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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
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第六話 天使のダンス(前篇)

     楸 Ⅰ


『こんにちは。今度予定が合う日に遊びに行きませんか?』

「き…木…キ、キターァアア!」

 俺、しゅう、天使。俺、今、空。メール、来た、今。フロム、ひさぎちゃん!

 これぐらいで状況説明OK?今はちんたらモノローグやってる暇ないから。早く返事返さないと。

 カコカコカコッのカコと。

『もちろん行きます!いつにする?俺はいつでもOKよ』ほい、送信っと。

 いやぁ、まさか榎ちゃんから遊びに誘ってもらえるなんてねぇ。

 真面目に仕事やっているとイイことってあるんだなぁ。……やばっ、ちょっと泣きそう。

 まだ次のメール来ないし、待つ間にもう少しちゃんとしたモノローグやるかな。

 はぁい!楸です。職業は天使やってます。今日は仕事が休みでやることないからテキトーに空に浮いていたら、突然メールが来ました。その相手はなんと榎ちゃん。そして内容は俺を遊びに誘うモノでした。真面目にモノローグやっても結局この程度。笑っちゃうね。だったらやらなくてもよかった?いやいや、そんなことはない。暇つぶしでもしないと待ってられないから。好きな子からのメールを待つ時間っていつもの時間よりも長いんだよ。高校の授業で例えると、体育の時間より古文の時間が倍近く長く感じるアレかな?どうかな? まぁ俺は高校の授業を受けたことないからワッカんないけどね~!稚内よりもワッカんない。はっはっはぁ!

 ヴーッ、ヴーッ

「キタッ!」

『ホント!じゃあ急だけど明日の午前十時に喫茶店でもイイ?』

 明日って日曜日か…。十時集合だと朝アニメの時間にちょっと被るけど、関係な~い。

『全然イイよ。明日の十時に、いつもの喫茶店でしょ。OKで~す!』送信っと。

 ヴーッ、ヴーッ。

『よかった。あと、お願いなんだけど、できたら柊さんにも連絡してちょうだい。柊さんの連絡先がわかんなくて』

 …なんで柊?二人っきりじゃないの? でも榎ちゃんの頼みだしなぁ…。

『わかった。アイツは来るか分かんないけど、一応訊いてみるよ』しぶしぶ送信…。

 ヴーッ、ヴーッ。

『ありがと。じゃまた明日ね。』

『はーい。またね』

 これで、よし。俺はケータイを浴衣の袖口にしまった。

 明日は榎ちゃんとデートか…。楽しみだな、楽しみだなぁ!思わず上下前後左右分からなくなるくらい回っちゃうよ。グ~ルグル~。

 うおぇっ……ちょっと気持ち悪い…。

 はぁっはぁ…あれっ? 俺、なんかするんだったな。たしか榎ちゃんに何か頼まれていたような気がする。たしか柊になんかするように頼まれていたような……あ~ダメだ、思い出せない。俺ってば記憶喪失気味だから。ま、いっか。アイツに連絡することはこれで忘れましたよん。

 それよりも明日、何着て行こうかな。いつも通り浴衣でいいかな?ここで変に着たこと無い服着るより、いつも通りの楸さんの方がいいかな。あんまり意識しすぎて舞い上がってるって思われたくないしなぁ。

 はぁ~明日が楽しみだ。


     椿 Ⅰ


「なんでお前がいるんだよ」「なんで椿が来るんだよ!」

 日曜日の午前中、俺はいつも来る喫茶店で会いたくもないヤツ、天使と遭遇した。せっかくの日曜に、アニメが終わってからすぐ来たというのに、なんでこんなヤツと会わないといけないんだ。



『やっほー椿君。ところで、あした暇?』

 土曜日、榎からメールがこんな来た。

 明日の日曜日は特に用事は無い。だが、だからといってやることが全く無いワケでもない。そうであるなら用事があるといってもいいのかもしれない。だが、どうだろう?部屋の掃除をしていた時に出て来た、過去の漫画週刊誌をあるだけ順番に読み返し、熟読しているため恐らく明日までかかることは用事と言っていいのだろうか?古いゲームソフトが出て来て、それのセーブ機能が壊れているから丸一日かけてクリアしようとしているのは、用事と言っていいのだろうか?今の俺には週刊誌とゲーム、どっちから片付けようか悩むことそれ自体は用事ではないことぐらいしか分からない。今は週刊誌を読んでいるから、このまま全部読めばイイだけのことだ。

 とりあえず、明日のコトについて詳しく訊くか。何か重要な用かもしれない。

『暇だったらなんだ?』送信。

 俺はメールの返事を返すと、また週刊誌に目を落とす。

 しかし面白いな。一度読んだから展開や結末は知っているはずなのに、なんか楽しめちゃうんだよな。一冊読み終え、あの時は一週間も待った次号に、今なら一瞬で移ることができる喜びをうっすら感じつつ手に取ると、榎からメールが返って来た。

『遊ぼう』満面笑みの顔文字付きで返って来た。

 遊ぶだけ…か?別に遊ぶのは嫌ではないが、俺の明日の用事候補も遊びと言っていいかもしれない。どっちも遊びならどっちでもいいんだが…。

『遊ぶって、何するんだ?』送信

 今度は俺が週刊誌に載っているマンガを一話も読み切る間もなく、榎からメールが来た。

『決めてない。会ってから何するか決めようよ』

 カコカコカコッ。

『決めてないのかよ。つーか会ってから決めようって、まだ俺は行くって言ってないだろ』送信

 ヴーッ、ヴーッ。

『いいでしょ別に。つーか、いつも私は椿君の用事に付き合ってるんだから、たまには私のお誘いに乗ってくれてもいいでしょ』榎は怒っていた。目が釣り上がった顔文字がある。

 しかし、痛いところを衝かれた。たしかに榎には、俺のトレードマークとなったニット帽を選ぶ時や、他にも女性の意見が欲しい時の買い物に付き合ってもらっていた。つまり、俺には借りがあるってことになる。借りは返さなくてはいけない。例えそれがどんなに小さい、遊びに誘うようなレベルのことであっても、相手が借りを持ち出して来たら、俺には断ることができない。悔しいが、主人公は借りを作りっぱなしというのが出来ないんだ。それに、遊びの誘いに乗ることで借りを返せるのなら大助かりだ。……まぁ、借りなんか無くても遊ぶことぐらいいつでも付き合っていいんだが。

『わかった。明日遊ぼう』送信。俺の用事候補は、また今度だ。

 ヴーッ、ヴーッ。

『ホント!じゃあ、明日の午前十時に喫茶店ね。楽しみにしててね』

 明日の十時に喫茶店か…。それだとアニメの時間にちょっと被るな。ま、少し遅れて行っても大丈夫だろ。

『了解』送信。

 明日かぁ…。そういえばあのアニメは先週の放送でどこまで進んだっけか?



 翌日の日曜日。榎と遊ぶと約束した日。

 俺は、朝の九時から続けてやる三十分のアニメを二本見てから、家を出た。夏を間近に控え、日差しの強い日が増えてきているが、今日は幸い暑いというよりは暖かい。出来る限りトレードマークは崩したくないので俺はニット帽をかぶる。薄い素材だから風は通るが、今日以上に熱い日になったら厳しい。そんなことを考えながら、家を出た時にはすでに十時を過ぎていたので、喫茶店までゆっくり走った。ゆっくりとはいえ走ったことで身体が温まってしまい、途中で熱くなってニット帽を外した。そして喫茶店が近づいてきたら、走るのをやめて歩きながら息を整え、汗が止まったのを確認してから、また帽子をかぶる。今からでもトレードマークは別なモノにした方がいいかもしれないと思った。

 喫茶店に入ると、店内はいつも通り客が二~三組いるだけで、空席の方が目立つ。

 俺は店のコにコーヒーだけを注文して榎を探すと、榎はいつもの席にいた。窓側の、四人がけのテーブル席。そこに榎と何故かもう一人、榎と向き合う形で、天使が座っていた。いつもの浴衣に下駄という格好で、いた。

「なんでお前がいるんだよ」「なんで椿が来るんだよ!」

 席に近付いてきた俺に気付くと、俺と同時に天使は言った。驚いているってことは、俺が来ることは知らなかったってことか?

「おい、榎。どういうことだよ。なんでコイツがいるんだ?」

 俺が榎の隣に座ると、天使が「おい、なにちゃっかり榎ちゃんの隣に座ってんだよ。俺と代われ」と文句を言ってきたが、無視した。俺はてっきり榎と二人、そうじゃなくても天使と一緒だとは思っていなかったので、運ばれてきたコーヒーを一口飲み、榎に訊いた。

「うん。私が呼んだんだもん」

 笑顔の榎は、当然のように言った。そしてチョコパフェを食べた。

「うん。俺は呼ばれたんだもん。で、なんで椿は来たんだ?」

 天使は不満そうに言うと、アメを浴衣の袖口から出し、包み紙をとって咥えた。

「俺も榎に呼ばれて来たんだよ。だからお前は帰れ」

 俺はそう言い、榎のチョコパフェに刺さっているポッキーを奪い、口にくわえる。俺がチョコソースと生クリームの付いたポッキーをおいしく頂いている横で、「あっ」と榎が恨めしそうな眼で見てくる。

「おいポッキー泥棒」

 天使がアメを突き出して言った。

「誰がポッキー泥棒だよ。つーかアメ向けんな」

「はい、天使さん」

 榎は、アメの上に生クリームを乗せた。天使は「ありがと、榎ちゃん」と礼を言うとアメを口に入れた。

「んで…ちゅぱ、ポッキーの…うん、泥棒野郎」

「ポッキー泥棒じゃねぇってんだろ。つーか、アメを舐めるか喋るかどっちかにしろよ」

「そうか、ポッキー野郎」

「ポッキー野郎でもねえよ。俺は椿だ」

「そうか…お前は椿って言うのか、ポッキー星人。だがな、俺は、楸って言う名前なんだ」

「だがな、って接続詞はおかしいだろ」

「いーんだよ、そんなことは!」天使は、一層不機嫌になり声を高くした。「んなことより、いいかげん名前で呼べって言いたいんだよ、楸さんは!」

「うっせぇよ、大声出すな!つーか、お前なんかお前で充分なんだよ!」

「うるさいって椿だってうるせぇよ!」

「いーや、お前がうるせぇ!」

「二人ともうるさい!」

 榎に怒られ、自分も大声を出していたことに気づいた。

 そして周りを見てみると、こちらを殺傷力すら持ち合わせていそうな強い眼力で睨んでいるマスターと目が合った。これ以上騒いだらマズい、そう天使と通じ合うことが出来たので俺たちは黙り、テーブルの上のコーヒーに視線を落とした。



 俺と天使はコーヒーを見つめ、落ち着きを取り戻した。

 この店の中で騒ぐとマスターに怒られ、ボコられ、いろいろマズいことになりそうだ。さっきの天使との言い合いは一度忘れよう。天使の愚行、戯言は俺が大人になり、許してやらないでもない。そんなことより、ここは穏やかに話すよう心掛ける必要がある。できるだけ大人しく、優雅な振る舞いをして、この店に害のない客であることをマスターにアピールした方がいい。

 天使も俺と同じことを考えたらしく、浴衣の中で脚を組み、空いている隣の椅子の背もたれに肘をかけ、優雅にコーヒーをすすり、前髪を掻きあげた。だが、アメを咥えたままコーヒーを飲んでも、まったく優雅には見えない。

「それで、なんで俺たちを呼んだんだよ?」

 マスターの視線から放たれた呪縛が解けたので、俺は榎に訊いた。

「う~ん、シブルプレ~」

 天使はまだ優雅な客を演じていて、俺たちの話には入ってこない。どうやら、自分でやっていて演じることが面白くなったようだ。つーか、シブルプレってなんだ?シルブプレならまだ分かるが、どっちにしろ、コーヒーのおいしさを表現する言葉ではないはずだ。

