4楽章。怪物を哀れむ歌。9
玄はバルデオと対面しながら昨日レイラと交わした会議の内容を思い出す。
「処刑場を守るデペンサはおそらく。この二人の中で一人だと思います」
玄はレイラから渡された資料に目を通し顔をしかめた。
剣のデペンサ。コードネーム バルデオ。
銃のデペンサ。コードネーム エスコペタ。
「よりによってこの二人か。 両方ともデペンサの中で俺を一番嫌うやつじゃん?」
「バルデオは、マスターがカダルーソになる前に、デペンサ最強であり、エスコペタは、マスターが保有している『エニオの牙弾』を狙っていますから」
「最強の席とエニオの牙弾。…か。すきでもっているのではないんだけどな」
玄は悪質ストーカーに苦しむ人のように面倒くさい表情を浮かべた。
まぁ、その二人といい関係を築かなかった自分の業だと玄は自分を諭す。
「レイラ。お前が見る時、この2人が力を合わせて俺の前に現れる可能性はあると思うかい?」
「……限りなくゼロに近いです」
「だろうよ。俺もそう思う。デペンサは俺を含めて協力するという概念が欠落しているからな」
「それに2人ともマスターに恐怖が刻まれたデペンサ。マスターには傷一つつけられないのが不幸中の幸いですね」
「だからこそ心配だ」
「はい?」
レイラが疑問らしく首をかしげると、その言葉の意味を教えるように玄は口を開く。
現在まで玄に発現した黒血の力は大きく分けて3つ。
デストルドを使って回避も防御も突き破る滅殺能力。
恐怖を刻んだ相手のリビドの攻撃を無力化させる無効化能力。
凝縮させたデストルドで使い捨ての無機物を形作る武器化能力。
攻撃、防御、汎用性。すべてにおいてまさに最強にふさわしい力。
彼の敵もまたこれを知らなくはないだろう。
「リビドは俺にはきかない。それを自覚しているなら、言葉を変えれば対策を講じるという意味。予測しがたい対処法が一番やっかいだ」
「なるほど。そうしたら、どうしましょうか?」
「やるべきことは変わらない」
デペンサの資料を投げかけ、立ち上がった玄はレイラに彼女のマスターとして堂々と言った。
「格の差を見せてやる」
──そやって再び現在。
玄はミツキを守る姿勢を取り、目の前に現れたデペンサ。バルデオをにらむ。
その様子を見てバルデオは不満そうな表情をしたまま、彼の保護を受けているミツキを指差して話す。
「なんだ?カダルソ。まさか本気でそのお姫様を守るつもりか」
「お前こそ俺をだれだと思う?最強のデペンサであり、最凶の断頭台であるカダルーソだ!そんな俺を置いてこの子の首を打つ?ふざけるな!罪人の首を打つかどうかするのは断頭台である俺が決める!」
「ハッ!下手な演技はやめな。カダルソ」
目の前でヒーローみたいに立っている玄の存在そのものがとても不満らしく、バルデオはそう言い放った。
沈黙する玄にバルデオは皮肉しながら言う。
「まったく。断頭台である俺が決める。──って?自分の座が大嫌いなやつがよく言う。てめえの善人づらを見せるだけでも、すでに吐き気がするほどだ。人も凶獣も屠戮する殺戮マシーンが!」
怒りを顔に収め、周りに聞こえるほど叫ぶバルデオ。
しかし、そんな言葉に玄は無反応。逆に目を細めて、小さな空笑いをしたまま、バルデオに問う。
「お前こそ怒った演技はそのぐらいにしておけ。そんな演技。お前には似合わない。バルデオ」
「……ハッ、ばれたか?」
玄のその言葉とともに肩に背負った巨大なカトラスを正すバルデオ。
「俺はてめえがプエルタ王国を裏切ろうが、そのお姫様を救おうが、ぶっちゃけ興味ない。しかし国王の意志に反するということは、デペンサをやめるという意味に解釈してもいいんだよな?」
「……ああ。今日を限り、デペンサ·カタルーソをやめる」
「それでは最後にカダルソとして俺と戦え。俺から奪ったデペンサ最強というタイトル。今日で取り戻す」
あいさつのように、巨大なカトラスを振りかざすバルデオ。
避けられない。
空気が、空が響く。
バルデオのその大剣に纏った黄色のリビドが巨大な斬撃となり、玄とミツキを襲う。
「!」
──いや、そう見えた。
ミツキが驚いた表情を見せながら眺めると、そこにバルデオの斬撃を片手で捕らえ、
「何だ?このゆるい斬撃は?ふざけてるのか?」
──ひねりつぶす玄の姿だった。
バルデオに向かって冷ややかな表情を浮かべるの玄に対して、バルデオはこの光景を望んでいた人のように笑っていた。
「ハッ、……いや、ほっとした。てめえがまだ黒血の力をまともに持っているという事実に」
「……これ以上お前とあそぶ時間はない」
「みずくさいことを言うな。俺から最強の座を奪った県最強がよ」
「そんな席は要らない。ペプが勝手に座らせた席だ。そして俺にはお前を倒す理由もない」
できれば相手を殺さず終わらせることができればそれがベスト。
もう人を殺さないと誓った彼にはなおさら。
「ハッ、ハハハハ!!」
そんな彼の心がばれたのだろうか?
