4楽章。怪物を哀れむ歌。10
12月31日。23時55分。中央地域広場の公開処刑場。
玄とバルデオの戦いから約3~4分の時間が経過した。
しかし、戦いの結果は、その光景を見ていたすべての人の顔をこわばらせた。
「クッ!」
片膝をついて、巨大なカトラスに身を寄せているバルデオ。
息を切らしながら、目の前にある最強を眺めるその姿は敗者の姿だった。
「ハッ、まさか……これくらいの差が出るとはな」
「……」
バルデオの前にいるのは圧倒的な力と殺気だけで相手の戦意を打ち砕く、最強として立っている玄の姿だった。
「俺にはお前のリビドは通じない。まさか忘れたのか?バルデオ」
とても落ち着いた声を見せる玄。
その声は失望とは遠い、まるで戦いが終わってほっとする声。
「何に怖けている?カダルソ」
「!!」
バルデオのその言葉に玄は防御の構えをとった。
現在、誰が見ても彼の圧倒的な勝利に見えるが、バルデオの周りを取り囲む大量のリビドがその結果を認めない。
反面、玄は自分の感情を隠して話す。
「何のたわごとだい。バルデオ」
「如何思ってもてめえの心はここに有らずって感じだ。てめえと戦っているのは俺だがてめえが見ているのは……そう、てめえの戦う姿を見ている後ろのお姫様に向かってる」
「!!」
「ハッ、図星か?」
呆れた表情を浮かべるバルデオの言葉に玄は否定せずに話す。
「そう、俺は『あの子』の前では倒れない。怪我もしない。心配もかけない。あの子の前では俺はただの最強ではなく、無敵でいなければならないからだ。お前に傷つけられた時点で俺の敗北だ」
「…………ふざけるなよ。てめえ」
静かなバルデオの声とともに、彼のリビドがほとばしった。
その表情はさっきの演技ではなく真の怒りにゆがんでいた。
「俺に傷つくこと自体が負け。──だと?いいかげんにしろ!この戦いを愚弄するのか!」
処刑場全体に響くバルデオの叫び。洋上に浮かんだ鯨のような轟音が響く。
かつての彼だったら、カダルーソとして殺害を繰り返す彼だったら、バルデオは敗北しても満足していただろう。
いや、圧倒的な敗北でなければならない。
そんな結果だからこそバルデオは満足し、彼に殺されながら死ねる。
『あの時』と同じに一振りで終わってもいい。
それが『最強』に一番近づいた瞬間なら──
人生に一度だけの輝きなら──
その一振りのためなら──
自分の命さえ捨ててもいいと思う。
それで8年前の決着がつく。その期待感は、まるで子供がクリスマスプレゼントを開けることよりもわくわくして、世界の珍味を味わったことよりも、はるかな快楽だろう。
──だからこんなものは認めない。認めるものか!
「俺が戦いたいのは!一緒に血を流したいのは!あのお姫様を守るてめえじゃない!すべてを殺す殺戮の化け物であるてめえだ!そんなてめえに殺されてこそ意味がある!」
敗者にも敗者としてのプライドがある。
そう叫ぶようだった。
「なのにてめえは俺を殺す気も!自分の心を殺す気もない!そんな殺戮戦があってたまるか!答えろ!最強!」
「……最強!最強!うるさい!」
何かが切れたように玄は叫んだ。
「そんなに望むならこの最強というタイトル。もってけ!」
「てめえはまた俺を愚弄するのか!てめえが捨てた最強を俺が拾ったって意味ないんだよ!」
その言葉とともに剣を向けるバルデオ。
目には殺気を宿し、傷だらけの体で最強に挑む。
「最強であるてめえに挑んで、勝利し最強を奪還するか!てめえに殺されるか!それしかないんだ!それが…俺の意志なんだよ!」
「何も守れず死なせる最強なんて飾りにもならん!」
しかし、バルデオのその言葉は玄をさらに怒らせるだけ。怒りのこもった彼の叫びが一瞬、バルデオの気勢をそぐ。
「俺は俺の腕に抱く奴らだけ守れば… それで十分だ。それ以上は望まない」
──そうだったはずだ。
その最後の言葉はどうしても口にすることができず、玄は頭を下げた。
形だけの最強。
いつもそれを背負ってきた。
