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チート勇者よ。死ぬのはお前だ  作者: 渡良瀬 イノリ


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聖なる殉教者

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 白い全身鎧──第三十代勇者は倒れた武闘家の心臓に、聖剣を深く突き刺した。

 第三十一代勇者一行は、その光景に愕然とする。


「武闘家が……やられた……?」


 戦士と並んで最も戦闘に特化し、冷徹に魔族殺しをこなしてきた男だ。一行の中でも一目置く者は多く、頼りにされていた。


 そんな男が、真っ先に殺された。

 素性の知れない、白鎧に。


「な、なにもんだよ、あいつ……」

「あの青い魔石がはめ込まれた剣は──もしや聖剣セイクリッド・マーターでは……?」

「なンだぁ? そのセイクなんとかってのは?」


 知性を感じさせない戦士の言に辟易しながら、老魔法使いが答える。


「キョウマ様の先代、第三十代勇者が女神より授かった聖剣じゃ。その剣は『自らの思う邪悪なる者を断つ』という……」


「勇者ぁ? なーんだ、キョウマの同業者じゃない」

「ちぇっ、俺のセンパイかよ。おい、あんた! 名を名乗れ! 俺は第三十一代勇者、イスルギ・キョウマ! 聖剣エクスペリエンスを持つ勇者様だ!」


 勇者が名乗りを上げる。死んだ武闘家のことなど気にしてもいない。彼らの中の倫理観や死生観というものは完全に壊れていた。


 三十代勇者はキョウマの問いかけを無視して、武闘家からセイクリッド・マーターを抜き放った。


「ねえ、鎧さん? あたしたちの仲間にならない? ちょうどひとり減ったところだしさ」

「やれやれ、また男漁りかァ?」

「うっさいね! あたしは強い男なら誰でも愛せるのさ」


 下品な盾騎士に悪態をつき、弓兵女が両手を広げて白鎧に近づく。

 三十代勇者は瞬時に足を踏み込み、聖剣を投げつけた。


 セイクリッド・マーターが弓兵女の胸を貫く。女の肉体を貫いた聖剣は鍔によって物理的に停止し、弓兵女はそのままあおむけに倒れた。


 唖然とする勇者たち。弓兵女の周囲に血だまりができていく。

 この段になって、勇者たちはようやく白鎧が“敵”であると認識した。


「て、てめえ! なにすんだよ!」


 キョウマは焦燥を隠しきれずにうろたえる。


「どけ! キョウマ! 俺様がやってやる! このハンマーの試し打ちにはちょうどいいぜ!」


 ドワーフから奪った大槌を手に、戦士が駆けてくる。

 聖剣を投げた白鎧は無手だ。

 一方的に殴り殺してやろうと、戦士が大槌を振りかぶる。


「ハッハー! これでも食らいなァ! 戦士の絶対粉砕ッ(ウォリア・デストロイ)!」


 そうして叩きつけられた大槌は、白鎧の細腕によって止められた。


 筋肉の塊である大男の全力で振るった大槌がいとも簡単に防がれるその光景は、三十一代勇者たちに微かな恐怖をもたらした。


 経験値というただの数字では計測できない圧倒的な“実戦経験”による魔力と聖剣の加護が、三十代勇者の力となっているのだ。


「なっ……なんで……なんでハンマーが動かねェんだよォ!?」


 戦士の腹部に強烈な衝撃が走った。

 白鎧が空いた手を拳にして、無造作に戦士の腹を殴ったのだ。


 ごぼっ、と唾液と胃酸を吐く戦士。

 三十代勇者がその隙に戦士の大槌を奪い、跳躍した。


「──え」


 それが、戦士の残した最後の言葉だった。

 戦士は大槌の下敷きになり、周囲へ血肉をまき散らした。


 大槌の衝撃は大地を揺るがした。魔力によって破壊力を増した大槌による一撃で、地面に放射状のヒビが入る。


「──クズめ。命で償え」


 フルフェイスの奥から紡がれた三十代勇者の冷厳な声。

 純粋な殺意が、今し方息絶えたばかりの戦士と生き残っている三人に向けられる。


 煽りもせず、嘲りもせず、ただ淡々と成すべきことを成していく狂人。

 キョウマにとってそれは自分にはない価値観を持つ未知なる怪物だった。


「お、おい魔法使い! あいつのレベルを見ろ!」


 老魔法使いはハッとして魔法を唱える。眼球に映し出された数字を信じられずに何度もまばたきを繰り返す。


「どうしたんだよ魔法使い! 一体いくつなんだ、奴のレベルは!?」


「……60じゃ」


「は? 60? 60でなんで全員あっさりやられてるんだよ! そんなわけねーだろ!」


「いや、間違いない。間違いなく、ヤツのレベルは60じゃ。儂らと大して変わらん。キョウマ様よりも圧倒的に格下じゃ」


 白鎧が弓兵女に突き刺さっていた聖剣を引き抜いた。


「こうなっちまったら仕方ない。我輩の完全反射(シールド・カウンタ)でこの苦境を乗り越えるしかあるまい。勇者殿よ、報酬はわかっておろうな?」


「お、おう! 金でも女でも好きなだけくれてやるさ! なにせ俺のバックには女神がついてるんだぜ! 国で一番偉い王様だって俺の言うことを聞くしかないんだ!」


「ククク……ありがたい」


 盾騎士が巨体を覆い尽くすほどの大盾を構えながら白鎧へ近づく。


