3楽章。月下狂人。2
車の中でディーン・ガルシアは一人で呟く。
「また断られたね。 まあ、今さらお父さんの役割をするということが笑える。5年間ほとんど放置したのに…あの子は私はもちろん皇帝も恨んでいない。どれほど人が良いのか。何であんな優しい子に…」
──お気をつけて
そう言って自分を送る少女を思い出す。
その微笑みには恨みのような否定的な感情はなかった。
どちらかというとあきらめに近かった。
ただ当たり前のように、どんな結果も受け入れ、人々の好意には一歩下がり 他人と接することはない。
何と孤独な一生だろうか。
「……」
その時、ディーン・ガルシアは堂々と話したかった。
実の娘ではないが、実子と同じように考えていると。
しかし、その微笑みの前では言えなかった。
言わないで。──とお願いするような、その笑顔には。
「……」
ディーンは2枚の写真をぎゅっと握りしめる。
1枚は5年前に死んだ妻の、そしてもう1枚は5歳の息子の写真。
それをつかみ,ディーン・ガルシアは振り返る。
──不死大帝に捨てられ、このプエルタ王国に来た姫は、最初は死んだ人のようだった。
「必要なものはないですか? 姫様」
「……ありません」
すっかり心の扉を閉ざした。
人が信じられない。
──というより人に情を与えないという感じだ。まるでいつ別れても問題なくように。別れるとき、できるだけ自分が傷つかないための動き。それが少女が心を守る唯一の手段だった。
しかし、放っておくことはできなかった。
彼が『ファミリア』というものもあったが、泣きたいのに泣けない子供の姿を見ると、大人としては何とか笑わせたくなるものだ。
「歌、……ですか?」
「はい、歌はとても良いですじょ。姫様」
当時生きていた彼の妻が、そのように歌をすすめた。
男性のディーンとは違い、大人の女性の妻のおかげで救われた。
姫もまた大人の女性がいて、もっと自然に声をかけながら妻を母親のように慕った。
「はい?私に『魔術』を学びたいんですって?」”
「はい…」
それから3年が経って姫からその言葉が出てきた。
そのとき,ディーンは心の中でどんなにうれしかったか…
「残念ながらそれは不可能です。あ、姫様に教えるのが嫌だと言うのではなく、私は『恐怖の魔女』の『ファミリア』でありますから」
「ファミリア?」
「簡単に言えば『魔女の弟子』みたいなものです」
「弟子?」
「はい、魔法を使う者が魔女。その魔法を人間が使えるように改良したのが『魔術』です」
「つまり、『魔術師』のディーンさんが『魔女』の私を教えるのは無理ということですか?」
「その通り。人間が魔女から教わることはあるが、その逆は絶対にあり得ません。魔女は教える者。教えを受ける者ではありませんから」
その時、姫がふくれっ面をしている姿をディンは忘れることができない。
ディーンも自分が教えられないことを非常に残念がっていたが,大人としてそれを顔に出すことはできなかった。
「人間が歩く方法を知っているように、魔女は魔法の使い方を本能的に知っています。今はその本能が目覚めていないだけです」
「どうしても 魔女の本能に目覚めなければなりませんか?」
「……そうですね。第4位種【魔女種=ウィッチ】はかなり高次元な存在ですからね 私のように強力な魔女に仕えるファミリアでなければ普通の人は会話だけで精神を壊しますからね」
「それじゃ、魔術を学ぶ必要はありません」
「はい。あなたの意のままに」
むしろ、自分と普通の人間は違うという違いだけを自覚させたのではないか──と心配したディーン・ガルシアだったが、いつかは知らなければならなかったこと。
でも、もう少し傷つかない方法で教えてもらえたんじゃないかな? ──と今でも思う。
「ディーンさん?急にどうしました?」
「それが…妻に相談したのですが…」
そうして数ヵ月後。
生意気にも、その時、ディーンは目の前の少女の父親になると誓った。
中途半端に扱うのではなく、娘として接しよう。
「知っての通り、私はもうすぐ父親になります。 だから、私の子供の名前をつけてくれませんか?」
「私が…名前を?」
しかし、言えなかった。
断られると思っていたので。
自分と妻だけがその少女を家族として思っているのではないか──と。
父になるのを保留し、後にそれは──
「公爵様! 奥様が今──」
──最悪の形で現われた。
幸いなことに子供は無事に生まれた。
しかし、気力を尽くした妻は、そのまま目を開けることができなかった。
「私のせいだ。『存在自体が罪』である私がいるから…」
「違います、姫様。 妻は元々体が弱かった。だから──」
「ごめんなさい」
「姫様!!」
其の儘少女は家を出た。
そして同日──
「どうして『女王』がこんなところに!?」
凶獣の女王が都市を侵攻した。
人命被害は深刻だったが、それは『ある少年』が単独で女王を討伐し、それ以上の被害は起きなかったと、公爵である自分の耳にだけ聞こえてきた。
しかし、ディーンにはそのようなことはどうでもいい。
「姫様!クウッ。こんなことが…!」
見つけた時にはすでに血だらけで倒れていた。
車にひかれたのが?
