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エンラセ  作者: 和惟
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第八話 覚ル

第八話 覚ル


 照りつける日差しで校庭の楠がくっきりと陰を作る。入道雲が立ち上る青空。剛胆な蝉の合唱を聞くひまわり達が校舎の脇に並んでいる。

 久しぶりに夏休みの校舎を前にしたリホは地震で実憂やロボ研のメンバーがどうなったか気がかりだった。逸る気持ちのままロボ研の扉の前まで来ると、小さく深呼吸しそっと扉を開けるリホ。眼に飛び込んできたのは懐かしくもあるロボ研全員の後ろ姿であった。

 声をかけようとするリホは、皆がモニターに映し出されたニュース動画を注視しているのに気づき、しばらくその場に立ち竦んだ。

 

「本日未明、東京都台東区のマンションの住人から異臭がすると100当番通報を受けた警察がそのマンションの異臭がすると思われる部屋を捜索したところ、成人女性と思われる遺体が発見されました。その遺体は頭部が切断されており、警察は…………」


「私怖いー!先輩守ってね!」

「じゃあ、おれっちが実憂ちゃんを守るよ!」

「息吹先輩じゃあちょっと……湊先輩お願いします!」

「ああ。当然だ。その時が来たらな」

 リホに気づかない3人を横目にユウが声を掛けた。

「早瀬!元気になったんだね。おかえり」

 湊、息吹、実憂も振り返り笑顔を向けた。

 

「あ、リホ!もう大丈夫なの?昨日おばさんから連絡もらって、退院したばっかりじゃない?!」 

〈〈うん、でももう大丈夫だよ。皆の顔見たかったから〉〉

「早瀬、無理はダメだぞ!海の家は地震の影響で今年は終わりにした。校舎の片付けも終わったし、街中の片付けを手伝ってるくらいだから、家で休んで良いんだぞ?」

「そうだよー。リホちゃんに助けてもらった分、実憂ちゃんが2倍働いてるから大丈夫だよ」

「うん!本当、あのときリホが助けてくれたようなもんだよ。ありがとねリホ」

 実憂は、リホの胸に顔を埋め久々の感触を喜ぶ。

〈〈そういえば、何であの時、ユウ君、あそこに居たの?海から10kmは離れてるし……〉〉

 リホの視線にユウは平然としている。

「たまたま、僕も買い出しに行ってたんだよ。ね、先輩」

「そうだ。あの後、俺がユウに買い出しを頼んだんだ」

 湊の補足にも、あまり納得がいかないリホ。

「まっ、リホちゃんも元気で帰ってきたんだし、快気祝いしなきゃだ!なっ湊!」

「あ、ああ、そうだな!やろうー!」

 和やかな雰囲気に包まれる昼下がりのロボ研。まだ、夏休み中盤。蝉の声が5人の心を躍らせている。


次の日

昼過ぎのロボ研仮想ロビー

 

 昨日、リホの快気祝いを兼ねて、夜遅くまでVSVを楽しんだロボ研メンバー。いち早く昼食の準備を済ませたリホは正午の時報とともに大声を上げた。

〈〈おはようございます!皆、もう昼ですよ!起きてください!〉〉

「ん、んーーーーん、朝かぁー」

「息吹先輩、もう昼です!」

 眠そうな息吹を残し全員昼食を摂り始める。ばつが悪くなったのか大きなあくびをしがら用意された昼食のパンにかぶり付く息吹。

 全員をゆっくり見渡した湊が徐に提案を披露する。

「午後から、海の家を見に行かないか?再開はしないが片付けもあるし」

「ていうことは、先輩!あれですね!」

「ああ、あれだ」

「まさか、ついに拝める日が来たんだね……実憂ちゃんのビ、ビ、ビキニ姿を!」

「息吹先輩……絶対見ないでくださいね」

「白磁、息吹が暴走しそうになったらお前が押さえるんだぞ」

「何で僕が……」

「じゃあ、私とリホはお着替えしてから行きますね!」

「分かった。男3人は先に行って少し片付けるとしようか」

 実憂とリホを残し、3名がロボ研を後にした。

「息吹先輩ってほんとイヤらしいよね。視線がおやじっていうか……リホも気をつけなよ!その爆乳を目でもてあそばれないように……ひひひひっ」

〈〈実憂……目が怖い……〉〉

 実憂は黄色のフリルが特徴的なビキニ、リホは紺で落ち着いた花柄のワンピーヅタイプの水着に着替え、浮き輪を膨らませている。

 突然、誰もいない夏休みの校舎に正午の時報が鳴り響いた。

「もう12時か。急ご」

〈〈あれ、さっき12時のチャイムなったよ?〉〉

 須臾にして室内が薄暗くなる。雲が……何か異質な……先程までの夏空が嘘のように薄墨色が窓枠一杯に広がっていく。実憂は窓際に駆け寄った。窓の外から来る陰鬱で異質な重い感覚……リホは固まって動けない。さっきまで聞こえていた剛胆な蝉の合奏が消えていた。