「なんでって、メールで遊ぼうって言ったでしょ」榎は言った。「ホントは柊さんも入れた四人で遊ぼうって思ったんだけど…」

「だったら一人ずつじゃなく一斉送信しろよ」

「だって、私は柊さんの連絡先は知らないから。それに、二人に一緒に連絡すると今みたいにケンカして、どっちか来なくなるかもって思ったから。だから別々に連絡したの」榎なりに気転をきかせたらしい。最初は仲が良いとか変な勘違いしていたが、解ったようだ。

 それにしても、榎の言うこともあながち的外れではない。もし天使が来ることを事前に教えられていたら、俺の予定候補が本予定になろうともう少し粘ったかもしれない。

「そんなことないよ」コーヒー片手に窓の外を見たまま、優雅天使が言う。「俺はそこのバカが来るって分かっていても、榎ちゃんがいるってだけで来たさ。だから、そんな心配そうな顔しないで。ほら、笑ってごらんよ」キモっ。

「ホントに。ありがと天使さん」

「いや、気にしないで。俺は椿とは違って大人だから」

 そう言うと、天使は俺の方を見てニヤッと笑う。

 俺は、天使の視線から目をそらした。ここでまた言い返してマスターに睨まれるのも勘弁だし、それ以上に張り合うとガキみたいだと思ったからだ。しかし、「椿君は?」と、まるでガキのケンカを仲裁しようとする保母さんの様に榎が見て来るので、俺はしぶしぶ「俺もちゃんと来るよ」と言った。だって今度はここで「来ない」って反発したほうがガキみたいになるだろ。まだニヤついて俺の方を見ている天使の視線は、頑として無視した。

「んで、柊も来るのか?」

 俺は話を変える為に訊いた。

「ううん。忙しくて来れないんだって。ね、天使さん」

「ん?…あぁ。なんか、そうらしいよ」

 話を振られた天使は、優雅さを失い、その代わりに動揺を身にまとった。

 俺は、もしやと思い、動揺天使に訊く。

「なぁ。柊ってフリーで天使業をやってるんだろ?だったら時間の融通が利くんじゃないのか?つーか、ホントに訊いたのか?」

「お…おう。訊いた、訊いた。超訊いた。もう訊きすぎて、若干柊がキレるくらい訊いたかな、うん。なんか、どうしても手が離せないヤマを抱えてるって嘆いていたな、うん」

 今ので確信した。天使は柊に連絡をとっていない。

 たぶん、柊への連絡手段を持たない榎に、代わりに柊を遊びに誘うよう天使は頼まれていたんだろう。だが、元々コイツは、俺が来ることも知らなかったくらいだから、柊さえいなければ榎と二人っきりでデートできるとでも思ったに違いない。それで、柊への連絡はしなかった。最低なクソ天使の考えそうなことだ。

「へ~そりゃ残念だな」

 まぁ今回はそのことを責めないでやろう。

 榎が天使の腹積もりに気付いているかは知らないが、俺としては柊がいてもいなくても、どっちでもいい。それより、今ここで天使を責めて、天使がそれを弁解するために喚き、無駄に言い合いになって騒がしくなるなんてことを避ける方が重要だ。

「そうだな、残念だ」

 反省の色が見られない天使の弱みを握れたってだけでも、俺としては満足だ。

 いつか柊に今日のことをチクれば、面白いことになりそうな気がする。



 榎の食べているチョコパフェが半分以下になった。さっき、俺がパフェを一口貰おうとしたら、榎が「ハイ、あ~ん」とウザいカップルのような事をしてきた。俺は無言のままパフェを食べようと思い口を開けたら、テーブルの上に身を乗り出してきた天使に横取りされた。「椿に『あ~ん』なんて百年早いわっ!」と口の横に付いた生クリームを指で取り、それを舐めながら天使は言った。別に「あ~ん」の横取りが悔しいワケでは無いが、「うるせぇんだよ」と天使に言い返し、榎からスプーンを奪い、俺は自分でパフェを一口食べた。そしてすぐに榎にスプーンを返した。

 その時。

「ハイ、あ~ん」「あ~んっ。ん、おいしい」

 俺の後ろ側の席から、さっきの俺たちのようなことをしている男女の声が聞こえた。俺たちとの違いは、男の方も「あ~ん」と言って女から何かを貰い食べたことと、それを横取りする天使がいないことだ。

 そんなウザいカップルが自分の後ろにいると思うと寒気立つが、先ほど騒いでマスターに睨まれた俺に、それを止める権利が有るワケも無いので、我慢して耳に聞き入れないようにした。

「おい、見てみろよ 椿。彼だ」

 俺がせっかく無視しているのに、そのカップルの方を見ろと、天使が小声で促してきた。

「やだよ。つーか、彼って誰だよ?」

「いいから、見てみろって。彼がいるぞ」

 俺が断っても、天使はしつこく『見てみろ』と言う。そう言う天使の顔には笑いもあるが、驚いているようでもあった。仕方が無いので俺は。天使が指さした方向、自分の斜め後方にある席に座っているカップルの方を見てみた。榎の座る椅子の背に手を回し、なるべく自然に、背筋を伸ばすふりをして、見る。

 そこには、四人がけのテーブル席なのに同じ側に並んで座るカップルがいた。

「…あぁ、たしかに。彼だ」

 俺はカップルの内の一人を見て、思わずそう呟いた。

「だろっ」

 と、天使はニカッと笑みを見せる。

 俺が見たカップルの、当然男の方なのだが、それは彼だった。名前は知らない。俺と天使は彼を「彼」という名前で認識している。

「ねぇ。彼って誰?」

 榎もカップルの方をこっそり覗き見て、小声で俺に訊いてきた。

 榎は知らなくてもしょうがないが、俺にとっては忘れもしない、つーか本当は 出来れば忘れ去ってしまいたい彼のことを、榎に教えてやる。

 俺と天使共通の知人である名も知らぬ彼は、俺と天使が出会った日、勘違い女(ピストル持ち)との別れ話がこじれ、殺されそうになりそうなところを助けた、人間である。

 本来は最初の仕事で最初に助けた記念すべき人間なのだが…。

「そうそう。で、助けた時に、彼は駆け出しダークヒーローの椿に惚れちゃったんだよ。彼、ゲイだから」

 天使が笑いながら言ったように、助けた彼は厄介なことにゲイだった。そしてさらに厄介なことに、彼は俺に気があるようだった。勘違いで殴っただけなのに、M体質の彼には、それが嬉しかったらしい。

 だから俺は、彼に久しぶりに会ったからといって「元気だった?」と再会を喜ぶことはできない。

「え…椿君ってもしかして…そっち?」

 天使が余計なことまで説明したせいで榎が怪訝そうな目で俺を見る。

「んなワケねぇだろ!」

「だよね。よかったぁ」んな当り前のことで安心してんじゃねぇよ。

 ちゃんと補足説明すると、たしかに俺は不運なことに彼に惚れられてしまいメールアドレスを書いた紙を貰ったが、もちろんメールなんかせず、書いてある紙をビリビリに引き裂いて捨てた。わざわざ引き裂いて捨てたのは彼への怒りだけではなく、あの時の俺は個人情報漏洩の恐ろしさが分かっていたからだ。

 とまぁ、彼のことを僅かではあるが説明した。ここで重要なことをまとめると、知らない顔じゃない彼は、本来はゲイであるはずなのだが、なぜかこの喫茶店に女と来ていて仲良さそうにパフェをつつきあっているということ。そして俺は決してそっちの人じゃないということ。以上二つだ。

 俺は彼に見つからないように、少しでも顔を隠そうとニット帽を下げた。そうした後で、天使の方に向き直り、「アイツってたしかゲイだよな?なんで女といるんだ?」と訊いた。

「なんだ椿。ヤキモチか?」

「ちげぇよ!俺はゲイじゃねぇってんだろ」

「そうだよね。椿君はゲイじゃないよね?」なんで疑問形?ひょっとして、榎もまだ疑ってんのか?

「いや、分かんないよ榎ちゃん。実は草食系の羊を装っているだけで、椿は、ホントは共食い系かもしれない」共食い系って何?

「誰が共食い系だよ」

「そういえば一部の肉食のサメって共食いするよね」今いる?その情報。

「でしょ!榎ちゃんが言うように、あんだけ凶暴なサメも実は共食い系なんだよ。だから凶暴な椿も共食い系で、ゲイなんだ」それだとサメもゲイになるな。

「凶暴っていやさ、柊のヤツはきょ…」

「うん。でもやっぱ椿は共食い系じゃないな。ぜ~んぜん、違う。羊系だった」

 天使は、慌てて訂正した。

 今の俺には天使の弱みというカードがある。だから、マスターに気を払いながら怒鳴るなんて危ない橋を渡る必要はない。そんなことしないでも、こうやってカードをチラつかせるだけで、天使は動揺し、俺の思い通りに動かせる。動かせなくても、不快な言動を止めることはできる。

「それで、椿はさっき何を訊きたかったんだ?」

 やはり、自分に不利な展開になりそうだと判断した天使は、焦って話を逸らした。

「だから、なんで彼は女といるんだ?」

「そりゃあ、男としての本分に目覚めたとかじゃないのか?」

「…それもそうか」

 自分で訊いたのに、俺の好奇心はその程度の答えで簡単に満足した。この程度で満足したのは、俺の好奇心が久しぶりの出番を求め、「いや、この程度でも全然、出れるなら何でもいいッスよ」と僅かなチャンスでもいいからモノにしようとがっついただけだからかもしれない。つーかぶっちゃけ、彼がどうなろうとどうでもいい。俺に迷惑をかけなければ。

「でもさ…なんか変じゃない?」

 榎がカップルの席をもう一度確認するように見ると、そう言った。

「しょうがねぇだろ。彼はつい最近までゲイだったんだから、違和感あるんだろ」

 俺がそう説明したにも関わらず、榎はなおも不思議そうに彼らの方を見る。

 あんまりじろじろ見ると気づかれてしまう恐れがあるので、俺は榎の頭を掴んでねじり、視線を正面に戻させた。

「う~ん。彼の方じゃなくて、あっちの女の人の方が、なんか…」

 俺が掴んだ箇所を天使が汚れを落とすように払ったせいで乱れた髪を手グシで整え、榎は言った。

 俺は、榎が言う女の人を見る為、身体を伸ばすふりをして、またこっそりと彼らの方を見る。しかし、榎が言うほどその女に違和感は無い。服装も普通だし、髪も明るい茶色でパーマをかけたような長いウェーブ、化粧も特に面白くは無い。アレだったら目の前にいる浴衣を着た、バカ面天使の方がよっぽど違和感だ。

「なにが変なの?榎ちゃん」

 違和感天使が訊いた。

「う~ん。変って言うか、なんだろう…。よく分かんないけど、あんまり楽しくなさそうっていうか…」

「そうか?俺にはそうは見えないが…」一つのパフェを一つのスプーンで一口ごとに食べさせあうのは、面倒くさそうだが、アレはあいつ等が好きでやっているんだろう。

「うん、俺も」

 天使も、榎の意見に賛成できないようだ。

「つーか、なんでそんなことがお前にわかんだよ?」

「女の勘!」堂々と言うな。

「さすが榎ちゃん」お前も誉めるなよ。

 三人そろって彼らを見ていたら、彼らに気づかれないでも他の客に気づかれる、もしくはマスターに怒られかねないので、俺たちは彼らの観察は止め、想像で、彼ら、主に榎が感じた彼女についての違和感について会議を始める。ちなみに、『榎の勘違い』という意見はつまらないからと、最初に天使が禁止した。



