「――その時が来た、ということか。シヴァは塔がお前を連れ去ろうとした時に、『約束の日』じゃないと言った」
自分が絡んでいるのに、自分が何の役目をするのかわからない。
「重要なのはお前、塔。この鍵はあくまでも緩衝物的なものと思える。何かが起きるのは儀式、起こすのはジャイフ。奴がお前を利用していると思う」
くそっ、とディアンが悪態をつく。
「お前を何度も連れ出そうとした、やっぱりしとけばよかった」
「でも、あの塔に私の子、私達の子がいるなら、ここから抜けないよ。儀式なんて立ち向かう」
「準備不足で臨むのは馬鹿のやることだ」
確かにそうだけど。ディアンは、塔にいるのが娘と聞いてこの件に関わることを認めてくれた。でもリディアが関わることを本当は望んでいない。いつだってためらいが見える。本当に娘なのか、彼自身は感じないからなのかもしれない。
それに彼がいつも通りの方法でやれないのは、情報が少ないからだろう。苛立っているのもわかる。
「ちなみに前のエーロ姫の王選びは?」
「行ってはいるが何か不思議な力が働いた記録はない、恐らく人的な政治的な力が働いた形式的なものだろう」
エーロ姫は悲しい人に思える。でもローゼ曰く悲劇の女王と見るな、と。どんな人なのか、と考えると悩んでしまいそう。
「――国を分けた理由も、塔を取り合うため? 仲が良かったからか、悪かったからか、それともその形を二国で作るのが重要とか……。ヴァルハラだけでアスタリスクの形になっているけど、ハラールの国の形は関係ないのかな?」
「ハラールは、ヴァルハラほど都市整備がされていない。現王が無頓着で耽溺に溺れている、民は飢えて荒れている。以前は何らかの形があったかもしれないが、調べた限りでは秩序がない」
リディアは少し考えた後告げた。
「都市も形を合わせてみたんだよね」
頷くディアンにリディアも考え込む。画像を取り込んでシュミレーションすることも簡単にできる。
「ただ、塔が邪魔で阻害された。塔を除き大まかな都市の形でしかできない」
ディアンは、紅妃の下に潜んで有益なものは全て得られたのだろうか。また行くの? それが聞けない。
――リディアは、胸の中に大事に抱えていた布包を取りだす。ディアンの怪訝そうな顔の前に開けば先ほどの石の欠片。赤黒く渦を巻いているそれは不気味で綺麗とは言えない、けれど何度見ても胸が騒ぐ。
そしてディアンも、ショックを受けたみたいだった。




