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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
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第六話 天使のダンス(後篇)

 辛うじて生きていた天使が戻って来た。だいぶダメージを負ったようで、歩くのもしんどいらしい。フラフラと力なく浮いている。

 気絶した天使が戻ってくるまでの数分間に、事の顛末を柊に説明した。俺たちが今日、遊ぶために集まったこと。天使の勘違いから柊には連絡が行かなかったこと (天使がワザと連絡しなかったと言ったら今度こそ殺されるかもと思った、俺の配慮)。以前仕事で助けた彼の彼女に、榎が謎の違和感を覚えたこと。それを確かめる為に尾行していたこと。

 それらの説明を聞いた柊の感想は、「アタシも一緒に遊びたかった」だった。やっていることは遊びではなく尾行ではあるが、淋しそうというか残念そうな柊の反応からして、天使がワザと誘わなかったと知ったら、今度こそ天使の身体が二つになりそうな気がする。

 柊とは、今度また別の時に遊ぶ約束を榎がした。その時にプリクラも一緒に撮るんだと。

 天使の罰は、柊によって決められた。どうやら〝悪魔の剣″によって吹っ飛ばされたのは罰じゃなかったらしい。柊は天使に、自分の分のケータイも作るように命じた。俺たちが持っている五十嵐さんが作ったケータイと同じ物を。今回のような事が無いように、ケータイが出来次第 それを届けて、俺と榎のメモリーにも柊のデータを加える。それが罰らしい。明らかに〝悪魔の剣″で吹っ飛ばされる方が重い罰だ。

「んじゃ、早速で悪いんだけど 柊。あそこにいる彼女の心を読んでみてくれないか?」

 俺は、服屋で買い物を楽しんでいる彼らを見つけ、柊に頼んだ。

「ハッ。そんなの余裕だね。ちょっと集中するから黙ってな」

 そう言うと、柊は目を閉じた。

 柊が目を閉じて〝読心術″を使っている間に、榎は適当に洋服を見繕ってきて、柊にあてがった。柊が動かないのをいいことに、柊が着せ替え人形のようになっている。天使は浮きながら、服を持つことで榎の手伝いをしている。恐らく普通の人には、洋服が勝手に浮いているように見えるだろう。

「あ、あの…。何…してんの? 榎ちゃん」

 自分の前でチョロチョロ動いている榎に気が散ったようで、柊は目を開け、戸惑いながら訊いた。

「だって柊さん、前と似たような服だから、こーゆーのも似合うかなって思って」

 榎の言う通り、柊の服装は前と酷似している。柊の白い肌と白い髪を際立たせるような上下黒の服。肩や脚の露出が多いという点も、同じだ。露出が多いのに色気が無いのも。

「アタシの服はいいから、自分のを見ておいで」

 柊は若干の照れを見せ、榎にやめさせた。「集中するから邪魔だ!」と強く言うことはなかった。何で榎には甘いんだ? 俺が榎と同じことをしたら絶対そう言うに決まってる。……いや、俺がやったら気持ち悪いか。

 一度息を大きく吐き出し気を取り直すと、柊は再び目を閉じた。

 前に柊が〝読心術″の資格を使っていた時は、俺のことを攻撃しながらでも何ら支障なく使っていた気がする。その辺のことについて天使に訊こうと思ったが、榎の手伝いを終えた天使は新しいアメを咥えグッタリと浮いているので、役に立たないだろうと判断し、諦める。天使に訊くのを諦めたからには、自分で考える。たぶん、より集中した方が〝読心術″を正確に行えるとか、そんな感じだろう。

 しばらく目を閉じて黙っている柊を見ていたら「コッチ見んな!」と怒られた。さっさと集中してやれよとは思ったが、どうせ〝読心術″で読まれるだろうと思い、思わないようにした時には既に読まれていた。睨まれた。

 柊を見ていると怒られるので、榎の服選びに付き合うことで時間を潰した。榎と服を見ていたら、柊にちょうどいい物を見つけた。柊の服はタイトめで、身体のラインが分かりやすい。だから貧乳とすぐ分かる。だったら、こういう大きめのワンピースのような服を着れば、胸が無いことを隠せるんじゃないか?

 俺がそんな事を考えながら服を適当に見て時間を潰していたら、柊がフーッと大きく息を吐き出し、「椿!」と俺のことを呼んだ。

「終わったのか?」

 俺は、榎と一緒に柊の所へ行き、声をかけた。

 柊は何かを言う前に、近付いた俺の腹を殴った。

「っぐ…。な、なにすんだよ…?」

「アタシの胸は隠さないといけないほど小さくない!」

 小さいが、凄みのある声で柊が言った。どうやら俺が、柊にはワンピースが合うんじゃないかと考えていたことを、読んでいたようだ。彼女の考えだけを読めばいいのに、ホント集中力の無いヤツだ。

「でも、ああいう服も似合うと思うよ」

 榎が援護してくれた。

「ん~、まぁね」だったら何故殴った!

 柊に噛み付くのは、怖いとかではなく、厄介だと思ったので何も言わない。

 気を取り直して柊に訊く。

「んで、終わったんだよな?」

「ああ。終わったよ」柊は、自信あり気に微笑した。「あの女の今考えていることだけじゃなく、普段考えてるようなこと…深層心理っていうの? まで読ませてもらった」

「だから集中する必要があったのか?」

「まぁね」

「で、どうだったんだ?」

 俺が訊くと、柊は眉間にしわを寄せ、不機嫌な表情になった。

「ハッ!なんてこたぁない。あの彼女とやらは男のこと、金づる程度にしか思ってないね」

 柊が言うにはこうだった。彼女は偶然出会ったゲイの彼を理解するふりをして、少しずつ自分への好意が生じるようにしてきたらしい。なんでそんな面倒なことをしているかというと、バイトで貯めた彼の金目当てということもあるらしいが、それはついでで、暇潰しに仲間と『ゲイの男を自分に惚れさせることができるかどうか』で賭けているらしい。

「で、今日のデート代…いやこんなのデートじゃないか。まぁ取り敢えずかかる費用を全部男に払わせて、今も高い服を彼に買わせようと企んでいるね。でも、彼も手持ちが少ないのか渋ってて、あの女は少しイライラしている。こういうこと。分かった?」

 柊の説明が終わった。

 柊の言うことはおそらく本当のことだから、榎の感じていた違和感は正しかったことになる。彼は、彼女のことを本当に好きになり始めていて幸せだったが、当の彼女は、その彼の気持ちを弄んでいただけで、彼といることに幸せを感じていない。自分の予想が当たったとはいえ、榎は喜んでいない。柊も不愉快そうだ。

「それにしても、彼もツイてないねぇ。あんな女に引っ掛かるなんて。普通に女と付き合う幸せを感じ始めていたのに」

 俺の横に降り立ち、暢気に天使が言った。

「ハッ。あんなのが付き合ってるって言うの?あの女、誰かを本気で好きになる気あんの?」

 天使とは対照的に、明らかに柊は苛立っている。それに気付いているのか、いないのか、天使は再び浮いて、柊に近付く。

「おやおや、柊さん。まるで本気の恋愛を知っているような口ぶりですねぇ?」たしかにそうですねぇ。

 天使にそう言われた柊は、白い顔を真っ赤にしていく。

「ハ?何言ってんだ!バカか?斬るぞ」照れんなって。

 照れる柊に、榎は訊く。

「柊さん、好きな人いるの?」柊、好きな人いんの?

「うっさい!いい加減にしないとアンタら叩っ斬るよ!」

 そう言うと柊は、背中の大剣に手をかける。そして何故か、抜かれた大剣の切先は俺に向けられた。

「おい、何で俺だよ?俺なんも言ってねぇぞ!」

「アンタの顔が一番腹立つから!」理不尽だ!

 柊の理不尽にはすぐさま謝った。謝ると柊は素直に大剣を納めてくれた。

 浮いている天使はその様子を見て笑っていたが、笑うのをやめ、俺の横に降り立った。

「んでどうするよ、ダークヒーロー。あの女の真実を彼に伝えて、彼のことをまた救っちゃう?今度こそ完璧に彼のハートをゲッチュしちゃう?」

 天使の戯言に柊が興味を示した。

「なに?アンタってそうなの椿。てっきりアタシは榎ちゃんと…」

「「ちがうっ!」」

 俺と一緒に俺をからかった張本人の天使まで柊の言うことを否定した。まぁ大方、天使は俺と違って、「榎と付き合っている」とでも言いそうなのを否定したってとこだと思うが。

 天使の戯言は置いておくとして、果たしてどうしたものか?

 俺としては、できれば彼に関わりたくない。過去のトラウマとでも言うのか、また彼に関わって、俺の心やプライドに傷がついてしまうのは怖い。だが、だからと言って知ってしまった事実から目を背けて逃げてしまっては、ダークヒーローどころか主人公ですらない。どうするかな…?

