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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
17/39

2楽章。小さな月と黒い断頭台。5

「──何か良いことでもありましたか。」


突然レイラはそう言った。

それを否定するかのように、玄は「そう見えるか?」と酒を飲む。


「はい、ここ2日間ずっと。」


レイラのその言葉に玄は笑った。


「もう27日かな? 時間って本当に早い… 今年もあと數日か?」


彼らしくなく感性に浸っていた。

確かに最近は自分が考えてもすこしおかしいという自覚はある。

いや、いつも変な行動をする彼だが、二日前に久しぶりに「カダルーソ」というコードネームではなく「玄」という名前を使ったのが影響が大きい。

『名前』は自分の一部だと誰かが言っだっけ。

この八年間、自分の名を封じてきた彼には、名を名乗っただけでも、かなりの心境の変化が現れたのかもしれない。


「そういえばレイラ。 頼んだのはどうなった?」

「はい, 問題ありません」


するとレイラは用意したかのように大きな紙袋を取り出してテーブルに置いた。玄はその中をちょっと開いてみた。

中に入っていたのは全部子供用の服だった。

ケープから始めてマフラーに毛帽子、手袋、ブーツ。最後に下着までさまざまだった。もちろん、彼にこういうものを集める趣味はない。


──それは昨日の26日のことだった。


「えっちゅ!」


ミツキのくしゃみが公園に響く。普通の大きなくしゃみではなく、小さくてかわいい響きのくしゃみだった。


「あ、すみません。上着まで奪って着たのに… できるだけ、移さないようにします。」


いつも薄手のワンピース姿をしていたミツキ。

見ている方が寒くなりそうだったので、玄はいつも公園に来るたびに自分の黒い喪服の上着と靴、そして薄いがないよりはましだと考えで純白の手袋も貸していた。

だが、やはりそれだけで十代前半の外見のミツキにこの寒さを耐えろというのはやはり無理があった。


「かまわない。いつもいい歌を聴くだけで十分だ。」


それ以前に風邪なんかひいたこともないし。

玄はそう言った。

普段なら週の2~3回程度しか訪れない、たったそれくらいの意味の公園だったが、最近はほぼ毎日この公園でみつきの歌を聴きながら月見をしていた。

気づいた時は玄はミツキだけのための1人観客になり、ミツキは玄に自分の歌を聞かせて喜んで会話する。

それはもう否定できない彼らの日常だった。

あまりにも普通で、あたりまえで… このままただ時間が止まってほしいと思うほど──


「それよりもう遅いから、もう家に帰れ。 ずっと外にいて風邪でも引くと良い歌が聞けなくなるから。」


しかし、そのような永遠さはない。

続かない。

玄はそれを自覚しているように、そう言った。

それに対し、光希は明日もまた会うようなニュアンスで彼の言葉に頷き、玄からもらった上着を脱いで彼に上着を返す。


「はい、玄さん。どうぞ。 キャッ!」


しかし、返す途中、ミツキは小声で叫んだ。彼の靴が大きすぎるのが問題だったのか、ついつい足がかかってしまった。

しかし玄が受け入れてくれたため倒れることはなかった。玄はミツキを抱きしめ、無表情で「気をつけろ」と注意する。


「はい、ごめんなさい。 貸してくださった服を汚すところでした。」


そのようにミツキは彼の服にほこりでもついたのではないか、心配しながら玄の服を探る。


『服なんか関係ないけど…』


──と言おうとしたが、すぐにミツキが「失礼しました」と言葉と共に、自分のぼろのぬいぐるみを持って駆けつけたので、タイミングを逃してしまった。


「やれやれ」


薄くて薄いスカートが裏では大変な事態になったにもかかわらず、ミツキは相変わらず素直にウサギのようにぴょんぴょん跳んでいった。

そんな中、玄が気づいたことが一つ。


「あいつ…下着着てないじゃないが?」


それが玄が当日レイラに頼んで子供服を買った最大の理由。

再び現在に戻る。


「それよりめずらしいですね。マスターに仕えてから7年。今までマスターが個人的な事で給料を使ったことはなかったようですが…それを急に使うので私も少し驚きました。」

「おどろく?お前が?俺にはそれがもっと驚くよ。」


あえて驚いた表情をしてあげながら、玄は軽く笑った。


「まあ、俺の無理な頼みを聞いてくれてありがとう。」

「いいえ、マスターのお役に立てたら」

「あんた、今日は気分が良さそうね。やっと酔ったの?」

「ヤッホ~黒兄ちゃん~今日も飲んでいるか?」


店じまいが終わったのか,マチルダとナオミが彼らに歩いてきて声をかける。


「とうとう酔っ払ったなんて… それが常連のお客さんに言うせりふか。昔は可愛かったのにな。でかくなったのは乳だけか。」

「自然にセクハラするな。この セクハラおやじ。」


普段と変わらない軽薄な口調でマチルダをからかう彼の行動にマチルダは冷静に対処した。普段ならもう少しマチルダをからかうだろうが、玄はそこまでして、さっきレイラからもらった紙袋を持った。


