9.妃嬪達
赤花宮の中は、色彩が鮮やかだった。はめ硝子の窓はひし形で赤、青、緑、黄色、それが地面に虹色を作っている。くゆる香が幻想の世界に誘うよう。
少し匂いがきついと思いながら入ると、一斉に着飾った女性たちに視線を向けられる。
「碧妃、あなたはこちらよ」
上座の一段高いところに座った紅妃が嫣然と微笑みかける。
他の女性は左右に並び、低い丸椅子に腰をかけている。リディアが呼ばれたのは、紅妃の左手側の一番前。
特等席に驚きながらも、一呼吸して堂々と歩む。
紅妃は赤いルビー、黄妃は黄色いトパーズ、蒼妃は青いサファイヤ、それぞれが何かしらの細工をされた宝玉を胸から下げている。
その石からそれぞれが誰かわかる。
そして、見渡せば他の人達は、それらの宝玉はつけていない。似たような色の石はあるが、全て違う。
リディアが腰をかけると、四人より後ろの女性が、あらと口を開いた。
「碧妃様は、陛下のご寵愛を受けていると聞いていたけれど……随分みすぼらしい――こと」
長く伸ばした爪は赤。唇も真っ赤、目元には赤い入れ墨、まつ毛は黒く長くびっしりとした化粧。
三連の金のネックレスはハート形の見事な翠玉。
何よりも黒く豊かな編み上げた髪の中央にはトルコ石が散らばり、真珠が涙のように黄金の花冠の先端に連なっていた。
後ろから侍女が孔雀の羽で風を送っていて、最も優雅だ。
「蓮嬪。碧妃は質素を好むだけよ。これから碧妃は私達の妹になるの。よくしてあげてね」
そして紅妃は、心地よい優しい声で窘めた。いかにもお嬢様というほどのたおやかでしっとりとした響きだ。黒髪にオリーブ色の肌は何とも言えない色気があるが、黄色みがかった瞳は場をしっかり制する強さがある。
「それから、翠玉は碧妃のものだから、もうつけてはいけないわ」
「まあ。私ったら、自分が似合うものをつけてしまっただけですわ」
長いまつ毛で目を伏せ、リディアを鼻で笑う気配だ。
「私は、自由過ぎると陛下にいつも言われてしまうのよ。碧妃様は、質素だからお気になさらないわよね」
どう反応していいか正直こまった。嫌み? 別につけたいなら、つければいいのに。ここの掟はどうでもよいけど、たぶん侮辱になるのだろう。
「紅妃様、碧妃様は私よりお年が上だけど、私の妹になるのかしら?」
低めのハスキーな声で訪ねてきたのは、横に座る少女だった。地面に足がようやくついた、という背の低さ。栗色の髪に、ハシバミ色の目。クスクスと笑いながら尋ねる様子は幼いけれど、台詞は油断できない。
「ええ。黄妃。あなたの方が半年早く来たのだから、碧妃はあなたの妹よ」
くすぐったげに笑う少女は、リディアを見て口角をあげた。まだ十代前半だと思う、扇で顔を隠して中性的な顔立ちをしている。
「碧妃、こちらは蒼妃よ」
示されたのは、黒髪、黒目のやさしい顔だちなのに寂しげな女性だった。リディアより少し年上だろうか、ただそっと笑うだけだった。
そのほか、八人の嬪の紹介はなかった。
ただ先ほど発言した蓮嬪だけが、悪目立ちをして気だるげに座っている。紅妃が背筋を伸ばしているのに、彼女だけは姿勢を崩して横座りだけど、それが許されているようだ。
他の女性達も綺麗に着飾り、結い上げた髪にはいくつも飾りを挿し、指輪や首飾りをしている。確かに一番自分が質素だ。
ちらちらとこちらを見るのはそれだけじゃない。その理由はもう一つ。
金髪碧眼で白い肌なのは自分だけだ。だいたいが、日に焼けたオリーブ色の肌に濃い金髪から赤茶けた髪、一番多いのは黒。そして瞳は茶色から黒。
かなり容姿が浮いている。
「碧妃は、変わった容姿なのね。見慣れなくて奇妙に感じてしまうわ」
蓮嬪が、こちらにちらりと視線を向ける。
「陛下が物珍しく思うのは、仕方がないのかもしれないわね」
――それだけだったらどんなにいいか。
そう呟いた心情は誰にも伝わらない。そもそも、なぜファズーンに興味を持たれているのかわからないし、好意なのかも、それがいつまで続くのかも。
こんなに妃がいるなら、ギラギラ争いには参加しないから解放して欲しい。
(話し合える仲間がほしいな……)
そう思ったら、横から顔を寄せてきたのは黄妃だった。
「蓮嬪は、碧妃様が来るまで一番寵愛されていたから、妬んでるの」
無邪気そうで高めのハスキーな声は、部屋によく響いた。キッと眦をあげて、黄妃ともどもリディアを睨んできた蓮嬪は、呪い殺しそうなほど。
「よくも! あなたなんて一度も訪れがないじゃない」
「飽きられた女はかわいそうね。ちなみに、私の方が妃なのよ。身の程をわきまえなさい」
傲然と言い放つ黄妃は、幼さを感じさせない。蓮嬪が立ち上がり、黄妃に震える指をさす。
「よくも、私に侮辱をしてくれたわね。紅妃様、黄妃に罰を与えてください!!」
(……怖い。帰りたい)
リディアは戦慄した。まさしく伏魔殿。常に嫌みの応酬だ。困ったようにたおやかに口をひらいたのは紅妃だった。
「――黄妃、謝りなさい。そして蓮嬪も、失礼な言動は許されませんよ」
「はあい。紅妃様。蓮嬪、失礼しましたわ」
黙り込んで座る蓮嬪は、まだこちらを睨んでいる。どうやらリディアも黄妃と仲間だと思われたよう。
――仲間が欲しいってそういうのを願ったわけじゃないのに。
「いいかしら、みんな」
そして、紅妃が呼び掛ける。
「私達の役目は、陛下に仕えること。姉妹で争うなんて許されません。皆で、陛下のお子を産み育て、子孫を増やすことに努めなさい」
その言葉に、リディアは更に戦慄した。