大切な人たちを守るために座った席なのに、結局一人で立つことになった 孤独な座。
そのため、彼が最強になるまでの最強であり、もう一度最強というその孤独な座に挑戦するバルデオが理解できない。
「けんか中にボーっとするのかよ!」
それとともにバルデオは斬撃を飛ばした。
最初の攻撃と変わらない、剣にリビドを仕込んで飛ばすこと一つしか知らない攻撃。
「だから俺にお前のリビドは──」
小さなため息とともに玄は手を伸ばした。
相殺させるまでもなく、素手で捕まえてもあの斬撃は黒血によって無効化される。
「!!」
しかしその斬撃が手につく直前に玄は自分の黒いリビドを使いバルデオの斬撃を相殺した。
さっきまでバルデオの斬撃を素手でぶち壊した彼が、今度は非常に驚いた表情を浮かべながらバルデオの斬撃に触れた自分の手の平を眺める。
「ハッ!俺のリビドは止める必要もない──じゃながった?カダルソ」
「このやろう。……自分のリビドに何の小細工をした?」
指に血が流れ、表情がゆがむ玄。
そんな彼に比べて、微細だけど傷を負わせたという事実だけでバルデオは口元が上がり、うれしそうに口を開く。
「ハッ!確かに俺は黒血の能力によって、てめえを傷つけることはできない。リビドで殺すしかない火力を持った奴にリビドが通じないのは相当つらいよな」
「……」
「しかし、それはあくまでも俺の話。『こいつ』は関係ないよな?」
その言葉とともに、バルデオは自分の肩に背負っている巨大なカトラスを見せる。
バルデオのその言葉に玄も現在の状況に納得した。
「なるほど。『Ego‧Weapon』のデストルドか?」
Ego‧Weapon。
玄に殺害の魔人の血である黒血という最強の武器があるとしたら、他のデペンサもそれに準ずる武器をアルセナルに与えられる。
バルデオにはコードネームその儘の剣。
シャチの形をした凶獣と巨大なカトラスを融合した合成武器オルキヌス。凶獣がベースであるため、特有のデストルドが蔓延している。故に、デペンサと認められなかった人が手を出すと精神が犯され廃人になる。
それがアルセナルがバルデオに与えたエゴ·ウェポンという固有武器。
剣のデペンサという証であり、バルデオが全力を尽くす証だ。
「正解だ。俺のリビドの上にオルキヌスのデストルドを上書きした。空気で人を殴ることはできないが、風船という表面を使えば、空気を風船で包み込んでダメージを与えることができる。まあ、コーティングと似ているというか?」
「デストルドが風船で、お前のリビドが空気か?少しは考えたな。そして、その準備時間は5分ぐらいかな?」
「ハッ、ばれたか?まあ、準備が終わった時点で俺の勝ちだが」
「笑わせるな」
冷静な口調で玄は口を開いた。
回りの空気が冷たくなる。
「それはお前が俺の恐怖を打ち砕いたという証明にはならない」
「ハッ!わかってる。だがこの武器は、オルキヌスは自分の意志がある。こいつはまだてめえの恐怖を知らん。てめえに恐怖を持たない、自我のある武器ならてめえを傷つけることができる!」
──それを証明できただけでも十分だ。
その言葉とともに、これから全力とでもいうように、空気中にリビドが集まり、同時にカトラスに流れ出るデストルドの影響でバルデオの目が黒く染まる。
夜空の下には雲がかかって月の光も見えない。
見えるのはバルデオの周りに漂う黄色いリビドと黒く染まったバルデオの瞳。
そして『その目』を知っているかのように、玄は口を開く。
「そうみえば、『その目』はお前も使えたな?」
「そもそも『この目』にたどり着けなければデペンサとは言えない。そしてどっちかと聞いたら、俺がてめえより先輩だぞ?」
「うるさい」
その言葉とともにバルデオに対抗するかのように、玄の目も黒く染まり、目からデストルドが湧き出る。
そして二人は叫ぶ。
「──お前の深淵を見せろ」
「──テメエの深淵を砕け!」
それを合図に二人のリビドは、
「「深淵の目──!!」」
天を突いた!
