不在の間のジェシカ
――時間は戻って、昼前。
魔術陣・呪文研究課の部屋から出たジェシカは、まずは書類提出しようと階段に向かったところで、声をかけられた。
「ウィンドレイク嬢」
ジェシカは爵位を継いで女男爵だし、役職なら主任だ。小娘扱いしたがる者は役人や議員に多かったが、案の定、魔術庁の特許の担当部署の役人だった。
「メイジャーさん、何かご用でしょうか」
「先日の特許の魔道具の件で少し話がしたい」
「何か問題が?」
ちょうど今から登録書類を提出するところだった。
「ここでは言えないことだ。魔術庁舎まで来てほしい」
メイジャーの深刻な様子にジェシカは神妙にうなずいたのだ。
しかし、魔術庁の会議室に入ってすぐに、メイジャーに従ったことを後悔した。
魔術庁は魔術に関わること全般を扱う政府の機関だ。王立魔術院や王立魔術図書館、魔術契約士の国家資格なども魔術庁の管轄だった。
魔術一覧への登録は王立魔術院と魔術師協会が行うが、特許は魔術庁の管轄だ。ジェシカは今回より前にもいくつか特許を取ったが、後から呼び出されたことなど一度もない。軍事利用できるというブラッドの懸念が頭に浮かぶ。
王立魔術院の建物とは二階三階が渡り廊下で繋がっており直接出入りできる。メイジャーに連れられて魔術庁舎に入り、会議室に案内された。
二十人ほどが入れる広さの会議室には、人が集まっていた。若い人は一人、他は中年以上の男性ばかりだ。議会で見たことがある顔もある。
彼らは四角に並べられた会議机についている。
「えっ、何の会議ですか?」
「君はこちらだ」
さすがに怯むジェシカに、メイジャーが空いている席を示す。
「いえ。先に会議の主旨を聞かせてください。そして日を改めてください。何も準備なく参加はできません」
「いいから座りたまえ」
高圧的なメイジャーをジェシカが睨むと、「メイジャー君、もういいよ」と年嵩の一人が声をかけて下がらせた。
彼は議員だ。――確か名前は……。
「リアス侯爵が説明してくださるのですか?」
「ああ」
リアスは鷹揚にうなずいてから、両腕を広げた。
「我々は頭髪を守り育てる紳士の会だ」
「はい? 頭髪を……?」
言われて見ると、彼らは一様に頭髪が薄い。メイジャーもそうだった。
リアスを筆頭に皆が悲痛な面持ちでジェシカを見ている。
「君が開発した魔道具は髪を伸ばすのだろう?」
「機能の一部を取り上げたらそうなりますが」
長さの微調整は効かないため、ぼさぼさ頭を目指しているのでなければ、役に立たない。
「あれは既存の髪を伸ばすもので、何もないところから生やすことはできませんよ」
素顔のユーグは髭が濃い方ではないが、あれも産毛を伸ばしているのだ。
「失礼な! 我々にだって産毛くらいある!」
「そうだ!」
「我々の毛根はまだ生きている!」
あちこちから声が上がり、場が湧き立つ。
その勢いにジェシカは軽く仰け反る。
「まあ、確かにそのようですね。大事に守られているのが伝わってきます」
「そうだろう。わかってくれてなによりだ」
リアスは笑顔を浮かべ、
「産毛があるのだから、できるだろう?」
「理論上は可能ですが、微調整が効きません。ほどほどかぼさぼさかの二択ですよ?」
「ちょうどいい長さであれば、選択肢はなくて構わない」
「色の変更も髭もいらないんですよね? うーん、調整しなくていいなら、身につけるだけで起動してもいいのかしら。長さって人それぞれだから、いっそのことオーダーメイド? そうしたら顧客管理も楽だし……。そうだわ、女性でも需要があるわ! 夜会のときだけ結い上げるために伸ばしたいだとか、地毛の色では似合わない服を着たいだとか」
ジェシカはぶつぶつと考えをまとめる。興味のある話になったため、ここまでの経緯はもう頭から消えていた。
風向きが良くなったと感じたのか、リアスが、
「研究費用が必要なら援助しよう」
「ありがとうございます。私の所属課に寄付してくださると助かります」
ジェシカは素直に礼を言う。
「それで、試作に協力してくださる方はいらっしゃいます?」
そう聞くと一同が手を挙げた。
「いえ、お一人で結構なのですが……」
「それではここは私が」
ずっとジェシカの後ろに立ったままだったメイジャーが前に出た。
「私なら魔術庁で秘密裡に会うことができます。魔術庁舎は新規開発できる建物ですし」
彼が言うと皆も納得したようだった。
代表してリアスが「ではよろしく頼むよ」と言い、それぞれがジェシカに声をかけて、紳士の会のメンバーは帰っていった。涙目で訴える人もいてジェシカは責任重大だわ、と気合いを入れる。
残ったのはジェシカとメイジャーだった。
「開発はいつから?」
「メイジャーさんはこの後の予定はありますか? 忙しくないなら、今やってしまいましょう」
彼と秘密裡に何度も会うなんて御免だった。気分も乗っているし、元になる魔道具はできている。紙を指輪に見立てて触れてもらえば、十分検証できる。
メイジャーも魔道具の完成は早いほうがいいと思ったのか、そのまま開発に付き合ってくれることになった。
ジェシカの誤算は、メイジャーたちが伸ばしたいのは産毛だけだったことだ。元の魔道具では全部が均等に伸びてしまう。
伸ばす長さを設定するのではなく、目標の長さを設定しそれ以上は伸ばさないとすることで解決させた。
その試行錯誤に思ったよりも時間がかかってしまい、気がついたら終業時間を過ぎていた。
メイジャーも気づかなかったようだ。鍵が返却されていない会議室の確認に事務員がやってきて、やっと時間を思い出したらしい。
「後は私だけで大丈夫です。ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。実験ですが、かつての頭髪をまた見ることができて感無量です」
「魔術を変えたので新規の魔道具として特許出願する予定なので、販売までにはまだしばらくかかると思います」
「それなら、ウィンドレイク主任の魔道具を最優先で通すように努力しましょう」
思うところがあったのか、メイジャーはいつのまにかジェシカを役職で呼ぶようになっていた。
「あの、不正はやめてくださいね? 癒着と思われるのも嫌です」
「わかっています。今日の会議に集まったのは一部の会員だけで、魔術庁には私以外にもたくさん会員がいるのです」
不正の心配が増すような言葉は聞かなかったことにして、ジェシカはメイジャーと別れた。
そんなに会員がいるなら、専門の店を作ってもいいのかもしれない。
なんて呑気なことを考えながら魔術院に戻って、ジェシカは自分が探されていたことを知ったのだった。