 俺の意見

「つーかやっぱ、榎の勘違いでいいだろ」

「はいボツ。それは禁止だって言ったばっかだろ。やっぱりこのチキンは脳味噌無いな」

「んだと コラ! あ~じゃあ、アレだ。彼女の方がもう別れたがってるんだ」

「え~でも、別れたがってるとも違う感じする…かも」

「んじゃ、それも含め、やっぱ榎の勘違いだよ!つーかめんどくせぇ」

「はい椿のターン、しゅ~りょ~」

 天使の意見

「だったらさ、彼の方に原因があるんじゃないかな?」

「彼の方?」

「そう。彼は、彼女と付き合うようにはなったけど、まだゲイだった頃を、自分を助けてくれたダークヒーローの椿のことを忘れられないんだよ」

「ありえない、つーかお断りだ。ボツだ」

「まぁ聞けって。相手が椿かどうかは別として、やっぱり彼は女の子と付き合うってことに嫌気がさしてきたんだ。自分では気付いていなくても、もしかしたらどこか態度に表れていたのかもしれない。そして、それを彼女の方が気付き始めたんだ! どうこれ?こんな感じじゃない榎ちゃん?」

「う~ん。でも、彼の方は嫌そうじゃないっていうか、本当に楽しんでるし、喜んでいるように見えるんだよね」

「はい天使、しゅ~りょ~」

「おい待てよ!まっ…」

 榎の意見

「つーか、榎はどう思ってんだよ?」

「どうって、私にもよく分かんないから二人に訊いてるんでしょ」

「そうだよ、ツバカ」

「誰がツバカだ!」

「う~ん。でも彼の方はホントに幸せそうなんだけど、彼女の方はそうじゃない気がするんだよね」

「俺は榎ちゃんと一緒にいられて、今幸せだよ」

「もうっ、なに言ってんの天使さん!」

「おーい、話逸れてんぞ」

「ごめんね、椿君」

「ごめんね、ツバカ君」

「はい!しゅ~りょ~!」



 今日は仕事ではなく、遊ぶために集まっているからか、いつもの作戦会議よりもかなりグダグダだ。いつもの作戦会議も全てが上手く行っているワケではないが、やはり仕事じゃないということでモチベーションは低く、じつに実の無い内容の会議で、ただの時間の無駄にしか思えない。

「やめだやめだ。こんなくだらないことを考えるより、この後何するか考えようぜ」

 俺は会議の閉会を宣言したつもりだったのだが、榎は止める気配はなく、「う~ん」とまだ考えていた。天使はというと、考えているように見えなくもないが、口をポカーンと開け、天井を見上げている。よくアメを落とさないなと感心しそうにすらなる。

 閉会宣言を無視された俺は、会議に再び参加することも、する気も無く、宙ぶらりんになりそうな意識を、天使の口にある今にも落ちそうなアメに向ける。そうやって天使の落ちそうなアメを見ていたら、隣にいる榎が考えをまとめ終わったようで、「そうだ!」といきなり言った。天使が驚いて口からアメを落とした。

「なんだよ突然?」

「ねぇ椿君、天使さん。この後やりたいことってある?」

「俺は特にないよ」

 膝の上に落としたアメを口に戻し、天使が言った。

「俺もねぇな。つーか、元々会ってから決めることになってただろ」

 俺たちの返事を聞いて、榎が笑った。嫌な予感しかしない。

「おい。お前、何考えてんだよ?」

「えへへ。あのさ、この後あの二人の跡をつけてみない?二人の関係を確かめようよ」笑顔でとんでも無いこと言ったな。

 榎の尾行提案には、流石の天使も引いているようで、アメを舐めながら何かを考えている。俺らの早とちりで、彼らが本当に幸せなカップルだとしたら、尾行なんて真似は野暮だし、一歩間違えば犯罪になりかねない。だからたぶん、天使は尾行しようという榎を説得する方法を考えているのだろう。

「榎ちゃん。尾行はやめよう」

 熟考を重ねて言ったとは思えないが、俺の思った通り、天使は榎の尾行を止めた。

「え~なんで?」天使が珍しくまともなこと言ってるんだから、黙って聞けよ。

 反論しようとする榎を「まぁまぁ」と両手で押さえる様なしぐさをして制してから、天使は「だってさ、尾行なんかしたら仕事になるじゃん」と言った。それは、俺が考えていたような倫理や常識といった理由ではなかった。「だって今日は遊ぶために集まったんでしょ?だったら尾行なんかして彼らを観察してたら仕事になるじゃん。それに俺は今、病気なんだよ」頭でも壊したか?

「えっ…天使さん、どこか悪いの?」頭。

「いや、どこかってワケじゃないんだけど…俺、今…五月病なんだよ」

 天使は俯いて、声のトーンを落として深刻そうに言った

「…ちょっと待て。もう五月は過ぎてるぞ」

 具体的に今日が何月何日かは分からないが、少なくとも五月ではない。夏前で、最近梅雨が明けて、太陽が活発になってきている。おかげで、俺のニット帽はトレードマークとしての存続が危ぶまれている。

「違うんだなぁコレが…。俺は持病で五月病を持っているんだけど、この前五十嵐さんに診察してもらったら悪化してて、末期の五月病になってたんだってよ。だから、あんまり無理はさせないでくれ」つまり、常時ヤル気が失せているということか?

「五十嵐さんって前に花火あげてくれた人だよね?その人ってお医者さんなの?」

榎は訊いた。

「いや、たぶん天使以外の肩書きをつけるとすれば科学者とか発明家かな。でも白衣は着てるよ」白衣着ていたら誰でも医者か?

「な~んだ。だったら違うよ」当たり前だよ。「それはたぶん五十嵐さんが天使さんをからかったんだよ」いや、それも違うと思う。天使も別に、本気にはしていないだろう。

「だよね~」

 取り敢えず、天使は末期の五月病ではないことが判明した。ただし、だからと言ってヤル気がでるワケではないらしい。

 榎は、天使が健康体のバカであることに安心し、今度は俺を崩しに来た。横に座る俺の方を向き、「椿君はどう?尾行するでしょ?」と言った。なぜか行くことが当然であるかのような口ぶりだ。

「しねぇよ。それに、俺は彼とはなるべく関わりたくないんだ」

 俺は、言った。

 失言だったと思う。榎の言い方にカチンッと来て、思わず口を滑らせた。

 俺の発言を聞いた天使が、嬉しそうにニヤッと笑う。

「そっか~。そうだよね、椿は彼に見つかる可能性もあるから尾行したくないんだよねぇ」

「だったら何だよ…?」

「よし!俺は榎ちゃんの提案に賛成!尾行しよう。なんか尾行日和だしね」

「ホント?ありがと天使さん」つーか尾行日和って何だ?

 ホントにミスだった。天使の性格からすると、例えこいつが末期の五月病だとしても、俺が嫌がることを選ぶことぐらい、ちょっと考えれば分かりそうだった。俺が自分の失言により、少数派という劣勢に立たされている前で、多数派の尾行賛成組は手をとり、喜び合っている。

「ねっ。天使さんもこう言ってくれてるんだから、椿君も一緒に行こっ」

「そうだよ、椿。それか、どうしても嫌っていうなら俺と榎ちゃんは二人で行ってもいいんだよ」俺に帰れって言ってんのか?それは断る。ここまで来たのに何もせずに帰ったら、それこそ時間の無駄だ。…別に仲間外れにされるのが寂しいワケではない。

「仕事じゃなく遊びなんだから、離れた所で隠れていれば見つからないよ。気楽に行こっ。二人のデートコースに私たちも便乗するくらいの気持ちでさぁ」

 榎がなんとか説得しようとしてくる。ここまで言われたら断るワケにはいかない。それに、あまり和を乱すっていうのは好きじゃないしな。

「…わかったよ。俺も行く」

「ホントに!よかったぁ」

「しゃーねぇな。椿は寂しがり屋の羊さんだもんな」誰が羊だよ!

 無邪気に喜んでくれる榎とは対照的に、天使の笑う顔には邪気しか感じられない。



 今日は遊びで彼らの尾行をすることに決まった。やっぱり家で週刊誌のバックナンバーを読み返していた方が良かったような気がする。だが、一度決めたことだし、グチグチ言うのは男らしくないから諦めよう。今日は尾行の日だ。尾行日和だ。そういうことにした。

 尾行の仕方については、尾行すると決まった直後に作戦会議を設けたのだが、尾行に作戦もクソもあるとは思えない。予想通り、作戦らしい作戦は決まらなかったが、「こっそり跡をつける」ということだけは決まった。だが、尾行というのは「こっそり跡をつける」ことを言うのだから、作戦会議はただの尾行の意味を確認しただけにすぎない。

「いーんだよ。どうせ遊びなんだ。気楽に行こうぜ」

 普段の仕事の時も気楽に行く天使が言った。

「そうだよ。見失ったらそれはそれで、行き先について行って、そこで私たちも遊ぼうよ」尾行を提案した本人として、そんな程度の気合の入れ方でイイのか?

 とりあえず作戦は無くてもいいとして、尾行することは決まったので、後は彼らの動き出しを待つ。俺のコーヒーは既になく、榎のパフェも無いため、待つ間の暇つぶしが無い。仕方なく暇つぶしとして彼らの方を観察してみても、やはり二人とも楽しそうに見えるので、俺には榎の言う違和感が分からない。彼らが何を話しているのか聞こえないが、おそらくこの後行く場所などデートプランを話し合っているのだろう。つーか、早く動き出せよ。

 俺の願いが通じたのか、二人は席を立った。ここで慌ててはいけないと、彼らが会計して店を出て行くのを待った。しかし、いくら見失ってもいいとはいえスタートで躓くのはあんまりだから、唯一彼と面識のない榎に、先に店から出て彼らの行き先を追うよう指示した。いざやってみると尾行って面白いかもしれない。見つからないように行動するというスリルがあって、ドキドキする。

「よし、俺たちも行くぞ!」

「ちょい待ちぃ」

 俺たちも早く店を出て、榎と合流し、彼らの跡を追おうと勢いよく席を立ったら、天使に呼び止められた。

「なんだよ?早く行くぞ」

「ちょっと待てって。はい、じゃ~んけ~ん、ポン!」

 咄嗟のことだったが、俺は拳を硬く握りしめて出した。頭がパーの天使はパーを出した。

 グーとパー。

「…なんのじゃんけんだ、これ?」

 天使のピラッピラ紙のパーなら、俺の拳のグーで打ち破れそうだが、ルール上は俺の負け。力を存分に発揮しきれずに敗れた自分の右手を見ながら、天使に訊いた。

「なんのって…ここの支払いの」

 そう言って天使は、伝票を俺に渡した。

「なんでだよ。いつもみたいにお前が払えよ。どうせ手当てとかがつくんだろ」

 俺は渡された伝票を突き返した。

「仕事なら楸さんが払うよ。でも、今日は遊びなんだろ?ジレンマだな」

 天使は持ち易いように気を遣っているのか、伝票を二つ折りにして俺に渡した。

「ジレンマとは言わないだろ。つーか、そんなの適当にごまかせよ」

 俺はさらに折り、天使に渡す。

「ごまかせるならいいけど、万が一ってこともあるだろ?てゆうか、相手は高橋さんだから、ごまかせる可能性の方が万が一なんだよ」

 伝票をまた折り、俺に渡す。

「…………」

 天使の上司、高橋さんをごまかせるとは俺にも思えない。会ったことは無いが、そんな気がする。俺は黙って、伝票を折り、天使に返す。

「…お前の負けだな、椿。てゆうか、じゃんけんでもう負けてるじゃん。じゃ、よろしく」

 天使は折れるだけ伝票を折り、俺に渡した。たしかに俺の負けだ。これ以上言い返すことも、伝票を折ることもできない。

 天使は店のコに「ごちそうさまでした~」と言って、上機嫌で店を出て行った

 俺は仕方ないので会計をするためにレジの前に行く。優しそうな雰囲気の店のコはテーブルの片づけをしているため、よりによって対応してくれたのはマスターだ。俺が、つーか天使が折りたたみまくった伝票を見て、露骨にため息をつき、額に青筋を浮かべた。。