黒い柱と黄色い柱が雲を貫通し、空を開く。
「……」
誰も邪魔できないリビドの空間。
その中で玄は息を切らすバルデオに静かに聞く。
「まだ俺が最強の座を奪ったことを恨んでいるのか?バルデオ」
「ハッ!恨む?違うな。俺がてめえに望むことは一つ!」
巨大なカトラスを玄に構えて叫ぶバルデオ。
「てめえとの戦いはたったの一回のみ。てめえがカダルソになった時、一度の一振りで決着がついた。それから、てめえは一度も俺を相手にしなかった」
「ああ」
「しかし正確には俺はてめえの相手になれなかった。……これが正しい」
「……」
「何度もシミュレーションしたと思う?てめえを倒せない限り俺は頂点になれない」
「頂点。……この際だから問おう。バルデオ」
玄も自分の黒いリビドでバルデオのような巨大なカトラスを形象化させ、向かい合うように立って口を開く。
「どうしてこんな汚い狂国の中で頂点を目指す?」
「ハッ!意味なぞない。俺はただ…… 剣に狂ってるんだからな!」
「剣に狂っている。──か。実にデペンサらしい答えだ。バルデオ」
共感するのは難しい。だがある程度納得したという玄のその言葉にバルデオは笑いを見せた。
バルデオの周囲を包む大量のリビド。これにはいつわり一つもない。
まるでお互いの席や位置などは関係なく、ただあの最強と戦いたいという一念と意地だけがこもっている顔。
「……まったく」
玄は自分も知らないうちに笑い出した。
それは虚しさに近い笑い。
深く考えた自分があほらしと感じる。
『忘れていた。デペンサは全部こんな狂人ばかりだったということをな!』
そう、目の前にいるこの男は、バルデオは玄の行く手を阻む最後の関門でも、門番でもない。
最強と呼ばれるデペンサ‧カダルソに挑む挑戦者。
あの剣士にはそれ以外は頭に入っていない。
「波打て。オルキヌス!!」
その叫びとともに柱のように跳ね上がった黄色いリビドは巨大な波となった。
処刑場はもちろん、都市全体を覆う巨大なリビドの波。
そしてバルデオの目が黒くなったように、その黄色い波はオルキヌスのデストルドで青黒い色に染まり始めた。まるで本当の波のように。
これが全力を見せたデペンサ·バルデオの力。
「その程度の波で俺が死ぬと思うか?」
「だが、ほかのやつらはどうかな?デストルドをコーティングした俺のこのリビド圧は等量の水圧以上!民間人がこのような波にぶつかったら、けがすることでは済まないだろ」
「クッ!」
「てめえは殺戮者の座から逃げ、英雄としてその場に立っている!それなら俺という最凶の波から全部救って見せろ!カダルソ!いや!玄という男よ!」
「……は!わかったよ。このやろ!」
バルデオの言葉に玄も笑いながら答えた。
愚直に剣と勝負しか知らない、その勝負の場を設けるためなら、普通な人には理解できない行動を気兼ねなく行う純粋な狂気の持ち主。
強さと剣に狂っているあの男の心に、最初で最後に答えるためか?
「──確実に、その波と共に殺してやる」
その宣言とともに玄の黒く染まった目は波の後ろにあるバルデオを捉えた。
黒黒とした深淵のような瞳。
のぞき見ればすべてが見破られるような、この世のものではないような黒い瞳。
凝視しただけなのに、体全体の細胞一つ一つをつかまれたような不快感と寒が、体全体を覆う。
「ゴホン!?」
呼吸するのが苦しい。
まるで水中で酸欠になった気分だ。
だけど!
『これだ。この殺気を!寒さまで感じられるこのぞくぞくさを待っていたんだぞ!』
そうして、息を我慢してバルデオは、リビドの青黒い波の中に隠れて構える。
波切り。
バルデオが放出したリビドの波 その四角に入って波の向こうの相手と共に全てを両断する技。
通常武器はリビド圧に耐え切れずに壊れる。大波以上の水圧に耐えられる、意志を持ったカトラス。『Ego·Weapon』オルキヌスがいるからこそ使える技。
波の向こうに見えない敵を斬る剣技!
