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2.宰相

 午後に入り最も強い日差しが、柱廊の合間をぬって影を落とす。中庭には、太陽の光にも負けずオレンジの葉が生い茂り、その囲いの中は、力強い水音を響かせる噴水があった。


(あの瞳は、このような深緑ではない。もう少し薄いが吸い込まれるような透き通る美しい翠だ)


 碧妃、と呼ばれる存在。初めてその瞳を見た時に、何に例えればいいのか迷った。


 人間の力がなくては育たない砂漠地帯の植物には、自然の芽吹きなどほぼない。 

 それでも新緑、というはこういうものか。


 それとも数々の宝飾に飾られる翠玉(エメラルド)か。


(あの身を、全身それで飾り立てるのもいい)


 それでも、その瞳の色には敵わないだろう。白磁かと思うような白い肌、波打つ金髪は金糸かと思うほど繊細だ。


 この周辺諸国でも金髪の者はいるが、それらはもっと赤茶けた濃いもの。ましてや、あのように美しい白い肌のものはいない。


 薄布を覆った懐から、一つの金属を取り出すと、鎖がしゃらりと鳴る。その先端についているのは、翠玉の飾り。


 唯一彼女がつけていた宝飾具はふたつ。婚姻を結んでいる証の指輪は珍しくなかったが、こちらのほうは恐らく身元を表すもの。特殊な魔法がかけられており、触るのも難しかったが、ジャイフにその力を解除させ浮かびあがった名を読むことができた。


 ――だが、もうその名の者はいない。彼女は、碧妃だ。


「――陛下」


 朝議が終わり、後の予定を考えていたファズーンのもとへと、回廊の影から抜け出したようなジャイフがスッと背後に控える。銀色の髪は陽光の元でも輝かない、むしろ光を吸い込んでしまうような深さがあった。


「碧妃の様子は?」

「本日は、少し落ち着かれお食事も召し上がられたご様子。侍女によるとお顔の色艶もよろしいようで」


 この後は、内殿でいつも通り政務を行う予定だった。その言葉に口を開く前に、支柱の四つ角の影に、頭を下げ待ち受ける者がいた。


「バハムト。本日の朝議は終了しただろう」


 宰相のバハムトが、「それとは別にお話がございます」と、ちらりと背後のジャイフに目を向ける。席を外してほしい、という目線にファズーンは頷きジャイフに合図をする。


 頷きもせずスッと影の中に下がるジャイフには構わずファズーンは、歩き出す。それを追いかけるように宰相のバハムト・インマルが一歩遅れてついてくる。


「陛下におかれましては、ご機嫌がよろしいようで何よりでございます」

「それは朝議の席で確かめただろう。用件はなんだ」


 まどろっこしいのを嫌っているのはバハムトも知っているはず。それでも、わざわざ口にしたのは、苦言を察しろということか。


「後宮のことでございます」


 宰相を始め、諸官は後宮のことには一切口出しをしない。後宮のことは、閨房(けいぼう)が差配する。


 しかも彼は、数日前に入れた碧妃のことをあからさまに指摘しており、更に苛立ちが募った。


「――妃嬪(ひひん)達は、平等に愛するべきでございます」


 だが続く言葉に「お前が言うか」と腹立ちよりも呆れに、ファズーンは息を漏らした。


 宰相バハムトの娘は、ファズーンが皇太子時代に輿入れをした(こう)()だ。


「娘も、この頃陛下のお渡りがないことを寂しがっております(ゆえ)


 他の()(ひん)達などどうでもよい、むしろ娘だけを優遇しろと言っている男の厚顔に、怒りも笑いも感情も顔の筋肉さえも動かすことも無駄な時間だった。


「娘可愛さのあまりに差し出がましいことを申しました愚かな親心をお許し下さいませ」

「いい、わかった」


 梃子でも動かぬ様子の相手に辟易して、手を振って黙らせる。今日は紅妃の元へ行く、と言いかけてファズーンは先ほどのジャイフの報告を頭によぎらせた。


「またそのうち行くと言っておけ。午後の政務は休む、これから碧妃の元へ行く」


 分をわきまえない発言に、嫌がらせとばかりに言えば、頭を下げたままの宰相のその肩が怒りで揺れる。それを背後に歩き出せば、下がらせたはずのジャイフがスッと影のように寄りそう。


 それを当然として、ファズーンは足早にその場を離れた。



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