 天使はまた浮いて、榎と柊と一緒に黙って俺の決断を待つ。彼と個人的に問題を抱えている俺に、決断を委ねてくれるらしい。

 俺はしばし考え、決断する。ダークヒーローなんだから俺のやりたいように、嫌なことからは逃げてしまう道も考えたが、それだとカッコ悪い。だから、俺は俺がカッコ良くあるために、あくまでも自分のために、「彼を救おう」と、そう決めた。

 その決断を三人に話すと、それぞれ反応は違ったが、納得してくれた。

「大丈夫、椿君?」ああ、大丈夫だ…たぶん。

「これで椿もゲイの仲間入りだな!」ふざけるな!有り得るか、そんなの。

「ハッ。その程度のこと決めんのに、ウジウジいろいろ考えすぎなんだよ」まさか全部  〝読心術″で聞いてやがったのか?勘弁してくれよ…。

 俺が落とした肩を上げると、エスカレーターに乗って彼らがこのフロアから出て行くのが見えた。

「そういや、結局彼、服は買ったのか?」

 俺が訊くと天使は、「いや、買ってなかったっぽいよ。レジに行ったとこ見てないもん」と言った。どうやら無駄に浮いていたワケではないらしい。天使が言うことを肯定するように柊も「どうやらそうみたいね。あの女、『そこまで欲しいモノもなかった』とか口では言っているけど、内心は『あの程度の服も買えないの。ホント、期待外れ』って愚痴っていて、腹立ってるね」と言った。どうやらコイツも無駄に〝読心術″を使い続けていたワケではないらしい。

 彼が彼女、いや彼女じゃないな、あの女にこれ以上金を注ぎ込まないようなら目を瞑ってもいいかと思ったが、服を買わなかったなんて、そんなのはこの場の一時的なものだろう。やはり根本的な解決として、彼をあの女と別れさせる、それが出来なくてもあの女の本性を教えてあげるしかない。 では、いつ説得しようか?曲がりなりにもゲイであった彼が女と付き合い、今日はデートをした記念すべき日だから、家に帰るまでがデートです!ということで、帰りの電車から降りて彼らが別れる時に説得すればいいのか? それとも今すぐにでも別れさせればいいのか? でも万が一、あの女が前の女みたいにピストルなどの危険物を所持していたら、この周辺に迷惑をかけるかもしれない。つーか今更ながら、やっぱり彼を説得したら、彼の興味はまた俺に向いてしまうのか?

「おーい、椿。なにボケッとしてんだ?」

 天使の声で、俺の思考は遮られた。

「うっせぇな。今大事なこと考えてんだよ」

「でも椿君。ボヤボヤしてる間に、彼らのこと見失っちゃったよ…」

「うそぉ!」ここにきて、尾行失敗?

 榎の言う通り、辺りを見渡しても彼らの姿はどこにもない。そういえばエスカレーターに乗って下の階へ行くところを見送ったな…。

「どうすんだ?椿。 こんな終わり方はカッコ悪すぎだろ」

「うっせ。俺たちも早く下に降りて、彼らを探すぞ」

「でも、下って言っても何階もあるから大変だよ…」

「だからって、ここでジッとしててもしょうがねえだろ」

 俺が慌てて彼ら探しに行こうとしたら、「ハッ。しょーがないね」という柊の声が、俺の足を止めた。

 柊は、目を閉じた。

 俺と榎がその様子を黙って見ていると、天使がボソッと「ああ〝千里眼″か…」と呟いた。どうやら柊は天使の資格の一つ〝千里眼″を使って彼らを探しているらしい。

「見っけた!アイツらはもうこの建物を出ようとしているね。南側の出入り口に向かってる」

 柊は目を見開き、言った。ホントに柊は優秀だと思う。俺の隣でアメを舐めているだけの天使とは大違いだ。

 俺たちは柊を信じ、この建物の南側出入り口に急行する。

 彼らがそのままこの建物から出るなら、その時にあの女のことを彼に話そう。それなら、もしあの女が暴れた場合の被害が小さく抑えられる気がする。もう彼はゲイに戻らないと信じて、あの女の分の帰りの電車賃くらいだけでも、救ってやろう。



 建物を出ても、彼らの姿は見つけられなかった。頼むように視線を柊に送ると、柊は「ったく」と首筋をなで愚痴りながらも、再び〝千里眼″を使って彼らを探してくれた。

 柊は、彼らは駅の方に歩いていると言った。

 俺達は、急いで彼らの後を追う。急いで先を行く俺と天使の後ろに、なんとか俺たちについて来ている榎、その榎のペースに合わせて柊がいる。二組の距離は、どんどん離れる。

「なぁ。これもう仕事なんじゃないか?」

 俺は走りながら、隣を浮いている天使に訊いた。

「そうだな。あーあ、俺、今日は榎ちゃんと楽しく遊ぶはずだったのに…」

「仕事なら、今朝の喫茶店代とか、今日の尾行でかかった費用は手当てが下りないのか?」

 嘆く天使の言うことは無視し、訊いた。

「あー無理…かな。天使の俺が払ったワケじゃないし、領収書みたいな証拠物がないと、高橋さんが認めてくれないから」

「ちっ。やっぱそうなるか」

 一応映画も食事も満足していたから、尾行にかかった費用の手当てはすぐに諦めた。それよりも彼らを見つけることが先決だと思い、走り続ける。

 走り続け、彼らを見つけた。

 心配してやってる人の気も知らないで、手を繋いで歩いている。

「いたな。んじゃ、俺は榎ちゃん達と見守ってるからな。がんばれよ」

 天使はそう言うと、俺が止める間もなく来た道を引き返して行った。後ろを振り返ると、榎たちの姿はまだ見えない。どうやら俺が一人で彼を別れさせるしかないようだ。

 仕方ない、と覚悟を決めて再び彼らの方を見ると、路地裏に入って行くところだった。

「おいおい…。人気の無い所に行って何する気だ…?」チューか?カツアゲか?

 彼から金を絞り取るために、あの女が妙なことをしないとも限らない。その妙なことが起こる前に、彼らのあとを追って俺も路地裏に入った。そこで彼らは抱き合っていた。

「んだよ、チューか。だったら悪かったか…?」

 抱き合っている彼らを見てどうしようか考えたが、狭い路地裏には隠れられる場所がないので、俺は堂々と存在をアピールするように、彼らの前に登場した。

「な…なによ、あんた?」ダークヒーローです。

 何を持ってお楽しみというかこの女の場合は分からないが、少なくとも彼にとってはお楽しみの最中だったであろうトコに現れた俺を見て、女は驚き戸惑っている。

「あれっ、キミは…?」

 彼は、俺に気付いたようだ。憶えていてくれても俺としては嬉しくも何ともないが、一応手を上げるだけの挨拶をする。もし顔に嫌悪感が出てしまっていたら、しょうがないことだと許してほしい。

「何、知り合い?」

 女が不機嫌さを隠さず、彼に訊く。

「うん。実は前に…」

「あーちょっといいか」

 と俺は、会話に割り込んだ。

 俺の紹介なんて、どうでもいいだろ。取り敢えず、彼を何とかしてこの女と別れさせないと。でも、なんて言ったらいいんだ…?

「あ~その…なんだ。お前らは付き合っているんだよな?」

 考えた結果、まずは確認作業から入ることにした。

「そうなんだ。僕、今この人と付き合ってて…」

「んじゃ次。お前らは幸せか?」

 彼が勝手にぺちゃくちゃ喋ると俺にとって不幸が訪れるかもしれないから、テキパキと確認作業を続ける。

「うん。幸せだよ。今日も彼女と…」

「そっちのお前は?」

 俺は女の方を指さして訊く。

「…もちろん幸せよ。てゆうか何であんたにそんなこと訊かれなきゃなんないのよ?」

 女は眉間のしわを濃くし、さらに不機嫌になった。

「なんでって…。幸せそうには見えないから…か?」それにしても幸せか…。たしかに『彼と付き合っていて幸せか』とは訊かなかったからな。もしかしたら彼の気持ちを弄び、金を使わせているのを、この女は幸せと言うのかもな。

「なんで今初めて会ったあんたがそんなこと判断できんのよ!」

「なんで、なんでってうるせぇな。んなの分かっちゃったからでいいだろ」ホントは榎が違和感を覚えたから尾行して、柊が〝読心術″を使って分かったんだけど。

「はぁ~。ワッケ分かんない。もう行こっ」

 俺の態度が気に食わないようで、女はご立腹だ。彼の手を引き俺を押し退けて、この場から退場しようとする。俺もその態度にご立腹しそう、つーか腹立ったので、手っ取り早く用を済ませたくなった。

