第五話 天使は恋のキューピッド?(後篇)
前回の続きです。花火は上がるのかな、ってところから始まります。
椿 Ⅱ
翌日。つまり高校生男子くんが告白をすると決めた日で月曜日は祝日の花火をやる今日の日。あれっ?よく分かんなくなったが、簡単に言うと翌日の月曜日だ。
今日の俺も若干の寝不足だ。だから頭の回転がほんの少しだけ悪い。
昨日、天使と別れてから寄り道することも寄り道する体力も無く、家に帰った。帰ってからは何をするでもなく、俺の帰りを健気に出る時のままの姿と場所で待っていてくれたベッドと枕に飛びついた。そして寝た。
吐き気がするくらい眠かったはずなのに、数時間寝ただけで起きた。たしか起きたのは午後9時前だったはずだ。5時間も寝ていない。起きた原因は空腹だった。かけてもいない目覚ましが鳴ったのかと思うほどに空腹に耐えきれず、起きた時、俺の腹は鳴った。そうなると再び眠りに就くためにはその音を消す必要があった。
母さんは気持ちよさそうに眠っている俺に気を使ったようで、夕食時にたたき起こすどころか夕飯の支度すらもしてくれなかった。母さんなりの母の愛だと思う。しょうがないので俺は冷蔵庫を漁ってなんか食べられる物を探して食べた。手を加えたらもう少しはまともな食事も食べられたけど、そんなことをしないでも食べられる絶品料理、卵かけごはんで俺の腹を納得させた。
飯を食べたらまた眠くなりそうなものだが、ここ数日はシャワーだけでちゃんと風呂に入っていなかったことを思い出し、ここ数日の冒険の疲れと今日天使と会って生じた精神的疲労をちゃんととろうと風呂に入った。風呂からあがってすぐベッドに入り熟睡、とはいかなかった。風呂から上がると、風呂上りの熱を冷ますために布団には入らずベッドの上に座ってケータイをいじった。今思うと、これが間違いだった。
ケータイで数日間冒険した世界のことを調べた。読み込みをスムーズにするためにハードは新しい物を使ったが、ソフト自体は古いものだったのでネット上に情報はそろっていた。その情報には、俺が世界平和を急ぐあまりに見落としていたアイテムやミニゲームの詳細も載っていた。しかし、問題はそんなことではない。そんなモノは今からでも取り戻せる。俺が問題視したのはヤツの存在だ!
ヤツは、あの世界の影に潜んでいた。けして自ら表舞台に出ることはないが、確かに俺の、俺たちの敵として存在している。しかもかなり強いらしい。そんなヤツをのさばらせておくわけにはいかない、ということで勇者は再び武器を、俺はコントローラーをとった。
スタートさせると、やはり俺が必死に作った平和は無くなっていて、世界は闇に包まれ、ラスボスを倒す直前になっていた。今となっては目の前で待っているボスは雑魚も同然だ。一度倒した敵には興味がない。それよりもヤツだ。ケータイで得た情報の場所を調べると、たしかにそこには敵がいた。何度も見えない陰に『調べる』カーソルを合わせていると、こちらの闘う覚悟を訊かれたので、ラスボスも倒せるこのパーティーならイケると思い闘いを挑んだ。瞬殺だった。負けた。
なんだ、あの化け物は?こっちはラスボスを倒し世界を救うことができる力を持っていたというのにまるで歯が立たない。ラスボスよりも強い敵って何だよ!アイツがボスやればいいじゃないか。俺が倒せたラスボスも、とんだ咬ませ犬だったってことか。
ということで、ラスボスよりも強い敵を倒すことにした。そうしなければならなかった。なぜなら俺はこっちの世界ではダークヒーローであっちの世界では勇者なのだが、どっちの世界でも主人公なのだ。主人公だったら一度負けたくらいで諦めちゃいけない。勝てたら最強の武器も手に入るらしいしな。力をつけてリターンマッチだ!レベル上げだ!
