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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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23.不審な介入

「てか、玉無し」


 不意にシリルはディックを背後も見ないで呼ぶ。ようやくディックが動く許可を与えられたように椅子を引いて座る。


「玉無し呼ぶな」

「リディとボスの婚姻届け、証人に私らがなったよな」


 と、唐突にシリルが怒りではなく、仲間に問いかけるように声音を変える。いきなりリディアとの入籍の話になった。

 あまりにもそぐわない話題にいぶかし気な顔をした二人をそのままに、シリルは素早く自身の懐から手のひらサイズの薄いプレートを出す。


 それは、通信機能も持つPersonal Plateと呼ばれる個人端末(PP)だ。北・中央諸国連盟の身分証明でもあり、通信通話、メール機能もあり国民必須のもの。


 シリルが自分のPPを素早くスライドすると、ディアンのPPが彼女からの送信をうけて振動した。もちろん魔法師団だからと言って、行政システムへ侵入して個人情報の入手は違法だ。


 自分の戸籍を調べたのかと若干ムッとしながらも確認すると、そうじゃなかった。

 リディアのものだった、ただしリディアの戸籍は――リディア・ハーネストのまま、それは旧姓だった。


「は?」


 ディックは思わず声をあげ、ディアンも呆然として食い入るように見た。慌ててディアンもシステムに侵入、戸籍を確認したがディアンとリディアの二人は夫婦になっていなかった。


 入籍したのは、出発の二日前。確かに直前だったが、受理されていないわけがない。


 婚姻届けの証人欄は、リディアの希望を優先した。

 彼女は親代わりの第三師団の団長夫妻に頼むと思っていた。だがリディアはシリルとディックに照れながら頼んでいた。


 ――その時の二人の顔はよく覚えている。驚き、そのあと破顔し「当たり前だろ」と二人でリディア“だけ”の肩をだき快諾していた。


 だがその時の二人のディアンに向けた目は”殺してやる”、と語っていた。


 二人の言い分は――リディアには、恨みはない、結婚も了承している、証人に頼まれて嬉しい、なのに『テメエ(ディアン)が気に食わねえ』。


 後にディアンに殴りかかってきて、一発ずつは受けた。


 なのに、なぜだ。 


「役所に聞いたら、あちらも首を傾げていた。ミスのハズがねえって」

「なん、でだ……」


 ディアンも声がかすれる。こんなことがあるはずがない。


「……それだけどな。今回のアンタらの砂嵐も案内人には魔神のせいだって言われただろ」

「……ああ」


 こちらの人間は、不可思議なことを何でも魔神のせいだと言う。自分達に関して予言をされたことはないが、日常のちょっとしたこと。

 それは昔からだったが、実際に被害にあったことはなかったし、ただの言い伝えぐらいだと思っていた。


「実際、私らはここに予定通り一週間でついた。けどアンタら先発隊は二週間かかった。それを聞いた現地人は『魔神に目をつけられてるから、気を付けたほうがいい』ってさ」


 改めて考える。ジャイフは何らかの能力を持っているが、それが魔神使いなのかは不明だ。


 だが、他国のシステムにまで侵入できるのか?


(いや、それはない)


 防衛システムは師団の管轄で、行政関係は国が担っているが、一応穴がないか確認している。それに今回の件は、機械的な介入というより、児戯のようなものも感じた。


 リディアは、本来はシルビス国の出身だった。女を男の付属物のように扱い、グレイスランドの魔法師団にいても、リディアは兄に囚われそこからの束縛を抜け出せなかった。それを出し抜き、グレイスランドの戸籍にするのにかなりの手間を要した。


 だがこの戸籍では、リディアはグレイスランドのまま。そこまで改ざんできるならば、シルビスでも、この国、ヴァルハラ国にでも移せばいい。


 まるでディアンとの婚姻だけをなかったことにすればいい、そんな戯れのようなものを感じる。


 が、それこそムカつく。最低な嫌がらせをされて、自然ディアンの表情が冷ややかさを帯びた。


 と、ドアがたたかれた。瞬時に気配を探るが少しこちらを警戒した、怯えている一般人、ただの見知らぬもの。それともう一つ。


「お客さん――お連れさんだよ」


 ディックもシリルも三人とも、その気配に既に立ち上がっていた。


 睨みつけるような三人に、ドアをノックした宿屋の小間使いは、慌てて逃げていく。

 ドアの手前には頭巾を後ろに軽く跳ね除けた赤毛の男、そしてその男が隠すように背後に連れていたのは、頭にヴェールを被ったリディアだった。


「――リディ!」


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