デペンサ現最強の彼への恐怖を隠し、彼を斬るためにバルデオが磨き上げた一振り。
「──波切り·深海研!」
青黒い波の向こうでは玄の位置が分かることができた。
そのための深淵の目だ。
彼の黒いリビドについて行って全てを斬る。
──そのはずだったが。
「いない、…だと?」
「こっちだ」
「?!!?」
その話し声が耳元で聞こえる時、バルデオは声が聞こえた方に視線を向けた。
「何、…だ?あれは?」
黒い『なにか』がいた。
話しかけるまで気づかなかった黒い球体。その巨大な球体の形状をした『なにか』が割れてその姿を現す。
銀色のマントは、デストルードで黒く染まって巨大な翼になり、両腕はまるで影を固めたような異形の腕を持っている。
そのデストルドの闇は顔まで向かって仮面の形をしており、口とあごをのぞいたその姿は、まぎれもない怪物の形象をしていた。
バルデオはあの怪物がだれだかすぐわかった。
『あの姿はカダルソ!?』
あれは黒血をかぶった玄の姿。
暴走とは違う。
明らかにその力をコントロールしている。
黒い怪物は周辺に漂う黒いリビドを凝縮させる。
『まさか?!』
黒い怪物の異形の腕に黒い棒が飛び出し、すぐにそれが巨大なライフルの形状を見せる。
影のように真っ黒なライフル。黒血の力でその巨大なライフルを形象化させたのだ。
「終わりだ」
その言葉とともに彼の肩先から何かがわき上がってくる。
骨と思うほどの真っ白なそれは歯の形をとっていた。
その真っ白な牙はすぐに、薬莢の姿に変化し、姿を現す。
まるで真っ白な大理石を削って作ったような粗雑な薬莢。それが黒いライフルに装填される。
バルデオはそれを知っている。
「あれは『エニオの牙弾』!? そんなものを取り出すなんて光栄だな。いいぞ!来い!」
ライフルに黒い風が周囲を包み込む。
その黒いリビドは単純なエネルギーではなく、まるで意志のある亡霊のような忌まわしさが感じられるのは錯覚だろうか?
──エニオの牙彈。装填。
──黒いリビド。チャージ。
──深淵の目。起動。
──黒血。モードライフル。発射。
青黒い波を狙い、玄はカダルソとしての最後を告げた。
「あばよ。バルデオ」
──それは一瞬だった。
まるで照明弾でも爆発したかのように、その空間自体を光が包み込んだ。リビドの波とデストルドの爆撃がぶつかり合う音が荒々しく処刑場に響き渡った。その一撃は波に穴を開け、雲ばかりの空に巨大な穴をあけた。
処刑場全体に月光と星の光が入ると、やがて色を取り戻し始める。
そしてそこに立っている一人の男。
「……ふう」
疲れたのか、へたり込む玄。たちまち自分を呼ぶミツキの幻聴さえ聞こえてくる。
「玄さん!」
「あれ?幻聴じゃない!?」
「何言ってるんですか! 心配したんですよ!」
そう叫びながら玄の懐に入り込む。ちょっと驚いたが、わなわな震える彼女の肩を見て笑いながらなだめてくれる玄。
そうやって彼がなでてあげると、ミツキはほっとしたように、彼の名前を連発する。
「玄さん!玄さん玄さん玄さん!!!」
「わ、わかった!言いたいことは分かったから!連続で名前呼ぶな。……恥ずかしい」
彼らしくなく顔を赤らめる。
しかし、そんな彼のレアな表情を見られないまま、ミツキは彼の名前を連発し続ける。
「終わり。──だと思ったのか?」
「!」
「……」
そう安心している二人にそんな声が聞こえてきた。
驚きの表情を浮かべるミツキと顔がこわばる玄。
言うまでもなくバルデオだ。しかし、声は死に、リビドも感じられない。
「とどめを刺せ。カダルソ。俺を殺してお前の勝利──」
「いやだが?」
「なにっ!」
「俺はお前を殺すつもりでエニオの牙弾を撃っだ。 生きているならそれはお前の運だ」
「ふざけるな。殺せ。てめえを殺すか、俺が死するか。てめえと俺との殺戮戦に結末はその2つだけだ」
バルデオは根っからの劍鬼。
デペンサとして戦場で、あるいは強者と殺戮戦を繰り広げてきた骨の髄まで戦闘狂の男だ。
剣に狂っているデペンサ。それがバルデオという男だ。
だからバルデオにとっては、どっちも無事だという、そんな都合の良い結末なんて認めないのは当然だ。
「……あのさ」
それに比べて飽きたという口調で玄は言った。
「それ。疲れないのか?」
「なん…、だと…?」
だから彼のその答えにバルデオは戸惑い以外に何も感じられなかった。
「どうせ力を振りかざすんだ。守る方が気持ちいいぞ?それが生きている感じだ」
「わけわからんことを!いいから殺せ!」
「断る。殺戮と処刑を繰り返すカダルソはもう引退だ。そしてもう時間だからな」
「は?時間?」
♪~♪~
定刻を告げる時計台の鐘の音。しかし、それは単なる鐘の音ではない。
太陽暦659年の1月1日であることを知らせる鐘の音。
国王がミツキの処刑が終わったことを発表すると同時にゲート帝国に宣戦布告を知らせる烽火に使おうとした鐘の音が処刑場全体に響き渡る。
それが鳴り響く意味をその場にある皆が知らないわけがない。
バルデオの敗北とともに、すべてが砕けた。
鐘の音が鳴り響くとともにプエルタ王国全国民に伝えられた。
──そして玄はこの時を待っていた。
「戦争に狂った狂王よ。よく聞け」
ミツキを抱いて時計台まで上がった彼は仮面をかぶったまま叫ぶ。
「貴様が罪のないルナ姫を処刑しようとした事実はよく知っている!南の地域の領主であるディーン·ガルシア公爵をこの者を使って暗殺したという事実も!私は『殺害の魔人』の生まれ変われ『Abel』この狂国に警鐘を鳴らす者だ」
「英雄の……生まれ変われ?」
「Abel」
その場にいた人々はみな仮面をかぶっている彼に集中した。
カメラはもちろん、この処刑を生放送していたところ全体に!
