閑話:猫の日
ジェシカとユーグの休みが重なった休日。
二人は街に出かけていた。
特に目的はなく、港の近くの市場や大通りをぶらぶらと歩く予定だった。
この辺りは古くからある下町で、ウィンドレイク男爵邸がある新興住宅地や、ユーグが出勤している商業地区とは雰囲気が違う。店の呼び込みも活気があった。
「港の近くは変わったものが多いわね」
ジェシカは隣を歩くユーグに身を寄せて話しかける。周囲が騒がしいため、そうしないと会話できないのだ。
「ああ、あれはミナリオ国の品だな」
海産物の店の乾物を指さしてユーグが言った。
今日の彼は、こげ茶色のぼさぼさ仕様だ。ひげまで生やしてメガネを付けたフル装備だった。人が多いところで囲まれると困る、ということらしい。ユーグの今までの苦労が偲ばれ、ジェシカは同情する。
店先で立ち止まると、二人の脇を子どもが数人駆けて行った。
「おっと!」
ぶつかりそうになったジェシカは、ユーグに引き寄せられる。
「ごめんなさーい!」
子どもたちは口々に謝り、そのまま走って行ったのだが、彼らの服装にユーグが首を傾げた。
「今のは猫か? 耳としっぽがついてたけど」
「猫?」
ジェシカも振り返って、先ほどとは違う子どもたちが歩いているのを見て納得した。
「ああ、今日って猫の日だったのね!」
「猫の日?」
「王都のお祭りなんだけれど、ああやって猫の仮装するのよ。ほら、大人でもつけてる人がいるでしょ?」
「へー、そんなお祭りがあるんだな」
「ミナリオ国にはないの?」
「俺は聞いたことがない」
「この国だけかしら? おとぎ話が元なの。今日はいたずら好きの妖精が人間界にやってくる日で、妖精界に連れていかれないように猫の真似をするのよ。猫嫌いの妖精なんですって」
そんなことを話していると、目の前の店の店主が、
「あっちの広場の屋台で耳としっぽを売ってるぜ」
と教えてくれた。
その彼の頭にも白い猫耳がついている。
ジェシカたちはその店で買い物をしてから、広場に向かって歩いていった。
「あ! あれね」
「すごい種類だな……」
広場の屋台を見て、ユーグが呆れたような声を出す。ジェシカも同じ感想だ。
「こんなにたくさんあるのね」
仮装グッズを売る屋台がずらっと並んでいた。現実にいる猫をイメージしたものから、ピンクや青などありえない色まで様々だ。耳としっぽだけではなく、フード付きのマントや、幼い子ども向けの着ぐるみもある。
圧倒されつつ、冷やかし気分で見て歩いていると、大人向けの商品を売っている店が目についた。
色合いや毛並みがとてもリアルなのだ。
それに――。
「これ、魔道具かしら?」
ジェシカはひとつ手に取って、カチューシャ部分を確かめる。
「そうなんです! 魔道具なんですよ!」
答えてくれたのは、若い女性店主だった。
「こちらの操作魔道具でスイッチを入れると、耳としっぽが本物の猫のように動くんです! ほら!」
と、彼女が実演すると、ジェシカが手に持っていたカチューシャの耳がぴくぴく動いた。
「まあ!」
「これはすごいな」
ジェシカとユーグが感心すると、店主が「えっ! もしかしてジェシカ先輩ですか!?」と大きな声を上げた。
「え?」
「あの、お話したことはないんですけど、先輩は有名だったので……。私、専門高等学校の魔術科でジェシカ先輩の一学年下だったラリサ・ミレットと言います」
慌てて自己紹介した彼女の名前に、ジェシカは心当たりがあった。
「ああ! 釣り競技用の疑似餌で特許取った方ね!」
「ええええー! 私のこと、ご存じなんですか!!」
ラリサは周りの人がいっせいに振り返るような叫び声をあげる。ユーグが「落ち着いて」と宥めるが、ジェシカは特に気にせずに、
「魔術科の卒業研究の虫の動き再現の魔道具も覚えてるわ。うねうね動くのがリアルで驚いたのよ」
「気持ち悪いって大不評だった展示もご覧になったんですか!!」
「まあ、確かに気持ち悪かったけれど、そもそも虫が気持ち悪いんだから、それを正しく再現したら気持ち悪いのは当たり前じゃない?」