しかし、どんなにレベルを上げても、今までの冒険で貯めたお金で考え得る最強の武器を揃えても、何度挑戦しても勝てなかった。五回目の圧倒的敗北のあと、これは何かおかしい、なんか勝てない理由があるんだと思い、またケータイを手に取り情報を集めた。そして、どうやらその敵を倒すにはある程度決まったパターンがあるということが分かった。薄々気付いていたやり方だった。嘘ではない。あと数回でそのやり方を掴んで勝てたんだ。ケータイで情報を集めるまでも無かった。しかし細かいところもあったので、ケータイを傍らに置きながら六回目の決戦に向かった。底をつきそうになる回復アイテム、倒れる仲間、瀕死状態から復活した仲間、激しい死闘の末に俺はとうとうヤツを倒した。勝因は何かと訊かれたら、ゲームの世界に無いアイテムを使ったことかもしれないが、そんなことはどうでもいい。勝因なんて訊かれても無視すればいいし、そもそも訊く人がいない。とにかく俺はヤツを倒し、最強の武器という物を手に入れた。そして気づいた。現実の俺の世界が明るくなり始めていることに。
約束の時間は夜の8時だから寝ようと思えばその時間まで寝ることはできただろう。しかし最強の敵に勝利した俺は興奮していて、すぐに寝ることはなかった。手に入れた最強の武器を使いもう一度ラスボスを倒した。ヤツを倒せるレベルで最強の武器を装備した状態の俺たちにとっては、本当に雑魚と言ってよいくらいに楽勝だった。そしてまた仮初の平和を作った後、読んだのに覚えていないのか、それともホントに読んでいないのか分からない週刊誌を読み始めた。本来の発売日は月曜日の今日であるはずなので、今日が祝日でなければ、かなり早く手に入れたことになるはずの二日前に発売した週刊誌を読んだ。読み終えたころには昼になっていた。俺は熟読する派だから。そして同じ週刊誌を二回読んだり、なんやかんやしたりで夕方になっていた。その時から寝たら夜の8時どころか下手したら明日の朝8時にでもなりそうだったので寝なかった。俺は、仕事はきっちりする派でもある。
ということで、俺は今日も寝不足だ。
約束の時間、約束の場所に来た。こうした表現の方が「夜の8時前に河原に来た」と言うよりはカッコイイだろう。ということで、来た。つーか、来れた。眠いのに頑張った。五月になっても夜の河原は風が吹いていて少し肌寒さを感じる。
ここの河原は、砂利の多い場所も上流にはあるが、俺たちが集まる場所には草が生い茂っている。たまに大学生がブルーシートを敷いて酒を飲んでいるのも、主にこっちの方だ。
集合場所と指定された所には、怪しいはずの俺たちを信じてくれた高校生男子くんが先に来ていた。あとなぜか榎もいた。
「あー、遅いよ 椿君!彼ずっと待ってたよ」
榎が俺に気付き、手を振った。
彼と言われた高校生男子くんは、榎と少し距離を置いて待っていた。市が毎年夏に開く花火大会ではなく、昨日公園にいた俺たち三人と連絡が行った彼女しか開催を知らない小さな花火大会に、見知らぬ女 (榎)が来ているから警戒しているのかもしれない。ここは彼にとっては花火の見物場所というだけではなく告白する、まさに決戦の地でもあるのだから、邪魔者がいると思っているのかもしれない。そんな高校生男子くんは置いといて、まずは俺の目先にいる榎に話しかける。
「うるせぇよ。まだ8時前だからセーフだろ。つーか、なんでお前がここにいるんだよ?」
