剣の回顧と魔法使いの道標
再び思い出話です。
これで第4話が終了。
「氷菓子は初めてですか?」
漸く辿り着いた氷菓子の店で買った品物を手に、近くのベンチに座った2人。
戸惑ったままの顔で氷菓子を見、そしてレイドリック様を見上げます。
その視線を気にせず、レイドリック様は垂れてくる髪の毛を片手で押さえながら、氷菓子を一口囓りました。それを見て、恐る恐る子供も手に持つ氷菓子を舐めます。
初めて食べるものの反応を、魔臣は微笑ましそうに眺めておりました。舌に触れた冷たさに、瞬間的に舌を引っ込めましたが、また同じ様に舐めます。
「氷ですから、早く食べないと溶けてしまうらしいですよ?」
少しずつ舐めていた子供に、いたずらっぽく笑いながらレイドリック様はまた氷菓子を食べます。
溶ける、と聞いた子供は何か考えた後、そっと手に魔力を纏わせます。どうやら氷の魔力のよう。
それを見ていたレイドリック様は目を見張り、そしてふわりと微笑みました。
「凄いですね。その歳でちゃんと魔力を扱えている」
通りでの騒ぎの時に、魔力の操作が出来ないのではと思いましたが、充分過ぎるくらいには制御が出来ているようです。しかし、子供は首を振りました。
「すごくない、です」
その子供が初めて言葉を発した瞬間でした。
「おばあさまは、まだまだだといいます」
その言葉でどういった理由なのか悟ったのでしょう。レイドリック様は空いている片手でその黒に近い藍色の頭を撫でました。
「それはきっと、大人と比べたらですよ。今まで見てきた子供の中で、貴方が1番上手です。間違いありません」
レイドリック様の言葉に、彼の反応は芳しくありません。真偽を確かめるかのようにジッとレイドリック様の紅い目を見ています。
「他の国の人に言われても、信じられませんか?」
その言葉に子供は首を振りました。おや、と氷菓子をまた一口噛りながら、魔臣は彼の言葉を待ちます。
「あたま、はじめてなでられました。わたしには、しらないことがたくさんありそうです。このたべものもはじめてです」
言葉がたどたどしいのは、人と余り接してこなかったからでしょう。頭を撫でられた事がなかったという事は、周りにそういう人がいないという事なのでしょうから。
「だから、あなたのおっしゃったことが、まちがいだとはいえない、とおもいます」
そう自分の考えで締めくくりました。そして思い切ったように氷菓子を一口噛りました。
「そうですね。私にもまだ知らない事は沢山あります」
もう殆ど無い氷菓子をペロリと舐めます。近くを通りかかった通行人が顔を赤くして早足に歩いて行きました。
「でも」
その顔を再び見上げた彼が、考え考え言葉を紡ぎます。
「わたしは、できなければならないのです。このくにのために」
「それは貴方のお祖母様が?」
1つ深呼吸をしてから、レイドリック様が聞きました。
それに頷く事で肯定する子供。
白皙の相貌が曇ります。
「……1つ、確実な事実を教えてあげましょう」
そして、レイドリック様はその言葉を言いました。
「人1人が支える国など、滅んでいるも同然なのですよ」
それは実感の籠もった、そうであれ、と祈る様な言葉。
「……言い過ぎかもしれませんが、今までの歴史が証明しています。貴方は国自体ではありません。歯車でもありません。国という1枚の布のたった1本の細い糸に過ぎないのです。1本緩んだところで、布としての存在が揺らぐ事はありませんし補修も出来ます。
だから、貴方がちゃんと出来なかったとして、国が乱れるという事があるとするなら、それは国としてすでに存在が危うい、という事だと思うのです。ましてや、貴方はまだ子供です。ですので、」
そう言ってから、パクリと最後の氷菓子を口に入れました。そして、ニコリと微笑みます。
「今日くらい私とゆっくりしても、国は滅びたりしないし、貴方がダメな人間になったりもしないって事です」
「わたしは、できなくてもいい?」
そう尋ねた子供に、氷菓子を食べろ、と指差しながら頷きました。
「貴方が好きな事をやればいいのです。私だって、この仕事が大好きです」
そう言って、荷物の中から何やら作りかけの布を取り出しました。
「すきなこと……」
「無かったら探せばいいのですよ。まだまだ時間はたっぷりあるのですから。氷菓子は待ってはくれませんけれども」
どうやら下の方は無事な様ですが、上の方が溶けて来ています。
「できるでしょうか? わたしに」
「それこそ知らない事が沢山あるのですから、出来ますよ」
そう言いながら頭を撫でました。
「貴方はきっと凄い人になります。お祖母様が何と言おうと、私が保証します」
そして、手の中の作りかけの物に針を通し始めました。それを見ながら子供は、氷菓子を少しずつ、でも溶かさない様に口を付けました。
