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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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14.会見

 場所は、碧佳宮から出て王宮の側門から入った外殿の中の一つだった。王宮に入れてもらえるのかと驚いたけれど、自分の宮を持たない地位の低い妾などは王の奥殿に呼ばれて夜の務めを果たすと聞いた。


 けして、中に入れないわけではないらしい。ただ、碧佳宮から王宮までは籠に載せられた。たかが歩いて三十分もかからないほどの距離。ただし、自分の宮を出て、王の居室までだと一時間程はかかる。

 それぞれの宮殿が広すぎるのだ。


(でもこんなに歩かなきゃ、運動不足になってしまう)


 それがリディアには不満だ。位が高い貴人程歩かないと聞いていても、自分の足で歩きたい。自由にしたい。それがここでは叶わない。


 日中のファズーンの呼び出しにシーリ達は驚きながらも、喜んで飾り立ててくれた。髪は何度も櫛を通されて、香油で艶やかに。

 リディアの長さだと他の妃達のように高く結い上げられないと嘆かれながら、それでも髪を冠のように編み込み、真珠の簪を挿された。


 衣装は、絹のワンピースのようなもの。青の内衣の上に薄白地に銀糸の細かい刺繍が入った上衣。腕にかけた桃色の()れ。腕には金の腕飾りに翠玉。

 腰に巻かれた緩いリボンにも同じような翠玉が垂れている。

 翠玉の耳飾りを合わせられそうになって、慌てて止めた。


「翠玉を纏うことが許されたのは、碧妃様だけです」

「そのほか、緑色の宝玉すべてがそうですよー」


 嬉しそうに語る二人の侍女に、リディアは鏡の前で辟易した。大きな飾りはさすがにやり過ぎじゃないかと思うけれど、飾り立てるのがここの地位を示しているみたい。


「それにピアスはあけてないから」


 リディアは耳に穴がない。ピアスをつけていなかったみたいだ。


「穴をあければいいことです。耳飾りをつけないと華やかさがたりないですし」


 ペトラに笑顔で言われて、顔が曇る。なぜか嫌だな、と思った。なんでもないことのように言われたけれど、きっとあけないことに、何か意味があったはずなのに。


「ペトラ。無理強いは、よくないわ。その気になった時におっしゃってくださいませ」


 シーリに取り直されれ、ようやくホッとした。


 宮殿に向かう籠の中から、外を歩くシーリをちらりと覗き見る。昨晩の男性のことを彼女は何も訊ねてこない。ファズーンに殺すと言われたことも。

 反対にペトラはチラチラとリディアを見て、何かを聞きたそうにしていた。


 怯えは見せない二人を不思議に思う。あんなことを言われて、いつ殺されるのかと怖くないのだろうか。


 シーリ達を帰させて宮殿の部屋に入ると、ファズーンが奥の長椅子に横たわり、肘をついて書を読んでいた。


「来たか」

「――ありがとうございます」


 後方には、ジャイフが床に直接屈み頭を垂れて控えていた。


(あの力は、ジャイフのもの?)


 黒髪の男性を襲ったのがジャイフならば、また攻撃してくる可能性がある。いったいジャイフは何者なのだろう。


 更に壁には、剃った髭が顎を覆う戦士風の男。剛毅な顔つきで周囲を抜け目なく見渡している。

 佩いた剣の柄に自然な姿勢で手を置いている。こちらは武力でファズーンを守る役目だろう。


 ジャイフ達を傍に残し、侍従長を手で下がらせるとファズーンが手招きする。


「――横に座れ」


 書を小卓に置いて起き上がり彼が言う。

 嫌です、そう言いかけてやめる。言い争いをしている場合じゃない。一人分間を空けて座ると、ファズーンが腰を抱いてくる。


 睨み返すと、彼がフッと笑った。リディアの反抗をいちいち楽しんでいる節がある。


「条件がある」

「なんでしょうか」

「――まず、俺から離れるな。俺がすることに逆らうな」

「随分、多いですね」


 リディアが眉を顰めると、彼は笑みを見せた。この会合を楽しみにしているとばかりで、リディアを諦めさせるために設けたとわかる。


「来るのは、二人。だが奴らにしていい質問は一つだけ」

「……二人」


 あの男性の他にも来るのか、それに緊張を覚えた。それは自分の知り合いだろうか。見れば思い出すのだろうか。それを思うと、苦しくなる。でも、逃げはしない。


「逆らったら?」

「わかるだろう、奴らは無事にここから出られない」


 リディアは彼に返事をせず、顔を前に向けた。腰を引き寄せる腕の力が強い。まるで見せつけているようだ。


 それでも、次第にそんなことは気にならなくなっていた。

 