「それは何?黒兄ちゃん。」


すると、ナオミがそれに興味を見せ始めた。

何か面倒になりそうだと玄は直感したが、すでに抜け出すには遅かった。


「子供の服?10歳くらい女の子が着るサイズね。 妹がいるという話は聞いてないけど?」


マチルダはナオミのその言葉にちょっとびくびくしながら反応した。

しかし、県はそんなマチルダを見ても見ないふりをして、


「うーん、ちょっと急に世話しないといけない子ができたから。なぜだか、あいつ、こんな日に薄いワンピースばかりきているし……本当にこまる。」

「「「…………」」」


玄のその言葉に突然沈黙する三人。

室内の温度が3度くらい下がったと感じたのは錯覚だろうか?

だが玄はまだそれに気づかないまま、話を進めた。


「まあ、いつも俺の服を貸してくれるけど、それではこの12月の冬は寒そうだし、それにあいつの下着も着ていないんだぜ? いくら子供は健康だとは言え、それは問題があると思うから…」

「…………なんか意外ね。黒兄ちゃん。」

「俺もそう思う。」


娘の誕生日プレゼントを買う父親のように彼はそう言った。


「うん。その通りだよ。」


瞬間、ナオミのその言葉が誰よりも冷たかったことに玄は気づかなかった。


「本当にいろいろ意外で警察を呼びたくなるぐらいだよ。…………冗談だけど。」


なんだかトゲがある言葉で玄を皮肉るナオミ。とくにおわりの「…………冗談だけど。」という部分には毒気が感じられる。

続いてレイラは、


「マスタが誰かにそこまで本気になったのは初めてですね。それでマスタが良ければ私はべつに…」

「? そう。」


玄は理解できながっだ表情でいちおう肯定した。

そしてそれを横で見守ったナオミは、


『だめだ。あれ理解した表情じゃない。オナ本人も自分の感情に鈍くて気づかなかったみたいが、あれ相当怒っている。絶対に。』


まるで水に触れて爆発する直前のナトリウムを見ているようだった。

そんなナオミとは違ってマチルダは沈黙。


「も、もしかして…」


そんな中、さっきまで沈黙していたマチルダがついに口を開く。


「あ、あんたの隠し子……だったりしないよね」

「はあ?」

『オーナーが怒っていて、私の怒りがしぼんでたところナイスボケだよ!姉ちゃん!』


自覚できてないみたいだけど!

心の中でそう叫びながら、ナオミはマチルダのボケで雰囲気が和らいだことを直感した。

一方、マチルダのその言葉は玄にとって様々な意味でショックだった。

冗談ではなく、心から心配する表情を浮かべるマチルダが見える。

いっそ普段のように毒舌を飛ばす方がもっと楽だと思った。玄は頭に手をのせて声も下ろし、大きくため息をついた。


「おまえは俺の年齢が今年でいくつだと思う?少なくとも今おまえが考えているよりわ若い。この言葉の意味分かるか。おまえとはもう5~6年くらいの付き合いだと思うが、それも分からないのか?」

「す、すみません」

「正確には6年前だよ。黒兄ちゃん。まったく~当時の姉ちゃんは10歳の可愛い女の子だったのに、どうしてこんなに可愛くないツンデレになったのか。」

「ナオミは当時8歳だったでしょう。もう~ 私が悪かった。いいすぎだったよ……………誰がツンデレよ。誰が!!!」

「ノリ突っ込み、お疲れ」

「もう嫌だ!! こんなの!」


勢いに乗って玄とナオミが加わってマチルダをいじめていた。

修羅場展開が出るのかと思ったが、ナオミの心的には玄に便乗してマチルダをいじめるのが優先だったようだ。

そのような展開を期待した人々には残念でならない。


「そういえば、おまえも16歳の女の子なら、少なくとも熊パンは卒業しろ。パパは悲しい。」

「誰がパパよ!誰が!さっき自分の口で若いと言ったくせに!ていうか熊パンいうな!バカ!」

「そうだよ。黒兄ちゃん!姉ちゃんは熊パン卒業した。最近は猫パンにはまっているね!」

「あんたはそれを何で分かるんだ!! 家出してやる!こんな家!」

「あ、逃げた。」

「おや、いじめすぎたが?」


レポソを飛び出すマチルダを見て舌を出して微笑むナオミと頬を掻く玄

そして──


「マスター。ナオミ。」

「「……」」


そして彼らは自覚した。

このレポソで最も怒らせてはいけない人を怒らせたということを──

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