食べ終わるのを名残惜しんだのか、少し溶けてしまった氷菓子。
レイドリック様は彼の手を新たなハンカチで丁寧に拭います。
「初めてにしては難易度が高かったでしょうか……」
苦笑しながら、お菓子自体を食べた事無さそうだった子供に微笑みかけます。
「ちゃんとたべられるように、がんばります」
そこは頑張らなくてもいい所だと思います。
「そうしたら、貴方におまじないです」
レイドリック様はそう言うと、先程まで刺していた布を彼の左手首に巻き付けました。
「丁度貴方の髪と同じ紺色の生地があったので作りました。『これから成す事に勇気を与える』という意味の刺繍入りですよ」
それはリボンでございました。
短時間で作ったとは思えない複雑な紋様と『レイパレス』の徴が灰がかった白で縫い取られた紺色のリボン。
「これを、わたしに……?」
ジッとそれを見つめてから、ポツリと呟かれた言葉。それにニコリと製作者は微笑みます。
「はい。少しでも貴方のお役に立てばいいのですが。……そろそろ時間ですね」
もともと店に帰るはずだったレイドリック様は、チラリと見えた部下の赤い髪に立ち上がります。
「あのっ!」
それに慌てた様に子供が声を掛けました。手首に巻かれたリボンをギュッと握り締めています。
「また、あえますか……?」
「そうですね……、奇跡を諦めなければ、きっと。ヒントは手の中にありますから」
子供の問い掛けに、その頭を一撫でして謎掛けの様に謳い、レイドリック様は背を向けました。
「今日は楽しかったです。また会えるのを楽しみにしていますよ」
そうして、レイドリック様は手を振って子供から離れました。
「あのリボンは大事にしていたのですが、魔法研究所が貴方の刺繍の守護効果を調べるという事で提出した所、燃やされてしまいまして」
『レイパレス』の店舗までの道をブラブラと歩いていると、魔法使いが恥じるようにそう打ち明けました。
「思わず研究所を氷漬けにしてしまいました。まあ、同じ様に燃やさなかっただけでも、自分を褒めたい気分ですが」
彼は、研究所に保管されている資料には罪はない、と氷の魔法を選んだようです。怒っていたには違いないので、全く人には配慮されておりませんが。
「貴方にはリボンじゃない方がよかったでしょうか」
大分大人になってからも肌身離さず持っていたようなので、レイドリック様は苦笑気味です。
「いいえ、あれは貴方の言った通り、私に勇気を与えてくれました。そして、再会の手掛かりも」
「一時の戯れですよ。それでも会いに来てくれたのは、驚きましたし嬉しかったです。……ディノ、ここでいいですよ」
そこはもう店へと到る路地裏の最後の曲がり角。魔臣の感知に別行動をしていた部下がかかったのでしょう。
「行きたい場所があるのでしょう?」
その言葉に魔法使いは眼鏡を上げ、顔を引き締めました。
「お見通しでしたか。ちょっとした雑事をしたいので少し離れます。が、」
一旦言葉を切って、金色の目を焦がれた人に向けます。
「置いていかないで下さいよ」
それに持ってもらっていた荷物を受け取りながら、レイドリック様は笑いました。
「貴方が里心付いて、時間に遅れなければ」
本当は、魔法使いが人間の国に帰った方がいいのです。しかし彼は、レイドリック様の下にいたいと願っています。それをレイドリック様は無碍にしたり出来ないのでしょう。
「貴方の下に必ず帰りましょう」
軽いやり取りの後、ディノはそのまま通りを歩いていき、レイドリック様はそれを暫く見送り路地裏へと入っていきました。
それはまるで、これからを暗示するかのように。
『レイパレス』のデザイナーと別れた直後の子ディノの心の内(なのでかなり言葉が流暢。そして安定のディノ)
『行っちゃった……。
聖女と呼ばれるオバサンよりも何もしてくれない女神っていう存在よりも、見かけどころか心までも素敵な人だったな。
本当にもう一度会えるのかな。
……会ってもらえるんだろうか?
それには今のままじゃダメだ。私は何も知らなすぎる。
まずは経験が足りない。圧倒的に。
お祖母様の言いなりじゃあ、学べる範囲が限られてしまう。
周りの人心掌握ってヤツをやって、周りの環境を整えながら、あの方がどなたなのか調べて、あと、この町を来たいと思わせるような町にしないと。見て見ぬ振りなんてダメ。外の人だから、来れなくなったら困るから。
今は子供だから、思ったように動けないだろうし、従っているフリをしておかなくちゃ。警戒されては面倒だもの。
家に帰ったら、今後の計画を練らないと!
人生設計は大切ってお祖母様も言ってたからね』
……などと容疑者は発言しており……。
ここから悲恋に入って来るのかと思えば、そうでも無いという。
またストックが貯まりましたら投稿します。