「まずそれを知らせるために貴様の計画を砕き、ディーン·ガルシア公爵を暗殺した不徳の者に罰を下した。次は君だ。こんな狂った王が大手をふるのを放置した画面越しに貴様たち!みんな!革命を起こせ!以上!」
その言葉とともに彼がフィンガースナップをたたくと、時計台の上まで気球が上がってきた。
突然の状況の連続にみんな反応がついていけなかった。
そして、それを見たペプ一味の反応はもちろん、
「どこから気球が?」
「分かりません!」
「撃って撃墜しろ!」
「リビドの影響で銃が通じません!」
「ちくしょう!カダルソ!降りてこい!こら!」
そんなペプの声が聞こえたが、彼は無視して機構に乗り込み、ミツキをお姫様抱っこしたまま、悪党のような笑い声をした。
「HAHAHAHA!!!!一緒にいて汚かったし、二度と会うなよ!」
「おのれ!!!」
☪
1月1日。0時5分。中央地域広場の公開処刑場から少し離れた時計台の倉庫。
玄がバルデオに勝ったタイミングに合わせて気球を送った協力者はその光景を見ていた。
「なんとか成功しましたね。マスター」
レイラ·メネアドルは気球に乗って夜空から消える自分の主人を眺める。
ミサイル兵器や爆撃機は出発できないように、すでに後ろから手を打った。
ペプ·アルセナルもできるだけ姫を遠くへ連れて行ってほしいので、悪くはないだろう。
「やっぱりマスターの予想通りですね」
レイラはノートパソコンを取り出し、現在この処刑事件に関するコミュニティの反応を見ていた。
[処刑動画見た?]
[それどう見てもゲート帝国に挑発するためじゃない?]
[生きたいと泣きながら叫ぶ、そんな小さな女の子を処刑台に乗せようとするなんて……]
[王族のクズ]
[そう、そう]
[そんな可愛い子が魔女だとは思わない]
[歌も良かった。アイドルやらないかな~]
[それより、帝国の皇帝が絶対に黙ってないと思う]
[まとめサイトを見ると、あの姫様。南の杖であるディーン·ガルシア公爵に養女として登録されていて、帝国でもすでに捨てた子だということだ]
[マジか……ゲート帝国もひどい。そしてそんな彼女の位置をいじめた王族側もゴミ]
[南の地域の住民たちは、最初からこの処刑に反対する雰囲気だった。 今度の事で暴動に火がついたし]
[王族側が戦争の引き金として使ったという噂もあり]
[そうか。王族の無能さを隠そうと、他国の捨てられた王女をいけにえに捧げたということか?]
[そしてそれに反対した南の杖を殺したと?]
[最悪じゃん、王族wwww]
[確かにそれはあり得るね]
[実際に南の杖を殺した犯人が処刑場に堂々と現れたからだな~」
[魔女のような伝説の種族を取り出したことよりはもっと説得力がある]
あらかじめ彼女がすでに匿名でそそのかしたこともあるが、すでに勝手にスノーボールのように回り始めている。
本当にルナ姫は凶獣をプエルタ王国に呼び出した魔女なのだろうか?
国王があえてルナ姫を処刑させようとした理由は何か?
ディーン·ガルシアを暗殺された理由は何か?諸々
「うん?」
[それよりあの仮面の男は何?]
[Abelだろ?殺害の魔人の生まれ変われ。戦争だけを起こす狂った王を英雄の生まれ変わりが断罪するというのだ]
[世界はヒーローを望んでいるっでこと]
[いや、今の時代にマントをなびかせながら氣球で逃走するとは、いつの時代の怪盗だ?]