「あの…すんません…」

 俺は小声で謝る。

 俺はいたたまれない空気の中、会計を済ませた。

 店を出ると、俺の様子を見ていた天使が笑っていた。



「待てコラ クソ天使ぃ!」

「やだもーん!俺は悪くないしぃ」

「お前のせいでマスターに睨まれただろうがぁ!超怖かったぞ!」

「楸さんには関係ないよん」

 喫茶店を出てから俺は、羽を出さずに空を飛んで逃げ回る天使を追いかけていた。一応言っておくと、天使は空を飛んでいる時姿を消している。天使はその姿を自由に消したり、意識して特定の人間にだけ見せたりすることができる。声に関しても同様だ。そして、俺と天使の間では約束事として、空を飛んでいる時は少なくとも俺ら以外の人間には姿を見せないようにすることにしている。そうでなければ俺は、見えないものと話をしていたり、追いかけ回したりする狂人だと周囲から思われることになる。しかし、そんな約束事を十分承知の上で、俺は今、周りの人には見えていない天使を必死に追いかけている。結局この約束で変わるのは、俺が狂人と思われることになるということに対する気持ちの事前準備くらいだ。

 幸い、周りの人から冷たい目で見られることも、変人として通報されることも無く、俺は必死に天使を追いかけている。周りに人が少ないというのもあるが、俺が思うよりも人は他人に無関心ということかもしれない。

 俺は、天使の足を掴み地に引きずり下ろすために何度目かわからない跳躍をする。今度は〝願いを叶える力″を使い、成功をイメージしてそれを願い、二メートル弱跳んだのに、俺の右手は空気しか掴めなかった。そして、次こそはと思いながら着地した時、ポケットに入れていたケータイが震えた。着信相手は榎だ。

 メールではなく、電話だった。

「なんだよ?」

 天使を捕まえることに夢中で、ぶっきらぼうな電話の対応をしたら、榎の怒る声が聞こえた。

『なんだよじゃないよ!私にだけ尾行させて二人ともどこに行ったの!』

「あ…」

 思い出した。俺は天使じゃなく、彼らを追いかけている途中だった。いや、途中ですらなかった。今から追いかけるんだった。

「あぁ…わりぃ。…ここは、どこだろ?」

『知らないよ、もうっ!私は駅にいるからね!早く来てよ』

 榎はそう言って電話を切った。

 状況を察した天使が戻ってきて、「もしかして、榎ちゃん…怒ってた?」と訊く。俺が頷き、榎は駅で待っていることを教えると、「椿のせいだからなぁ」と俺に責任をなすりつけ、飛んで行った。

「ついでに勝負しよう! よーいドン!」

 既に俺より前にいる天使が、動きを止めることなく言った。

 どうしようか悩んだが、負けっぱなしは面白くないので、天使よりも先に着こうと、俺は天使のあとを急いで追う。



 俺が駅に着くと、榎と天使が待っていた。

 俺は精一杯走ったのだが、天使は常に俺の先を飛んでいた。飛んでいる天使には道の制限も、車や信号といった障害も関係ないので、非常に速かった。俺はクラクションを背中に浴びせられながら走ったというのに、追いつけなかった。

「おそい!」

 息を切らしているのに、それを気遣われるどころか榎に罵倒された。つーか、遅くはない。天使より少しだけ遅かったかもしれないが、普通に歩いたら三十分はかかる距離を五分ちょっとで来たんだ。誉めろっ!

 榎は、俺を誉めることも労をねぎらうこともなかったが、とりあえず怒りを鎮め、彼らが電車に乗って移動することと、その行き先を教えてくれた。どうやって分かったのかと訊いたら、切符を買うところを横からこっそり見ただけとのことだ。『こっそり』と言えばイイと思っているらしく自信満々に榎は言うが、果たして本当にこっそりバレないように見たのか、尾行をバレていないとしても警戒心を与えていないか不安になる。なるが、どうせ遊びだしと納得した。

「椿が負けたんだから、電車代は椿持ちな」

 俺の息が整ったところで、天使が言った。

「嫌だよ。つーか俺、負けてねぇし」

「え~でも、椿君の方が遅かったよ」

「遅かったってだけだろ」それすなわち『負け』ということではないはずだ。「つーか、お前は姿消しゃタダで乗れるだろ」

「楸さんは、ね。俺が言ってんのは榎ちゃんの分だよ」

「え、いいの?ありがとぉ、天使さん」

「おい、おかしいだろ。俺が払うんだったら俺に礼言えよ」

 俺の抗議は届かず、榎は天使に連れられるがままに駅の売店へと消えた。

 数百円くらいならとしぶしぶ納得し、俺は、彼らが周囲にいないことを確認してから、榎が教えてくれた駅までの切符を二枚、自動券売機で買った。行き先はたった三駅先、時間にすると十分も乗っていないというのに、買った切符を榎に渡すために売店に行くと、二人はお菓子を買っていた。

 榎に切符を渡したら、そこで初めて「ありがと、椿君」と礼を言われた。腹が立ったが、笑ってくれているので怒るに怒れない。買ったばかりで既に開けて食べているお菓子を一口くれると言っているし、それでイイことにした。

 貰ったプリッツを食べている俺に、榎は言う。

「そういえば、彼も彼女の分の電車代は払ってたよ」それは彼がカレシだからだろ。

 スナック菓子を口いっぱいに頬張った天使が、改札口から俺たちの方に戻って来た。浮いているから、今は姿を消しているはずだ。

「ふぉい。彼らはも、向こっ側にいっけよ」口に物入れて喋るな。

 どうやら彼らはもう改札を通ったらしい。東京の電車のように数分毎に来るワケではないため、ここでは、電車が来るまで多少の待ち時間がある。彼らは、俺等の様にホームではなく、改札口を出た場所で電車を待っているようだ。天使は、口の中がアメとスナック菓子で大変なことになっているだろうに、その情報をくれた。

 電車が来るまではまだ数分あったので、俺たちは、彼らとの接触を避けるため、駅のホームの待合室に座り お菓子を食べて待った。

 お菓子が食べ終わる前に、駅のホームに電車が来ることを知らせるアナウンスがかかる。のんびりと菓子を食べていて電車の事を失念しかけた俺と榎は、急いで改札に切符を通し、陸橋を渡って目的の電車が来る二番線まで行き、黄色い線の内側で待つ。天使はスナック菓子を平らげてから、俺達より一足遅れで動き出す。姿を消し、改札を飛び越え、線路も飛び越え、俺たちの待つ黄色い線の内側に入った。

 なんとか、電車に乗り遅れることはなかった。

 彼らとは車両を別にして、乗車した。榎の言う通りであれば、電車のような密室で見つかる可能性の高い場所でまで見張らなくても、駅を出てから安全に尾行をすればいい。目を離す時間が多い尾行に意味があるかは分からないが、何度も確認するように、これは遊びなんだ。だからテキトーでいい。

 電車内では、姿を消した天使が痴漢のような良からぬことをするんじゃないかと、彼らのことよりむしろそっちに注意を払った。しかし、天使は、全く身動きがとれないほどではないが混雑した車内の窮屈感を嫌がり、俺の頭上、吊革の上に横になって目的地の駅まで横になっていた。黙ってじっとしていればいいのに、たまに俺と榎の距離が近いことを、俺の頭を突いて注意してきた。



 目的の駅に着いた。

 吊革の上で横になり車内広告を見ていた天使が乗り過ごしそうになったが、よけいなことに榎が天使を呼んだりするから、天使も降りてきた。

 駅を出て、彼らを探した。

 目的地の駅を聞いた時から彼らの行き先に付いて若干予想がついていたので、その方向を探すと案の定、彼らはいた。これでまだ尾行は続けられる。

 俺は榎と天使を呼び、尾行を再開した。彼らとはたっぷり距離をとり、かつ見失わないように気を配りながら尾行を続ける。

「なんだよ。結局椿もノリノリで尾行してるじゃん」

 尾行の途中、俺の予想している通りなら彼らの目的地まであと少しというところで、天使が言った。

「うるせぇよ。つーか、どうなんだ?ここまでで彼女の印象は?」と俺は、榎に訊く。

「そんなのまだ分かんないよ。つーか、最初に椿君と天使さんが二人でじゃれ合ってるから尾行が遅れたんでしょ」

「じゃれてねぇよ」「じゃれてないよ」

 俺と天使の声が重なってしまい、お互いに睨む。それを見た榎が「えへへ」と笑うのが癇に障り、何か言い返そうとしたのだが、「あっ、二人が入って行くよ」と榎が言うので、タイミングを逃してしまった。

「でっかい百貨店だな…」

 天使が建物を見上げて言った。

 古臭い天使が百貨店と言ったこの建物、大型ショッピングモールは、各階にそれぞれ様々な施設がある。服や雑貨といった買い物はもちろん、食事やゲーム、映画やリラックスマッサージなど、とにかく色々なことがこの建物の中でできる。だから俺は降車駅を聞いた時、デートをするならここだろうと予想を立てていた。この辺は、駅周辺には居酒屋も多く、暫らく歩けば様々な店が並ぶ大通りもあるのだが、デートで遊びに行くのならおそらくここだろう、と。特に根拠はなかったが、見事大正解!

「ほらっ、私たちも早く行こうよ」

 榎が先に入って行った。

「あっ、待ってよ榎ちゃん」

 天使が後に続く。

「ほらっ、私たちも早く行こうよ。あっ、待ってよ榎ちゃん。 かっ!やってらんね」

 俺も遅れないようにあとを追った。



 屋上の駐車場を除けば建物の最上階フロアにある映画館に来た。来たというよりも、彼らがここへ来たのでついてきた。

 そして今、俺たちは重大な問題に直面している。

「ざけんな!恋愛映画なんて眠くなるモン、見てられっかよ!」

「そっちこそアニメじゃん!アニメより実写の恋愛モノの方が面白いだろ」

 俺と天使は、どの映画を観るかで揉めていた。

「おい、アニメをバカにすんなよ」とアニメを推す俺。「それに本当の最終回は劇場でなんだよ。俺はこのテレビシリーズ全部見てて、気になってたんだよ」

「じゃあずっと気にしてれば」

「んだとぉ!」

 俺と天使が互いに譲れない言い合いをしていたら、どこかに行っていた榎が戻って来た。

「あーまたケンカしてるー」と呆れ顔の榎が言った。

「ケンカじゃねぇよ。ただの意見のぶつかりあいだ」

 俺が言うと、天使も「そうだよ」とケンカではないことを認めた。そして、意見が通せない、つーか通るワケの無いことに苛立ち、グシャグシャッと頭をかきむしった。

「そういや、お前はどこ行ってたんだよ。小便か?」

「ち…違いますぅ!てゆうか、女の子にそんなこと言うなんてデリカシーないよ!」

「デリカシーないよ」お前も前に柊に同じこと言われてただろ。

 とりあえず怒っている榎に謝り、第三者として多数決の数合わせになってもらう。

「こっちのアニメだよな。バトルシーンが派手でカッコいいらしいぞ」

「こっちだよね、榎ちゃん。アニメなんかよりも実写の恋愛モノのほうがイイよね?」

 俺たちは、壁に貼ってある映画のポスターの中からそれぞれ自分の推す作品を指さし、榎を説得する。

 しかし、榎がどちらにも頷かないので、俺達はまた議論に火を点けた。

「どうせ前に失敗した恋愛モノの映画予告に未練があるだけだろ」

「知らないくせに失敗って決めつけるなよ。それにあの時のやつは失敗じゃなく、いつかの成功の糧になっているんだよ」

「だからそれは失敗だろうが!」

 俺と天使の意見の対立は、以前に高校生男子くんの告白シチュエーションを作ってやる仕事をした時、天使がやろうとしていた映画予告作りにまで遡り、その言い争いは第二章に入ろうとしていた。しかし…。