「おい!お前はその女と付き合ってから、いくら貢がされた?」

 俺がそう言うと、彼らは足を止めた。女は俺の言い方にただ怒っているだけだが、彼の方は俺の言ったことに耳を傾けてくれ、考えている。

「そう言えば結構使ったかな…?」

「だろっ。ハッキリ言うとな、その女はお前のことなんか好きでもなんでもないんだよ」

 核心を衝く俺の発言に、彼は「えっ?」と戸惑い、女の方は怒り狂った。

「なんであんたにそんなこと分かんだよ!証拠でもあんの!」

「また『なんで』か…。まぁ証拠は無いけど、事実を見抜く目が俺にはあんだよ」柊っていう目が。

「なんの話よ…?」

 女の顔には焦りなのか戸惑いなのかが浮かび、怯んだようだ。

「残酷な話だよ。彼の純粋な好意を弄んで、仲間内で彼があんたに惚れるか賭けたり、彼の金目当てでデートしたりしている、酷いお前のお話。…正解だろ?」

「ふっ、ふざけんじゃないわよ!どこにそんな証拠があるってのよ!」

 取り乱した女が、訊いて来る。

「だから、証拠は無いって言ってんだろ。その代わり俺には事実を見抜く目があるって」

「ふっざけんな…」

 俺に殴りかかろうとでもしたのか、女は彼から手を離し、俺に近付く。しかし、その女の手は俺を殴るどころか、振りかぶることも無く、地面を触る。女は気絶していた。

「ハッ。美しくない女だね」

 俺の事実を見抜く目、柊が、倒れた女の後ろにいた。髪を高い位置で結んだ柊は、広げていた羽を閉じ、地面に降り立つ。彼は、いきなり現れた柊に一瞬驚いたようであったが、すぐに気絶して倒れた女に駆け寄った。

「つーか、やり過ぎだろ…。なにもその剣でやんなくても…」

「大丈夫だって。ちゃんと峰打ちにしたから」そういう問題じゃないと思うが…。

 女が取り乱す少し前、だいたい俺が『残酷な女のお話』をしている途中に、柊は飛んできていた。そして女が俺に近寄ろうとした瞬間に、女の背後から〝悪魔の剣″の峰打ちを喰らわせ、気絶させた。

「いいでしょ、別に。なんかあの女、見ててムカついたから」

「まぁいいけどよ。…つーか、早くその物騒なモンしまえよ」

 肩に〝悪魔の剣″を担いだままの柊に言った。俺にその大剣が見えているからと言って、彼にも同じく見えているとは限らないが、とりあえず用も無い武器を出したままでいる必要はないはずだ。しかし、俺の忠告は無視し、柊は大剣をいつものように背中に納めない。そして、女の心配をしている彼の方へ歩き出した。

「ちょっと待ってな。まだ斬らなきゃいけないモノが残ってるからさ」

 そう言うと、柊は肩に担いでいた大剣を構え直し、右手一本で振りかぶった。

「ちょっと待て。なにする気だ…?」

 俺の言うことには応えず、柊は彼の背後から、彼のことを斬った。今度は峰打ちじゃなく、刃の付いた方で斬った。迷いの無い一閃だった。彼は、女の隣に倒れた。あまりに突然のことだったので、俺は茫然としてしまった。

「あれっ。もう終わったの?」

 榎と一緒に遅れてきた天使が、倒れている彼と女を確認して言った。

「ハッ。来んのが遅いんだよ。もうアンタがやることは残って無いよ」

 そう言うと、柊は大剣を背中に納めた。

 柊が彼から離れ、遅れて来た天使たちの方へと歩き出したので、俺は、彼の生死を確認するために近寄った。斬られた時に血が噴き出すことはなかったから死んではいないと思ったが、しかし、彼は気絶しているだけで傷一つない。

「コレって…どういうことだ?」

 俺は柊に訊く。

「どういうことって…斬ったのよ。そいつの中にある、この女への未練を」

「ごめん。もう一回言うわ。どういうこと?」

「説明しよう。柊の持つ〝悪魔の剣″の能力とは…」

「なんでアンタが言うんだよ」

 結んでいた髪を解きながら、柊は天使の説明を遮る。そして、納めた〝悪魔の剣″を再び出し、それの切先を空に向けて右手で持ちながら、説明する。

「アタシの持つ〝悪魔の剣″はね、一言でいえば、何でも斬れる剣なんだよ」

「何でも…?」

 榎が首をかしげる。

「まぁ稀に斬れないモノもあるけど、大抵のモノは斬れる。しかも斬れるモノは、有体物に限らない。人間の理性や感情、斬ろうと思えばそういう形の無いモノも斬れるのよ。つまり所有者であるアタシの意思で、斬りたいって思ったモノを斬れるスゴイ剣なの」

 説明を終える時、柊は大剣の柄に軽く口付けした。

「なるほど。じゃあ、コイツの身体は斬らないで、コイツの中の未練だけをキレイに斬り取ったってことか?」

 俺の足元で転がっている彼を指さしながら訊く。たぶん彼が気を失い転がっているのは、斬られたショックか、感情を斬り取られたことの反動なのだろう。

「そーいうこと」柊は〝悪魔の剣″を納めた。「そいつ、そこの女に未練がありそうだったからね。お節介かもしれないけど、できればそんな女に未練なんか残さないでさっさと次の恋に生きて欲しくてね。今度はちゃんと、愛し愛される相手と…」

 憐れむというよりは悲しむ、そんな雰囲気が、柊にはあった。

 今の言い方やさっきの店での柊の反応からすると、柊は好きな人がいるっぽいな。いるとすると、相手は誰だろう?まさかこの天使ってことはあるまい。俺が探るように柊を見ていると、「なにっ?」と柊に睨まれた。

「なんでもねぇよ」

 柊を茶化すのは命がけになりそうだから、そう言って誤魔化した。



 何はともあれ、突然の天使の仕事は片付いた。休日出勤の手当てか特別報酬として、『尾行なんて遊びでするとロクなことが無い』という教訓を得た。

 転がっている彼らはどうしようか話し合ったが、彼はともあれ、女の方はほっとくことにした。そのついでに、彼もほっといて帰ろうとした。が、帰ることはできなかった。足を掴まれた。誰に?目を覚ました彼に。

「おい、放せよ!」

 俺が彼のことを蹴らない程度に脚を振ると、彼は謝りながら手を離し、立ち上がった。

「いや、ゴメン。ちょっと待って欲しかっただけなんだ」

 そう言う彼の顔は、見たことあるニヤついた面になった。ヤバい。

「なんか良くは覚えてないんだけどさ、また僕はキミに助けられたんだよね?」

「あ…ああ。気にすんなよ。じゃあな」

 俺がさっさと立ち去ろうと踵を返すと、彼に手を掴まれた。すぐに振り払った。

「あぁゴメン。でもさ、考えてみてよ。これって運命だと思わないかい。僕のピンチをキミは二度も救ってくれたんだよ」

 マジでヤバい。さっきの教訓は俺ん家の家訓として代々受け継いだ方がいいかも、そう思う位にヤバい。

「思わねえよ。ただの偶然だ。じゃな」

「僕と付き合ってください!」

 俺がさっさと立ち去ろうとして踵を返すよりも早く、彼に突然の告白をされた。

 ダメ元、もしくは勢い任せ、そんな告白だった。

 その様子を見て、榎は両手で口を抑え驚き、柊は気持ち悪いモノでも見るかのような蔑む眼をし、天使は大爆笑している。

「やだよ!つーかありえねぇだろ。俺はお前と違ってゲイじゃないんだ」

「大丈夫だって」何が?「一度付き合ってみてくれたら考えが変わるかもしれないだろ?というかキミは他に恋人いないだろ?」変わらねぇよ!つーか、他って何だ?お前は既に数に入ってんのか?つーか、いないって決めつけんなよ!

 あいつら三人の前でこんな屈辱を受け、その上当たってはいるが勝手に彼女がいないと決めつけられ、俺は憤慨していた。そりゃあもう、ものすごく怒っている。彼をぶん殴ってでもこの場を後にしたくなった。しかし、彼をいくら殴っても、彼はMらしい。だから、殴ってもそれは御褒美になる確率が高く、暴力的解決は望めない。

 どうしようか考えたが、一瞬で名案が浮かんだ。とても平和的解決策が。

「残念だが、俺には付き合ってるヤツがいるんだよ」

「「「「えっ?」」」」

 この場にいる俺以外の四人が驚きの声を上げた。

 俺としては一人、驚いて欲しくはなかったが、まぁいい。

「おい、榎!ちょっとこっち来てくれ」

「えっ!私?」だからお前は驚かないでくれよ…。

 榎は呼ばれるままに、俺の隣に来た。天使が行くのを止めようとしていたが、柊が天使を抑えつけてくれた。

「コイツが俺の恋人」

 彼に見せつけるように、榎の肩を抱き寄せて言った。なおも戸惑う榎に、耳元で小さく「演技してくれ」と頼んだ。

 榎は特に演技することも喋ることもないが、動揺してバレないよう努力してくれた。

「えっ…その子がキミの恋人?女だよっ?」当たり前だ。

「そうだよ、俺の恋人だ。俺はコイツが好きだから、お前の気持ちには応えてやれない。悪いな」いや、悪くない。

 彼は疑っていたが、キスして証明して見せろ 等と言うことはなく、しぶしぶ納得した。そして、「二度も、ありがとう。これ、お礼」と助けてくれた礼を言い、帰っていった。

「その人と別れたら言ってよ!」

 去り際に、彼が言った。

 もう二度と彼には会いたくない、心底そう思った。



「悪かったな、突然。ああでも言わないとあいつは引き下がらないと思ったからさ」

 俺は抱き寄せていた榎の肩から手を離し、言った。

「ううん!別にだいじょぶ。あの…お、お役に立てたみたいで」

 榎は顔を赤くし、テンパっている。どうやら、人を騙すことに緊張したらしい。

 俺は迷惑をかけた榎の頭をなでようと手を置いたら、自分の頭に衝撃が走った。柊に抑えつけられていた天使が解放され、俺のこめかみに天使の飛び膝蹴りが炸裂した。本当に飛んでいるヤツのいきなりの膝蹴りに、俺は吹っ飛ばされ、地面に倒れる。