それとも彼の信念をあざ笑っているのか?
バルデオは大笑いする。
「なぜ笑う?別に笑わせるつもりはなかったが」
「笑うしかなかろ。はぁ?理由がない?俺とてめえの間に?そんなことを言って本当に大丈夫かな?それもお姫様の前で」
「なにっ?」
初めて玄の顔が歪んだ。
バルデオの前にクールにいた彼が、初めて顔に感情を表わした。
それに気づいたバルデオは、口もとを上げて見せる。
誰が見ても玄が有利だが、盤上をひっくり返す重要な何かを握っている者の表情だ。
「頭のいいてめえなら気がついたはずだろ?ディーン·ガルシア公爵を殺し、そのお姫様の情報をペフ·アルセナルに渡したのがまさに俺だってことをよ!」
「!!」
その言葉に玄は当惑を見せた。
バルデオがディーン·ガルシアを殺した事実ではない。
その事実を一番聞いてはいけない人が聞いてしまったからだ。
「ディーンさんを……あなたが?」
後ろから聞こえてきたその声に玄は瞳孔を開いた。
焦点のない目をしたままバルデオを眺めているミツキだった。
☪
ミツキは自分の養父、ディーン·ガルシア公爵を殺したデペンサ。バルデオを見つめる。
そしてそんなミツキの反応が何がそんなに面白いのか、バルデオは口もとを上げてそらぞらしい言う。
「ディーン·ガルシア公爵。あいつは死ぬ時まで気持わるいやつだった。実の娘でもないのに『娘を愛することはお父さんとして当然のことだ!』と言って最後は俺を道連れで自爆した。だが残念ながら俺はこうやって──クッ!」
その言葉が終わる前に何かがバルデオを襲った。
玄ではない。
彼の力である夜のような漆黒とは真逆な、月明かりのような純粋な純白。
ミツキの白い影がバルデオを攻撃したのだ。
「それ以上──」
まさにバルデオの首の前まで迫ったミツキの白い影。
バルデオは緊張した表情でつばをごくりと飲み込む。
反面ミツキはうつむいたまま、自分の表情を隠したまま、静かに言う。
「それ以上何も言わないでください。人は、……殺したくありません」
そう言うミツキの周りにけたたましく、嵐のように吹きすさぶ真っ白なリビドだけが漂っていた。
それはまるで噴火直前の火山!しかし、すぐ穏やかな凪のようにそれをおさえるミツキ。だが、その穏やかさは凪よりは、すぐ爆発する直前のマグマのようだった。
間もなく、バルデオを脅かす白い影を解除して、玄の方にゆっくりと顔を向けるミツキは静かに口を開く。
「行きましょう。玄さん」
「!」
そんな物静かな言葉に玄は驚いた。
きっと怒りで我を忘れると思っていたが、ミツキは相当沈んだ表情をしている。さっきまで何事もなかったらしく、玄におだやかなほほ笑みを見せるミツキ。
『いや、違う。これは……』
すぐミツキの異常さに気づく玄。
今のミツキは大丈夫なふりをするだけだということがすぐ分かった。
その証拠に、おだやかなほほ笑みとは裏腹に、ミツキの手はふるえ、その小さい手の中には、こぶしを握り締めるあまり血が流れている。
「ミツキ。お前……」
「私なら大丈夫です。さあ、早く逃げましょう。こんな人のせいで玄さんの手を汚すことはできません。この人がディーンさんを殺したと言えばなおさら」
「……」
それはまるでミツキの復讐のために人を殺してはならないと、そのような行為は自分が許さないと玄に哀願するようだった。
『いや、少し違う。他でもない、俺だからあえて止める感じ』
もっと根本的に他の何かを感じた。
その何かに怯えたような──
そんな疑問がして想念に沈もうとした瞬間──
「逃げたら殺す」
「!!」
殺気がこもったバルデオの脅威に玄の瞳孔が大きくなり、すぐ傍に守るように、ミツキのそばに立った。
目の前にまだ敵意を表すバルデオを逃さず、玄は言う。
「お前では俺を殺せない。もちろん、ミツキも殺させない」