「だって天使さんから花火大会やるから来てってメール来たよ」ほらっ、と言って見せてきた、ウサギのストラップがゆれるケータイのメール画面には、たしかに天使からの誘いのメールがある。「私一通目のメールが来た時にまだバイトしてたから返事返せなかったんだ。でもその後に来てた二通目で、もし私が来れたらってことでここの場所と時間を教えてくれてたの。だから、来ちゃった」
「あっそ」
もうどうでもよかったのに、榎は「昨日は夜遅かったからメールの返事は今日の朝したんだけど、天使さんも花火楽しみにしてるみたいだよ」と言って見せてくれたメールは、『ホント!良かったぁ!椿がバカやらないか監視して欲しいってのも正直あるけど、花火そのものも綺麗だから榎ちゃんに見て欲しかったんだよ!じゃ、楽しみにしててね!バイビ―』という文面を色鮮やかな絵文字で飾り、たしかに浮かれていた。おそらくちっとも返ってこないメールの返信をヤキモキしながらずっと待っていたのだろう。
たしか今回は天使の都合で、榎には天使の仕事をしているのだと知られたくないはずだが、映画予告だかの話をしなければ問題ないのだろう。それに女性の榎がいたほうが、もしもの時にアドバイスとかしてくれて何かといいかもしれない。たぶん。
簡単に事の顛末ってほどでもないが、そこにいる高校生男子くんが、高校に入ってから男友達のライバルが増えたことに焦り、今から花火大会というシチュエーションのなかで意中の幼馴染の女の子に告白するのだということを榎に教えた。話を聞いた榎は「なんか私と椿君みたいだね」と言ったが、俺が「幼馴染ってだけだろ。お前、高校入っても特に仲イイ男友達なんていたか?」と言うと、榎は「……いたし」と少し機嫌を損ねたように見えた。しかしその後、榎は、若干の興奮を見せ 仕事のヤル気を出した。「紅一点の私が頑張っちゃうよ」と言ってくれているが、俺たちは今回シチュエーション作りが仕事で、花火の用意もできたら特にやることはないのだと説明すると「な~んだ」と落ち着きを見せ、これから始まる花火大会に意識を向けた。
「よう。来てくれたんだな」
俺は高校生男子くんの方に行き、声をかけた。
「あ、はい。覚悟決めたッスよ」
高校生男子くんは、口は笑っているが不安の色が浮かぶ顔で答えた。高校生男子くんが気になっているだろう榎のことは、俺たちの知り合いでお前の味方、少なくとも敵や邪魔ものではないと簡単に説明した。告白を控えた彼にとってはどうでもいいことだったようで、「そっスか」と簡単に受け入れた。
それから間もなく、女子高校生と思われる女の子が現れた。隣にいる高校生男子くんが彼女のと思われる名前でその人を呼んでいるから、間違いないのだろう。
あれが、高校生男子君が告白する、彼女だ。
「カワイイ人だね」
榎が言った。カワイイかどうかは別として、その彼女は長い黒髪を一つに結び、俺はファッションに詳しくないので分からないが、昼の情報番組で紹介していた今春の流行らしい服装で来た。
「おい。お前なんて言って彼女を呼んだんだよ?わざわざバッグ持ってくるほどのことじゃないだろ」
彼女がこちらに来る前にこっそりと高校生男子くんに訊いた。
「分かってないなぁ椿君は。女の子にはいろいろとアイテムが必要なの」
榎が答えた。榎も女の子のはずだが、こいつは手ぶらで来ている。
彼女が来た。よく見るとバッグには変なキャラクターの人形が付いている。まるい耳が長い、ようで長くない、あれはウサギ……いや、鼻の形はクマか?