「ってえな!何すんだクソ天使!」

 俺は頭をさすりながら起き上がり、怒鳴った。

「うっさい黙れ!なんであんなことしたんだよ!」

 天使は謝らず、俺を見下ろして指をさしながら言った。

 俺は立ち上がらず、座ったままで天使に言い返す。

「あの場合、俺が助かるためにはアレが一番だろ」

「なんで!いつもみたいに暴力的解決でいいじゃん!得意だろ」

「人聞きの悪いこと言うな!得意じゃねぇよ。それに、前に言ってただろ。彼はMだって。だから殴ったりしたら逆効果じゃねぇか」

「…じゃあ何で榎ちゃん?彼女役やらせんだったら柊でも良かっただろ!」

「柊だと、彼がいまいち信じないかもしんないだろ」

「あっ!聞きました柊姐さん。今 椿、姐さんが貧乳だから男みたいって言ってましたよ!」

「ちっ…違う!つーか言ってねぇし。俺はただ、ボーイッシュだからって意味で言ったんだよ 柊姐さん!」

「……アンタら…そこ、動くなよ」

 俺が必死に弁解しようとしているのに、柊姐さんは聞く耳を持たない。背中の〝悪魔の剣″を再び構え、俺たちの方に迫ってくる。

「「うおぅっ!」」

 柊は、俺と天使、両者を一気に斬るかのような勢いで、剣を振った。峰打ちではなく、刃の付いた方を向けて。

「なんで俺も斬ろうとしてんの?」

 天使が柊の一撃をかわし、空に逃げると言った。

「アンタがアタシをバカにしたからだよ!椿より楸、アンタの方が罪が重い…!」

 そう判決し、浮いている天使を断罪すべく、柊は羽を広げた。

「楸の次はアンタだからね。そこで待ってな!」

 俺に向かってそう言い残し、柊は飛び立った。

 羽を広げて追いかける堕天使と、羽を出さずに浮いて逃げている天使の、命をかけた追いかけっこが始まった。かける命は天使の一個だけだが。

 斬られまいとする天使は、驚くほど速く逃げていく。路地裏を出て行った二人のあとを追いかけてみたが、その時には既にどちらの姿も見えなくなっていた。

「…どうする?榎。 帰るか?」

 天使が斬られたら次は俺の番らしいから、あいつが逃げ続けているなら俺にとっては好都合。柊が戻ってくる前に、天使が時間を稼いでくれているうちにここから逃げよう。そろそろ日も暮れそうだし。

 しかし、俺が声をかけても、榎の返事は無かった。まだ、若干呆けているようだ。

「おい、榎!」

「はいっ!いや、あの…いいです。じゃなくて帰るか?おお?」

「…おお」

 まだ正気に戻ったとは言えない榎を連れて、駅に行く。

 彼に礼として握らされたモノをその場ですぐにポケットに入れたことを思い出し、ポケットから出してみる。それは、帰りの分の電車の切符だった。彼は往復券を買っていた。あの女に買っていた分をくれたのだろう、一枚だけだった。俺はその切符を榎に渡し、自分の分の帰りの切符を買う。

 帰りの電車は空いていたので、座ることができた。電車に揺られながら、結局あの女の分の帰りの電車賃くらいも救って無かったのではないかと気付いた。でも、その切符はあの女の物にはならなかったし、いいか。

 最後まで俺の思い通りに動かず、俺に迷惑だけかけた彼に、心底腹が立った。この怒りはどうやってぶつければいい?彼はMだから、殴ったりしては逆効果。だからといって、放置しても喜ぶかもしれない。つーか、彼には二度と会いたくない。

 俺は駅に着くまで考えたが、答えは出せなかった。


     楸 Ⅱ


 長っ!

 楸さんパートが短いのはいつものことだけど、今回は短すぎでしょ。というより、一回の椿パートが長過ぎ。

 ったく、ワケ分かんないよ。俺だって百貨店にいた時に一回くらいモノローグやりたかったっての。ゲーセンにいた時とか、服屋にいた時とか、チャンスはあったよね。

 それにしても、昨日は危なかったな…。予想以上に柊は速かった。俺が本気を出しそびれて柊に追い詰められた時に、ちょうど柊の体力が切れて助かったよ。じゃなかったら、たぶん斬られてた。お~怖っ。電池の切れたおもちゃみたく動けなくなった柊にはちゃんとアメあげて謝ったし、もう大丈夫だよね。

 とまぁ、ここで愚痴ったり怯えたりしてもしょうがないし、気持ちを切り替えて、ちゃんとモノローグしよう。そう決意をし、尾行をした翌日の今日、俺は高橋さんの部屋に向かって廊下を歩いている。これでいい?

 高橋さんの部屋って言っても別にあの人のプライベートな部屋や個人事務所などではなく、天使の仕事をするために『天使の館』という建物の中にある、高橋さんに割り当てられた、俺たちの部屋だ。高橋班の部屋と言ってもいい。

 今日は月曜日なので、椿に報酬として週刊誌を届けなければいけない。俺は、高橋さんからそれを受け取るために、高橋さんの部屋に向かっている。

「コンコンッ。失礼します。この前助けてもらった狐です」

 俺がお茶目なひとボケをしたのに、ツッコミがない。ツッコミをするはずの高橋さんがいないからだ。

「あれっ?なーんでいないの高橋さん?」

 部屋を見渡しても高橋さんはいない。いつも椅子にふんぞり返って座っている、ドアに向かって窓を背負うように置かれた高橋さんのデスクに、高橋さんはいない。俺と柊、あとは予備で二つある、部屋の両脇に二つずつ置かれた部下用のデスクにも当然いない。部屋の中央に置かれためったに来ない来客用のソファーに寝てもいない。ドアの横にある姿見に映っているのはイイ男。あ、俺だ。

「どーこ行ったんでしょ、あのオヤジは…」

 高橋さんのデスクから見て左側の壁に置かれている戸棚の中も探す。酒やコーヒー、コップや皿などの食器類と一緒におせんべいがあったが、高橋さんはいない。紛らわしいから、俺はおせんべいを処分する。美味い。

 おせんべいを食べたらノドが渇いたのでお茶が欲しくなった。戸棚から、急須と茶筒と湯呑茶碗を出し、電気ポットに水を入れて沸かす。沸くのを待つ間に、急須にお茶っ葉を入れる。お湯が沸いたら急須にお湯を入れ、少し揺すってから湯呑に注ぐ。自分のデスクは少しだけ物が溢れているので、高橋さんのデスクにおせんべいと湯呑を運ぶ。来客用のソファーよりもコッチの椅子の方が座り心地がいいから。

「ん。なんだ、あるじゃん」

 よく見ると、高橋さんのデスクの上には椿の報酬の週刊誌が置いてあった。その上になんか書いてある紙も乗っている。俺はいつもの高橋さんのように椅子にふんぞり返ってお茶を飲みながら、その紙を読む。それは高橋さんから俺宛の置き手紙だった。なになに…。

『俺は所用で外出している。椿の報酬は置いとくから、さっさと届けに行けよ』

 所用って、どうせ遊びだろ。五十嵐さんの所でまた昼間っから呑んでるんだよ、きっと。

『ちなみに、五十嵐の所で呑んではいない。変な勘繰りすんな』

 げっ、ばれてるよ。

『あとな、これは忠告だ』

 ん?忠告?

『見ているだけでもいいから、見て見ぬふりはすんな』

「…どういう意味だ、コレ?」あ、裏にも何か書いてる。

『どういう意味かって言うとだな…』

 だから、何で置き手紙で会話になるんだよ!人の思考を先読みすんなよ。

 んで、なんだって?

