第3章 『役割の更新』 (2)
【登場人物紹介】
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
電脳化しているリザレクテッド少女。生徒から教師になった。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
昼休み。
太陽光を模した柔らかな照明が降り注ぐカフェテリア。
リースはパンケーキの皿を前に、隣に座るルシアンとぼんやりと時間をつぶしていた。
斜め後ろのテーブルでは、何人かのリザレクテッドたちが笑い声を上げていて、その空気だけが妙に現実味を帯びていた。
そこへ、ひときわ目を引く存在が現れた。
白衣に身を包み、銀髪ボブカットを揺らしながら歩いてくる少女──アリア。
胸元にはしっかりと教師識別バッジが留められている。
姿勢は完璧、歩幅はブレず、視線はまっすぐリースたちのテーブルを捉えていた。
「またサボってるのね、リース」
その言葉に、リースはスプーンをくるくると回したまま、顔を上げずに返す。
「休み時間ですけど。まさか、教師ごっこでそこまで管理してくる?」
アリアはリースの正面に立ち止まり、涼しい目で彼女を見下ろした。
「教師“ごっこ”じゃないよ。私は正式に教育支援ユニットとして登録されてるの。指導対象の評価提出も義務。あなたみたいに、怠けてばかりの個体には少しばかり外科的な刺激が必要みたいね」
ルシアンが咳き込む。
リースは顔をしかめ、スプーンの回転を止めた。
「……刺激って何さ」
アリアはひと呼吸おいて、口元をわずかにゆがめた。
「たとえば──悪い子は、解剖標本に送られるとか」
一瞬、テーブルの空気が凍る。
ルシアンのスプーンがカラン、と皿の縁で跳ねた。
「……それ、冗談だよね?」
リースがじっとアリアを見つめる。
だが、アリアは答えず、肩を軽くすくめるだけだった。
「さあ。信じるかどうかは、あなた次第。私は現実的な対処を推奨してるだけだよ」
ルシアンが思わず姿勢を正す。
「こわ……」と小声で漏らしたのを、アリアは無視した。
リースはパンケーキをひと口だけすくい、口に運ぶ。
ぼそっとつぶやく。
「言ってろっての。標本になるくらいなら、逃げるし」
「逃げ足は速そうね。でも、ビーコンで追跡するよ?」
アリアの視線が、リースの右手にある銀の指輪に落ちる。
遺伝子ビーコン──リザレクテッドであることの証であり、位置を記録するネットデバイス。
「でもあれ、常時監視ってわけじゃ……」
「詳細は非公開。でも、私は“教師”だから知ってることもあるの」
最後にそう言い残し、アリアは背を向けた。
白衣の裾がふわりと翻る。
その足取りはまっすぐで、どこまでも迷いがなかった。
「……あの人、ちょっと変だよね……」
ルシアンが小声で言う。
「“ちょっと”ってレベルじゃないけど」
リースは天井を見上げて、うんざりと吐息をこぼす。
パンケーキはもう冷えていたが、食べる気も失せていた。
「なんであんなのが“先生”してんの……」
遠くで、アリアの声が別のテーブルに響く。
「そこ、授業中のふざけ方を再現して。再犯率の統計取ってるから」
ルシアンが戦慄した顔で、フォークを置いた。
「帰りたい……」
午前10時。
曇り空の下、教室の壁はぼんやりと濁った光に照らされていた。
リースは頬杖をつき、窓の方を見ながら教壇から響くアリアの声を、まるで環境音のように聞き流していた。
「……つまり、アウロイドが記録を管理していたことで、当時の人類文明の多くは保存されていた。けれど──」
「アリア先生」
教室前方、前列の席でアイカが手を上げた。
声音はどこか無垢で、リースは思わず顔を上げる。
「人間って、なんで滅んだんですか?」
その問いに、アリアは一瞬だけ視線を泳がせてから、静かに答えた。
「うん。人間は……二世紀あまり前に絶滅したとされている。でも、その理由は正確には分かっていないんだ」
「でも、歴史のことってこんなに詳しく残ってるのに?」
「一説にはね、“滅んだ理由そのものが抹消された”とも言われている。意図的に、誰かの手で。けれどそれも確証はない。はっきりしているのはただひとつ──人間はいなくなり、私たちはリザレクテッドとして再生されたってこと」
リースは机の上に指先で円を描きながら、教室の空気が少し緊張感を帯びたことに気づいた。
「人間と、リザレクテッドって……何が違うんですか?」
アイカが続けて問う。
アリアは一歩前に出て、柔らかい声で答えた。
「リザレクテッドは人間の遺伝子情報ライブラリから再生された存在だ。人間と違いはない。ただし、遺伝子の一部は操作されていて──たとえば、生殖能力は取り除かれている。一部の例外を除いて、だけどね。倫理委員会の決定さ」
「……非倫理的です」
アイカの声が、ふっと冷たく響いた。
アリアは小さく笑った。
「そう思う? でもアウロイドから見れば、自分たちで増える生物の方が、ずっと非倫理的に映ることもあるんだ。制御されない命って、混沌を孕んでるから」
「非倫理的です」
アイカは繰り返した。
無表情のまま、その声だけが妙に強く教室に響いた。
「……でも、アウロイドは工場で作られる。機械子宮でね。リザレクテッドも同じ。工場の人工子宮で作られる。管理された命の方が、むしろ“倫理的”だと考えるアウロイドは多い」
「じゃあ、リザレクテッドって、人間の……生き返りなんですか?」
「特定の人間を生き返らせたものじゃない。あくまでも、遺伝子情報ライブラリからの再現だ。──もっとも、前世の記憶があるリザレクテッドもいるなんていう、都市伝説もあるがね」
教室が静まる。
どこか掴みどころのない空気が教壇に漂っていた。
そのときだった。
スクリーンが突如として自動的に切り替わり、無機質な音声が教室を満たした。
「……速報です。中央区の倫理委員会ビルで、今朝未明、爆発が発生しました。被害の詳細は確認中ですが、現場では構造物の一部崩落が報告されており、死傷者の有無についても──」
冷たい電子音声が、教室中に染み込むように響いた。
ざわり、と空気が揺れる。
教室全体に、針の落ちるような緊張が走った。




