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低身長転生 ~もう一度の人生を送る物語~  改稿版  作者: 普通の人
第2-2章「幼児期 冒険編」

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第28話「魔獣襲来」

西暦256年4月15日。

視点は変わって、グライ視点。


僕の、この異世界における本当の人生が「開幕」してから、既に一週間という月日が経過していた。

この一週間、僕はギーガさんたち歴戦の冒険者と共に、ずっと駅馬車の中で揺られる日々を過ごしている。


朝になれば馬車の規則的な振動で目を覚まし、昼は通りかかった村々で新鮮な食料や必要な物資を調達する。そして夜になれば、運良く宿泊できるような宿屋が見つかればそこに泊まり、休息を取る。

そんな、これまでの引きこもり生活からは想像もつかないほど活動的で、旅の情景に満ちた日々を過ごしていた。


しかし、駅馬車の窓から外の景色を眺め続けていた僕は、ふと、ある一つの奇妙な事実に気がつき、心の中で強い疑問を抱いた。


「……そういえば、この一週間、ずっと『魔物や魔獣』に遭遇していないな」

ということだ。


この世界には、人間の命を平気で脅かす恐ろしい「魔物や魔獣」が数多く生息している。

彼らの活動が夜に活発化するというのは、父・ピサロの夜警団の話などから知識として十分に知っていたが、それは必ずしも朝や昼が完全に安全だということを意味しているわけではない。朝も昼も、危険なことには同じなのだ。


なぜなら、同じ種類の魔物が一日中ずっと行動しているとは限らないからだ。夜行性の魔物がいれば、当然、朝と昼の明るい時間帯を主に行動の拠点とする魔物だって、夜に行動する魔物と同じように必ず存在しているはずなのだ。


僕たちが乗る駅馬車が現在走っている場所は、「ラビス州」。

ラスロ王国の、ちょうど中央付近に位置する広大な州である。


馬車の窓から見える景色は、見渡す限りの多くの深い森や、鬱蒼と茂る林が延々と続いている。これだけ自然が豊かで身を隠す場所が多いのだから、当然、魔物や魔獣はたくさん生息しているはずだろう。

それなのに、ただの一度も襲撃を受けていない。

一週間前までは、ずっと北辺境に位置するあの故郷の村に引きこもって住んでいたというのに。


駅馬車という交通手段の力とはいえ、たった一週間でこんなにも安全に、遠くまで進むことができるとは思ってもみなかった。


     * * *


そして……その日の、夜のことだった。


僕は、二日前からある明確な目的を持って、厳しい稽古を始めていた。

それは、剣と魔法のさらなる高みである「超級剣技(ちょうきゅうけんぎ)」と「超級魔法(ちょうきゅうまほう)」を取得するためだ。


もちろん、僕がこの三ヶ月間、自室に完全に引きこもっていたため、剣を振るうことも魔力を練ることもせず、一切の稽古はしていない状態だったことは事実だ。

だからこそ、事情を知る人が今の僕の行動を見れば、確かにこう思うに違いない。


『超級剣技、超級魔法をなぜいきなり取得しようとしているんだ!?

 お前はずっと三ヶ月間も引きこもっていたんだから、身体も魔力も鈍っているはずで、そんなすぐに高みを目指すなんておかしいだろう!!?』

と、疑問に思っている人はいるはずだ。


でも、それは違う。


この世界には、前世の常識にあるような肉体的な「衰え」という概念は、存在しないのだ。


『はぁ!? そんなの、ただのチートだろ!!?』

と、今この話を聞いてそう思った人もいるかもしれないが、決してそんな都合のいい神様からのチート能力など使っているわけではない。


この世界の絶対的な法則なのだ。


逆に、使わなければ「魔力や魔力量が衰えるだけ」なのだ。

肉体的な体力や、脳の知能といったものは、どれだけ引きこもっていても決して衰えることはない。

しかし、その反面、魔力や魔力量だけは、使わずに放置してしまうと確実に衰えてしまう。

そして魔力や魔力量が衰えてしまうと、いざ魔法を使用する時に異常に体力を消耗してしまったり、放つ魔法の威力が著しく弱くなってしまうという、致命的なデメリットが存在しているのだ。


その法則を、簡単に、そして最もわかりやすく言うなら、こういうことになる。


「体力量と強さ = 魔力と魔力量」

という、絶対的な結果になるのだ。


だからこそ、僕は焦っていた。

僕自身が弱さゆえに引きこもり、無駄にしてしまったあの三ヶ月間。

その空白の時間を完全に帳消しにするために、僕は今、必死になって「超級剣技、超級魔法」を取得する努力を、夜の時間を惜しんで重ねているのだ。


     * * *


夜の静寂の中で、僕が一人で剣と魔力の稽古に没頭している時だった。

ザクッ、ザクッと、草を踏みしめる足音がこちらへ向かって聞こえてくる。

現れたのは、パーティーのリーダーであるギーガさんだった。


しかし、その姿を見て僕は目を丸くした。

彼は上半身裸で、しかも全身がびしょびしょに濡れている状態だったのだ。


彼はさっき、僕に向かって「ちょっと体洗いに行ってくるわ」と言って、近くの水場を探すためにどっかへ行ったばかりだった。

時間にして、そんなに時間はかからなかったはずだ。


だが、その短時間にもかかわらず、頭の先から尻尾までかなり濡れている状態のため、よほど水浴びに適した場所を見つけて、相当なことがあって全身を洗ったのだろう……。


僕は、夜風に吹かれて濡れた身体を晒している彼を見て、思わず呆れたように口を開いた。

「……ギーガさん。さっき『ちょっと』って言っていましたけど……それの、一体どこが『ちょっと』なんですか?