『どういう意味かって言うとだな、後悔はすんなってことだ。嫌なことでも、後悔したくなかったら立ち向かえ。じゃ、報告楽しみにしてる。 追伸 使った湯呑は洗ってからいけよ。 高橋』

 気持ち悪いくらいお見通しだな…。

 紙にはもう何も書いていない。結局意味が分かんなかったけど、俺宛の手紙ではあるから、浴衣の袖口に入れておく。ついでに椿の週刊誌も。

 俺はモヤモヤしたまま、自分の使った湯呑を洗う。そして、おせんべいとお茶セットを戸棚の元あった位置に片付ける。散らかしたままだと、高橋さんに怒鳴られるから。

「あ~。そゆことか」

 部屋の片づけをしていたら自分の頭の中も片付いたようで、高橋さんの置き手紙の意味が分かった。分かったからには早く椿の所へ行こう。

 俺は、来客用のテーブルに器に盛られて置かれているチョコを一掴み貰い、高橋さんの部屋を後にした。


     椿 Ⅱ


 月曜日の午後、『報酬を渡すから、駅に来い』と天使からメールが来た。駅まで行く意味が分からなかったので、俺は『いつもの公園でいいだろ』と返信したが、それについての返事は来なかった。

 天気が良いし週刊誌が俺を待っている、そう自分に言い聞かせ、しぶしぶ駅まで行くと、そこには棒付きのアメを咥えた天使がいた。アメを舐めているはずなのに何か食べていると思い近付いて見ると、一粒ずつ袋に入ったチョコレートを食べていた。

「おい。アメかチョコかどっちかにしろよ」

 声をかけると天使は俺に気付いた。

 アメとチョコをダブルで食べる天使の口にばかり目が行っていたので気付かなかったが、天使の手には俺の報酬の週刊誌が無い。

「俺の週刊誌はどうした?」

「………」

 天使は何も言わず、不機嫌そうに俺のことを見る。

 いつもと様子が違うと思って見ていたら、天使が口を開いた。

「交換条件だ!」

「はぁ?」

「お望みの週刊誌は俺の懐の中。コイツが欲しかったら言うこと聞きな」

 天使の上からな態度に腹が立ち、俺は天使を蹴ろうとしたが、かわされた。

「…条件ってなんだよ?」

「聞きたいか?教えてやんな~い」

 天使が舌を出し、尻を叩いて俺を挑発した。そして、天使が後ろを向いて油断した一瞬を俺は見逃さなかった。天使の首を絞めることに成功した。

「もう一度だけ訊くぞ。条件って何だ」

「…はひ。言います。だから放して」



 大人しくなった天使をヘッドロックしながら駅前に置いてあるベンチに座らせた。俺は天使の前に立ち、条件とやらと、何故こんなバカなことをしたのか訊いた。いくらバカのしたこととはいえ、理由はあるはずだ。バカがバカなことをするバカなりのバカな理由が。

「あのですね。条件ってのは、昨日、俺が取り逃したミニドラムセットを取るの、手伝ってほしいな~って思ってね」

「ミニドラムって言うと、あのゲーセンのか?」

「イッエース!」天使がしおらしくしていたのは一瞬だった。「実はね、高橋さんに言われたんだよ」

「ミニドラムセット取って来いってか?」

「うんにゃ、違う。高橋さんに言われたのは、見て見ぬふりをして後悔するなってことだニャー」

 天使は開いた両手で猫のヒゲを作って言った。

 天使のちょくちょくふざける説明に腹が立ったが、我慢して聞いた。どうやら、高橋さんの所へ行った時に置き手紙で忠告されたらしく、それがゲーセンの景品を諦めるなという内容だったのだそうだ。ホントか?

「俺だって椿に頼むのは癪だけど、高橋さんが嫌なことでも後悔したくないなら我慢しろって言うからさ」

 天使は反省態度を崩し、ベンチに寝そべっている。

「あっそ。だったら我慢しないで自分の力でやったらどうだ?」

「冷たいコト言うなよ~。椿、UFOキャッチャー巧いだろ」

「…まぁな」

「だからさっ。その腕を見込んで頼むよ」

 どうしような。UFOキャッチャーのこととはいえ、誉められたら悪い気はしない。それに、寝そべったままとはいえ天使が俺に頼むとは。

「…交換条件だって言うんだからしょうがねぇよな。行くか」

「マジで!さっすが椿。じゃ行こう」

 そう言って天使は起き上がり、駅のホームに向かって歩き始める。

「ちょっと待て。わざわざ昨日のトコ行かなくても、こっから近いゲーセンに行けばいいだろ。そこにだってあるかもしれない」

「なんだよ~。それならそっちに早く行こうぜ」

 天使が引き返してきた。

 俺は天使を先導する形で、駅の近くのゲームセンターに向かって歩き始める。



 駅からゲームセンターまで近くはないが、かといってバスやタクシーを使おうという距離でもない。俺と天使は少しでも近い道で行くために、表通りではなく裏道を行く。

「こっから近いんだったら榎ちゃんも誘えば良かったな」天使が言った。

「また柊だけ呼ばないと怒られんぞ」

「そうなんだよな~。あれで柊も寂しがり屋っていうか、めんどくさいから」

「そういえば、アイツ。俺が前におぶった時に『キャッ』て言ってたぞ。意外だよな」

「うっわぁ~。にあわねぇ~!」

 取り留めのない話をしながら歩いていたら、「あーっ!あいつだよ!」という女の大声が聞こえた。今話題に上がっていた柊のではなく、どこかで聞いた品の無い声が。

「なぁ、椿。なんか騒がしくないか?この辺に有名人でも来てるんじゃね?」

「有名人がこんな人通りの無い裏道来るかよ」

「バッカだな~。お忍びで来てるんだよ。マネージャーの目を盗んで、テレビの中の作られた自分じゃない、本当の自分探しに来てんだよ」

「……いや、違うっぽいぞ」

 騒がしいのは有名人目当てだからではなかった。

 どうやら、お目当ては俺達らしい。

 俺と天使は、いつの間にか囲まれていた。

 ヤンキーなのかチンピラなのか分からないヤツ等。年齢も俺と同じくらいのヤツや高校生くらいのヤツ、年上かもしれないヤツがいてまとまりがない。持っている物にしても、何も無いヤツもいれば、鉄パイプなんて物を持ってるヤツもいる。ハッキリ分かることと言えば、明らかに俺たちを敵対視しているということだけだ。

「なぁ椿」

「ん?」

「今心底、榎ちゃん呼んでなくて良かったって思ってるよ、俺」

「奇遇だな。俺もだ」

 よく見てみたら、俺たちを囲む二十人弱のクソ共はほとんどが男だが、二人だけ女がいることに気付いた。そしてその女の顔は二つとも、俺の見知ったものだった。リーダー格と思われる男の脇にいる顔二つ。一つは昨日、彼から別れさせたあの女だ。さっきの品の無い声は最近聞いたと思ったら、あの女の声だったのだ。その品の無い耳障りな声がまた響く。

「そうだよ!あのダッサいニット帽。間違いないって」

 ダサいニット帽?だったら俺じゃないな。誰だ?

「オメェだよ!」俺がキョロキョロしていたら、リーダー格男かくおが声を張り上げた。「つか、もう一人はどこ行った?」

 ダサいニット帽とは心外だが、それよりも天使の姿がこいつ等に見えていないことが気になった。横にいる天使を見ると、俺の頭くらいの高さに背後霊のように浮いていた。

「あー。アイツは消えたよ」

 誤魔化して説明するのも面倒だったので本当のことを教えてやったのに、「ワケわかんねぇこと言ってんな!」と怒鳴られた。

「ホントだって…。つーか、そっちの彼女。久しぶりだな」

 リーダー格男の脇にいる、もう一つの見知った顔は、最初に仕事をした時に、俺が彼を救うために殴った勘違いピストル女だった。

「せっかく俺が愛の鉄拳で更生させてやろうと思ったのに、まだこんな連中と付き合ってんのか。それともこんなに大勢でお礼に来てくれたのか?」

「バーカ!なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」いや、意味は分かるだろ。

「俺もそれは違うと思うぞ椿。これはそんな穏やかな感じじゃない」分かってるよ。冗談だろ。

 俺の気持ちも冗談も分からない、リーダー格男と天使が言った。

 俺だってバカじゃないから、俺が今置かれている状況くらいは分かる。これはきっと復讐とかだろう。

「いきなりでワリィけど、これは復讐だから!」ほらやっぱり。「俺の仲間が、真剣に恋愛しているところを、ワケわかんねぇヤツに邪魔されて怪我までさせられたっつてよ。こりゃ黙ってらんねってことで来た次第だよ」

 リーダー格男はご丁寧にそういう次第だったことを教えてくれた。

「いや、誤解だよ。たしかにそっちの女は殴ったが、そっちの女は殴ってない。つーか怪我してねぇだろ」

「なにワケわかんねぇこと言ってんだよ!」いや分かれよ。

 リーダー格男は聞く耳を持たないのか、それとも理解する頭がないのか、会話が成り立たない。会話が成り立たない以上、人間らしく話し合いで解決とはいかなそうだ。

 仕方ないので、この現実を受け入れ、状況の整理をしよう。

 俺と天使は今、会話もできないクソをリーダーに持つクソ共二十人弱に囲まれている。何故囲まれているかと言うと、復讐だと、さっきリーダー格男が言っていた。では何の復讐か。たぶんクソ女二人の復讐だ。一人は勘違いピストル女。こっちは彼との架空の別れ話がもつれていて彼と心中しそうだったので、彼を救うために仕方なく俺が殴った。今思えば、あの時のピストルはここにいる悪い連中の誰かに調達してもらったのだろう。もう一人は昨日の女。こっちは彼の真剣な恋心を弄んでいて、金まで騙し取っていたので、柊が〝悪魔の剣″で峰打ちをして気絶させた。つまりこっちの女に関して俺は復讐される理由が無い。つーか、どっちも彼が絡んでいる。ホントに迷惑なヤツだ。

 おそらく、勘違いピストル女とこの連中の繋がりが派生して、昨日の一件と繋がったのだろう。私のことフッたゲイの男がいるから復讐したい、的な感じで。

「で、どうするよ。なんとかして早くゲーセン行こうぜ~」

 姿を消した自分には危険が無いからといって、天使は暢気なことを言う。しかし、俺も天使の考えに同感なので「すんませーん。俺忙しいんだけど、もう行っていいですか?」と訊いてみた。

「いいワケねぇだろ。ワケわかんねぇこと言ったんじゃねえ!」今のはワケ分かってたくせに。

 会話もできない上に、ここから立ち去ることもできない。ではどうするのか?

