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「契約結婚だって言ったよな?」「そもそも結婚って契約でしょ?」~魔術師令嬢の契約結婚~  作者: 神田柊子
第三章 ネックレスと指輪の魔術

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戻らないジェシカ

 ユーグは魔術院の終業時間に合わせてジェシカを迎えにきた。

 今日はこげ茶色の髪と髭で変装していたため、若干不審そうな視線を感じながら、受付でジェシカを呼び出してもらう。

 待っていたユーグの前に現れたのはミックと、老人が三人。

 ジェシカから三長老の話を聞いていたため、彼らがそうかと思うものの、ジェシカが一緒にいない理由がわからない。

 口を開いたのはミックだった。彼はユーグの素顔も変装姿も知っている。

「ユーグさんはジェシカさんを迎えにきたんすよね?」

「ええ。そうですが、もしかしてもう帰宅してしまったのですか?」

「いえ、荷物があるので帰ってはいないと思いますが……」

 そこで言葉を濁したミックは、「こちらへ」と玄関ホール脇の応接室に案内した。三長老もついてくる。

 部屋に入り、ユーグが視線を向けると、ミックが三人を紹介してくれた。

「王立魔術院の院長、古代魔術研究課の課長スイス師、登録管理課の課長フォール伯爵です」

「三人揃って魔術院三長老じゃ」

 よろしく、と笑う院長のノリに戸惑いつつも、ユーグは変装を解いて挨拶する。

「ユーグと申します。結婚披露パーティーではお三方の指輪が役に立ったと、ジェシカも感謝しておりました」

「ほう、それはそれは。よいことじゃ」

「ええと、それでジェシカは?」

 なんだかもう嫌な予感しかしないが、ユーグは聞かずにはいられない。

「ジェシカがどこにもいないんじゃ」

「え? いない?」

「それがですね。ジェシカさんは昼休みの少し前に院長のところに行くと言って出たんすよ。でも」

「来とらん」

「で、登録管理課にも用があったはずなんですが」

「うちにも来ていない」

「研究中はあんまり周りを見てないんで自信がないんすけど、俺たちもジェシカさんが戻ったのを見た記憶がないんです」

「それなら、昼からずっといないってことですか?」

「そうなります」

 ミックが重々しくうなずく。ユーグは崩れ落ちそうだった。

 朝、ネックレスが消えた時点でジェシカに連絡を取ればよかった。

 魔術が関わる事件に自分も巻き込まれたばかりじゃないか。それなのに……。

 後悔に拳を握り締めるユーグに、ミックが声をかける。

「あの、間違いだったらすみません。ジェシカさんって妊娠してるんすか?」

「は、い? にんし、ん?」

 頭が言葉を理解するのに時間がかかった。

「え?! 俺は知らない!」

 思わず素で答えてしまう。

「今日ずっと眠そうにしていたんすけど、いきなり、妊娠したら仕事を辞めないとならないのかって聞いてきて。出産や育児で長期休暇が取れるように直談判するって院長のところに行ったんすよ」

 ミックが説明すると、院長が「そうじゃったのか!」と手を打つ。

「なるほど、そういう休暇は必要じゃな」

「うんうん、必要だ」

「子連れ出勤できるようにもするか? そうしたらジェシカの子どもに会い放題じゃ」

「名案じゃな」

 あっさり制度を作ってしまう三長老に、ミックが「まだ決まったわけじゃないすからね」と呆れた視線を送る。しかし、ユーグはそれどころじゃない。

「どこかで体調を崩して倒れているんじゃないか?」

「俺たちもそう考えて、今、課に残っていた者総出で探してます」

 ユーグは息をつく。

「おかしなネックレスがあって、俺はそれが原因じゃないかと……」

「おかしなネックレス?」

 ユーグは古代魔術研究課の課長だと紹介されたスイスに顔を向けると、

「私の商会で扱っているネックレスなのですが、それに使われている宝石に魔力があるとジェシカが言うのです。魔道具の可能性もあるから、古代魔術研究課で調べていただきたい、と。本店で購入手続きを済ませてからと思っていたら、そのネックレスが消えてしまったんです」