[あ、それは分かった。wwwwwwwwww]
「…………」
[マントはヒーローの常識。ここのやつらは何も分かってないな~それより氣球で脱出もかっこいいじゃん!]
[?]
[?]
[?]
[あれ?まさかお前……]
[本人かwwwwwww]
[ヨッ!Abelサマ登☆場!HA!HA!HA!HA!]
レイラはノートパソコンを静かに閉じた。
率直に言って、真実はどうでもいい。ディーン·ガルシアを殺したバルデオの存在。それは本当の王族側が陰で何かあったかも? という可能性を示唆する。
何よりもバルデオがディーン·ガルシアを殺す映像を流出させたのがレイラだ。探すのに時間がかかったが。
そして死にたくないと叫び、歌うミツキの姿。
ちゃんと感情がある人なら心が動いていたはずだ。
少なくとも、うわさのルナ姫が、プエルタ王国を凶獣の災害に巻き込んだ悪人とは思えないだろう。そう感じさせれば十分。
だとしてもこれは──
「扇動。国民の感情を煽ったことには、国王がルナ姫を処刑しようと使った手法と本質的には違いません」
いかなる正義を掲げても肯定されない行為。
レイラはそれを自覚している。
「だからマスターを恨む人も必ず出てくると思いますが、私だけは知っています」
レイラはノートパソコンをなでながら窓の外の夜空を見上げながらつぶやく。
「マスターはルナ姫だけを救ったわけではありません。このプエルタ王国の1億5千万の国民を戦争の業火から未然に守ったのです。……いや、ずっとあなたは守ってきました」
一人で…ずっと。
そうつぶやくレイラ。 ここからは彼女の仕事。全く逆の結果は作れなくても、ルナ姫を処刑しようという考えのない意見ができるだけ多く出ないようにする。
それが彼女の忠義。
☪
処刑場からやや離れた森の中。
そこに逃走する氣球をスコープ越しにくすくす笑う声が一つ。
「バルデオのやつ。一人で自信満々に出て行って負けるなんて。 まあ、はじめからやつと協力するつもりはなかったかな~」
暗い森の中でフードをかぶった子供。
銃のデペンサ‧エスコペタ。
おそらく体で見てもミツキと同じくらいか、もっと小さいだろう。
顔を隠すために仮面をかぶり、声変わりもしていない幼い年なので、その性別も少年なのか少女なのかは分かりにくい。少年のような語気を使う子供。
それがエスコペタというデペンサだ。
「なぜカダルソは裏切ったのかな?」
エスコペタは1人でそうつぶやいた。
疑問だ。
エスコペタが知っているカダルソは冷酷、冷血に目の前にすべてを屠戮する断頭台。敵はもちろん、味方にまで恐怖に染らせる殺害の化身。それがエスコペタがこれまで見てきたカダルソだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
「カダルソが裏切ったということは、つまりボクが『エニオの牙彈』の所有権を主張できる口実ができたということかな?一応、銃のデペンサなら最強の弾丸を持っているのが正しいよね。うむ」
さっき玄とバルデオとの戦いで見せたリビドの激突。
その中で最も絶頂だったのはやはり『エニオの牙彈』だ。
欲しい。
その力がほしい。
片目の三姉妹の技術が込められたその力がほしい。
「まあ、カダルソが一応、ボクの先輩だからボクに『エニオの牙彈』が来る前に、彼の手に行ってしまったのはわかるんだけど……うむ。やっぱり理解できないかな?」
とにかく!
──と言いながら立ち上がるエスコペタ。
「撃つ機会も与えないのは正直ちょっと違うんじゃないかな?ボクの方が上手く打てるのに~」
彼を殺し、『エニオの牙彈』を独り占めしたかったが、いつもアルセナルの制止が入った。たが、今彼が裏切ったとしたら話は違う。
現在、彼はデペンサを辞め、裏切った。プエルタ王国における彼の存在は反乱分子。 明白な排除対象である。
そうだ。排除対象だ。
「じゃあ、さびついた断頭台を穴だらけにしちゃおうかな?」
そうやって狙撃銃を入れて、ストレッチをするエスコペタ。
すぐにジャンプして横にある木の枝の上へ跳躍した。
飛禽のような動き。
やがて、すぐに枝の上でしゃがみ込んだ。そうしたら、エスコペタの仮面が震え始めた。仮面のゆえにその顔を見せなかったが多分──
「普段はあんまり話さないんだけど、ボクだって分かるかな。玄。……穴だらけにしたいかな~」
──笑っていただろう。