「なんでここが?……」

〈〈え?〉〉 

 実憂のつぶやきのような一言が聞き取れなかったリホ。噴出する不安が心を満たしていく。

「リホ、ここに居て!絶対動かないで!いい?」

〈〈え、え?何で?どうしたの?〉〉

「いいから!後で話すね。でも今は、ここにいておねがい!」

〈〈う、うん、あ、実憂!〉〉

 実憂は、カバンの中からリホも見た事が無いゴーグルヘッドギアを取り出し、ロボ研を飛び出していった。窓の外は、更に重暗くなっていく。

 リホには何が起きているか全く分からない。出るなと言われたが、やはり、実憂のただならぬ様相が心配でたまらないリホ。ふと室内のクーラーが切れている事に気づき急いでロボ研サーバーの電源を入れてみる……が、入らない。

 情報が遮断された室内。首筋に汗が伝う……その時、廊下の方から金属同士がぶつかり合う凄まじい衝撃音がロボ研内に響いた。

——実憂!?

 約束を忘れ、思わず廊下に飛び出してしまったリホ。電気の消えた薄暗い廊下。誰一人いない。少し歩みを進める。かすかな物音が近づいてくる事に気づいたリホは、立ち止まった

〈〈実憂?〉〉

 小さな音量を発しながら薄暗い廊下の先に目を凝らすリホ。

——怖い……この先、何かいる

 脳にこびり付く得体の知れない物への恐怖心がリホの脚を竦ませる。この先を見る勇気が出ない。しかし、実憂がそこに居る……目を閉じ、握りしめた両手に想いを込め擬虞を振り払ったリホは意を決した表情で目を開け息を止める。そして、ゆっくり進みながら廊下の先を覗き込むんだ。 

 すると、ゴーグルヘッドギアをしたまま腕から鮮血を流し腰を落としている実憂が見え始めた。その数m先。実憂を背にした見覚えの無いB-SABotが盾を掲げて立っている。リホの視線はその先へと進む……廊下の奥、黒い何かが一面覆い塞がれている。

——あれは何?

 じっと目を凝らすリホ。徐々に見え始めた物……それは無数の顔、腕……うごめくそれらが黒壁に浮かぶように生えている。そして全てが無造作で無機質……苦痛を湛え訴えるかのように。リホは激しい吐き気に見舞われ口を両掌で塞いでしまった……その動作に反応するように、無数の顔が一斉に見切れていたリホの方を向く。数知れない惆悵の眼差しがリホに注がれる。その眼光によりふっーと意識が遠のいたリホは、がくっと膝から崩れ落ちてしまった。

「リホ!何で」

 物音に気づきゴーグルを着けたまま振り向いた実憂は驚きの声を上げる。その声により、落ちかかった意識を取り戻したリホは顔を上げた。

——あれ?壁は?

 先ほどリホが目にした禍々しい黒壁は既にそこにはなく、変わりに人間ほどの大きさの黒い球体が廊下より1mほどの所に浮いている。そして、その球体の背後からゆっくりとした足取りで浅黒い1体のB-SABotが姿を見せた。 

 実憂は咄嗟にゴーグルヘッドギアの側面を押さえる。

《モード オートノマス》

 盾を持つB-SABotから命令が復唱されると、実憂のゴーグルヘッドギアのサイドラインとB-SABotの銀箔色のボディーラインが赤く発光し始めた。実憂は、ゴーグルヘッドギアを素早く足下に置くと負傷した右腕を庇いながらリホの方に駆け寄る。

「こっち」

 片足も少し引きづりながらリホの腕をしっかりと握った実憂は、1階へと続く階段を駆け降りた。

〈〈実憂、う、腕が……血が出てる〉〉

「平気。急いでリホ。外に出るよ!」

〈〈今のは何?あのB-SABotは?〉〉

「うん。黒い球が見えたでしょ?あれは擬似エンフォーサー。黒いB-SABotを操ってる。でね、リホ、狙いはあなたなの」

〈〈私を?何で?もう1体は実憂のB-SABot?〉〉

「そう、私の“メアちゃん”……詳しくは後で話します。今はあなたを守らないといけない。だから、校舎を出たら全力で湊先輩のところに走って!」

〈〈守る?何で?どういうことなの実憂〉〉

 階段を下りきった2人。1階の廊下を横切ろうとした時、何かを察した実憂が急停止し階段側の壁に身を隠した。 

 すかさず、実憂はどこからか取り出した小銃を左手に構え、1階廊下の奥をゆっくり覗き込む。すると、明らかに身動きの取れないであろう息吹の後ろ姿がそこにあった……それを一見した実憂の平常心は……瞬時に崩壊する。

「あああああ!」

 腹部に根元まで刺し込まれた刃。貫通し大きく突き抜けた切先からしたたる鮮血。

奇声を発しながら構えていた小銃を息吹に危害を加えている浅黒い機体のB-SABotに向け全弾を打込む実憂。狂気に満ちながらも躊躇いの無いその弾丸は、全弾正確にB-SABotの顔に命中した……しかし、水面にしたたる水滴のごとく、B-SABotに当たる瀬戸際の空間に吸い込まれ、消え失せてしまった。