「我輩の異能は完全反射! 貴様の攻撃が強ければ強いほど、反射の威力も増すのだ! さあどうする、鎧の騎士よ!」


 盾騎士が大盾を構えたまま白鎧に突進する。

 三十代勇者は聖剣を持ち上げる。はめ込まれた魔石が青く光る。邪なる者を滅せよと、聖剣が語りかける。聖剣の名をスペルと共に振り下ろす。


「聖なる殉教者《セイクリッド・マーター》!」


 その一刀は、魔力の塊だった。

 光に包まれた剣が大盾に触れ、“跳ね返されることなく”その身を真っ二つに断裁する。


 縦から二つに分かれた盾騎士の肉体は、光の魔力に包まれて蒸発。魔力の塊となった聖なる光は地面を穿ち、里の向こうまで続く轍《わだち》を作った。


 三十代勇者の攻撃が盾騎士の持つ“完全反射”の概念を上回った理由──


 それは三十代勇者が三十一代勇者らを“邪悪なる者”と定義したからだ。女神から授かった“聖なる殉教者《セイクリッド・マーター》”は、その権能によって彼らを斬殺可能にしていた。完全反射も即時回復も次元屈折も関係ない。三十代勇者に“邪悪”と見定められた彼らは、紙よりも容易く斬れる脆《もろ》い存在だった。


「あ、悪夢じゃ……こんなことが起きていいはずが──」


 老魔法使いの言葉が途切れる。

 キョウマが反射的に隣を見ると、老魔法使いの首から上がなくなっていた。


 白鎧が剣を薙いだ状態で残心している。老魔法使いの身体が倒れる。フルフェイスの奥の眼光が、ゆっくりとキョウマへ移っていく。


「う、うわぁ!? わあああああ!?」


 無様に後ずさるキョウマ。その隣に老魔法使いの頭部が、ぼとりと落ちた。

 白鎧が剣を払う。それでもまだ、刃からは血が滴り続けている。


 及び腰で聖剣エクスペリエンスを構えるキョウマに、三十代勇者が近づく。


「ま、待て待て! 俺は勇者だぞ! もし殺したら王様や女神様が黙ってないぞ! 魔王だって倒せなくなってしまうかも──」


「わからないな」


「……は?」


 三十代勇者は、倒れ伏す小熊の魔族──フォレストベアのロロを見つめた。


「僕には、お前の言葉がわからないんだ」


「なにを、言って……」


「お前はそう言ったのだろう。この子に対して」


 三十代勇者が一瞬でキョウマへ距離を詰める。

 三十代勇者の脳裡に、旅立ちの日の記憶が甦る。


 異世界に召喚され、女神に聖剣を託され、王と民に出発を祝福された。

 魔王城への旅の中で何度も挫けそうになりながらも、正義のため、人のために命を懸けた。


 善人ばかりではないことなど、知っていた。

 魔王や側近、その仲間たちと話す中で、魔族も人間も関係ないのだと知った。

 人間の中に悪があるように、魔族の中にも悪はある。

 だから、同じように善もある。

 ならばわかりあえるのではないかと、そう思ったのだ。


 最後の最後まで、人間には善性があり救いがあると信じ──裏切られた。


 三十代勇者の聖剣が、キョウマの身体を斜めに切り裂く。

 キョウマは一撃でその目から急速に光を失っていく。


「おまえは、いったい──」


 絶命するキョウマが死に物狂いで振り回した聖剣エクスペリエンスの切っ先が三十代勇者のフルフェイスを跳ね上げた。


「名を名乗れと言ったな。僕はミネギシ・マナカ──」


 その奥から現れたのは、栗色の髪の美しい女性。


「──勇者をやめた、勇者だよ」


 ◆◆◆


 魔王と側近のもとへ伝令がやってきた。

 第三十代勇者が、第三十一代勇者一行全員を絶命させたという。


「魔王様。三十代勇者が我々との約束を果たしたようです」


 側近が伝令を下がらせると同時に、魔王は深いため息をついた。


「やはり“彼女”は信用に足る人物だったようだ」


「あれから三十弱の勇者がこの世界に現れましたが、そのすべてが都合の良い論理で“人間だけ”の平和を望む者たちでした。……実に三百年。我らの悲願は途絶えたのやもしれぬと考える夜もありました」


「悲願のためには“聖剣”が必要だ。しかし“聖剣”は純正の魔族であるキミはもちろん、魔族の道を選んだ私にも扱えん。最後のピースとなる“勇者”が必要だった。これまでを思えば確かに……長かった──」


「これからどうなさるおつもりですか?」

「まず墓を作る。里で死んだ者たちを弔ってやらねばなるまい」


「全員分の墓を魔王様自らの手で、ですか?」

「もちろんさ」


「お手伝いいたします」

「助かるよ」


「その次は?」

「女神殺しの始まりだ。あの女がいる限り、魔族にも人間にも決して平和は訪れない。あの邪神がすべての元凶。異世界から勇者などという汚らわしい存在を召喚し続ける欲望の権化だ。今まで手出しできなかったが、魔王軍全員とキミ、それにマナカが加われば、女神殺しも可能だろう」


「かしこまりました。では参りましょうか。第二代目魔王キタミ・カイト様。かつて人間たちが初(・)代(・)勇(・)者(・)と呼んだ、我が友よ」


「ああ、行こう。初(・)代(・)魔(・)王(・)ヴァルハイド殿」






お読みいただきありがとうございました。

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