わからない。
とにかくすごい出血だ。
このままにしておくと死ぬ。
なんとか助けるために近づくディンの前に──
「何だ?あれは…」
真っ白な怪物が現れた。
それだけじゃない。
周囲の凶獣がまるで王に仕える臣下のように首を垂れていた。
まるで『何か』からこの少女を守るかのように、見守っていた。
「2~3匹ならいざ知らず、こんなに多くの凶獣が人に仕えている?そして都市には決して現れない女王が現れた。あの白いものは… まさか!『白夜の魔女』なのか?」
文献で知っている。
創世記の三英雄の一人。
【はじまりの魔女】の化身と呼ばれる真っ白な怪物。
それを【白夜の魔女】と呼んでいる。
しかし、なぜかその白夜の魔女に凶獣は恐れをなしたという。近くに入ってくると、無条件に逃げたり、頭を下げ、まるで許しを請うようにおびえるという。
白夜の魔女のいる場所の周りは真っ白な夜になるという伝説も共に──
「ていうか...どうしてあんなものが?」
するとディーンは目を疑った。
「傷口が塞がっている?」
血まみれだった少女の傷が癒えている。
そして、完全に治った頃には、真っ白な怪物もまた消えた。
ディーン・ガルシアは少女をおんぶして自分の家に戻った。
この時、ディーンは誓った。
『これは私が背負う』
今日のことはこの少女にも知らせないようにしよう。
──と
「ディーンさん。私がこの家にいるのは良くないです 存在自体が罪である私は…」
「……わかりました」
反対することはできなかった。
激しい感情によって女王を含む凶獣を呼び出すことができる。一緒にいると、自分も知らないうちに、その真実を口にするかもしれない。
『いや、全部私の弱さだ』
背負うと言っていたが、結局背負えなかったのだ。
「それでは、さようなら。赤ちゃんの名前は…ごめんなさい。やっぱり私には無理でした」
「はい…」
ディーンが抱いている赤ちゃんを見ながら少女はそう言った。
母を奪った自分に、その子の名前をつけることはできない。そういう意味だろう。
その後、少女は中央地域にある彼の別荘に住むことにした。
それが5年前のできごと。
「やっぱり、元には戻らないってことか」
死んだ妻と5歳の息子の写真を見ながらディーン・ガルシアはそうつぶやく。
☪
彼のやしきである南地域のガルシア公爵街に着くと、だれかが正門に立っていた。
スキンヘッドをした頭には大きな傷があり、右目には眼帯をしている男性。
動きやすい薄着を着ていただけだが、彼の雰囲気はまるで百戦錬磨の軍人を連想させた。
「お前がディーン・ガルシア公爵か」
男はディンを見つけてそう尋ねた。
両手には剣が一本ずつ計2本が持たれていた。
基本は、見た目は片刃型の曲刀。だがよく見るとその先の3割は突きやすいように両刃になっている。『パルスエッジ』をモデルにしたようで、片手で自然に持っていた。
相当な強者だと直感し、ディーン・ガルシアは緊張を緩めなかった。
「そうだが…君は?」
「デペンサ。コードネームはバルデオ。アルセナルの剣だ」
「デペンサ?アルセナル? まさか…」
「そのまさかだ。あんたを国家転覆罪で逮捕する」
「……」
予想より早い!
ディーン・ガルシアはそう思った。まだこんなに早く彼を探すレベルに達していないはず。たとえ自分に到達しても、まだ心証のレベル。それだけですぐ実行するのか。
しかし、実際すでに彼の目の前に起きていることだった。
「何言ってんだ?」
それでもディーン・ガルシアはしらばくれる。
「今年12月17日の夜。 その時、お前は何をしていた?」
「……」
「言えないだろう? 代わりに言ってやる。 その時、お前は遠くからリチャード・モシュコヴィッチと彼の部下であるシールドキーパーの死にざまを見ていた。よく隠したと思うが、待機には『お前のリビド反応』が出た。これは果して偶然か?」
実際、そのようなことは出なかった。
しかし、バルデオのその言葉は、逆に言えば『そんな名目』でもディーン・ガルシアを逮捕できるという意味だった。
逃げても無意味だと目の前の剣士は言っているのだ。
『ここまで…なのか』
ディーン・ガルシアはあきらめた。
逃げられない。
そうだとすれば切めて──
「そうだ。我だ。「5年前の女王」も、そして「11日前の女王」も、全部われが呼び出した」
「白夜の魔女を使って女王を呼んだことを認めるのか?」
「今そう言っているだろう。 彼女は「始まり」を歌う魔女だ。我は『ファミリア』 魔女に仕える下部そんな我が魔女を守るのはむしろ当然ではないか」
そう言って、目の前のバルデオに殺気をあらわにして紫色のリビドを吐き出すディーン・ガルシア。
「本性を現わしたな。魔術師」
まるでこの状況を喜んでいるように、笑いながら黄色いリビードを放出するバルデオ。
「聞いたところでは【南の杖】と呼ばれ『1人で5百人分の戦力』を出す魔術師らしいじゃないか。相手としては不足なし」
そしてディン・ガルシアとバルデオの戦いが始まった。




