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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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10.籠の中


 自分の宮では、平たいサンダルでいたから外用の華靴がキツイ。

 高い踵は中央にあって、ゆりかごのように前後にゆれる。何よりも木靴のように固くて、足の甲も足首も曲げられない。 


 人は、足首と足の甲を曲げ伸ばしして歩いているから、それができないと相当きついのに、平然と身分の高い女性は履きこなしているのだ。


「お姉様、ご一緒にどうかしら?」


 帰り道に籠から声をかけてきたのは、黄妃だった。にこにこと上から見上げられて、断りにくい雰囲気だ。


「どうぞ、お乗りになって。宮までお送りするわ」

「……でも遠回りでは?」


 黄妃の宮は、リディアの碧佳宮とは正反対だ。紅妃の宮から反対に走ったほうがいいのに。言えば、口元を隠しながら「お話したいのですもの」と言われてしまう。


 そこまで言われて固辞はできない。


 蓮嬪を敵に回している黄妃と仲がいい、そう思われてしまうのは危険だけど、情報が得たい。リディアは、シーリ達を籠の外に歩かせて、黄妃の隣に座る。


 黄色と紫を基調とした蔦紋様のクッションが敷き詰められた籠の中は、隣合わせで座ると空間がない。


 そして、黄妃は顔を寄せてくる。ハシバミ色のキラキラした瞳は透き通るよう。


「妹と言いましたけど、やっぱりお姉様ですものね」

「その言い方は止めてほしいのだけど」


 女子同士のこういう距離って実は苦手だ。――苦手だったと思う。けれど、こういう詰めてくる距離の子はいる。それが振り払えないでリディアは固まったままだった。


「あら、じゃあ――お姉様の本当のお名前は?」


 そしてためらいもなく直球で聞いてくるから、驚いた。名前は捨ててくると聞いていたし、尋ねるのは礼を逸するからいけないと思っていた。


 下から見上げてくる瞳。ちらりと見せる舌は、悪戯気で小悪魔的。


「お姉様は、北の地方――シルビスの出身かしら。少し特徴から外れているけれど」

「……シルビス」


 口端に載せてみても、何も響かない。その地方の出身なのだろうか。


「――その話、教えて」


 声が震えた、そういえば自分には母国もあるはずだ。言われて初めて、そのことに疑問を覚えた。見れば、黄妃が目を丸くして驚いている。


 当たり前だ、自分の出身について問いかけるなんて。詰め寄るリディアの顔に、黄妃は微笑んだ。


「あ、ごめんなさい――私」

「お姉様の宮から夜ごと聞こえてくるお声と関係しているのかしら」


 そしてまた、リディアは目を見開いて黄妃を見つめる。


「お姉様、腹芸ができなくてはダメよ。お部屋はとても遠いのだもの、聞こえてくるわけがないじゃない」


 この子には、台詞一つ一つに踊らされている。


「――でも噂よ。毎夜、陛下はとても激しい、とか」


 今度は赤くなって恥じらうようなことはなかった。碧佳宮から他の宮殿まで一キロ以上はある。ましてや、黄花宮の間には、ヴァルハラ宮がある。とても聞こえるものではない。  


 かまをかけられている、もしくは噂の一人歩きか、それとも何かを知られているのか。


 そこまで関心を持たれている。既に彼女達とは、知らない間柄ではない。毎日顔を突き合わせなきゃいけないのだ。


 逃げ出すまで――。


「その、噂はどこから出入りするのかしら」

「あら、どこでも誰でも間諜を使っているという話だけれど――どうなのかしら?」


 ふふ、と笑うのは本当に十代前半の少女なのだろうか。


「お姉様、まだお名前をきいていないわ」

「――リディアよ」


 わかるのはそれだけだ。花籠の中で、身をずらして逃げることもできない。じりっと下がると、籠が揺れた。


「シルビスは、北中央諸国連盟の国の一つ。陛下の寝室に招かれれば、地図を見せてもらえると聞いたわ。蓮嬪が自慢していたもの」


 そう言って、黄妃が髪からトパーズの簪を外す。三連の小さな花房が揺れている。それをリディアの髪に挿した。


「――僕、お姉様のこと気に入っちゃった」


 ハスキーな声がリディアの耳に囁いた。気がつけば、籠は碧佳宮の前で止まっていた。


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