お見合い
結婚相手にちょうどいい人はいないかと執事のデニスに相談したところ、彼は五日後には相手を見つけて来てくれた。どういう伝手かは聞いても教えてくれなかった。――父が爵位を継いだころからウィンドレイク男爵家に仕えてくれている敏腕執事なのだ。
ウィンドレイク男爵家は王都の端っこにある新興住宅地にこじんまりした家を持っていた。使用人は執事のデニスと通いのメイドのアンの二人だけ。
六十歳代のデニスがジェシカにとって祖父のようなものなら、五十歳に手が届くアンは十三歳で母を亡くしたジェシカにとっては母代わりだった。
そのアンが応接室のテーブルに紅茶を並べ、デニスと並んで脇に控える。
ジェシカは目の前に座る男に目をやった。
「はじめまして。ジェシカ・ウィンドレイクです。今日はいらしていただきありがとうございます」
「はじめまして。ユーグ・オンフィールドです」
男はぼそぼそと聞き取りにくい声でそう言った。ぼさぼさのこげ茶色の髪は前髪が長く、目元を隠していた。かろうじてメガネをかけていることがわかる。口元はもさもさしたヒゲで隠れていた。聞いていた情報からすればジェシカと同じ年の二十三歳のはずだ。髪に合わせたのか、服まで全身こげ茶色の地味なコーディネートだ。
彼はミナリオ国の出身だそうだ。そちらでの流行りなのだろうか、とジェシカは考えた。
「父が亡くなって、私が爵位を継ぐためには配偶者が必要なのです。ユーグさんには婿養子に来ていただきたいです。ご実家の商会はお姉様とご夫君が継がれるとお聞きしましたが、間違いありませんか?」
「え、ええ。はい」
「ありがとうございます。それでは、まずは我が男爵家について簡単な説明をいたします。こちらの資料をどうぞ」
ジェシカは事前に用意しておいた男爵家の資料をユーグに渡す。
「男爵家と言っても、領地もありませんし、資産はこの土地家屋くらいですね。これは爵位と紐づいたものではないので、万が一爵位を取り上げられても住むところには困りません。土地と家屋の資産額鑑定書もご覧になりますか?」
「いいえ、それは」
「でしたら、次に歴史を。――資料の第二章です。祖父の代からなので大したものではありませんね。手短にまとめなくても一瞬で終わりますから安心してください。祖父フレディは……」
「ちょっ! ちょっと待て! いや、待ってください」
「はい。質問ですか」
はっきりした話し方もできるのね、と思いながらジェシカは資料から顔を上げた。ユーグは慌てた様子で、
「なぜ男爵家の説明を受けないとならないのでしょうか?」
「ユーグさんの判断材料にしていただくためですが? どんな家かもわからないのに婿入りはできないでしょう?」
ユーグは前髪の奥からうかがうようにジェシカを見た。
「あなたは私と結婚したいのですか?」
「ええ、もちろん」
「なぜ?」
「先ほど説明した通り、爵位を継ぐために配偶者が必要だからです」
ジェシカは同じ説明を繰り返す。新魔術の認可を得るために魔術院の委員会や政府の議会で発表することと比べたら何でもない。女だから若いからとはなから相手にしてくれない人たちより、ユーグはよほど話がわかる。
「そうじゃなくて、私の見た目を何とも思わないのですか?」
「見た目? こげ茶色だな、と」
「私は髪を切ったり、ヒゲを剃ったりするつもりはありませんよ。あなたは一生こんなぼさぼさ男と暮らしていくつもりですか?」
「そのつもりですが?」
正直、ジェシカには彼が何を気にしているのかさっぱりわからない。
「夫の見た目は気にしないと?」
「まあそうですね」
「誰でもいいということですか?」
「そういうわけではありませんが……。ああ! 先に確かめないといけないことがありました」
ジェシカは忘れていたことを思い出して、ユーグに手を伸ばした。
「手を」
「は?」
問答無用で彼の手を掴む。
「あ……」
ふわりと指先が浮くような。
触れた境界が溶けるような。
ぬるま湯に浸したような。
ジェシカの魔力とユーグの魔力は混ざりあう。
「はぁ……」
心地よさにジェシカから零れた吐息にびくりと手を振り払ったのはユーグの方だ。
「あ。なんで離すの?」
「なんでって、なんだよ。今の」
お互いに素の口調が出ていることには気づかない。
「あなたと私は魔力の相性がいいみたい。ユーグさんはわからなかった?」
「全然」
「ふぅん、もったいないわね。あんなに気持ちいいのに」
「なっ! き、気持ちいいとか言うな!」
「どうして? もう一回触らせてほしいくらいだわ」
ジェシカが見つめると、ユーグは自分の手を引っ込めて背中に隠してしまった。前髪の下の頬が赤い。
ジェシカはふふんと笑う。
結婚したら触り放題なのだ。この縁談は絶対にまとめないとならない。
「私が配偶者に求める条件は、魔力の相性がいいことくらいね。その点あなたは申し分ないわ」
デニスが持ってきた話なのだから、人間性などに問題がないことは確認しなくてもわかる。
「愛は? 心はいらないのか?」
「まあ、あなた、恋愛至上主義? ごめんなさい、私は恋愛ってよくわからなくて」
ジェシカの両親も恋愛結婚だ。ジェシカにも恋愛結婚をしてほしかったようで、父は婚約者を決めることはしなかった。不慮の事故でこんなに早く亡くなるなんて父も想定していなかったに違いない。きっともう数年も経てば父も焦って相手を紹介してきたはずだ。
ジェシカが思いをはせている間、ユーグも何か考えていたようだった。ふいに顔を上げると、
「子どもができなかった場合や、離婚した場合は爵位はどうなるんだ?」
「一度継いでしまえば、そのままね」
「それなら、子どもは作らない、という条件ではどうだ? 契約結婚ってわけだ」
「契約結婚? なにそれ。そもそも結婚って契約でしょ?」
ジェシカはそうつぶやいてから、ユーグにうなずく。
「子どもは作らない条件で構わないわ。本当は私の代で爵位返上してしまってもよかったのよ。それなのに魔術院の規則のせいで……」
ジェシカの文句が続きそうになったところで、アンがささっとテーブルの紅茶を片付け、デニスがすかさず婚姻届を広げた。さすがの二人である。
「お嬢様、ペンをどうぞ」
「ありがとう。……サインといえば、規則撤廃の賛同者も結構集まってきたわね。次はビラ配りかしら。あんな時代遅れの規則、絶対に撤廃してやるんだから」
サインを終えて文句に戻ったジェシカからそっとペンを取り上げ、デニスはユーグに渡した。
「ユーグ様、どうぞ」
デニスの笑顔に圧力を感じ引きつった顔でサインをするユーグだが、ジェシカは見てもいなかった。