全身、かなり濡れているじゃないですか……そんな格好でいたら、いくら獣人でも風邪ひきますよ。

あなたは、そんな子供みたいなことをするような人だとは思わなかったです」

僕は、少し咎めるような口調でそう言った。


僕のその容赦のない発言に、ギーガさんはピタリと足を止めた。

流石に怒っているようなピリピリとした雰囲気ではないが、五歳の僕が大人のリーダーに向かって、少しばかり言い過ぎたかな……?


「せ、せやろか?

 ワイは、いつもこんな感じやけど……何か問題でもあるん?」

突然、ギーガさんがポカンとした顔で話し始めた。


そのあまりにも予想外の反応に、僕は少しビクッとした。

それにしても、このびしょ濡れの半裸状態が「いつも通り」だったとは。初見の僕には絶対にわからない、斜め上の答えを言ってきたのだ。


「これが……『いつも通り』……なんですか?」

僕は、完全に戸惑ってしまった。


だって、あんなに歴戦の戦士としての強い雰囲気を出しているギーガさんが、水浴びではしゃいで全身びしょ濡れになって帰ってくるなんていう、子供見たいなことをするとは、夢にも思っていなかったからだ。


それでも。


戸惑いと同時に、僕は彼のそのギャップが、無性に面白いと感じた。

張り詰めていた心が解け、そして、自然と声を出して笑ってしまった。


「何で笑うねん!? おかしいやろ!?

 別にええやろ!?

 こういうんは、誰にでもある『人の個性』っていうことやろ!?」


僕が腹を抱えて笑っていると、ギーガさんは狼の顔を耳の先まで赤くしながら、照れ隠しのように僕の前に向かってドタドタと走ってきた。


捕まってたまるかと思い、僕もわざとらしく「わぁっ!」と声を上げながら、逃げるようにして笑いながら走り出した。


「ハハハハハハ!!

 ……すいません、ギーガさん! ちょっと、あまりにも『面白いネタ』ができたので、つい笑っちゃいました……」


息が切れそうになり、すぐに僕は立ち止まった。

僕が止まった後、背後を追いかけてきていたギーガさんも、すぐに立ち止まった。


彼は顔を赤くした状態だったが、別に僕に対して本気で怒っているわけではなかった。

でも、怒るどころか、逆に僕とこうしてはしゃぎ合えたことが、ひどく嬉しそうな感じがした。


そうか。冒険というのは、常に命の危険と隣り合わせの過酷なものだ。

だからこそ、ただ真面目に静かな雰囲気で進むだけだったら、息が詰まって精神が持たず、意味がないのだ。


寧ろ、こういう時には「全力で楽しまなければいけない」という、冒険者たちの間に流れる隠れたお約束があるのだろう。


すると、ギーガさんは僕の顔を見て、突然、夜空に向かって豪快に笑い出した。

「ハハハハハハ!! 子供のくせに、ホンマに生意気やなグライ!!

 ……せやけどワイは、そんな風に笑うグライがええわ。

 ハハハハハハ!!」


ギーガさんは笑いながら僕に近づき、濡れた大きな両手で僕の脇の下に手を入れると、軽々と僕の身体を宙高く持ち上げながら言った。


「うわぁ!! ギーガさん!?

 ちょっと!! 冷たいですって!! 離してくだ……うわぁ!!」


僕は空中で手足をバタバタさせながら叫んだ。


さっきの、濡れた姿を見て笑う状況よりも、今のこうして高い高いをされながら笑い合う状況のほうが、「展開的」にははるかに面白いと考えたのだろう。


まぁ、流石にギーガさんが、あんな短時間でそこまで深く計算して考えた答えではないと思うけど……。

それでも、今この瞬間の、彼と笑い合っている時間は、とてつもなく楽しい。

こんなに心の底から楽しいと思える時間は、僕が五歳の時に村で開かれた、あの盛大な祝祭以来のことだ。


まるで、あの絶望で引きこもる前の、今までの楽しい記憶が、少しずつ僕の心の中に戻ってくるような感じがした。

僕はその感覚がとても嬉しいが、決して簡単には戻ってこないということもわかっている。

それが、頭では「覚えている」としても、心から「完全に」元通りになったとはいえないからだ。


トラウマというものは、そんなに簡単に戻ったら、誰も苦労はしないのだから。


     * * *


そして、少しの間にギーガさんと夜の空気の中で楽しくはしゃいだ後。

僕たちは落ち着いて地面に座り、今度はゆっくりと話し始めた。


これまでの冒険の話や、お互いの面白い話、そして絶対に人には言えないような黒歴史などを中心に話した。


「それでな、グライ。ワイらが昔、ラスロ王宮の近くでえらい調子に乗ってはしゃいでたらな。

 突然、一人の王宮の兵士が鋭い槍を構えながら、鬼の形相でこっちに向かって全速力で追ってきたんや。

 ほな、そのブチギレた兵士……その後、どないなったと思う?

