通信魔道具の設置
馬車の音が聞こえ、居間にいたジェシカは玄関ホールに向かった。
すでにデニスが客の応対をしている。
「こちらはオンフィールド商会の支店長様のお屋敷でよろしいでしょうか」
そう確認する客の男にデニスが口を開く。おそらく彼はウィンドレイク男爵家だと訂正しようとしたのだろうが、その前にジェシカが「ええ、そうよ」と返事をした。
客はジェシカを見て愛想良く笑う。
「これはこれは、支店長夫人でいらっしゃいますか?」
「まあ! 支店長夫人? ええ、そうよ」
女男爵や主任はあるが、支店長夫人は初めて呼ばれる肩書きだ。
ジェシカが満面の笑みで答えると、デニスは苦笑して口を閉じた。
「通信魔道具の取り付けに参りました。さっそくですが、どちらに設置いたしますか?」
業者は営業担当らしき四十代の男――シェルダックと名乗った――と、作業員らしき四十代の男、それからローブのフードを被った魔術師の三人だった。
魔術師がいるのは、魔道具の設置だからだ。
「通信に応対するのはデニスになるでしょうから、やっぱり玄関ホールかしら。座標固定の魔道具は外に置くのよね?」
「はい、こちらを地面に設置します」
シェルダックが取り出して見せたのは金属製の小さな箱だ。箱から出た二本の突起を地面に刺して地脈に繋げる。それで魔道具の座標を固定するのだ。
座標固定魔道具から室内に設置する通信魔道具まで線で繋ぐ。その距離が短いほうが工事は簡単になる。
「線はどうやって繋ぐの?」
「夫人はお詳しいのですね。線は魔術で壁を柔らかくして通します」
「まあ! 魔術で?」
それなりに高度な魔術だ。ローブの魔術師は魔術科卒かもしれない。
ジェシカの驚きの声をどう取ったのか、シェルダックは「ご安心ください」と笑顔を浮かべた。
「物理的に穴を開けるよりも建物に影響しないのですよ。魔術でしたら一瞬で終わりますから」
シェルダックはジェシカが魔術師だと知らないのだろう。
ジェシカがウィンドレイク女男爵だと名乗れば同行の魔術師は気づいたかもしれないが、支店長夫人で通してしまった。
ジェシカはフードで顔が見えない魔術師に近づく。
「あなたは魔術科の卒業生かしら?」
「いいえ、違います。俺は地方出身で、魔術科には通っていません」
二重に言葉が聞こえて、ジェシカは止まる。
それから、何もなかったように話を続けた。
「あら、そうなの。壁に穴をあけるなんてきっと難しい魔術なんでしょう?」
「……いいえ、別に……」
顔を逸らしたときにフードからちらりと見えた髪は黒髪だ。声は若い男のもの。
それより何よりも、この二重話術がエイプリル家門下の独自の術だった。当主とその直弟子までしか教えることができない技で、ジェシカはメリンダから教わったから使えるが誰かに教えることはできない。
彼は『あとで魔道具を開けろ』と言った。
ジェシカが魔術師だとバレないほうがいいのはなぜ?
もう少し何か聞き出せないかとジェシカが思ったとき、シェルダックが近づいてきた。ジェシカは思わず、防御の魔術が仕込んである結婚指輪を確かめる。
「夫人、魔術師には仕事がありますので」
シェルダックは二重話術の会話には気づかなかったのだろう。今までと変わらない愛想のいい笑顔で話しかけてきた。
「ああ、そうよね。邪魔をしてごめんなさい」
ジェシカが離れると、シェルダックは魔術師――コリンに「無駄口を叩くな」と注意する。コリンはそれに委縮しており、明確な上下関係が見えた。
魔道具の設置は簡単に終わった。
壁の穴あけもコリンは難なくこなし、地脈への接続や座標の固定、通信魔道具の起動まで手慣れた様子だ。ジェシカから見ておかしなところはなかった。
「繋がったことを確認するために、どこかに通信していただきたいのですが」
シェルダックにそう言われて、ジェシカは「それじゃあ、オンフィールド商会に通信してみましょう」と魔道具に手を伸ばす。
それをデニスが制した。
「お嬢様、私が行います」
「えっ、でも」
危険があるかもしれないと思い、ジェシカはデニスに離れるように言いたかったが、先にデニスが、
「お嬢様は商会の通信番号をご存じないではないですか」
「でも……あなた、使い方わかるの?」
「そこはもちろん教えていただくのですよ。シェルダック様、こちらにいらして操作方法を教えていただけますか?」