「そんなこと言われても、チケットはもう買っちゃったよ。ホラッ」

 映画のチケットを持った榎の介入により、第二章どころか終章のクライマックスも飛び越えてしまっていた。

 そしてその結末は、俺の望んだ物ではなかった。

「なんでそっちなんだよ」

「さっすが榎ちゃん。俺と考えてることピッタンコ一緒」

 榎の持っている映画のチケットは、天使が見たいと言っていた、ポスターを見ただけで眠気を誘うような実写恋愛モノだった。榎にそっちを選んで買ってきた理由を訊くと、榎は「だって尾行してるんだから、観るなら彼らとおんなじ映画かなと思って」と答え、よく考えてみたら当り前の理由だった。

「それに、椿君もこういう映画観て、少しは乙女心を勉強した方がいいよ」

「なんだよ。まだ小便のこと怒ってんのか?」

「だから違うってば!このチケット買ってたの。それに怒って無い!」

 そう言った榎は、怒っていた。

 これ以上怒らせると厄介だと判断した俺は、観る映画の文句は言わないことにした。

 榎はわざわざ天使の分まで映画のチケットを買っていた。コイツなら、姿を消して、どっかで浮きながら観ればいいと思ったが、榎は、ずっと浮いていると疲れるだろうし、座って観た方が落ち着いて観られる、ということで買ったらしい。映画を見て感動しなくても、もう既に天使は、榎のその心遣いに感激していた。だったらもう映画なんか観なくてもいいんじゃないか、とは思ったが、余計なことは言わないでおく。

 俺と天使は、自分たちの分のチケットを立て替えてくれた榎に映画代を払った。

 そして、それと引き換えにチケットを貰おうとしたのだが、榎は出していたチケットを引っ込めて隠した。

「何してんだ?」

 俺が訊くと、榎は「ちょっと待ってぇ~」と背中に隠したチケットのシャッフルを始めた。そして、「はいっ」と映画のチケットをトランプのババ抜きをするように差し出してきた。どうやら、こうやって席決めをするつもりらしい。

 最初に俺がチケットを引いた。

 どの辺の席なのか確認しようと思い、チケットに書かれている席番を、劇場の案内板を見て探す。榎が買ってきた席は、後方ではあるが、両端の席ではなかった。彼らの座席が俺らよりも前であれば、尾行する上では彼らに見付かり難く、映画を観るのにそこまで不快に感じない、ちょうどいい席だ。

 俺が席の位置を確認している間に、天使は、残った二枚のうち一枚のチケットを引いた。残った一枚が榎の分のチケットになった。互いに決まった席を確認し合う為に席の番号を見ると、俺が真ん中で、右隣に榎、左隣に天使という席順になっていた。

「ちょっと待って!」天使が異議を申し立てた。「俺の隣が椿ぃ?恋愛映画観る時の隣が、あの椿ぃ?」俺だってヤだよ。つーか、『あの』ってどのだ。

「だって仕方ないでしょ。こうなったのも運だよ、天使さん」最悪な運だ。

「だったらせめて榎ちゃんが真ん中に座らない?」

「ダ~メッ。天使さんと椿君も、もうちょっと仲よくしてよね」恋愛映画観てか?

 天使は、榎に説得され、しぶしぶチケットを自分の財布にしまった。俺としては、榎の要らぬ気遣いも、席順にも、なんだったら今から観る映画にも興味が無かったので、グッズ販売の所へ行き、本来観たかった映画のグッズを見て、映画が始めるまでの時間を潰すことにした。

 グッズコーナーにはいろいろあって物欲に駆られたが、何も買わなかった。買ったモノを入れるカバンのような物も持っていなかったし、観てもいない映画のパンフレットだけ買うのも、なんか違うということで買わなかった。そんなことよりも、映画開始の時間まであと十分を切っていたことに気付き、トイレに寄ってから劇場に入った。

 劇場内で自分の席を探していたら、一つのポップコーンを仲良く食べている彼らの姿が目に入った。「やべ」と俺はとっさに顔をそむけたし、彼は彼女の方を見ていたから、俺は気付かれずに済んだ。それより、気付かれなかった安心よりも、俺もポップコーン買ってくればよかったと後悔していた。

 彼らの席から後方へと行き、自分の席を見つけると、そこには天使が座っていた。彼らみたいにポップコーンを榎と食べている。

「…おい、何してんだ?」

「見れば分かるだろ。ポップコーン食べてんだよ。椿も食べる?」

「サンキュ」天使からポップコーンを貰って食べた。「んじゃ、自分の席行け」

「なんだよケチ。ポップコーンあげたのに」俺はポップコーン一粒で買収されるほど安くない。

 天使はしばらく俺の席に居座り、ごねたが、榎の説得もあって自分の席に座った。

 映画が始まるまで、俺の前で天使から榎へとポップコーンがたびたび通った。鬱陶しかったので、いっそ榎と席を交換しようかなと思った時、劇場内が暗くなった。

 映画が始まる前に注意事項がまず流れ、俺はそれに従いケータイの電源を切った。

 いよいよ映画が始まる。さて、どのタイミングで寝るかな。



「…グスッ。どうだった、椿君…?」

 二時間の映画が終わり、劇場内が明るくなると、目に涙を浮かべた榎が、俺に感想を求めてきた。

「あぁ…まぁまぁ面白かった、かな…」

 最初は相手の女に好意を伝えないでウジウジしている主役の男にイライラしたが、物語が進むにつれて話に引き込まれ、榎のように泣くほどではないが最後の方は感動した。隣で寝ている天使が、何故観ない、何故寝ている、と理解出来ない。

 天使は、映画予告の時に興奮の最高潮を迎えてしまい、映画の本篇が始まると、三十分も経たないうちに寝ていた。お陰で、俺は映画の最中にポップコーンを楽しめた。一人では量が多かったので、隣でしきりに鼻をすする榎にも御裾分けして、食べ切った。

「…んっ、んぁあ~あ…終わったの?」劇場内が明るくなったことで、天使が目を覚ました。榎とは違う涙を浮かべた目をこすり、あくびをした後、頭を掻きながら俺に「で、純一とアケミの恋はどうなった?」と小声で訊いてきた。

「…なかなかだった」

 俺はテキトーに答えた。純一とアケミの恋なんて俺は知らない。つーか、純一とアケミなんて人物は今観た映画には出てきていない。たしか映画予告の中のどれかの主人公が純一という名前だったかもしれないが、忘れた。アケミについては本当に知らない。

 俺たちは暫く席から立たずにいた。映画の余韻が心地よくて動かないのではなく、映画が終わってすぐに劇場を出ようとすると、彼に見つかるかもしれないと思ったからだ。その間に榎は涙を止め、天使は伸びをしたりして頭を起こした。

「あれっ?俺のポップコーン何処行った?」

 天使が余計なことに気づいた。

「…榎の腹の中」と俺は、榎の腹を親指でさす。

「ちょっと!椿君も食べたでしょ!」

「少しだけな。俺はコイツが落とすんじゃないかって気を遣って預かったんだよ。んで、それを榎に渡しただけだ」

 俺は本当に親切で、天使の手からポップコーンを預かっただけなのに、なぜか天使と榎に怒られた。しかし、怒られた理由に身に覚えが無いことも無いので、謝ってもいいかもな、とだけ思った。

 そうこうしている間に、彼らが席を立った。おそらく映画の感想を語り合っているのだろう、笑って劇場から出ていく彼らを見送り、少し時間を空けてから俺たちも劇場を出た。映画が予想以上に面白かったので、これで彼らを見失っても今日に悔いは無いと思いながら券売所や売店のあるスペースに行くと、運よく彼等はグッズコーナーにいた。

 パンフレットを買った彼等は、エスカレーターを使い 下の階に下りて行く。俺らもそれを追いかける。

 まだ、尾行は続く。



 映画は二時間かけて観客を満足させてくれた。実際には予告があったり、待ち時間もあったりで二時間以上かかっているのかもしれない。俺たちは十時に喫茶店に集まって、それから彼らを尾行し始めた。尾行を開始する前に、少し天使を追いかけて走ったりもした。移動時間も結構かかっていただろう。

 つまり、何が言いたいのかというと…。

「おなか空いたね」

 榎の言う通りである。腹減った。

「何か食おうぜ…。腹が減っちゃ何とやらってな」俺は言った。

 彼らも俺たちと同じことを考えているようで、飲食店が多く立ち並ぶフロアに今 いる。彼らを追いかけた俺たちも、いる。

 このフロアには、牛丼やハンバーガーといったファストフードやファミリーレストランのような店だけではなく、寿司屋、ラーメン屋、しゃぶしゃぶ屋、アイスクリーム屋、とにかくがっつり食事からあっさりデザートまで、飲食に関するものが全てそろっている。…全てってのは言い過ぎた。けっこう色々そろっている。

 彼らは、何を食べるか店を見て回りながら相談していた。

 俺たちは、彼らを見失わない程度に距離をとった位置で、第二ラウンドを開始した。

「なあ。昼はハンバーガーでいいよね?」と天使。

「なんでいいんだよ」と俺は、すかさず反論する。「とりあえず俺は、パンより米が食いてぇ。つーか浴衣着てるくせに、そんなアメリカンな物が好きなのかよ?」

「見かけで人を判断するのは良くないぞ、椿。それに、俺は別にアメリカン好きでは無い。今日の気分がハンバーガーなの」

「だったら気分を変えてみろよ。浴衣に米ってピッタリだろ」

「…そうか?」

「ねぇ。私パスタ食べたい」と榎が挙手した。

「うわっ出たよ。女子のパスタ食べたい。はっきりスパゲッティを食べたいって言ったらどうだ?パスタ食いたいって言ってマカロニだけ出たら満足するか?」

「面倒くさいヤツだな、椿は」

「それを言うんだったら椿君も米って、抽象的すぎるよ」

「いいだろ別に」

「はい!じゃあ俺はカペッリーニ食べたい!」

「カペッ…何だって?」

「『カペッリーニ』。それもパスタの種類だよ、椿君」榎は、そう教えてくれた。

 俺たち三人の譲れない言い争い、三国志状態は続いた。俺は米、榎はパスタ、天使はアメリカン・カペ。譲れない以上、勝敗は運と他人に任せるしかない。ということで、彼らが入った店に俺らも入ることにした。よく考えてみたらさっきの映画と同じで、俺たちは尾行しているんだから、それが当然と言えば当然だった。

「なぁ。今 思ったんだけどさ、カペッリーニってここにあるのかな?」

 彼らの判断を待ちながらの尾行中に、天使が言った。いまさら自分の不利に気付いたらしい。

 そして…運命の審判が下る。

 彼らは、ハンバーガー屋に入って行った。

「よっしゃあ!俺あったりぃ!」

 アメリカン・カペは、当初の何が食べたいか、ということから離れ、勝手にクイズ『彼らが食べたいのは何でしょな?』を楽しんでいた。つーか、それにしたってお前の予想は外れだ。ハンバーガーからカペに変えただろ。この店にはカペは無い。