 答えはリーダー格男が出してくれる。

「テメェなめてんな!もういいわ…。テメェら、やっちまえ!」

 そのリーダー格男の号令で、他のクソ共が動き出した。

 俺は〝願いを叶えやすくする力″を発動すべく、一瞬でイメージする。アニメでよく見る乱闘シーンを思い出し、あのように立ち回りたいと願う。

「うわっ、来たぞ椿。頑張れよ」

 天使はそう言い残し、さらに高い所へ避難した。

 天使を見送っていると、俺の背後から一人、分かりやすく大声を出して近付いて来た。たしか俺が見たアニメでも最初は背後からの一撃だった。俺はそいつの右ストレートをかわし、腹に思いっきり膝蹴りする。次は、横からの攻撃。鉄パイプを持ったヤツがそれを振りかぶったので、すぐに間合いを詰め、がら空きになったアゴを殴る。今度は、似たように鉄パイプを持ったヤツが来た。気付いた時にはもう振り降ろそうとしていたので、それを相手の左側によけ、そいつの腹を左手で殴る。んで、次は…あれ?

 どうすりゃいいんだ?



「へっ。捕まえたぜ」捕まっちゃったぜ。

 最初のヤツを倒して、その後も5~6人倒した。だが、その途中からは巧くイメージして動けず、その場しのぎのように闘っていた。そのせいで、何発か殴られた。そうしたらこの様だ。後ろから近づいてきたクソ野郎に羽交い締めにされた。

「よくもやってくれな」もうちっとやってやるつもりだったんだけどな…。

 リーダー格男は、余裕の笑みを浮かべていた。

 羽交い締めされて動けない俺に見せつけるように、鉄パイプを持ったヤツはそれを手にパシパシあてていて、リーダー格男はナイフを取り出した。ピストルじゃなくて良かったとは思うが、できればアレ等もお断りしたい。

 試しにもがいてみる。しかし、疲れた俺の力が弱いのか、単純に俺を抑えるヤツの力が強いのか、全然逃げられそうにない。

「へっ。動けねぇだろ。じっとしてな!」

「へっ。そうみたいだな」

 俺が強がって笑ってみせると、俺を捕まえているヤツは、胸糞悪い笑みを崩し、不機嫌になった。

「コイツ、早くやっちゃいましょうよ」

 俺を捕まえているヤツが言った。

 ヤバいな…。病院行きは決定かな。保険証どこ置いてたっけ?失くしてたらヤバいな。つーか、これで榎が泣いたりしたら、それがいちばん面倒だな…。

 この状況から逃れる術はない、俺が覚悟を決めた時、頭に衝撃が走った。しかし、それは鉄パイプ等で殴られたからではなく、俺の後ろにいる俺を捕まえているヤツのデコが俺の後頭部に当たったからだった。羽交い締めにしているヤツの役目は俺の確保だけじゃないのか、と注意しようと思ったら、そいつは俺の確保役もヤル気を失くしたようで、締まりが緩くなった。俺は動くようになった右の肘をそいつの鳩尾に入れる。あっけなく、そいつは倒れた。

 確保役が倒れると、他のヤツは動きを止めた。自由になった俺にビビって怯んでいる。そう思ったが、実際は違うようだ。

「しゃーねえな。苦戦しているみたいだから楸さんが手伝ってやるよ」

 天使が俺の横に降り立った。

 他のクソ共は俺じゃなく、いきなり現れた天使に驚いただけだった。


     楸 Ⅲ


「うわっ、来たぞ椿。頑張れよ」

 俺は椿に激励を残し、高みの見物をさせてもらうことにした。俺は暴力が苦手だから。

 そして、復讐と言う名のケンカが始まった。

 椿の後ろから素手で殴りかかったヤツも、鉄パイプを持って殴りかかったヤツも、みんな椿の一撃で倒れていく。椿って結構ケンカ強いな。〝願いを叶えやすくする力″を使っているんだろうけど、それにしてもやるな。アニメか格闘ゲームでもイメージしてんのかな。

 けど、せっかく俺が感心していたのに、椿が押され始めた。まぁ俺としては予想の範囲内だけど。椿はイメージをもとに動いている分、その通りになれば爆発的な力も出せるが、一方で予想できないことが起こった時や頭がついて行かない時、その力は弱くなる。たぶんアニメやゲームで『闘うこと』はイメージできても、実際にケンカした経験はほとんどないのだろう。どんなに主人公だとか言ってても、普通の男が普通に生活していて、ケンカはともかく、今のような危機的状況はなかったはずだ。だから一対一のケンカならまだしも、こういう一対多のケンカで、今の椿じゃ勝てない。

「あ~あ。捕まっちゃったよ、椿…」

 椿は7人目の顔を殴り飛ばした後、背後から近付いたヤツに羽交い締めにされた。残りのヤツ等十人くらいに囲まれている。

 まったく。きったねぇヤツ等だな。椿一人を相手に大勢で寄ってたかって。その上、さらに武器も出すのか。

 どうやら椿は動けないらしい。相手の武器を見て、ただもがいている。

 ……どうしよう…。

 俺は、暴力はもう嫌だ…。だけど、椿がヤバい。

 どうすればいい?

 頭を抱えても、何も思い浮かばない。

 クソッ!どうするっ!

 どうすりゃいい…!

「………あぁ。こういうことかよ、高橋さん」

 俺はふと、高橋さんの置き手紙のことを思い出した。

 紛らわしい置き手紙書きやがって。なにがミニドラムセットを取って来いだよ。

 高橋さんは〝先読み″して、この状況になることを知っていたんだ。それで、あの置き手紙をくれたんだ。俺が後悔する選択をしないように、って。

「何が、見ているだけでもいい…だよ。高橋さん…」

 こんなの俺は見たくない!

 俺は高度を下げ、椿を羽交い締めしているヤツの後頭部を蹴った。下駄で威力は上がったと思うが、俺の脚力じゃ気絶させるまではいかない。その時、動けるようになった椿の肘が相手の鳩尾に入り、そいつは倒れた。

 ふぅ~っ。まぁまぁかな。

 さて、ピンチを救った後は、カッコイイ登場だ!

「しゃーねえな。苦戦しているみたいだから楸さんが手伝ってやるよ」

 俺は椿の横に降り立った。

 視覚防壁は解いて、この場にいる全員に俺の姿が見えるようにした。案の定、突然現れた俺に驚いて、相手は怯んでくれた。

 それじゃ、覚悟を決めようか。

 ふーっと息を吐き出したら、舐め終えたアメの棒が口から飛んで行った。


     椿 Ⅲ


「しゃーねえな。苦戦しているみたいだから楸さんが手伝ってやるよ」

 さっきまで上空に逃げて、高みの見物を決め込んでいた天使が、俺の横に降りてきた。

 地面に立っているってことは視覚防壁を解いているのかと思い、俺達を囲むクソ共の方を見ると、やはりそのようで、天使のいきなりの登場に驚き怯んでいる。

「って…テメェ!最初に消えた浴衣のヤツだな!どこに隠れてやがった!」

「ん?…空」

 リーダー格男の質問に、天使は空を指さしてまで教えたのに、「ワケわかんねぇこと言ってんじゃね!」と、やはり信じない。

「なんだ、あいつ。さっきから見てたけどまともに会話もできそうにないな」

「…だろっ」

 俺は羽交い締めにされ凝り固まった肩を回す。

 幸いなことに、クソ共は怒り任せに襲いかかってくることはなかった。正体は人間ではない、急に消えたり現れたりするヤツを警戒しているのだろう。

「大丈夫か?椿。 だいぶお疲れに見えるが…」天使が薄ら笑いながら訊いてきた。

「あ?別に問題ねぇよ」

「嘘つけよ。俺が助けに入んなかったら確実にお前、やられてただろ」

「やっぱりさっきのお前か!つーか、だったらもっとウマくやれよ。俺にまでダメージ与えてんじゃねぇか!」

「楸さんに助けてもらったくせに、贅沢言うなよ!」

「うるせぇよ」

「何ごちゃごちゃ言ってんだ、ゴラァ!」

 俺と天使が言い合っていたら、しびれを切らしたリーダー格男が怒鳴って来た。なんか前にも似たような事があった気がする。たしかその時も今と同じで、最初は威嚇だけだったな。

