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もしかして、会いたかったのかも


それからのことと言えば。


莉央は、継承権のごたごたを避けるため、公爵家の籍を抜けた。

ただ、王家と教会からの慰謝料が莫大だったため、受け取る代わりに準男爵位をもらった。

元々は実績ある平民に与えられるが、相当する金額を出せばOKらしい。さすが異世界、許容範囲広めだ。


世間どころか世界観にすら無知な莉央が、後ろ盾もなく身を守るのは、やはり厳しい。

どうしてもと陛下にまで懇願されたので、貴族の末席には籍を残した。


両親や兄姉、領地経営を担う叔父夫妻などは変わらず気にかけてくれるし、なかなか甘やかされていると思う。

本来、ミシェルが受け取るべきだったものだと思うので、遠慮なく享受することにした。


莉央は公爵領に引越し、街の一角に住居を借りた。

本邸の補佐官の試験を受け、無事に合格して、下っ端として勤務している。


服装は、身体の性別に合わせて男性用を着用。少し迷ったが、髪は切らないことにした。

莉央は生前、女性だった。今の身体は男性だが、心は莉央のままだ。

少々変わった目は向けられるかもしれないが、気にしないことにした。


なんたって、後生である。楽しむが吉。


そんなある日。

一人暮らしに慣れてきた莉央は、休日に買い物に出かけようと玄関の扉を開けて、固まった。


見知らぬイケメン殿と、視線が合う。

ノックしようとした体勢で固まった彼は、莉央の全身を素早く眺めてから、一歩後ろに下がった。


ゆるく波打つ黒髪と、ペリドットの瞳。端正に整った顔立ちは、文句なしのイケメンだ。

身のこなしや雰囲気に覚えがあって、莉央は首を傾げる。


「副隊長さん?」


「ああ……よかった。気づいてもらえたか」


まあ、なんとなくだが。何せ全身鎧の彼すら気づけたのだ。

なぜかはわからないけれど、ひどく目に留まるというか、視線を呼ばれるというか。


「何してるの、こんなとこで。仕事お休み? あ、買い出し付き合ってくれる? まとめ買いしたいの」


「もちろん」


私服姿なので、たぶん休日なのだろう。

次々と思いつきを口にする莉央にも、彼は慣れたように落ち着いていた。


そういえば、彼との会話は顔も見えないものだったのに、不思議と不自由さを感じたことはない。

距離の取り方が上手く、こちらのペースを守ってくれるからだろうか。


並んで歩くと、身体の厚みや身長差につい気が向く。

ミシェルは令嬢を演じるため、厳しい食事制限をしていたらしい。お陰で、今も華奢で小柄だ。


あと、この世界の食事は、莉央には少々合わない。脂っこくてしんどいのだ。

忙しさも落ち着いたので、今はもっぱら自炊している。


「……会いに行くと、約束したから」


市場での買い物を終えて、家に招き入れた莉央に、ようやく副隊長は訪問の目的を告げた。

あれこれと買い物ばかりに気を取られていたから、そういえば聞きそびれていたとやっと気づく。


「律儀だねえ」


そもそも、果たされる約束だとは思っていなかった。

莉央が笑うと、彼は複雑そうに苦笑する。


「それと……こちらの警邏隊に所属することになった」


「近衛は辞めたの?」


「ああ。警邏隊に空きがあると聞いたし、……その、目的もあったから」


この世界でも、転職って普通にあるんだなと思いつつ、莉央はキッチンに立った。

エプロン代わりの腰当てをして、野菜と肉を切る。


「ご飯、食べてくでしょ。家は近く?」


「有難くいただく。家は、実はまだ決めていないんだ」


「じゃあ泊まっていきなよ。明日、本邸で空き家があるか聞いてみよう」


「……」


ざくざく、野菜を切る音がやけに響く。

黙り込んだ彼に構わず、莉央は簡単な野菜炒めとスープ、煮つけを作った。


テーブルに向かい合って、食べ始める。

美味い美味いと褒めてくれる副隊長を眺めていると、なんだか、心の空洞が埋まる心地がした。


あの絶望を抱いて死んだ日。生まれ変わった日。

誰もいなくなった家が寂しくて、別れたばかりの両親に会いたくて、早く週末になれと思いながら歩いていた。


今の莉央は、一人を楽しめているのだけれど、誰かと一緒にいるのも嬉しいものだと思う。

鎧姿ばかりの副隊長が、莉央にとっての唯一の知り合いだというのは、今も変わっていない。


顔を合わせた人も、名前や関係性を知った人も、幾人もいる。

けれど、その誰もを莉央はなぜかどうしても、身近だとは思えない。


今も、たった一人、彼だけが莉央の近くにいる。




《補足》

・王子:継承権返上、聖女候補と婚姻して王都から離れた領地と男爵位を賜り臣籍降下。断種済みで、領地を出るのは禁止。

・王妃:離縁こそしないが、身分剥奪、生涯幽閉。

陛下は側妃を迎え、直系の後継者をもうけないといけない。何気に一番苦労人。

・ミシェルの姉は、まだ見ぬ後継者が育つまでの中継ぎとして、継承権第一位(兄は公爵家の後継)。


莉央は、あんまり興味がなく「へー」くらいの感想だと思ったので、本文からは省きました。

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