 浅黒いB-SABotに抱きつき必死に動きを封じる息吹のかすれ声が廊下にこぼれる。

「み、実憂……エンフォーサー本体にし、侵入されたみたいだ。り、りほちゃんを、連れて早く外に……み、湊の所に……」

〈〈息吹先輩!〉〉

 思わず叫びを上げたリホ。それに呼応し冷徹な浅黒いB-SABotの赤い視線がリホに向けられてしまった。

「だ、だめだ……」

 息吹が全身で押え込んでいたB-SABotの右腕が軽々と動き、その掌がリホに向けられると、弾指の間にその中心部が明るく発光する。その瞬間、実憂は覆いかぶさるようにリホに抱きついた。

〈〈み、実憂?〉〉

 焼焦げた臭いが辺りに漂う。

「は、はしって……み、みなとせんぱ……いのところ……まで」

 耳元で掠れて消えそうな囁き。力を失ってゆく親友の体をただ支えるしかできないリホ。目を大きく見開いたまま実憂の背中に腕をまわすと、ぬるっとした感触が手のひら一杯にこびり付き、リホの背筋にすっと冷気が走る。実憂を抱きかかえながら怖々と震える両の手を確認し、実憂の名前を呼んだ。

〈〈実憂?返事して……いや……いや……〉〉

 リホは、感情に任せ大粒の涙を流しながらそれを腕で拭った。しかし気づく……涙など出ていない事に……。ふと、起伏した感情が平坦に冷めていく。

 声さえ上げられない様子で動く力さえ失った息吹と実憂。リホは、唐突に崩れ去っていく穏やかな現実を受け入れる事が出来ず、思考から挙動まで一切を拒否して、ただ、“停止”することしか出来ないでいた。その刹那の時にも、浅黒いB-SABotの殺意はリホに向けられ動き出す。

 自らの長刀で串刺しにした息吹を力任せに投げ捨てた浅黒いB-SABotは、刀を血振りしながらゆっくりと歩き出す。茫然自失で動けないリホには標的としてなす素手が無い。

 突如、リホは何者かに腕を掴まれ、強烈な力で引き寄せられた。その勢いで実憂から引きはがされたリホ。霞む視界には小さくなっていく実憂の躯だけが浮かんで見えた。

 激しい揺れにハッと我に返ったリホ。見上げると覚えのあるB-SABotの顔がある。少し前を走る背中に声を投げた。

〈〈み、湊先輩?〉〉

「遅れてごめん。すぐにここを離れるんだ」

〈み、実憂と息吹先輩が!〉〉

「ああ、分かってる」

 校庭に駆け出た湊は、リホを抱えた渦潮丸を急停止させた。

 身構える湊の視線の先。校庭一面に無数の漆黒いB-SABotが立ち並びこちらを睨みつけている。さらに、背後の校舎からは殺気に満ちた気配が迫り来る。湊の顳顬にゆっくりと汗が伝う。

「ここまでか……」

 湊は、ゆっくりとインナートランサーに手を置いた。

《白磁、よく聞いてくれ。君が何者か分からない。しかし、システムが君を受け入れているならば、“目的”は同じという事で理解している。もう気づいているかもしれないが、閉鎖領域であるこのフェローガーデンに擬似エンフォーサーが侵入している。これ以上早瀬を危機にさらすわけにはいかない。よって、現時刻をもってここを閉じ、隔離処置を破棄する。しかし、もう既に、現実世界でもIÅ振動体の使用が疑われる事象が発生している。“ここ”へもエンフォーサー本体が迫ってると見て間違いないはずだ。だから、もし君自身やオルナというB-SABotが実在するのならば、力を貸して欲しい》

 5秒ほどの沈黙の後、湊とリホの背後から、見知った声が聞こえた。

「先輩、言われなくてもそうするつもりです。安心してください。でも、1つ、誤りがあります。あれはエンフォーサーのような崇高な者ではないですよ。単なる“闇”です。三国博士の甘さが招いたね……では、先輩、上で待ってます!」

 ユウはそう言い残すと、霧のように姿を消した。

「白磁、君はいったい……まあいい、ああ、上で会おう!」

 呆然と聞いていたリホに湊がゆっくりと近づき、微笑みを向けながら静かに語りかける。

「早瀬、よく聞いてくれ。君は特別な存在なんだ。だから、どうしても守る必要があった。ここに閉じ込める事になってもね。あの時、全剣会で息吹と実憂が死んだとき、君も死んで、俺は部長として自分を責め続けた。そんな俺にもう一度、君達と過ごせる機会が与えられ、素直に嬉しかったよ……。でも、実際に蘇生した君に会ったのはつい最近なんだ。驚いたよ……。今は時間がない。目が覚めたらまた会おう」

 言葉を終えた湊の体が淡く掠れてゆく。

〈〈分かりません。何を言ってるんですか?どうなって……どうして……〉〉

 リホの意識は周囲の光景とともにゆっくりと薄い灯りの中に落ちていった。

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