「ちょっと待ってろよ!今から作戦会議だから」

 天使がクソ共に言った。

 クソ共はごちゃごちゃ喚いているが、どうせまだ威嚇だけだろうから無視しておこう。

 俺達は、向き合ったままで作戦会議とやらを始める。

「作戦ってなんだよ?」

「ん。今回は時間が無さそうだから、俺のアイディアでいくぞ。苦情は受け付けないから、そのつもりで」

「分かったよ。何でもいいから早く言え」

 俺が素直に天使の作戦にノる意思を示すと、天使はニッと笑った。

 そして、俺のデコに人差し指を突き刺す勢いで触れた。

「ってーな。なにすんだよ!」

『何って、既にお馴染だろ。テレパシーだよ』

『テレパシーくらい分かってる』

 天使の持つ唯一の天使の資格。それが〝テレパシー″だ。そして今やっているのは、お互いのオデコに触れて見えない線を繋ぎ、有線状態で双方向コミュニケーションが可能になるテレパシー二級の能力。既に数回、俺はこの状態を経験しているので、どの程度で相手に考えが伝わるのか、その加減が掴めている。コツさえ掴めれば、不用意に考えが天使に漏れることはない。

『俺が訊いてんのは、これでどうすんだってことだよ!』

『わかってないなぁ。ケンカ慣れしていない椿の経験不足を、俺が補ってやるって言ってんの』

『はぁ?』

『…バカの椿に分かりやすく言うとだな、マンガとかだとよくあるだろ、俺の背中は任せるぜってやつ』

『それを今からやるってのか?つーか、お前も闘うのか?』

『やだよ。楸さんは暴力とかNGなの。その代わり、マンガとかよりもサービスするよん』

『サービス?』

『ああ。俺は天使だから、飛べるだろ』

『飛ぶって言うより浮いてるけどな、いつも』

『黙って聞けよ。いいか。俺が上から、椿の背中だけじゃない、全方向のサポートをしてやるよ。こんな風にな、右!』

『右?』

 俺が天使の言った通りに自分の右側を見ると、途中から黙って向き合っているだけの俺たちの態度にしびれを切らしたクソの一人が鉄パイプを俺の頭めがけて振ってきた。俺は咄嗟に身体を半歩退いて、それを避ける。触ったニット帽がずれているくらいだから、かなりギリギリだったはずだ。

『あっっぶねぇじゃねえかよ!』

 俺は、俺の頭を狙ったクソの腹を蹴り飛ばしてから、天使に向き直り、言った。

 今のクソの攻撃は、個人的な判断でやったらしく、リーダー格男はまだなにも指示を出さない。よっぽど天使を警戒してくれているのはいいが、その前に手下の統率くらいちゃんとやってほしい。

『そりゃ危ないだろ。暢気に確認なんかしちゃってさ』

『はぁ?』

『俺の言った通りに動けば、それでいいんだよ』

『さっき、右ってしか言ってなかったぞ!』

『だってそれで分かるかなって思ったんだもん』

『もん、じゃねぇよ』

『うーん。でも例えるならさ、そんな感じだろ。昨日のゲーセンで俺がやったドラムのゲーム覚えてるだろ』

『ああ。ヘッタクソだったな』

『うるさいな~』

「おい、いつまで黙ってんだよ!オメェさっき忙しいって言ってたよなぁ!だったら早くかかってこいやぁ!」

 リーダー格男が言った。どうやら、不用意に自分たちから動くのは危険だと判断し、こちらを挑発しているようだが…。

「っせぇ!今まだ作戦会議中だ!黙って待ってろ!」

 俺の注意を無視し、リーダー格男と他数名のクソが何か言い続けているが、無視しよう。

『んで、ゲームがなんだって?』

『あ、ああ。ドラムゲームの近くにあった、画面上に出て来る矢印通りに脚元のパネルを踏んで踊るゲームがあったの気付いてたか?』

『いや。でもそのゲームなら知ってる』

『そんな感じでいこうぜ。俺の指示で椿が踊る、みたくさ』

『はぁ!ざけんなよ!なんで俺が踊らされなきゃなんねぇんだ。そのアイディアはいいとして、俺はお前の指示をたまに聞いてしょうがなく動くが、そのサポートをしながら、お前がタコ踊りでも何でもしてればいいだろ』

『なんで楸さんが踊らないといけないんだよ!どう考えてもこの場合、踊るのは椿だろ!』

『ふざけんな。俺は踊らねぇ』

『俺だって踊らないよ。椿が踊れよ、それはもうマリオネットの如く』

『マリオネッ…つーか、踊るってなん…』

「おいっゴラァ!さっさとこいやぁ!ビビって動けねぇのか!」

 大事なところで、リーダー格男は一際大きな声で挑発してきた。

「うっせぇな!まだ作戦会議中だって言ってんだろ!」

 俺は、再三の注意をする

 が、「っざけんなゴラァ!」と言葉が通じない。

「ちっ。うるせえな」俺のイライラは、頂点に達した。「だったらテメェが踊るか…!」

「ははっ」天使が笑った。「それイイな、椿。そうだよ。あいつらに踊ってもらおう」

「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」

『さて。どうやらアイツ等はご立腹だ。気を付けろよ、椿』

『フンっ。お前こそしっかりリードしろよ。ドラムの時みたいに走り気味でもいいが、遅れたら一発でゲームオーバーな』

『そっちこそ。楸さんのリズムに乗り遅れるなよ』

『うっせぇよ』

『んじゃ、やるか』

『おう』

 天使は新しいアメを咥え、グシャグシャと頭を掻きむしった。

 俺は、動いていて目が隠れないように、ニット帽の位置を直す。

『『レッツ・ダンス!』』

 俺たちの開始合図に合わせるように、リーダー格男の号令でクソ共も動き始める。さすがに待てなくなったのか、それとも天使の笑いが気に障ったのか、勢いよく襲いかかって来た。しかし、また消えた天使に驚き、動きが鈍った。俺はその一瞬をつき、一番近いヤツを殴り倒す。

 消えた天使は、俺の背後霊のようになって浮いている。そして、そこから天使は指示を出してくれるので、俺はその指示通りに動く。今までに俺が見てきたマンガやアニメでは、闘わないヤツ、それも天使に背中を預けるなんてシーンは見たことが無かったのでイメージがしづらい。しょうがないので、遠くから狙いを定めているスナイパーが情報を逐一くれる様な、そんな「頼れるパートナーを得た強い主人公」をイメージし、自分をそれに重ね、そうなりたいと願う。それでもやはり、イメージするのは難しい。

『つーか、もうちょっとまともな指示くれよ』

 目の前から鉄パイプが降り降ろされたので、それをかわし、その鉄パイプを持ったヤツの頭を掴んで、そいつの顔に膝蹴りする。

『なんでさ。完璧な指示だろ。その証拠にさっきとは動きが全然違うぞ』

『うるせぇ。指示ないんなら、別の形で協力しろよ』

『それが人にものを頼む態度か。ったく。暴力は嫌いなんだけど、しゃーねぇな。…ほれ、後ろに回し蹴り♪』

 天使の言う通りに後ろに回し蹴りすると、躓いたような、背後からよろけて近付いてきたヤツの腹に蹴りが入った。よろけたヤツの数歩後ろで、天使がしゃがんでいるところをみると、足でも引っ掛けたのだろう。

『ナイスキック♪』

 そう言うと、天使は再び浮いて、俺の後ろに戻って来た。

『なぁ椿。こういう時、主人公って笑うんじゃないのか?』

『ははは。これでいいか。つーか、闘ってる最中は笑えねぇよ』

『そかそか。おっ、椿のパンチが弱いから起きてきたヤツもいるぞ。ほれっう・し・ろ♪』

『おう!』

『ナイスパンチ♪じゃ、一気にラストスパート。テンポ上げていくぞ。ノリ遅れるな』

『フンッ。上等だ』



 天使の僅かな助力を得た俺の大活躍で、ほとんどのクソ共は地面に倒れている。残ったのは威勢ばかり良くて何もしてこなかったリーダー格男と、女二人だけだった。

『いや~初舞台にしては巧くいきましたな。それもこれも座長の楸さんのお陰ですよ』

 自分の役目はもう終わったと判断した天使は、暢気に一人芝居を始めた。

『俺…楸さんの指示が無かったら、この初舞台…何にもできなかったよ』『気にするな。それが俺の仕事なんだからな』『楸さん…』『さぁ顔を上げて。俺の胸に飛び込んでこい!』『しゅーさーん!』