「そうなんです!!」
ラリサは屋台の商品棚越しにジェシカの手を握る。
「あの展示は間違いなく気持ち悪かったから、自信を持って」
「ありがとうございますー、ジェシカ先輩! うれしいですー」
盛り上がる魔術師二人の横で、ユーグだけが「批判の論点が違うと思うんだが……」と苦笑して、
「それで、その動きを再現する魔術を使って、この耳は出来ているんですか?」
と、話を戻した。
「はい! そうです! 我が家の猫を観察し続け、この度やっと完成した新作です!」
「特許は?」
「先日取れたばかりなんです!」
「そうなのね。魔術庁の月報を楽しみにしているわ」
「はい!」
ラリサは笑顔で返事をしたあと、顔を曇らせる。
「でも、売上はさっぱりなんです……」
「ああ……。値段が下町の屋台向きじゃないんでしょうね……」
ユーグが言うように、他の屋台の商品とは値段が一桁違う。だからと言って、特許取得済みの魔道具を安く売れるわけもない。
「ジェシカ、猫の日のお祭りは貴族でもやるのか?」
ユーグに聞かれて、ジェシカはうなずく。
「そうね。私も、子どものころ両親に着せてもらってたわ」
「それなら、来年は貴族向けに売ったらどうでしょう? もし興味がおありでしたら、うちの商会の店舗で扱うこともできます」
ユーグが差し出した名刺を受け取ったラリサは、「オンフィールド商会……? え、この住所、王都の一等地のお店じゃないですか!」と目を丸くする。
「え、えええ、ええ、あの、いいんですか。こんな……」
「私も、この商品は貴族向けにしたほうが売れると思うわよ」
「ええ。前向きにご検討ください」
「はい、あ、ああ、ありがとうございます!!」
名刺を掲げるように持ったラリサは感動に震えている。
ジェシカはユーグと顔を見合わせて笑った。
おもしろい魔道具が人気になるのは、自分が作ったものでなくてもうれしい。
「お礼に、よかったらおひとつずつ、どうぞ」
「いや、買いますよ」
「いえいえ、お礼にもらってください!」
「そういうわけには」
というやり取りを経て、ジェシカたちはお互いに耳としっぽを選ぶことになった。
「ジェシカはこれだな。いたずら好きの茶トラ」
ユーグがにやりと笑って、ジェシカの頭にカチューシャをつける。しっぽはワンピースのベルトに挟む形だ。
「先輩、お似合いですー! さあ、操作魔道具も!」
操作魔道具は名刺を縦に半分にしたくらいの大きさの板状で、スイッチはひとつ。耳としっぽの起動は同時のようだ。
「ジェシカ、動かしてみてくれ」
ユーグも楽しそうだから、まあいいか、とジェシカは渡された操作魔道具のスイッチを入れる。
「どう? 動いている?」
しっぽが揺れているのはわかるけれど、耳は自分では見えない。
隣のユーグを見上げると、「かわいい……」とつぶやいたまま固まっていた。
そこですかさず、ラリサが「支店長さんにはこちらをどうでしょうか?」とジェシカに渡す。
「こげ茶色のもさもさしっぽ……」
「長毛種をイメージしてみました!」
中性的な美貌を持つ素顔のユーグだと、しゅっとした猫が似合いそうだけれど、今は確かにこれだ。
固まっているユーグをひっぱり、ジェシカはカチューシャをつけ、しっぽもつけ、スイッチを入れた。
わさっとしっぽが動く。
「まあ、素敵」
髪色と猫耳の色が似ており、このためにあつらえたようにぴったりだった。
「こげ茶色の猫ね!」
「君も素敵だよ」
ジェシカがユーグの猫耳に手を伸ばすと、ユーグもジェシカの猫耳を撫でた。
二人は見つめ合って……。
「このまま帰りましょうか」
「そうだな、帰ろう」
ユーグはラリサに「ありがとう、良い買い物をしました」と紙幣を押し付けるように渡し、はっとしたラリサが「え、おつり!」と叫んだときには、ジェシカとユーグは屋台の前から離れていた。
腕を組んだ二人のしっぽが揺れる様子を見た人たちで、ラリサの屋台が繁盛するのはすぐ後のことだった。
終わり
2026年、猫の日記念。