 店を決めるやり方に賛成していたので、俺も榎も文句は言わず、ハンバーガー屋に入る。



 店の中では、彼女はひとり席についていて、レジに行った彼がハンバーガーを買ってくるのを待っていた。

 俺たちは、彼らと離れた隅の席をとり、一度全員 席に着く。

「ねぇねぇ。何食べる?やっぱりポテトは食べるよね」

 天使が席に置いてあるメニューを見て、はしゃいだ。

「各々好きな物買ってくればいいだろ」

 俺が言うと、天使は「…それもそうか」と納得した。

 この店は、各席にメニューが置いてあるが、注文は客がレジまで行き、その場で会計を済ませて商品を受け取るスタイルになっている。彼らは、彼が彼女の分まで買っているようだが、俺たちは、それぞれレジまで行って好きに買ってくればいい。

「それにしたって、三人別々で行くことは無いよな」天使は言った。「俺が榎ちゃんの分まで買って来るから、席を空けないように待っててよ」

「…それもそうだな」

「あ、じゃあお願いします、天使さん」

 ということで、榎は、自分の分の注文を天使に頼んだ。料金は百円単位でもらい、端数は天使が払ってあげるらしい。さっすがですねぇ~。

「そろそろいいか…」

 彼が商品を受け取り、レジから離れるのを確認してから、俺と天使はレジに向かった。

 俺が先に注文する。

「コレと、コレ…とポテトのS一つ。あとウーロン茶Mで」

 俺はレジに備え付けのメニューを指さしながら注文した。最近のファミレスのメニューには長ったらしい商品名が増えているから、俺は最小限しか商品名を口にしないようにしている。「なんだか風のなになに添え。~なにそれとともに~」なんて、めんどくさいし恥ずかしいから言いたくない。まぁここはハンバーガー屋だけど…。

 俺がこういう注文の仕方をするから、後ろに並ぶ天使には、俺がポテトとウーロン茶を頼んだことしか分からない。だから、「おーい。椿はなに食べるの?」と天使が後ろから訊いてくる。

「…うまい物」

「なんだよ、それ。いーだろ、教えてくれても」

「来たら分かるよ」

「あら、そ」

「お待ちのお客様、どうぞ」

 店員に促され、天使は注文した。榎が何を天使に頼んだのかは分からないが、ハンバーガー二個とポテトのMサイズ一つ、輪っかのオニオンフライを一つ、オレンジジュースとコーラを注文していた。

 この店では注文を受けてから一つずつ作っているから、待ち時間が結構ある。

 俺は、待ち時間を潰すにも丁度いいと思い、天使に、「なぁ。彼らのことどう思う?」と訊いてみた。有力な情報や俺の盲点をつくようなことを期待してというワケではなく、あくまで時間を潰すために。

「…よく分かんないな。今のところは普通にデートしてるだけに見えるし」

「やっぱそうだよな…」

「こう言っちゃなんだけど、やっぱり榎ちゃんの勘違いなんじゃないかな…?」

「やっぱりって、お前がその考えは禁止にしただろ」

「えっ?楸さんが?」

「お待たせ致しました」

 予想通り、天使からは何も得られなかったが、時間潰しにはなった。

 店員は俺と天使の分を同時に出してくれた。

 商品の載ったトレーを持って、榎の待つ席に戻る。

「おっ待たせ~」

 そう言って天使は榎の隣に座り、自分と榎の間にトレーを置いた。俺は天使の正面にトレーを置いて座る。

「なぁなぁ見て見て!」

 そう言って俺達の気を引くと、天使は、紙製のストローの包みを両端からストローの中心に向けて縮めた。そして縮めた袋をそのままにしてストローから取り外し、コーラを一滴垂らす。

「ほら、ヘビ!」

「…わあーびっくりだなぁ」

 流石の榎もリアクションに困っていたので、俺が代わりに驚いてみせた。多少嘘っぽく見えたとしても実際嘘なんだし、悪いのは天使で、俺の演技力は悪くない。

 そんなことより、食事にしよう。

 俺は天使のヘビの出来に驚いた後、茶番に付き合っていて冷めたらもったいないと思い、注文した品の包みを開いた。

 天使は、俺の手にあるモノを不思議そうに見ている。

「椿の…それ、なんだ?」

「ライスバーガー」

 そう言いながら、ライスバーガーを天使に見せる。

 ハンバーガーのパンの部分が米になっていて、間には生姜焼きが挟んである。ちなみにもう一つの方もライスバーガーで、間には豚キムチが挟んである。

「米へのこだわり、どんだけだよ」

「いいだろ別に」

 と天使の戯言を受け流し、俺は一口食べてみる。ほらっ、美味い。

 このおいしいライスバーガーに興味があるようで、榎も、俺の包みの中を見ている。俺は榎に一口食べてみるか訊いたら、榎は遠慮がちに頷いた。俺が榎の方にライスバーガーを差し出すと、榎はそれに首を伸ばして噛り付いた。

「んっ、おいしいね」

 榎は、口を手で覆い隠し、言った。

「だろっ?」

「俺にも一口ちょうだい。あーん」

 天使は目を閉じ、口の開いたマヌケ面をこちらに伸ばして来た。

 優しい俺は、天使の口にポテトを一本放り込んだ。

「んっ、ポテトっ」正解。

 天使が恨めしそうな顔で俺を見て言うが、それを無視して、俺は食事を続ける。

 天使と榎のトレーは共同で、お互いにハンバーガーを一つずつ、ポテトとオニオンフライを分けあって食べている。天使は自分の分のハンバーガーを真っ先に食べ終え、ジュースを飲みながら、二つのフライを摘まんでいる。

「天使って、みんながみんな大食いってワケじゃないのか?」

 俺は二つ目のライスバーガーを食べながら、オニオンフライの衣を残して、中の玉ねぎだけを吸いだして食べている天使に訊いた。

「なんだよ突然?」

 そう言った天使は、残った衣を俺に「食べるか?」と差し出してきたが、丁重に断った。

「いや。前に柊とハンバーガー屋に来たことがあったんだよ。こことは違う系列の店だけど。そん時にアイツ、たしかハンバーガーを十個くらい食べて、まだ食べれるみたいなことを言ってたからさ」

「そうそう」と榎も、あれはすごかったと感心し、言った。「柊さん、よっぽどお腹空いてたみたいで、あっという間に十個食べちゃったよ」

 柊と初めてあった日、偶然遭遇した火事の現場から去った後、柊の体力が回復するのを待ってから、俺と榎と柊の三人で買い物に行った。その時は、俺のニット帽に代わる新しいトレードマークを探しに行ったのだが、結局決まらなかった。しかし、買い物に付き合ってくれた礼と、火事の中で助けてもらった礼ということで、柊が選んだハンバーガー屋で夕飯を奢った。ついでにその時は榎の分も俺が払った。あの時の柊の無限を思わせる食欲と比べると、天使の今の食事量は少なすぎるんじゃないかと感じた。もしかしたら、自腹かどうか、天使と堕天使か、そういうところで違いがあるのかもしれない。だから、興味本位、好奇心で天使に訊いてみた。

「ああ…。だって俺、この前にお菓子とか色々食べちゃったから。ポップコーンは誰かさんに奪われたけど…」

「だってよ、榎」

「だから、アレは椿君も食べたでしょ!」

「…そうだっけか?」思い出せない。「それにしたって、柊より全然食べてないだろ」

「そりゃそうだろ。柊はいろいろと燃費悪いんだよ。能力使った日は特に食べるし。だから、別に天使だからってアイツみたいに大食いなワケじゃないよ。アイツは特別」

「へ~そう」

「すごいよね、柊さん。私なんて、あんなに食べたらすぐに太っちゃうよ…」

 榎の言う通り、柊はスゴい。あんなに食べても太らないどころか、すごく細身だ。

 食べた物がどこに、どういったエネルギーとして使われているのか分からないが、少なくとも、胸への栄養は完璧滞っている。スゴく、ぺったんこだから。例えるなら柊は、肌も雪のように白いし、俺が今にもう食べ終わりそうなこの米だ。いや、柊は背も高いから、どちらかと言うと、タイ米のほうが近いかもしれない。

「スゴイな、柊って」

 俺はそう言って、背の低い柊みたいな米で出来た、ライスバーガーを食べた。



 気付いたら俺たちは、彼らの尾行を忘れ、普通に食事していた。そのことに気付いたのは、俺が二個目のライスバーガーを食べ終え、飲み物やポテトが残り少なくなった時だった。榎が「そういえば、私たち 何してたんだっけ?」と不意に言ったのがきっかけだった。

 俺達は、残り少ない飲み物をすすりながら、彼らを観察する。

「なに話してるのかなぁ?」

 榎が小声で訊いてきた。

 天使は一瞬考えた後、「ハンバーガー屋でお米ってあり得なくなぁ~い」と女声で言った。

「おい、それは誰のこと言ってんだ?」

「ハンバーガー屋に来て、米ばっか食うヤツ」

「あんまりバカにすんなよ」俺は、小さい声で凄んだ。「食ってないお前には分かんないだろうけど、アレ、かなり美味いんだぞ」

「楸さんは食べたいって言ったのに、くれなかったのは椿だろっ」

「…そうだっけか?」思い出せない。なんか今日の俺は記憶喪失がちだな。

 俺が記憶の糸を辿るふりをしながら残っているポテトを摘まんでいると、彼らが席を立った。早く追いかけなければいけないと思い、俺は残りのポテトを一気に食べた。天使と榎のトレーにはまだ、オニオンフライが三つ残っている。それなのに天使は腹がいっぱいだとほざく。仕方が無いので、榎の口の中にオニオンフライを入れた。一個目、二個目は榎が食べたが、残りの一個は、腹がいっぱいのはずの天使が食べた。

 俺たちが急いで店を出ると、エスカレーターに乗って下の階へ行く彼らの姿が見えた。俺らはそれを追う。

 まだまだ、尾行は続く。



 彼らを追って、俺たちは、本屋や雑貨店などが多いフロアに来た。そして今は、そのフロアの五分の一程の広いスペースで設けられているゲームセンターにいる。

 このゲームセンターにはUFOキャッチャーやコインゲームはもちろん、プリクラやTVゲーム、ちびっこ広場など、一般的なゲームセンターにあるようなゲームが揃っている。

「おぉ~!久しぶりにこんなでっかいゲーセンに来たけど、やっぱ進化してるねぇ~!」

 天使が辺りをキョロキョロ見ながら言った。テンションが上がっている。

「久しぶりって、ゲーセンに来ることなんてあるのか?」

「ん…あぁ。たまにな。俺が最後に来た頃は、ミスター・ドリラーやテトリスをやってる人が多かったな。…あと、UFOキャッチャーの操作にアナログスティックが導入された気がする」

「だいぶ前…なのか、それ?」ミスター・ドリラーってのは知らないな。

「さあ?どっちにしろゲーセンの進化は速いだろ。ここ数年は来てなかったってことだよ。んじゃ行こうぜ!」

 天使がはやる気持ちを抑えず、ゲームセンターの中に駆け込もうとする。ここへきての軽率な行動で尾行がばれるのを避ける為、俺は天使の浴衣の首襟を掴んで止めた。「首が締まった!」と天使が文句を言うのを聞き流しながら、俺は彼らの姿を探す。

 彼らは、ゲームセンターの入口から奥へ奥へと誘うように並んで配置されているUFOキャッチャーを見ながら、ゲームセンターの奥へと進んでいた。そして、UFOキャッチャー自体をすることはなく、さらに奥へと進んだ彼らは、プリクラの機械が数台並んでいる辺りをうろうろしていた。