『うっせえ!いい加減テレパシー切れよ』

『はいはい。せっかく俺が次の指示を示してやってんのに』

『だれがそんな茶番 演じるかよ』

 ブチッ

 天使はテレパシーを切った。そして、ゆっくり降りて来て、俺の横に立つ。

「ひぃっ」

 他のヤツにも姿が見えるようにしたらしく、残った三人が天使を見て怯えている。

「それで、この後はどうすんだ? 椿」

 天使が訊いてきた。

「どうするもなにも、ゲーセン行くんだろ?」

「そうだけど、俺が訊いてんのはあいつ等のことだよ」

「…そうだな。めんどくせぇけど、落とし前はつけなきゃなだよな」

 天使が言うあいつ等は、女がリーダー格男を挟んでまとまり、壁に背をつけて震えていた。こんなヤツ等を殴るのは気が引けるっつーか、もう手が痛いから殴りたくない。

 俺は両手をポケットに入れたまま、三人に近付く。

 そして一発壁を蹴って脅した。

 今のこいつ等にはそれで充分効果があり、へなへなと崩れ、地面に尻をついた。

「ひぃっ。あの…スンマセンでした!」

 リーダー格男は半泣きで土下座した。両隣りの女どもも土下座はしないが頭を下げて謝罪の意を示している。しかし、俺のトレードマークをバカにした罪は重いので、代表としてリーダー格男の頭を踏みつけデコをさらに地面にこすり付けた。

「っぐ…。スンマセン…許してください」

「別に俺も鬼じゃねぇから許すけど…」

「やってることは鬼畜だけどな」

 後ろから天使が茶化してきたので、俺はリーダー格男の頭から足をどける。

「そこの女二人はそれぞれ、これで俺の手を煩わせたのが二度目だから、よく覚えておけ。三度目はこんなもんじゃ済まねぇぞ」

「え~。三度目はどうなるんですか~?」

 俺が不器用ながら脅しているのに、暢気なトーンで質問された。もちろん天使に。

「知るかよ。テメェらで考えろ。んで、その時をイメージして、せいぜい想像の中で震えてろ」

「は…はい!」

 俺の許可も無く勝手に頭を地面から離したリーダー格男は、大きな声で返事した。

 その返事の良さに免じて、勝手に頭を上げたことは不問にする。リーダー格男の隣で、女二人も口を一文字に結んだまま何度も頷いているし。

「んじゃ、この辺の後片付けはお前らでやれよ」

 俺の指示に三人とも、無言で頷いた。今なら何を言っても聞いてくれる気がするが、特にやってもらうことはない。こいつらがバンソウコウや包帯を携帯しているような人間にも見えないし。

 三人は、起きるヤツは起こし、動けるヤツは動けないヤツを担いだりして後片付けを始めた。

 その後片付けを最初だけ見て、俺と天使はこの場を後にする。ゲームセンターに行って、天使のミニドラムセットを取らないと、俺は今週の週刊誌を読めないから。


     楸 Ⅳ


 ふぃ~危ない。このまま椿パートで終わるところだった。今回はとにかく俺のパートが少ないから、無理矢理挟んでやったぜ。

 んで、俺のパートっていったら大体、物語本筋の裏を説明することでしょ?

 まっかせなさい!

 あれよ、さっき椿があいつらを脅していた時、たぶん内心ビビってるから。怒りにまかせてというより、弱い自分を見せると相手が付け上がるから、無理に強がってあんなことしたの。強い自分がやる怖い脅し方ってのをイメージしたら、ああなったってとこかな。

 え、何でわかるかって? 分かるよ。だって椿はチキンだもん。あんな連中でも椿は人を傷つけるのが怖いから、強がったんだよ、きっと。

 はい、くっだらない説明は終わり。

 これで終わるのは切ないので、ちゃんとしたモノローグの方もやりまーす。



 ケンカの現場から離れて、俺と椿は裏通りを歩いている。ゲームセンターへの近道だって椿は言っていたのに、やたら時間がかかってしまった。

 俺の横を歩く椿は、疲れと身体の痛みで顔をしかめている。ずっとポッケに手を入れて隠しているみたいだけど、俺には全てお見通しなのさ。さっきチラッと見えたけど、椿の手からは血が出ていたし、腫れていた。一応確かめてみる?

「なぁ椿。疲れただろ?チョコ食べる?」

 と俺は、浴衣の袖口から高橋さんの部屋で手に入れたチョコを取り出し、椿に差し出す。

「おお、サンキ……いや、やっぱいい」

 椿はポッケから出そうとした手を引っ込めた。やっぱり隠してる。

 な~んで隠すかな、っと!

「ちょ、おい。やめろ!」

 俺が無理矢理椿の手をポッケから出すと、その手は俺の予想した通り、血が出て赤く腫れあがっていた。

「うわっ、いったそ~」

「っせぇ。痛いんだから触んな」

 椿が俺の手を振りほどいた。気付いたら俺の手からはチョコも消えていた。その消えたチョコは今、椿の口の中にある。今の一瞬で椿に奪われていたらしい。ったく、スリかよ。

 俺は治療系の資格を持ってないから、椿のこの傷を治せない。たしか高橋さんも治療系は持っていなかったと記憶している。

 俺に今できることは何か考えたけど、みつからなかった。

 今後も暴力沙汰はない方が俺としては助かるが、そうはいかないだろう。そういうことからは逃げられたらそれがベストだけど、たぶん、どうしても拳を振るわないといけない時ってのはある。俺は 暴力はムリだから、その時も今回みたく大立ち回りは椿に任せて、俺はサポートに回るだろう。だから、せめて椿がその時に傷つかない方法はないかな?

 ………そうだ。

「なぁ椿。グローブ欲しくないか?」俺は訊いた。

「俺は野球しないぞ」

「野球のじゃなくてさ。手袋みたいな、なにかを殴っても手が傷つかないようにするヤツ」

 いいアイディアだと思ったのに、椿の表情は苦い。

「…何企んでる?」

「あら!企んでるなんて人聞きの悪い。どうして人の好意を素直に受け取れないかね」

「…まぁくれるって言うなら貰うが」

「だろっ」物をもらう立場として無礼極まりない椿の態度だが、貰ってくれると言うので、俺の顔は自然と笑顔になった。「相手の痛みを知るためなのか痛みの分かち合いなのか『殴る方も痛い』とかよく言うし、実際痛いんだろうけど、痛いのは嫌だよな」

「…ホントに何企んでる?」

 ひねくれた椿は、俺の好意をまだ疑っていた。

 でも、グローブってのは良いアイディアだ。五十嵐さんに頼んで、なんかスゴイの作ってもらおう。これで少しだけだけど、椿の傷は減らせるはずだ。

 椿の弱い心の方は、どうしよう? 余計なことで、椿の心に傷を付けさせたくない。

「なにボケッとしてんだ。着いたぞ」

 ま、俺が椿の隣でサポートするし、そっちも大丈夫かな。できる限りだけど。

「よっしゃあ!ミニドラムセット、絶対ゲットするぞ!おー」

 俺は気合を入れて、ゲームセンターの中に入る。



「おーい、あったぞ 椿!」

 ゲームセンターの奥の方にあるUFOキャッチャーに、俺の目当てのミニドラムセットはあった。

 俺はさっそく百円を入れて挑戦してみたが、昨日と同じで全く動かせない。

 本当はここで、椿にやってもらおうと思ってたんだけど、ボタンに血が付くとか、手が痛いとか言って、椿はポッケから手を出そうとしない。しょうがないから椿には、UFOキャッチャーの台の横に行ってもらい、そこから指示を出してもらうことにした。

「さっきと逆だな。椿が指示で、俺が行動」

「ずいぶん楽な行動役だな。ホラ、コッチ見てねぇで景品の方に集中してろ」

「はーい」

 その後、やっとの思いでミニドラムセットは取れた。椿のおかげなのか、椿のせいなのか、結局二千円近くかかった。なんでこんなにかかったかと言うと、椿の指示が悪いからだ。指示を出すタイミングが早かったり、俺がボタンを離すタイミングが遅いって文句を言ってきたりした。もしかしたら俺一人でやった方が早かったかもしれないが、まぁ取れたんだし、いいことにする。

 あとで高橋さんに報告がてら、自慢しに行こう。                 



「そういやお前、暴力はいやだって言うくせに、俺にちょこちょこ攻撃してくるよな?」

「そうだっけか?うーん、思い出せない。楸さんって記憶喪失気味だから」

「昨日だって、俺の頭に飛び膝蹴りしただろ!」

「アレは椿が榎ちゃんに変なことしたからだろ!」

「しっかり覚えてんじゃねぇか!」

「…アレ~?」

「おい!」


セリフ多めでいきました。二人の戦い方の都合上、黙って戦え、とはいかないのでどうしてもセリフが多くなり、テンポを重視した結果、こうなりました。



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