 今すぐに部屋に入ってくる彼が見たい。瞳の底に抑えつける炎を宿したような男が。


 フッと、時間が止まったような気がした。まず匂いを感じた。

 鼻孔をくすぐるのは、ジェニパーベリーとシトラスの香り、そして空間と空間の間をすり抜けてきたように、突然彼は静かに現れていた。


 リディアは立ち上がり、目に焼き付けるようにじっと彼を見つめた。ファズーンはそれを止めはしなかった。


 黒い衣装は昨晩と同じ。昨日よりも黒髪は明るい。そして瞳は黒曜石なのに、奥は燃える炎を宿している。


 彼はじっとリディアを見ている。横にいるファズーンには目もくれない。

 黒髪の彼は口一つ動かさない、けれど彼の横から困惑の声がかけられる。


「リディア……? ――ソイツに何をされた?」


 いつから彼はそこにいたのだろうか。黒髪の男よりも背が高く、細身。無造作に伸ばした枯草色の髪、額には褪せたカーキ色の布切れが撒かれている。


 その見開かれた目には驚き、それ以上に戸惑いが大きかった。


 この人も自分の名を呼ぶ、なのに誰なのかわからない。混乱が深まる。思わず口に出る。


「……誰……ですか?」

「っ、リディア? どうした、コイツのせいか?」

「……あの」

「うちの妃はお前たちなど知らないと言っている」

「はあ?」


 思い出せればいいのに。なのに名も姿も覚えがない。この顔も、髪も、声もすべてがわからない。黒髪の男性と同じだ。口を手で押さえて激しく首を振れば、相手の困惑が呆然としたものに変わる。


「まさか、よ。リディア、いいんだよ、もう。芝居なんてしなくていいから」

「ごめん、なさい……あの」


 吐き気がこみ上げてきた。わからないと膝を折り、久々にパニックに襲われる。初めてこの宮殿で過ごした時の頃が蘇る。


「リディア……マジ、なのか?」


 そして伸ばされようとした手。向かれた足には駆け寄らず、そのまま崩れるようにひざを折り、その視線から逃れようとしたリディアに、彼は怒声をあげる。


「……っテメエっ、何をした!?」


 彼の背後に写る鏡には、頼りなげな自分がいた。彼の気配も顔も修羅に変わり、怒声に耳を塞ぐ。彼は自分に怒鳴ったわけじゃないのに。それでもファズーンに詰め寄ってくる彼に怯えてしまった。


「リディア……?」


 彼は、戸惑いを見せた。自分が怯えられたことに、愕然としている。ちがうの、と言いたい。そうじゃない、わかっている、そう伝えたくて。

 けれど怯えている自分はできない。


 身をすくめればファズーンがリディアの細い腰を引き寄せて、首に顔を寄せる。

やめて、と叫ぼうとして「逆らうな」とささやかれた。「条件を思い出せ」と。


「――リディから、手を離せ! クソったれが」


 枯草色の髪の彼はリディアから視線を移し、ファズーンに向けて間を詰める。黒髪の彼と同じくらいの速さだった。


 こちらの彼は飛び道具を使うのか、鋭い風の塊がすり抜け背後で散った。反対に自分たちの背後から、何か禍々しいものが受け止めるように飛び出てくる。質量はないのに、腐った風、重苦しい空気のようなものに動けず、リディアは恐怖を覚えた。


 実際生臭さと、血の匂いがした、それは頭上でうごめいている。あの、巨大な手を連想させた。上を見てはいけないと本能が訴えている。


 ――でも、戦いは見届けなくてはいけない。


 闘いからけして目を背けるな、と誰かに言われてきた、自分にも言い聞かせてきた。


 ――負けない、逃げない。


 意を決して見上げると、そこには赤く大きな手があった。それはリディアの頭上でうごめき、枯草色の髪の彼が飛ばした塊を、指の爪のようなものではじき返す。


「つ」


 枯草色の髪の彼は後方に吹き飛ばされるが、身を低くして自ら飛び退り衝撃を逃して壁にあたる寸前で掌を床に当てこらえる。

 彼の頭上の壁には大きな穴があいていた。


「……何が、起きた?」


 枯草色の髪の彼の唇が動いて呟いていた。読唇術、とでもいうのだろうか。それを自然に行い、彼の声にならない言葉を読み取っていたことに自分でも驚くが、同時に別のことにも首をかしげる。


(見えて、いない?)


 枯草色の髪の彼は、あの巨大な手が見えていないのか?


「陛下、何が――」


 官服を着た男が駆け込んできて、崩壊した部屋に腰をぬかしている。赤い服に房の付いた帽子。立派な身分なのだろう。けれど、彼も巨大な手には目を向けていない、やはり見えないのだろうか。


 巨大な手はずりずりと暗闇しかない空間から出てこようとしている。手首までだったのが、今は肩まででていて、枯草の髪の彼を掴もうとしている。


 巨人の手は、人間をまるで蚊を潰すかのように動いている。だが、肩だけのせいか、目がないのか、外してばかりで枯草色の髪の彼を外している。


 彼のほうも手を見えていない、視線を向けてはいない、ただ巧みに避けていた。風圧か、気配かで逃げている。


 あちこちで、巨大な化け物の手は家具を壊しているが、まだ潰すことができない。巨大な化け物の手は、部屋中を動き回り、変化自在に動いている。


 でも、相手をする彼の方が一歩先を読んで翻弄するように動いている。


(逃げているのは、フリだけ。攻撃の機会をうかがっている)


 ――優勢なのは巨人じゃない。


 そう思った矢先、巨大な小指が彼をすれすれで掠めた、かわしたがそれでも肩を打ったのだろうか、風圧もあってバランスを崩す。


 彼が片膝をついた上に、虫でも潰すかのように掌が迫る。


「危ない!」


 リディアが叫ぶと同時に、もう一つ巨大なエネルギーがうまれた。宮殿を揺らすように振動が響く、巨大な手が燃え盛る炎に包まれて床に落ちた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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