「今日はありがとうございます。私まで花火の試し打ちに呼んでもらって」
彼女は、俺の方に頭を下げて言った。どうやら高校生男子くんは、そう理由付けて呼んだらしい。ということは、俺は彼と花火の試し打ちに呼ぶくらい親しい仲ということなのか。それにしてもこんなに若い花火職人はいないだろうから、俺は花火師・五十嵐さんの弟子ということになるのかな。そういうイメージでイイよな。
「いや、気にしないでくれ。俺たちも一般人の感想は多い方がいいからさ」
「うん。そうだよ。気にしないでくれ」
榎も状況を理解してか、ただ俺の真似をしただけなのか、そう言った。
嘘が交じった自己紹介を一通りした。彼女は、高校生男子くんに今日の昼過ぎにいきなり誘われ驚いたと彼に文句を言っているが、来ることが嫌だったワケではないようだ。
寝不足でイライラしている俺にとっては幸いなことに、高校生男子くんが告白したいと言った幼馴染は、俺が嫌いな女子高生とは違うタイプのようだ。明るいが別にうるさいギャルという雰囲気でもなく、丁寧なあいさつも好感が持てた。俺が嫌いな女子高生の例外に当たる希少種のようだ。いや、分からないな。もしかしたら彼女も同じ女子高生と群れると変わるのかもしれない。俺が嫌いなタイプの女子高生に。だとしたらヤル気が出ない。
そうならない人であることを願おう。
さて、役者が揃わない。
天使が来ていない。つまり花火大会が始められない。
約束の8時を5分過ぎた。アイツに時間厳守を求めてはいないが、あまり遅いと作戦に支障が出る。支障が出始める前に、俺はみんなと離れ、天使に電話をかけた。思えば初めて自分からアイツに連絡をとる。
プルルッ、プルルッ。がちゃっ
『なんだよ?』
天使の不機嫌な声がケータイから聞こえた。
「なんだよ、じゃねぇよ。お前今どこにいるんだ?」
『はぁ。椿から初めて電話がかかってきて出てみたらコレか。よく確認したのか?お前が今電話かけている相手の名前はちゃんと「楸さん」ってなってるはずだ。俺が物分かりの悪い椿のためにそう登録したんだから。だいたいな…』
「悪かったって」
天使の愚痴が長くなりそうだったので止めた。一応言っておくと、たしかに最初は俺のケータイに「楸さん」と登録されていたが、今はちゃんと「クソ天使」にしてある。
「それで、何処にいるんだ?」
『上流だよ、じょーりゅー。じょーりゅーけん!』天使がスベったのは無視。
「なんだ。こっちには来ないのか?」
『いや、俺だってそっちに行きたかったよ。映画予告のアイディアも得られるし、榎ちゃんもいるんだろ』
「だったら早く来いよ」
『だから無理なんだって』
天使は、不機嫌をぶちまけるように言った。
天使が言うには、あいつは今日、五十嵐さんの助手らしい。なんでも、無料で花火を打ち上げる代わりに、設置や諸々の雑用を天使が引き受けることになったそうだ。それで今は俺達がいる場所から一キロくらい先の上流にいて、こっちには合流できるのは全て打ち終えた後になるそうだ。
「俺がいない間に告白しそうだったら止めておいてくれ。それか椿があとでレポートとして提出しろよ」
最後に天使がそう言ったが無視して電話を切った。
榎にだけ天使がここに来れないことを言い、高校生組には、俺の花火の師匠と雑用が上流でスタンバイしていることを伝えた。
昨日、天使と確認した作戦では8時半から打ち上げ始めるということになっている。しかし集まってしまうと、屋台も何もない花火大会の会場は、それまでの時間は暇でしかない。高校生組は仲好くなにか話している。高校生男子くんも、思いのほか自然に話せている。だが、俺と榎の暇は変わらない、高校生組の会話に混ざることも無い。仲良く話しているならそれを邪魔することはないし、もしその輪に入ったとしても何を話せばいいのか分からない。話題が無いあまり「この彼のことをどう思ってるの?」とか余計なことを訊いてしまう恐れすらある。だから俺は、高校生組と離れた場所で黙って榎とならんで座り、花火大会が始まるのを待った。
ひゅ~~~~~う、ドンッ!
