第七話 乖ク
第七話 乖ク
富山県富山市。
市街地からは少し郊外。神通川が涼気を纏った雪解け水を運んでいる。その敷地は、分厚い金網塀で囲まれ、外界との遮蔽が施されていた。まるで、田園風景に異質な黒い穴が開いたような“陵”を見せている。少し盛り上がった敷地の中央には灰色の四角いビルが建つ。ビルには規格化された無数の窓があり、こちらをつぶさに観察する目のような圧迫感をまき散らしていた。
金網の前に1台の車が潜むように横付けする。
東京から来た角田は、所轄刑事が運転するその車の助手席で何かを口に運びながら金網越しのビルを見つめていた。
2040年には旧新幹線網で全線リニア化が進み、東京ー富山間は40分ほどで結ばれていた。午前中に警視庁を出た角田だが、聞き込みを兼ねて富山の名物に舌鼓を打っていたため、現地に到着したころにはすでに夕刻前となっていた。
「だから、この中に東京で起きた連続殺人の重要参考人が逃げ込んだ可能性があるんです!なんとかなりませんか?!」
角田は、食べかけの串焼き巻きかまぼこを振りながら所轄刑事に詰め寄った。
「私にそんなこと言われましても……。相手は宗教法人ですし、ああ厳重な監視体制だと近づくこともできませんよ。令状か何かない限り……」
「ですよねぇ。でも、署で聞いた話!あれ、気になります」
角田は事前にある情報を所轄警察署で入手していた。
「宗教団体”エデンの園”……信者を使った何らかの人体実験が行われているという話ですよね?うちてしても、前からその話は上がってます……でも、他に確証が無い限り操作に乗り出せない現状でして」
「こうなったら、偵察で超小型ドローンを飛ばします!所轄さんには迷惑を掛けないように、何かあったら、これは警視庁特課の角田が独断でやったってことだってことでいいですので!こっちはクビが掛かってますから……」
角田は強い口調で言い放つと、持参した10mmほどの超小型ドローンを車窓から飛ばした。
視線操作グラスで角田が航路を描くと、それをなぞりドローんが飛んでいく。画像のズームはグラスの右フレームについたボタンで操作している。
巧みな操作で施設ビルの排気口にドローンを潜入させた角田。自信のある手つきでさらに奥へと潜行する。
教団施設内部に侵入してから10分ほど経った時、角田の目に30畳ほどの大広間らしき畳敷の部屋が飛び込んできた。そっと静止し広間の状況を撮影する。数十名の白装束を着た信者が等間隔にあぐらを組み閉眼して瞑想に耽っている。
そこに、1人の男が入ってくる……信者前に立った男……信者と同じ白装束だが少し雰囲気が違う……徐に両手を肩に大きく開き、天を仰ぎながら叫び始めた。
「さあぁ、はじまります!」
時刻は午後6時。突然、施設内に低い警告音が鳴り響く。大広間の信者が瞑想から一転。狂気に満ちた祈りのしぐさで頭を振り始めた。
「ん、何だいきなり?!何が始まるんだ?!これは何ですか?」
所轄刑事に確認する角田。しかし、口を結んで首を横に振られる……何か異様だ……再度ドローンの画像に意識をやる……すると、信者の一人が呻きを上げ、パタっとその場に蹲った。そしてそれは、瞬く間に周囲の信者に伝染していく……次々に倒れ込む信者達……倒れ込んだ信者は動かない……生気がない?……ドローンの生体波モニターを入れる角田……すると、倒れた信者からの各バイタルがフラットを示すアラームが鳴った。
「これは、大変だ!」
ただならぬ空気。切迫した状況であると認識した角田はドローンを自動撮影モードに切り替え、所轄刑事の方を向く。所轄刑事は誰かと連絡を取りながら慌てた様子で角谷もその内容を伝えた。
「角田さん!外でもちょっと大変なことが起きています!」
瀬戸内市
市民病院一般病棟
