49.図書館の塔
ディアンは、迷路のような街中を歩いていた。
左を見れば、三つ葉印が刻まれた石壁の建物。薬草やハーブの時代から現代の薬についての書籍を網羅した図書館は、反り返るように建っていて、上階のほうが太く、普通ならば崩れる。謎な増築の仕方だ。だが隙間なく建物が広がるこの都市では横に広げる余裕はなかったのだろう。
おそらく隣り合う建物同士で支え合っている。
その右横は、宗教学の図書館、これは様々な宗教の概論だけを集めた建物のようだ。古代、学問は『神学、医学、哲学』から始まったと聞いている。
その三大専門学に関しては膨大すぎて街一つができるのではないか。神学に関しても、一つの神だけで一つの図書館ができそうだ。確かに図書館都市だ。そして、その中心はディアノブルの塔。
周りの建造物が迫り、塔は近づけば近づくほど見えなくなる。そして、いきなり他の屋根の隙間から高い塔が姿を現した。ディアンは目を細めて、それを見上げた。
腰のポケットに手を入れて、一つ息をつく。
(リディアを連れてきてやりたかった)
遊びではない、これは魔法師団としての任務だった。彼女はそれでもどこか浮足だっていた、さほど危険な任務ではないし、学生としての参加でもあるから容認していた。少なくとも教授の身の安全を守ればよかった。
それがまさか彼女が奪われるとは思っていなかった。
突如として現れた塔は、まるで巨大な王宮だ。地上から周径を計ろうとしても終点にたどり着けない、航空からもジャミングが入り映像が取れない、それ以上にこの塔より高く飛行することができないのだ。
この塔の空域は不可侵で、すべての航空機も空路を避けて飛行する。外観も不明、そして内部は更に探ることができない、不可侵の領域だ。水晶のようなものに覆われた外壁、けれどその物質さえもわからない。
ディアンは、木に似た何かの材質で出来た両開きの扉の前に立ち、守衛に軽く挨拶程度に顎を動かす。
「アーサー・ダーリング教授を迎えに来た」
「こちらでお待ちください」
頷いて、少し離れて待とうとして再度口を開く。
「ドアに、触れてもいいか」
二人の男が不審げな顔をする。儀仗をクロスして阻みそうな雰囲気だ。
「何もしない。何もできないのはわかっている」
ちらりと目を合わした彼らは頷く。
ディアンはゆっくりと歩み、年代物の扉に触れる。途端に熱と痛みを感じて手を離す。軽く息を吐くと、一歩下がる。
「呼ばれていない者は、触れることさえできませんから」
「ああ。すまない」
この塔は、魔力が高いものほど拒絶する傾向があるらしい。ディアンは底なしの魔力があるが、それを抑えても自分は拒絶される。過去に何度か、部下を潜ませたことがあるが、その時は入ることができる者もいた。それ以上に、なぜか自分に対して強固な意志のような拒絶を感じる。
魔法に関しても、この塔は一切の蔵書を所有していないという返答。けれど、人を選び正体を見せないこの謎の技は、魔法以外の何物でもないと感じるというのに。
「――マクウェル君、待たせたな」
「教授」
ほどなくして扉から現れた教授に、ディアンは軽く頭を下げる。垣間見えた扉の中身は闇だった。
「興味があるだろう」
「おおありですね」
「中に入った私でも、入るほどに謎に包まれているよ」
教授を促し歩きながら、ディアンは周囲に警戒を走らせる。部下にも周囲を潜ませてある。本来の目的は教授の警護だ。魔法陣学の権威でグレイスランドの至宝と言われる頭脳の一つである彼を攫い、もしくは害したいと考える者がいないわけではない。
「中はどうですか?」
「そうだね。……周囲は天まで続くのではないかと思うほどの壁一面に書棚があり一定間隔に上階に昇れる螺旋階段と、合間合間の階段状の梯子。非常に魅力的だ。けれどそこに惑わされず進むとスポットライトで照らされたように一本の梯子が用意されている。そこを昇っていくと私の秘密の屋根裏部屋が用意されている」