「そんな、殺気、立ったまま、よく言うぜ。まるで怖くて自分の母の手をぎゅっと握る子供みたいだな」
「……」
バルデオの挑発にのらず、玄は沈黙を見せる。
いっそここで息の根を止めようか。という思いが真っ先に浮かんだが、すぐに、彼の腕を握り締めるミツキのぬくもりを感じ、その思いをすぐに捨てた。
人を殺したくないと言っておきながら、真っ先にそんな手段を思い浮かべる自分を嫌悪し、玄はバルデオから目を離さない。
「そんなにビビるなよ。俺が殺すものは別にある」
「まさか?!あなた!」
「やっぱりお姫様は気が利くね。そうだ、てめえらがここを離脱する瞬間、俺はこの処刑場にいる人間たちを皆殺しにする。1人も残らず!」
「「……」」
唾をごくりと飲み込んで沈黙を見せる玄とミツキに「はったりじゃないってぐらい分かるだろう?カダルソ」と笑うバルデオ。
バルデオの周りを纏うリビドの量は海とひとしい。
だからこそ、玄がカダルソになるまでデペンサ最強でいられたのだ。
リビドの総量だけは侮れない相手だ。
しかし──
「たとえその言葉が本当だとしても、俺がお前を相手にする義理はない。俺がどれだけ殺してきたと思う?その程度で 脅迫だと思ったのか?」
「強がるなよ。てめえのお姫様は民間人の被害を好まない。そして、てめえがどれだけお姫様を大切に思っているかは、さっきの行動でよ~く伝わった」
「……」
「結論的にてめえはお姫様が嫌がる行動は決してしない。 ……何だ?まさかばれなかったと思ったか?」
「チッ」
余計な所で気が利くバルデオの言葉に玄は舌打ちした。
もう方法は目の前にバルデオを倒すことだけ。
そのため、玄はバルデオの方に足を運ぶ。
「い、行かないでください」
そんな彼を引き止めるミツキの声に彼の足は止まった。
玄は静かにその声と向き合う。
「玄さんに何かあったら私…、私は…!」
「……」
何かを恐れる声。
さっきミツキがバルデオと戦うなと言った言葉に感じた違和感。
今ならその言葉の真偽が何なのか分かった。
「ミツキ。まさか俺がバルデオに負けると思うのか?」
静かに、そして重く彼はミツキの思ったことをそのまま詠んだ。
言語化した。
その言葉が耳に入ると、ミツキの顔が蒼白になり、否定の意味で手を振りまわす。
「い、いいえ!で、でも!ディーンさんも強い方でした。5大公爵のうちの一人で、私のもう一人のち、父のような人でした」
しかし、一瞬見えたミツキの表情に、彼はぼそっとそんなミツキの顔を眺める。
「確かにあの人はそんなディーンさんを殺しました。だから!だからこそ!あれ?あの…だ、だから私が言いたいことは!あ、あれ?」
纏まっでない、ただ彼に何事もないようにと願う言葉。
自分の養父と同じことが起こらないように願うしぐさ。
彼にはよく伝わった。
「ちゃんと纏まっではないが… まあ、何が言いたいのかはよくわかった。だから言うね?」
だから彼はミツキの頭を抱きしめて、彼女が安心できるようにそっと囁くように言ってくれた。
「心配するな。俺はミツキの目の前でけがしない。死なない。一人にしない」
「……」
彼のその言葉に何も答えず、ただ静かに彼の胸に突っ込んで顔をこすりつけるミツキ。間もなくミツキは顔を上げながら玄の瞳を見つめ、その小さな唇を開く。
「約束。…ですからね?」
「ああ、盟約もかわせる。すぐに終わらせてくるから」
「はい!」
そうして玄は決着をつけるためにバルデオの前に立つ。
「待たせたな。バルデオ」
「べつに。ていうか三流役者もてめえらより良い演技ができると思っただけさ」
巨大なカトラスを正すバルデオ。
誰よりもこの状況を喜ぶこの男は大きく笑っている。
「ハッ!来い!カダルソ!」
「うるせぇ!この戦闘狂が!」
玄の黒いリビドとバルデオの黄色のリビドが激突。
彼らの決戦が始まった。