花火が上がった。
ケータイの時計を見ると、まだ8時半前であった。もしかしたら天使の方もしびれを切らして始めたのかもしれない。予定とは違うが問題無い。
一発目が綺麗に夜空に咲くと、それからは間を空けながら花火が次々と、といっても5発だけだが上がった。打ち上がるその瞬間まで若干の不安はあったのが、花火そのものはキレイで、変な発明ばかりしている五十嵐さんが作ったものとは思えない出来であり、俺の中の不安は消えていた。
隣にいる榎は、時期を先取りした打ち上げ花火に喜んでいる。高校生組に目を向けると、彼女は「すごい、すごい」と表現力の乏しさを感じさせる感想を言っていた。高校生男子くんの方は俺と同じく花火が上がることに半信半疑だったようで、口を開けたまま見上げていた。
花火は打ち上がった。
これで後はタイミングを見計らい、高校生男子くんが告白すれば完璧である。
強い風が吹いた。夏前とはいえ、薄着で水辺の風は冷たい。俺はトレードマークの帽子が飛ばされないように押さえた。高校生組に目を向けると、彼女は寒いのか、両腕をこすって暖をとろうとしている。高校生男子くんはそれを見ても上着一つかけてあげられない。彼もTシャツ一枚だったから。
突風があってから、しばらく花火は上がらなかった。上流でも同じように寒さを感じていて打ち上げに手こずっているのかもしれない。
少し待っていたらまた花火が上がった。スターマインというヤツだ。先ほどまでの一発ずつの大きな物ではなく、小さい花火を連射するものになった。
しかし、おかしいな、目に見える花火の大きさは先ほどよりも大きい。
「おい、これ低すぎないか?」
低すぎた。上空で弾けた花火の残骸と思われるものが俺の足元に落ちてきた。
「ヤバくないッスか、コレ!」
高校生男子くんの声は、天使の注意を守って連射する花火の音にかき消されること無く俺たち全員に聞こえた。そしてみんな逃げた。よく言えば花火を超間近で見られる絶好の特等席だが、悪く言えばただの危険地帯と化した場所から下流の方へ逃げた。
告白どころではなくなった。
楸 Ⅲ
「なんで俺もこっちなんですか?俺だって皆と一緒に花火見たいのに~」
「うだうだ言ってんなよ。8時半には始めるんだろ?だったら黙って準備しろ」
俺は今、河原に来ている。だが、約束した場所よりもだいぶ上流にいる。そこで今から俺も見るはずだった花火の設置作業をしている。俺一人で!さっき椿から電話来た時にあいつをこっちに呼んで交代すれば良かったな、と後悔した。
昨日、俺は、榎ちゃんからメールの返事を待つ間に五十嵐さんの所へ行った。五十嵐さんは案の定 開発室にいた。五十嵐さんは見た目 年齢三十代後半で、仕事着なのかいつも白衣を着て、眼鏡をかけている。俺が行った時も白衣で眼鏡をかけたまま、開発室に置かれているソファの上で寝ていた。五十嵐さんを揺すり起こし、花火を打ち上げてくれるように頼むと、モジャモジャの髪を掻きむしりながらすんなり了承してくれた。
「いいぞ。今年の夏に向けて作ってたヤツの試し打ちもしたいしな。また裏庭でやると上のヤツ等にどやされるし」
どうやら五十嵐さんは試し打ちする場所が欲しいから、それで花火を打ち上げることを引き受けてくれたようだ。俺は、自分の仕事であるシチュエーション作りの花火を調達することに成功したからこれで仕事は終わりのはずなのに、「もちろん無料ってこたぁないよな」と五十嵐さんに言われ雑用を押し付けられた。納得いかない。
ということで俺は今、五十嵐さんと一緒にいるのに一人で花火の設置作業をしている。五十嵐さんの花火は、衝撃でブレないように筒の底の四隅を杭で止めるだけの設置でいい。俺はそれをやっている。
「そういえば五十嵐さんって開発室から出ることあるんですね?」
単純作業だから話しながらでもできる。
「当たり前だろ。俺ぁ引きこもりじゃねぇんだよ」
「そりゃそうですよね。でも、五十嵐さんってこっちの地上に来ることあるんですか?」