デニスはシェルダックを魔道具の前に呼ぶ。彼は渋ることなく寄ってきて、受話器を持ち上げたりダイヤルを回したりした。
触れて操作しても問題ないってことね、とジェシカはうなずく。
デニスがシェルダックを呼んだのは意図的だろう。彼の目線からもシェルダックにおかしなところがあったのかもしれない。
ダイヤルが回されたとき、ジェシカはデニスに、
「支店長の家からかけているってちゃんと伝えてね」
「ええ、承知しておりますよ」
ウィンドレイクの名前を出さないでという指示が伝わったようで、デニスはにっこりと微笑んだ。
オンフィールド商会で通話に出たのは受付の事務員だった。簡単に試験通話だと告げ、ユーグに代わってもらわずに通話を切る。それは、デニスが全て終わらせた。
設置が完了したことを確認して、シェルダックたちは帰って行った。
馬車を見送ったデニスが笑顔でジェシカを振り返る。少し怖い笑顔だが、ジェシカは今日は何も無茶はやっていない。
ジェシカはデニスに片手を上げて制して、「居間にお茶を用意してちょうだい」と無難なことを言った。何が仕掛けられているかわからないから場所を変えたほうがいい。
二人で居間に入ると、さっそくジェシカはデニスと情報共有をする。
「あの魔術師はたぶん師匠の弟子のコリンだと思うわ。二重話術を使ったの」
「彼はなんと?」
「『魔術師だと言うな。あとで魔道具を開けろ』ですって」
デニスは眉間にしわを寄せた。
「あなたはどうして彼らを怪しいと思ったの?」
「お嬢様が防御の指輪を確かめられたからですよ」
「まあ!」
自分がきっかけだとは思わなかった。
「彼らにも私の警戒が伝わったと思う?」
「態度に変化は見られませんでした。おそらく、伝わってはいないと思います」
「そう、ならいいけど」
ジェシカは工具を持ってきてもらい、デニスをなんとか説得して通信魔道具を開けた。
前面のパーツをはずすと、ダイヤルや受話器から繋がる線が伸びる。完全に取り外せなかったため、デニスに持ってもらい、ジェシカは中を覗き込んだ。
通信魔道具の仕組みは魔術科でも習うからジェシカはもちろん知っている。
大きく描かれているのは通信の魔術陣だ。こちらは通信魔道具に通常使われる陣だ。
その端に小さく描かれているのも通信の魔術陣だった。
大きい方はダイヤルと連動しており、回された番号に通信する仕組み。
小さい方は固定の通信先に通信している。一対一で、こちらからは送信しかしない。大きい魔術陣の発動が、小さい魔術陣の発動条件になっている。
「盗聴……」
ジェシカのつぶやきにデニスが息をのんだ。
ジェシカは魔道具を元に戻すと、「ユーグに連絡しましょう」とデニスを振り返った。
ミナリオ国でユーグが誘拐されそうになったり、ジェシカが魔術院で姿を消したりしたことがあって、ユーグと話し合って通信魔道具を作ったのだ。
これも指輪に仕立てたが、ユーグがつけている指輪とジェシカがつけている指輪の間でしか通信できない。
小さな石を回して起動させると、相手の指輪が振動する。相手も石を回すと起動し、通信が始まる仕組みだ。
『ジェシカ?』
指輪から愛しい人の声が聞こえた。知らずに緊張していたのか、ジェシカの肩から力が抜けた。
「あ、ユーグ……」
『どうかしたか? 通信魔道具が設置できたんだろ?』
「それが、盗聴の魔術が仕込んであったの」
『は? どういうことだ?』
ジェシカは経緯を説明する。
「得意先の紹介って言ってたけれど……」
『その得意先が仕込んだって? うーん、そういう関係ではないしなぁ。どちらかと言うと得意先も騙されたんじゃないか? 最近、通信魔道具を新調したらしいんだ』
客を紹介すると割引になるから、とオンフィールド商会に話を持ってきたらしい。
「その新調した魔道具って見れるかしら?」
『そうだな……。ジェシカが見たいって言うなら掛け合ってみるが』
ユーグはそう言ってから、
『あ! こちらから馬車を回すから、それまで外に出るなよ! いつも俺を迎えに来る御者だからな。確認してから乗るんだぞ!』
「わかってるわよ、心配しないで」
『心配はする』
「私も心配しているわ。狙われているのはユーグのほうなのよ」
『もちろん、気を付けるよ』
王都の警備団への通報はユーグがしてくれるそうだ。ベリンダへの連絡も頼む。
そうして、ジェシカはオンフィールド商会へ向かうことになった。