薄く上下に開く瞼。眩()しそうに幾度か瞬きをする。白い天井……ぼんやりとした意識が少しずつ鮮明さを増す。ここはどこ?そうだ!手、脚は?……動く……地震があって……リホは、手足が自由に動くことを確認すると、横に顔を向けてみる。目に飛び込んできたのは、うたた寝をする養母……少し安堵するが妙な違和感を感じる。
——この光景は見た事がある……。
再び、意識が薄れてゆくリホ。
「おかえり、リホちゃん」
気づくと、見知らぬ病室で白いベッドに座っているリホ。傍らには泪を湛えリホの手を握りしめる養母が居た。
〈〈実憂は?私、地震で……〉〉
「実憂ちゃんはあなたがかばったおかげで無傷だったわよ。毎日お見舞いにきてくれてね」
〈〈良かった……何日寝てたの?私……あ、あのときユウ君が助けて……〉〉
リホは頭部に鈍痛を感じ塞ぎ込んでしまう。
「今は心配しないで休んで。おばさん、先生に知らせて来るね」
〈〈うん、ね、おばさん、私、“お母さん”に会ったよ〉〉
その言葉を聞くと、養母はリホに抱き着き、泣き崩れてしまった。次の瞬間、病室であった場面が、茜色に染まった海原の脇、防波堤沿いの小道へと変わる。リホは小さな歩幅で歩くイチゴのサンダルを見つめている。左手に暖かく柔らかい手のひらの感触。少し見上げるが夕焼けの光量で顔は見ない。
「今夜はリホちゃんの好きなハンバーグにしましょね」
知らないが懐かしい声。赤とんぼがリホの目の前を悠然と横切った。再び、周囲の光景が高速の流れになって変わっていく。小刻みで調子のいい音。まな板で何かを刻むエプロン姿の女性。後ろ姿だが、見慣れたような雰囲気に見とれるリホ。少し古めかしいアパートの畳に座るリホは、ふと置かれていた姿見に写る少し幼い感じの三つ編でセーラー服を着た自分の姿に目をやった。コトコトと火に掛かった鍋からはみそ汁の香りが漂う。後ろ姿の女性が、手を休める事無く優しい口調で語り始めた。
「昔にもね、この辺りに大きな地震があったの。それは大きな地震でね。みんな生きてる人は避難所に退避したの。でも大勢亡くなったわ……。私とおじさんも命からがらある避難所に逃げてね……。そこで、女の子を抱いて酷く取り乱したおばあちゃんが居てボランティアのお医者さんを大声で怒鳴ってたの見たの。そのとき、ああ、なんて可愛らしい女の子かしらって思って、とても印象に残ってたわ。それから数日経ったころ、ほとんどの人が避難所から出て仮設住宅に移って暮らし始めた。その仮設住宅で私たちも生活を初めることになってね。そんなある夜、突然、外から女の子が泣いてる声が聞こえて、ビックリして私、飛んで行ったわ。するとそこにね、暗い道に1人ポツンと座って大声で泣いてる女の子が居てね……一目で分かったわ、印象に残ってたもの。あっ、あの時の!って思って、必死に抱きかかえてあやしながら、周りを見渡したんだけど誰もいなかった。あのおばあちゃんの姿はなかったの……。それがね、あなたなのよ、リホちゃん……。私はあなたを連れて帰った。それから誰もあなたを引き取ろうとする人は現れなかった。だから、私とおじさんで話し合って、あなたを養子に迎えることにしたの。わたし、あなたを初めて見た時からあなたのことが大好きになってたんだと思う。だからあなたと家族になれて、本当にうれしかったし幸せだったのよ」
語り終えた後ろ姿の女性は、ゆっくりと周囲に溢れる光に馴染んで消えてしまった。気づくと、リホはまだ見知らぬ顔を見上げていた。若く見た事の無い女性。必死の形相で誰かに訴えかけている。
「先生、お願いです!この子を助けてください!血液が無ければ私のを使ってください。お願いします……どうか」
暖かい腕の中で、リホの意識は眼を閉じるようにゆっくりと落ちてゆく。真っ暗な世界。浜辺にうち寄せるさざ波の音だけが聞こえていた。