「そこに既に探したい蔵書があるのですか?」
教授は苦く笑い首をふる。
「その部屋にはまた壁一面や床に本や資料が広がっているが、まるで惑わせる、いや私の頭の中のようにとりとめのないモノがあふれかえっている。マーキングし忘れたその一行に関連する本までがあふれているのだろう。それがなぜ用意されているのか、まずその本の分類からだよ。夢でみて起きたら忘れてしまったその大事な何かを探しているかのようだ」
何度か教授の研究室を訪れたことがあるが、整然と資料や本が並ぶ部屋だった。研究者は資料が片付けられない者も少なくない。だが、整理が得意なダーリング教授さえ自分の頭の中のようにとりとめのないモノが集められている、というのであれば、どれほど小さなピースがあふれる難解のパズルのような部屋なのだろう。
「楽しそう、という顔をしているね」
「……いえ。まあ」
自分も魔法に関しては常に最新のものを追っている。そのような追いきれない情報が詰め込まれている部屋で、資料探しに明け暮れるのはどれくらい楽しいのだろうか、と思ってしまった。
「自分の中を探るのは楽しいが、なぜそれが知られているのかと思うと不気味だよ、まるで頭を読まれているかのようだ。もしくはAIに脳の中を検索されているかのように」
それはディアンも思う。だが、そんな話は前回、聞かなかった。
「前回は部屋などなかったと聞きましたが」
「ああ。ようやく研究室をくれた、という感じかな。それともアップデートしているか」
ディアノブルの塔は生きた塔ともいわれている。実はその中身は古代の人間が作った人工知能搭載のもの、と想像してディアンは薄気味悪さを覚えた。それならば、まだ生きていると言われた方がましだ。
魔法に関しての蔵書はなく、魔法と相性が悪いと言われる塔だが実際はアーサーのように魔法師が入ることができて、魔法陣という分野でも閲覧することができる。しかも今回のように、アーサーを待遇する態度さえ見せる。
表向きはなぜ魔法に関して頑なに拒むのか。ディックが仕入れてきた情報――魔法の黄金期時代のアレスティア帝国が、太古の魔法を現代に知らせるのを拒むのか。
そして、あの王宮自体もそうだ。ディアン達も忍び込むことが難しい。キーファを送り込むことができたのは、彼自身の特殊性によるもの。彼は、かなりの魔力の持ち主だが、それを放出することができない。そのため大学では魔法を使うことができず、悩んでいた。
それに対してリディアが親身に導いたおかげで、大いなる存在と契約を結んで独自の魔法を手に入れた。そしてその魔力の放出がないという特殊な体質のおかげで、各所に潜入することも容易になり、かなり役立っている。
今回怪我をおして後宮に入ることを彼が望み、それに頼ったのもそのためだ。自分達では、魔力が高すぎて入れない。
(あそこにいる魔神が、魔法を拒むのか? メルクリッサ神に拒絶されるのか?)
「“その分野に精通したものだけが、塔に入ることができる”」
ディアンは、薬学の図書館に目をやった教授を眺める。学問は、最新のものだけさらっても無駄だ。まず成り立ち、定義、基礎から学び、ようやく入口に立つ。それらは自国で学んでこい、それから先はこの街の図書館で。さらに専門家になって、ようやくこの塔への出入りが許されるのだろう。
「だが、君は――」
教授の言いたいことは分かっていた。恐らく自分程魔法について学んでいるものはいない。任務のたびに毎回、基礎をさらう。魔法の構成、理解はこれでいいのか、再度解釈しなおし、穴がないか何度も考える。
魔法の術式はより美しく、簡素に仕上げ、新しいものを練り上げる。古いもの、最新のものの情報収集も怠らない。この塔に、魔法学があるのならば自分こそ扉が開かれるはずだと思う。なのに、拒絶される。