「ねぇ。私たちもプリクラ撮ろうよ」

 榎が提案してきた。

「やだよ。こんなのやって何が楽しいってんだよ」

「え~。いいでしょ。せっかくなんだし記念にさぁ」

「そうだよ 椿。それともここに置いてあるやつじゃ不満なのか?だったら一階の入り口付近に立派なのが置いてあったぞ。そっちで撮ったらどうだ?」

「それって証明写真だろ!」

 その後の話し合いの結果、プリクラはまた後日にでも撮るということに、証明写真は各々必要な時に勝手に撮るということでまとまった。というのも、一回の時間がかかるプリクラや証明写真は、それをやっている間に彼らを見失う可能性も高いからだ。それに、プリクラの順番待ちで彼らの後ろに並ぶことは避けるべきだし、写真を撮るためだけに並ぶのはアホくさい。だから、彼らがプリクラをしている間の待ち時間、俺らは他のゲームで遊んで待つことにした。



「なあ椿。これで勝負しようぜ」

 何をして遊ぶか見て回ろうと思ったら、天使がいきなりエアホッケーをやろうと言いだした。

「やだよ。やるなら榎とでもやってろ」

 俺はそう言い残し、UFOキャッチャーのプライズを見に行こうとした。

「…はっはぁ~ん。さては、負けるのが怖いんでしゅかぁ~」

「…んだと!」

 俺は思わず足を止めた。

「しょうがないよな。俺はエアホッケーの世界チャンピョンと言われた男だからな」

「エアホッケーに世界大会なんてあるかよ。つーか、チャンピョンじゃなくチャンピオンな」ふーっ。危うくバカの挑発に乗せられるところだった。

「なぁ~いいだろ~。俺の圧勝にならないようにハンデあげるからさ」

「ハンデだと…。上等だ!今日を持ってエアホッケー世界チャンピョンの座は、俺がいただく!」

 ということで、俺VS天使のエアホッケー勝負が始まる。別にアイツの挑発の乗ったワケではない。乗ったふりをしただけで、俺もエアホッケーをしたかっただけだから。ホントに。

「じゃあ俺が百円払っとくけど、負けた時は椿が俺に百円払えよ」

 天使が財布から百円を出した。そして、出した百円を榎に渡す。榎はここでは審判。

「わかった。俺は百円払わなくていいんだな」

 榎が百円を機械に入れたら、俺の方からパックが出てきた。

 パックが出てきた俺からの攻撃で試合スタートだが、雰囲気を出すためにということで、一度審判の榎にパックを渡す。榎はここでは『関口』と言う苗字になった。

「…話聞いてた?負けたら払うんだよ」

「だって俺、負けねぇモン」

「上等だよ!」

 俺と天使は睨み合い、試合が始まる。

「はい!いっくよ!」

 そう言って関口 榎は、俺の方にパックを滑らせた。俺は、右手で構えている天使の、空いている左側ゴールをめがけてパックを真っ直ぐ打った。それを天使は、はじき返すでも、見逃すでもなく、上から押さえつけて止めた。

「なっ…!」

「ふっふっふ。甘いな、椿。俺は敢えて左側を空けて誘ったんだよ。単純な椿はこっちを狙うと思ってな。予想通りで嬉しいよ」

「いいから打ち返せ!」

「まぁ聞けって。…いや、聞かなくていいか。見さらせ!コレが世界チャンピョンの力だ!」

 天使は無駄に声を張る。

 天使は、エアホッケー台の横に移動すると、腕をボクシングのフックの様に振ってパックを打ち、壁にワンクッション入れ、俺のゴールの隙間を正確に射抜いた。

 俺 0―1 天使

「くっ…!」

「はっはっは!分かったか、椿!真っ直ぐに打つなんて見切られて当然。いかに壁を使って相手を翻弄し、ゴールを空けさせ、そこを正確に射抜けるかが…」

 俺 1―1 天使

 俺は天使がごちゃごちゃ喋っていて隙だらけだったので、思わず真っ直ぐに打ち、ゴールを決めてしまった。

「おい!卑怯だぞ 椿!俺まだ喋ってたじゃん」

「勝負の最中に油断してるヤツが悪いんだよ。つーか、え、何?壁を使って…?真っ直ぐ打ったらフツーに入っちゃったけど?」

「上等だよ!世界チャンピョンの恐ろしさを見せてやる」

「ねぇ。私 審判なんだから、私にパック渡してよ!」

 関口 榎はただの榎に戻った。

 俺と天使の打ち合いは、審判不在でも白熱している。真っ直ぐ、ストレート勝負を挑み続ける俺。自分の性格を表すかのように、壁にパックを当ててクネクネ攻めて来るちょこざいな天使。両者一歩も譲らない闘いは続いたが…。

 俺 1―5 天使

「あれっ?どうしたのかな、つ~ばきく~ん。けっこう差が開いちゃったけど、大丈夫?」

「っるせぇ!」

 俺が真っ直ぐ打ったパックを天使は難無く打ち返し、壁に一度当たって返ってきたパックは俺のゴールに吸い込まれた。

 俺 1―6 天使

 このエアホッケーは、どちらかが先に7点獲るとゲームセットになる。つまり、今の1点で天使は勝利に王手をかけた。

「俺、マッチポーイント!」

 俺は、膝の辺りにある穴から出て来るパックを取る。

「おいおい、弱いなぁ椿は。やっぱりハンデが必要だったかな~?」

 天使はその後も何かしらほざいていたが、俺はそれを無視し、目を閉じて一度冷静になる。振り返ってみたら、俺はここまで感情的になり過ぎていた。そのせいで攻め方もワンパターンになった。だから冷静になる必要がある。

 思い出せ!俺の攻め方の悪い点。なんで天使の打つパックは入って、俺の打つパックは止められるのか。どうすれば俺のパックも入る?俺は天使との今までのゲームを振り返り、勝つためのイメージを固める。そして、願う。

 このクソ天使には絶対負けたくねぇ!

「どうしちゃったのかな、椿?ボーっとしちゃって。もしかして俺に勝てそうもなくて戦意喪失しちゃった?」

 俺が知る限りだと、今の天使の発言に似たセリフを、負ける敵キャラは言っていた。俺に追い風がきた。俺は主人公で、天使はモブの雑魚キャラだ!

「ふっ。油断してられるのも今のうちだ…!」

 俺は目を開き、パックを置いた。イメージしたことを思い出し、行動に移す。

 反撃開始だ!

 俺は今までと攻め方を変え、天使がしていたように壁を使う。どこに当たればどこに行くか、天使はどういう反応を見せるかをイメージして放った一撃は、今まで苦戦していたのがバカらしくなるくらい、天使のガードをすり抜け、ゴールに入った。

 俺 2―6 天使

「やっとまともな勝負になりそうだな…。だが、遅い!これで終いだ!」

 天使が放った一撃も、冷静になれば良く見える。どこにどうバウンドしてくるかが分かれば、闇雲に打ち返して、むざむざパックを天使に返すことは無い。俺は力を抜いてパックを止め、天使の方に戻りそうになったところを上から押さえつけた。そして、天使がしたようにエアホッケー台の横に行き、パックを打つ。ただし天使とは違い、真っ直ぐに。先ほどの1点が脳裏にあったのか、天使は反応すらできず、パックはゴールに入った。

 俺 3―6 天使

 予想通りだ。壁を使った攻撃と速いストレート。このやり方と俺の〝願いを叶えやすくする力″があれば、天使なんて雑魚でしかない。

「どうした?さっきので 終いじゃなかったか?つーか、ハンデはこれくらいでいいよな」

「くっ。マグレが2本続いただけだろ」

 天使は動揺が出ないよう強がっているが…。

 俺 4―6 天使

 俺 5―6 天使

 俺 6―6 天使

 あっという間に同点だ。このゲームではデュース制は採られてないので、次の1点を取った方が勝ちとなる。

「なかなかやるな、椿。正直驚いたぞ」

「だったら驚いたまま気を失った方がいいぞ。負けたショックで気絶よりはいいだろ?」

 天使がパックを台の上に置き、最後の1点勝負が始まる。はずだったのだが、俺と天使の気魄とは裏腹に、天使が放つパックはみるみる失速した。

「おい、どういうことだよコレ?」

 俺は榎に訊いた。榎は、関口 榎に戻っていて、台に書かれたルール説明を見て、原因を俺たちに説明する。

「時間切れだよ、椿君」

 関口 榎曰く、このゲームは点数以外にも時間制限で終わることがあるらしい。信じたくないが、実際に今、時間切れという事実を裏打ちするように、さっきまでパックを浮かすために噴き出ていた空気が止まっている。

「それじゃあ、どうやって勝負をつけりゃいいんだよ?」

「ホントはこの時点で終わりだけどパックは出てるし、コレを入れた方が勝ちってことで」

 審判の関口 榎は、そう言った。俺も天使も、たしかにそうするしかないと判断し、勝負を再開する。しかし、パックはさっきまでのスピードは出ない。俺たちの一旦冷めてしまった熱気では、上昇気流も起こせない。

 天使が壁を使って打つパックは、俺のゴール手前で失速するので容易に止められる。俺は真っ直ぐに、ただ力を込めてパックを打つ。力任せに打ったパックは、それなりにスピードが出て、天使のゴールに入った。

 俺 7―6 天使

 俺の勝ち。スッキリしない最後だったけど、俺の勝ちには変わりない。

「ちょっと待ってよ!今のナシ。もっかいやろっ」

 天使は新世界チャンピョンに無礼な口を叩く。俺はいつ何時、誰の挑戦でも受けるようなチャンピョンではないので、天使の再戦申し込みは無視した。他のゲームがしたい。



 その後、負けず嫌いの天使は何かと勝負をしたがった。

 レーシングゲームなら勝てると挑んでは、負けた。レーシングゲームは、榎も入れて三人で勝負をした。天使はスタート直後から、エアホッケーの仕返しとでもいうように、執拗に俺の車に車体をぶつけてきた。俺はそれに反撃した。その隙をついて、榎はさっさとゴールした。俺と天使のビリ争いでは、タッチの差で俺が勝った。

「だから言ったろ。お前は俺には勝てないんだって」

「うるへー。椿だって榎ちゃんに負けただろ。それに、楸さんの車はガス欠寸前だったんだよ」

「このゲームにはガス欠なんて無いけどな」

「ねぇねぇ、椿君」

「ん?なんだ榎?」

「私の勝ちぃ!椿君のザーコ」

「うるせぇ!」

「ナイス榎ちゃん!」

 負け犬天使が手を叩きながら笑った。

 そして次に、直接対決を諦めたのか、天使は「コレ、俺得意!」と言って、ドラムを模したリズムゲームをやりたがった。このゲームは、簡単にいえば、プレイ画面に映し出された指示通り、実際にドラムを叩くというものだ。

「これ得意って、これ最新機種っぽいぞ。やったこと無いだろ」

 ゲームセンターに来た時、最初に天使は、久しぶりに来たと言っていた。このタイプのゲームがいつからあるかは分からないが、天使が最後に来たと言っていた頃には無かったのではないか、と疑問と一緒に忠告を投げかけるつもりで言った。

「たしかに、ゲームはやったことはないよ」

 天使はあっさり認めた。

「だったら得意って言うなよ」

「ちっちっち。ゲームは、って言っただろ」

「もしかして天使さん、ドラムできるの?」

「正解!さっすが榎ちゃん」

 そう言うと天使は、意気揚々と背もたれの無い丸椅子に座り、左手に持ったスティックをクルクルと器用に回しながら百円を入れた。スティックに盗難防止用に付いている紐が絡まり、手から落ちた。

