1☆アンテナ
多恵子になった翔子は、慣れない手つきで高橋家の雑用をこなしていた。
「多恵子さん。いつもあなたはご自分が綺麗じゃないと悩んでおられるようですが、昔、戦時中は誰も彼も火傷や煤汚れで見れたものじゃなかったんですよ」
執事がそう言って、休憩用のお茶を持ってきてくれた。
「はい」
「・・・おや?」
執事は片方の眉毛を上げて怪訝そうな顔をした。
いつもだったらどんなことを言っても多恵子は納得できなくてぶつぶつ言っていたのだ。
「えーと」
翔子は話をつながないと、と思った。
「私の知人の話なんですけど、街の裏手にあるビルで働いていて、若い女の子の客を捕まえて、美顔マッサージとか化粧品を売りつけたりとか詐欺紛いのことをいろいろやってて『やめた方がいい』と言ってもきかなくて」
「・・・はい」
「いつも『なんで私ばっかり不幸なんだろう』って口癖のように言って、『もう抜け出せない』とも言っていて、とてもかわいそうでした」
「・・・はい」
「警察に検挙されて捕まって、そこの職場は無くなったらしいんですけど、すぐまた別の、同じようなところで働き出して」
「それはそれは」
「私思うんですけど、世の中って本当に不公平に出来てるなって」
「・・・」
執事はしばらく考え込んだ。いつもと多恵子の言っていることが違う。まるで別人のようだ、と彼は思った。
「そのお知り合いは、なんていうか、そのー、アンテナを張り間違えたんでしょうな」
「アンテナを張り間違えた?」
「はい。・・・危険とかに敏感な人は足を踏み込もうとした時点でアンテナで察知して逃げることができるんです」
「そんなアンテナを持った人ばかりなんですか?」
「中にはそうじゃない人もいるでしょう。育った環境とか本人の気質とかでそのアンテナが形成されると私は思います」
「じゃあ、あの娘はそのアンテナが形成されていない、と?」
「おそらくそうでしょう」
「・・・私も、あまりそのアンテナについては自信がありません」
「おやおや・・・」
いつもと多恵子の悩みのパターンが違うな、と執事は思った。