「ほう」

「そもそもミナリオ国に置いてきたつもりなのに、帰国したらなぜか荷物に紛れ込んでいたところからして、おかしかったんです」

「ほうほう」

 スイスは目を輝かす。

「宝石じゃなくて魔石かねぇ」

「いえ、天然石です。馴染みの宝石商からルースで購入して、弊社でネックレスに仕立てました。その宝石商は来歴について、コノニー国のとある貴族が手放したものだと言っていたそうです」

 姉に連絡して入手した情報だ。分解したら魔術陣が描かれているかもしれないというジェシカの予想は外れだろう。

「宝石そのものが魔道具なんてことがあるのですか?」

「石は何かね?」

「スターサファイアです」

「ああ、それは」

「まさか、あれかね」

「さすがジェシカじゃ」

 スイス以外の二人も訳知り顔で笑う。ミックはユーグと同様に首を傾げていた。

「それを売ったのはわしの孫じゃよ」

「院長の?」

「わしは昔、魔力で精製する魔石のように、天然石に魔力を付与したらどうなるかと実験してたんじゃが、繰り返すうちに勝手に魔力を取っていくようになってしまってな。こりゃあ魔石以上に魔的な石になってしまったと、封印したんじゃ。何十年も前のことですっかり忘れとったら、孫が普通の宝石だと思って売ってしまってのぅ」

「封印したんですよね?」

「そうじゃな。ジェシカは実験でもしたのかね」

「ああ! 魔術にサファイアの魔力を使ったそうです」

「それじゃな。封印も一緒に解いてしまったんじゃろう」

 楽しそうに笑う三長老と、「院長の封印を解くジェシカさんって」と呆然とするミック。ユーグは彼らほど呑気にしていられなかった。

「ということは、今あのサファイアはジェシカの魔力を吸い取っているのでしょうか? 消えたのはジェシカの元に飛んだ? 飛ぶのか……? とにかくジェシカのところにサファイアがある可能性が高いのですよね?」

「そうなるのぅ。わしが持っておったときは、付きまとうまではしなかったが。飢餓感から新しい技を生み出したのかもしれん」

 そんな宝石はもはや宝石じゃないだろう。

 ありえないとユーグは青ざめるのに、魔術師たちは不思議とも気味が悪いとも思っていないようだ。

「大丈夫なのでしょうか? ジェシカがもし妊娠していて、その上さらに魔力を吸い取られても」

 ユーグが詰め寄ると、院長はミックを振り返る。

「ジェシカ本人が妊娠していると言ったわけではないのじゃろう?」

「はい。ジェシカさんは眠いしか言ってないっす」

「じゃあ、その眠気の原因がサファイアじゃろうなぁ」

「原因が変わっただけで、状況としては変わっておらん」

 気楽な三長老に、ユーグは苛立つ。気づいたミックが、ユーグを宥めた。

「ジェシカさんなら大丈夫ですよ。魔術院でも指折りの実力者っすから」

「そうじゃそうじゃ」

「それに、いつも付けてる結婚指輪にわしらで防御魔術を仕込んだからのぉ」

「物理攻撃も魔術攻撃も、たいていは防げるぞ」

「そんなのどうやってるんすか?」

「そこはそれ、我が家に伝わる古代の叡智をちょちょっと流用してな」

「え。それはもう家宝じゃないんすか」

「ふぉっふぉっ」

「大丈夫だからなんだっていうんだ!」

 スイスの笑い声を遮って、ユーグは叫んだ。

「力のある魔術師だから? 防御魔術があるから? ジェシカは俺の大切な人だ! 心配にならないわけがあるか!」

 さすがに三長老も表情を改めた。

 ミックはどう取り成そうか焦った様子で、手をさまよわせる。

 大声を出したユーグも我に返る。

 しーんと気まずい空気が流れた部屋にノックの音が響いた。

 天の助けはジェシカの声をしていた。

「ジェシカです。私のこと探してるって聞いたんですけど」

 開いた扉から現れたジェシカを、ユーグは飛びつくようにして抱きしめたのだ。


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