「当たり前だろ。俺だって天使なんだから。んでもまぁ、ここ数十年来た記憶はないな」
五十嵐さんは久しぶりの地上を楽しむでもなく、持ってきた折り畳みの椅子に座り、白衣のポケットからタバコを取り出して火を付けた。
「いーがらーしさぁん。花火やるって場所でタバコってダメでしょ」
「バーカ。誰が作った花火だと思ってんだよ。こっちの手元にあるボタンで発射できるから、離れた場所だったらタバコどころかキャンプファイアーだって出来るぞ」
「え、マジで?」
「マジだって。なんだったらやるか?キャンプファイアー」
「やーめときまーす」
断ったのはキャンプをしていないからではない。これだけ風が吹いている時にキャンプファイアーしたら飛び火して花火に引火するかもしれない。
五十嵐さんはタバコの吸い殻をポイ捨てした。花火がここにあることを忘れてないか心配になるが、俺は黙って設置作業を続ける。
「なぁ楸よ。おめぇ、もうタバコ吸わねぇのか?」
やることが無くて暇なのか、五十嵐さんが話しかけてきた。二本目のタバコも吸い終わり、サンダルでグリグリと踏み消している。
「はい。もう止めましたよ。てゆうか暇なら手伝ってくださいよ」
「何言ってんだ、たったそれっぽっち。んで、そんなアメなんかで物足りなくないか?」
「これもこれで結構うまいですよ。それに今は花火の設置しているんだからタバコはマズいでしょ」
「そりゃそうだな」
五十嵐さんはそう言って笑った。
暇なら手伝ってよ。
「おい、楸よ」
「なんです?手伝う気になりました?」
「バカ言え。んなことよりよぉ、そろそろ始めねぇか?」
「なんでです?まだ予定の8時半にはちょっと早いですよ。もう少しで準備も全部終わるから、待って…」
「はいドーン!」
五十嵐さんは、俺が言い終わる前に持っていた掌サイズのリモコンのボタンを押し、勝手に花火大会を開始した。
花火の玉は、俺の近くでビュッと発射され、勢いよく空に飛び上がった。
「ぅわぁ!なにやってんだよ!俺まだいるじゃないですかぁ!」
近場で打ち上がった花火を見ればキレイに思うかもしれないが、至近距離でいきなり花火が打ち上がるとキレイと思う余裕すらない。
「だったら早く離れろ。グズグズしてるとまた行くぞ」
この人だったら冗談じゃなくホントにやる!
そう直感して俺は素早く逃げた。
「はいドーン!」
「ちょっと待ってって!」
俺がまだ離れてないのに打ちやがった。
俺は危険地帯から離れると、すぐ椅子に座って笑っている五十嵐さんの所に詰め寄った。
「なにしてんの?俺まだいたでしょうがに」
「悪いな。おじさんは開発のしすぎで目が悪いんだ。メガネしてるだろ」
「嘘つけよ。明らかに見えててやったでしょ、ってか、メガネしてるなら見えるでしょ!」
「まぁな」
「うっわぁ、認めやがった」
「んでもしょうがねぇだろ。俺ぁ忙しいんだ」
五十嵐さんは新しいタバコに火をつけて言った。
「ん、なんか予定でもあるんですか?」
「予定でもあるんですかって、あるんですだよ。忘れたか?今日は9時からドラマだぞ」
「あ、やっべぇ。忘れてた!」椿のアホが今日は祝日だとか言うから曜日感覚が狂ってた。
「おいおい大丈夫か?」五十嵐さんは、呆れ顔で俺を心配した。「たしか楸はこの前も見逃しただろ。これ以上見逃すと話について来れなくなるぞ。仕事もいいが息抜き忘れんな」
「仕事で見逃したことなんか一度も無いですよ」たしか前に見逃したのは榎ちゃんの飼っていたウサギが死にそうだからって椿のバカに呼ばれた時だったな。「てゆうか、前のは五十嵐さんのせいでもあるんですよ」
「息抜きできてんのはいいが、人のせいにすんなよ。高橋にチクるぞ。楸は仕事をさぼってドラマ見てるって。はいドーン!」
話の途中で打ち上げた。けっこう簡単、っていうか適当なんだな。
「それは勘弁してください、ってゆうかウソでしょ、それは。じゃなくて、俺が言ってんのは、前に五十嵐さんの所に見逃した回見せてくれって行った時のことですよ」