 そして天使は、このゲーム初心者のくせに、EASYモードという親切設定を無視し、通常モードで始めた。

「おっ。この曲は知ってる」

 天使は自分の知っている曲を探し出し、ゲームをスタートさせる。

 たしかに天使の言う通り、天使はドラム初心者というワケではなさそうだった。スティックを器用に操る手付きには経験者の慣れが見えた。しかし…。

「おっかしいな~。やっぱりゲームと実際じゃ、感覚に差があるなぁ」

 天使は頭を掻きながら、スティックを所定の位置に戻した。

 ゲームの結果は散々だった。

 ドラムを叩く天使の姿はなかなか様になっていたが、天使の叩くタイミングは常にワンテンポもツーテンポも速かった。

「得意だったんじゃないのかよ」

 俺が茶化す声は天使には届いていないようで、反応が無い。

「でも、ドラムやる天使さん、カッコ良かったよ」

「ホントに!ありがと榎ちゃん」

 榎が誉める声は天使に届いたようで、天使は喜んでいる。



「さ~て、次はなにする?」

 先を歩き、次にやるゲームを物色している天使の後をついていたら、必死にUFOキャッチャーをやっている人の姿が入った。彼だ。

「おい、待て!」

 天使が彼の方にまで行きそうだったので止めた。

 またもや忘れかけていたが、俺たちは今、彼らを尾行している最中だった。いつの間にかプリクラは撮り終えていたようで、今はUFOキャッチャーをしている。

 俺たちは、彼らから離れ、UFOキャッチャーの台に隠れて彼らを見ることにした。UFOキャッチャーの壁は透けているが、中に貼られているポスターやプライズで俺たちの姿は隠れているはずだ。

 彼は、必死になってぬいぐるみを取ろうとしていた。そのぬいぐるみは、以前 高校生男子くんの彼女が失くしたと言って、俺たちが必死に探した、あのウサギ熊だ。中途半端に長い耳、覇気の欠片も無い黒豆のような目、獲物を捕える為の鋭い爪、そして牙ではなく出っ歯。こんな物が流行っているのかは知らないが、高校生男子くんの彼女が持っていた物より大きい、五十センチくらいはあるぬいぐるみを取ろうと、彼は必死になっている。

 俺が彼のプレイする様を見ていたら、隠れるのに利用していたUFOキャッチャーが動き始めた。

「ちっ。全然ダメだな。持ち上がんないぞ、これ」

 UFOを動かしていたのは天使だった。

 天使は、箱に入ったミニドラムセットを狙っていた。演奏することは無理そうだが、置物程度のドラムセット。さっき榎に褒められたから調子に乗っているのだろう。

「何やってんだよ…」

「何って、UFOキャッチャーだよ」天使は、人が尾行を続けているというのに、いけしゃあしゃあと言いやがった。「それにしてもキャッチャーって言うくせに持ち上げる力が全然無いんだよ、コイツ。生まれたてのハムスターよりも非力だぞ」生まれたてのハムスターよりは力あるだろ。

 天使がもう一度プレイをするが、UFOは見事にプライズを持ち上げるどころか、ツメが何にも引っかからず、ミニドラムセットは微動だにしない。

「たぶん、コレって持ち上げるってよりも引きずったりして落とすんじゃないのか?」

 あまりにも天使の動かすUFOが哀れだったので、俺は有難いアドバイスをする。

「引きずるって、どうすんだよ椿?」

「どうって、あえて中心からずらした位置を掴む時の力で引きずるとか、ワザと箱を過ぎた位置から開いたウデで押すとか、あとは箱の隅を上から押さえ付けて動かすとかか…」

「キャッチする気も無い『UFOキャッチャー』ってなんだよ。『UFOずらし』か?」

「いや、しらねぇよ」

「まぁいいや。口で言うのは簡単だし、やってみろよ」

 天使がそう言うので、俺はしぶしぶ財布から百円を出した。もし取れてしまったら天使が欲しがってうるさくなると思ったので、ミニドラムセットが置いてある台と隣、リアルな造形の動物マスコットが箱に入っている台で、手本を見せる。

「椿君!あれとって。あのウサギの」

 俺はどれも要らないので、榎のリクエストに応えることにした。

 手の平サイズの小さい箱だから素直に持ち上げることもできそうだったが、天使に言ったようなやり方で挑戦することにした。これは手前に落とせばそれでゲットらしいから、それで楽勝だろ。

 まず、アームがどの位開くのか、アームの肘部分を見ておおよその見当を立てる。そして、UFOが下りた時にツメの部分が箱の縁、できれば隅の方に当たるよう、動かす位置をイメージする。あとは、その通り動かすだけだ。

 二種類のボタンを押し、横、奥へとUFOを動かす。アームを開いたUFOが下りてくると、ツメの部分が箱の手前隅に当たった。すると、ツメの当たった部分と反対側が浮き上がり、力の加わった点を中心に、箱が半回転した。半回転した箱は、そのほとんどが一瞬 宙に浮いたような状態になり、重力に引っ張られ、落ちてきた。

 これで、ゲット。イメージ通りだ。

 落ちてきた箱を取り、榎に渡す。

「ほらよっ」

「うわぁ。ありがと」

 俺がここぞとばかりに「どうだ」と天使の方を見ると、天使は百円をボタンの横に置き、ミニドラムセットを注視していた。

「…その勢いで、レッツ・ゴー!」

「やだよ。自分でやれ」

「いいだろ~。なぁ椿ぃ」

 ミニドラムセットを取らなくても、天使はうるさかった。

 うるさい天使から逃げる様に、俺は彼らの方に意識を向けた。すると、彼がやっとこさぬいぐるみを取ったところだった。いくらかけたのか、彼からは疲労感が滲み出ている。彼女は彼からぬいぐるみを受け取り、嬉しそうに抱きかかえている。

 ぬいぐるみが取れた今 ここにはもう用は無いのか、彼らはゲームセンターから出て行く。

 俺と榎は、それを追った。

「あっ、ちょっと待てよ!まだ俺やってるんだけど!」

 天使の声が後ろから聞こえた。

 まだまだまだ、尾行は続く。そろそろ止めたい…。



 彼らは、靴屋や服屋、アクセサリー屋などファッションに関するものが集まるフロアに来た。ファッションフロアは二階分設けられていて、婦人向け、子供向けなど厳密ではないが区画分けされている。今いるのは、若い女性向けの店が揃っている辺りだ。

 当然、俺たちもここにいる。

「ねぇねぇ、椿君」

「やだ!」

「ちょっと!まだ何も言ってないでしょ!」

 怒る榎の手には、二種類の洋服が握られている。

「どーせ、アレだろ。こっちとこっち、どっちが似合う的な。知るかっつーの。どうせ自分の中でもう決めてんだろ」

「…こっちとこっち、どっちがイイ?」

「話聞いてた…?」

「俺はこっちの方が榎ちゃんに似合ってると思うよ!」

 ゲームセンターに置いて来たはずの天使が言った。その手には、さっきのミニドラムセットがない。取れないから諦めて来たのだろう。

 榎は、天使が指さした方の服を悩みながら戻した。お気に召さなかったようだ。ついでということで、もう一つの服も戻させた。

 やってらんね、それが今の俺の正直な気持ちだ。

 今まで行った映画館やハンバーガー屋、ゲームセンターは俺も楽しめたから特に文句は言ってこなかったが、ここは違う。女子向けのファッションフロアは、農芸品売り場よりも見るモノが無く、正直かなりつまんない。だから何とかして別の場所に行く方法、もしくは尾行を終わらせる方法を考えた時、名案が浮かんだ。

「なぁ。やっぱ柊呼ばないか?」

 それは、ここまでの尾行の努力を無にしてしまうような考えだったが、どうせ尾行も飽きたことだし、ちょうどいいと思った。

「だって柊さん、忙しいんだってよ」

 天使が言うことを疑っていない榎が言った。

「忙しいっつっても、今日一日中ってことはないだろ。もしかしたら今呼んだら来るかもしれない。柊呼んで〝読心術″使ってもらえば、彼女の考えてることが分かって、榎の感じる違和感の謎も解決するかもしれないだろ」

 ナイス、俺の名案。

 天使がついているであろう嘘については触れず、柊を呼ぶよう提案してみた。

 すると、天使はしばし考えていたが「しゃーねぇな」と納得してくれた。

「おーい、柊ぃ」

 天使は電話をかけるでも、テレパシーで呼び掛けるでもなく、その場で柊の名前を呼んだ。その声も、決して大きくは無い。

「はーい。アタシのこと呼んだ?」

 名前を呼ばれた柊は、来ていない。名前を呼ばれて出てきたのは、天使の口に咥えられていた、アメの部分が既に舐め終えられていて無い、アメの棒だった。天使は、その棒を持ち、裏声で喋りながらそれに合わせて棒を揺らしている。

「…何、やってんだ?」

「ハッ。何言ってんのさ。アタシが〝聖なる堕天使″柊だって言ってんだろ」

 天使の裏声に合わせて、アメの棒が揺れる。

「でもそれ、アメの棒だよ、天使さん?」

「ハッ。これがアタシの正体よ。アタシは実はアメの棒の化身だったのよ。普段は天使の姿に化けていたんだけど、それでもやっぱりこの白い肌と 細い身体は隠せなくてね…。だから胸も無いのよ…」

 天使は自分で言って、自分で笑っている。俺と榎は、天使のその柊をアメの棒に見立てた遊びに付き合うつもりはない。つーか、付き合えない。

「柊ってそんなに細くないよな?つーか、もっと色っぽい、イイ女だったぞ」

「どこ見て言ってんだい、このエロ助!アタシのこの無い胸が見えないの?あっ、無いから見えないのか。ははっ。…てゆうか、ホントにどこ見てんだよ、つば…」

 俺の視線がアメの棒に向いていないことに疑問を感じ、途中から天使は地声に戻った。

 天使は、その瞬間、恐怖を感じた。冷や汗が顔中から噴き出ている。

 そして、恐怖の正体を確認しようとゆっくり慎重に振り返り、自分の背後に立っていた悪魔と言う名の柊、逆か、柊と言う名の悪魔を見つけた。

「はーい。アタシが〝聖なる堕天使″柊ちゃんよ」

 嵐の前の静けさ。微笑みながら穏やかな声で、柊は言った。

「は…はーい。あ、アタシも〝聖なる堕天使″柊ちゃんよ。でも、お腹痛いから今日は帰ろうかな…」

 青ざめた顔の天使は、震えた声で言い、逃げようとした。が、柊に浴衣の首襟を掴まれてしまった。そして、柊による尋問が始まった。

「アタシって今日、忙しかったの?」

「あれっ?違った?…おかしいな、思い出せない。俺って記憶喪失気味だから…」

「アタシは何の化身だって?」

「…美の女神」

「ふーん。…じゃあ最後。誰の何が無いって?」

「…美の女神、柊さんの…胸」

 最後に天使は開き直った。何を言っても逃れられないと、自分の最期を悟ったのだろう。

 お仕置きの時間が始まった。柊は背負っていた大剣を手にする。そして天使は、柊の持つ悪魔の能力の一つ〝悪魔の剣″で吹っ飛ばされた。柊は右手一本で、その細い腕からは想像もつかない速さで重量級武器に属しそうな大剣を振り、天使を吹っ飛ばした。

 お仕置きの時間終わり。

 柊は、大剣を背中に納めた。そして、その大剣は、その瞬間から俺には見えなくなった。〝視覚防壁″とやらを張って、俺を含む普通の人間には見えなくしたのだろう。ついでに柊の羽も、おそらく同じ理由で見えない。

 柊の一撃は峰打ちだったようで、広い通路で誰にも迷惑をかけずに伸びている天使の身体は一つのままだ。天使の身体は一つだが、動かない。

 死んだか…?


柊登場、というところで次に続きます。

椿たちを遊ばせすぎました。




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