 『ふざけんじゃねぇーぞ!! テメェらーーー!!』って大声で言いよりながら、ワイらを本気で追ってきたんやで!!

 どうや? おもろいやろ!?」


ギーガさんが身振り手振りを交えて語るその武勇伝に、僕は腹を抱えて笑った。

「ハハハハハハ!! 確かに、王宮の近くで槍を持った兵士に追いかけられるなんて、めちゃくちゃ面白いですね!

 それで……結局、その兵士はどうなったんですか?」


僕がオチを期待して尋ねると、ギーガさんはニヤリと笑い、あっけらかんと言い放った。

「ん? ああ、アイツか。あんな職務中にブチギレて走り回っとったんやから、クビになったんちゃう?

 ……知らんけど、ハハハハハハ!!」


「嫌、そこは知らんのかい!! ハハハハハハ!!」

オチがないというまさかの結末に、僕は思わず盛大にツッコミを入れ、二人でさらに大爆笑した。


僕自身の情けない黒歴史を聞いてくれた時の、ギーガさんの笑い顔も面白い。


でも僕は、それよりも何よりも、ギーガさんが自分自身の黒歴史を面白おかしく語っているのにも関わらず、語りながら自分で耐えきれずに笑ってしまう方の姿が、最高に面白かった。

ギーガさんは、本当に面白い人で、そしてどこかおかしい人だけど。

こんな裏表のない人と会話したり、一緒にいたりすると、どんなに警戒していてもすぐに心を開いて慣れてしまう。


そんなことを思いながら、僕が声を上げて笑っている時だった……。


ギーガさんは、突然笑うのをピタリとやめた。


そして、濡れた身体のままスッと無音で立ち上がり、鋭い獣の目で、周囲の暗い森の奥をギロリと見渡したのだ。


「グライ……。信じんでええから、今から俺が言うこと、よう聞けや」


「……えっ……?」

ギーガさんが放った、先ほどまでの明るい空気を一変させる、低く重い突然の一言。


「今から言うことを…よく聞け」


僕はその急激な変化に完全に困惑したが、戦士としての彼の気迫に圧倒され、ギーガさんの要求を即座に受け入れた。

「……それで、何ですか? ギーガさん……」


僕が息を呑んで尋ねると、ギーガさんは闇夜を見据えたまま、静かに告げた。

「ワイは獣族やから、普通の人間より耳と嗅覚と視力がめっちゃええねん。

 ほんで今、ワイの嗅覚で、ハッキリと感じたんや。

 『魔獣』が……すぐ近くにおる、とな」


ギーガさんの口から「魔獣」という恐ろしい単語が出た瞬間、僕は雷に打たれたように驚愕した。


村を出て一週間、何もなかったのに。

まさか、これが僕にとって、冒険で初めて魔獣と戦闘する瞬間になるのではないのか?


そう恐怖と共に思った、まさにその時だった。


「グルル……グルル……グルル!!!」

地響きのような、腹の底を震わせる凶悪な唸り声が轟いた。


そして、暗闇の中から姿を現したその巨大な魔獣が、僕たちのすぐ目の前で、ピタリと立ち止まっていた。

その魔獣は、音もなく忍び寄ってきたわけではない。太い木々を薙ぎ倒し、森を強引に破壊しながら行動していたのだろう。


間違いない。


これは、「僕たちが森の中に入り、夜の隙を突いて油断しているところを襲う」という、明確な殺意を持った襲撃ということだろう。

月明かりに照らされたその姿を見て、僕はすぐに、それがどんな魔獣なのかがはっきりとわかった。


その魔獣の名は、「グレントウルフ」。

たまに父のピサロが夜警団の仕事で狩ってきて、村の祝祭などでその香ばしい丸焼きを食べたことはある。僕にとって馴染みのある獣だ。

確かに、形状はあのグレントウルフなのだが——。


目の前にいるこの個体は、僕が記憶の中で想像していたサイズの、優に「五倍」はデカイ。


家ほどの大きさがある巨躯からは、とてつもなく凶暴な雰囲気が濃厚に漂い、もしあんな巨体で今すぐに襲いかかられたら、一瞬で圧死するだろう。


そんな絶望的なほどの力を持つ巨大な魔獣の姿を。

僕たち二人は、ただ無言で立ち止まりながら、静かに、そして鋭く睨みつけながら見据えていたのだった。

  To be continued

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