「なんでそれが俺のせいになるんだよ」
「だって、一番いい所で録画容量足りなくなって終わったんですよ。あれは酷いですよ」
「ああ」思い出し、五十嵐さんは笑った。「あのアケミが腕を振り上げた瞬間な。あれは面白かった」
笑い事じゃないのに。
五十嵐さんがひとしきり笑うのを待ってから俺は提案する。
「今日の分はちゃんと録画してるんでしょ。だったら花火が終わってから、それか明日にでも一緒に見ましょうよ」
「やだ。俺は自分が作ったのじゃないレコーダーを信用できないからリアルタイムで見るんだ」子供かっ。百時間分の予約が出来る大容量を使い切るくせに。
「だったら俺も一緒に行くから待ってくださいよ。花火早く終わらせましょ」
「ダメだな。仕事はきっちりやれ」
そう言って五十嵐さんは立ち上がり、今 吸っていたタバコを踏み消した。
座っていた椅子を折りたたみ、それを白衣のポケットにしまう。
「え、帰るんですか?」
俺は、まさか、と思いながら訊く。が、そのまさかだった。
「ああ。あとは楸にまかせる。このリモコンのボタンを、はいドーン!って押せば設定した順に打ち上げられっからよ」
五十嵐さんは、一度見本ということで打ち上げると、俺にリモコンを投げて渡した。そして、いきなり投げられたリモコンを俺が慌てふためきながらキャッチしている間に、羽を広げて飛び立っていた。
「心配すんな。今回はちゃんと録画させとくからよ!」
「お願いしますよぉ!」
俺は、颯爽と帰っていく五十嵐さんの尻に向かって叫んだ。
さて、俺一人になっちゃた。
五十嵐さんはボタン一つだけのこのリモコンで全部できるって言ってたけど、大丈夫なのかな?一発試しに打ってみようかな。
「はい、ドーン」
ひゅ~~~~~~ぅ、ドンッ!
と、身体がビリビリ震える様なけたたましい音を上げ、夜空に花が咲いた。
おお、できた。なるほど。これなら簡単にできるな。んじゃお次もささっといこ…。
「ぅおぉう」
けっこう強い風が吹いた。
花火大会だからいつもと同じで浴衣で来たけど、夜の水辺は少し寒い。
「…あ!気づいちゃった、俺」
寒くなったからって、ここでうっかりくしゃみとかしちゃって、その拍子にこのボタンを押すと、高校生男子くんの告白を花火の音でかき消しちゃうんだ。気を遣って間を空けながら、出来れば高校生男子君がタイミングを掴み易いよう打ちあげないといけないのに。
そういうことが起こるから、俺が前に見た資料のような事が起きるんだよ。告白したのに花火の音にかき消され、「え、今何て言ったの?」「いや、何でもない」っていう、じれったい事が。でも、俺はそんなベタなことはしないぜ。新鋭の映画監督だから。
んじゃ、そろそろ次の行きますか。
「はい、ドーン!」
ひゅ~~~ぅ、ドンッ、ドン!
おお連射だ。でかい一発もいいけど、小さい連発も綺麗だな。
でも、あれなんか低くないか?なんか真上じゃない方に飛んで行っ…。
「ん?あの筒、傾いてる…?」
俺はさっき自分がいた場所、五十嵐さんのいきなりの打ち上げで逃げることになった、あの設置場所を見た。さっきの風で傾いた筒が下流の方に向かって花火を連射している。
なるほど。俺はさっき設置途中で五十嵐さんの妨害にあったから止めたんだった。それで設置が中途半端になった花火ってのが今 打ち上げている連射式花火だったんだ。さっき風が吹いた時、設置途中で一本しか杭を打ってないから傾いたんだな。ウマいこと他の設置していなくて倒したまま置いてある筒にもたれかかっているよ。それに気付かずに俺は打ち上げたということか。それにしても、一本の筒から何発も出るんだぁ。スゴイな。
「…ていうか……もしかして、俺……やっちゃった?」
五十嵐さんが渡したリモコンにはボタンが一つしかなく、緊急停止ボタンなんて物は付いていない。
俺は、呆然としたまま、椿たちのいる下流に向けて打ち上げている花火を見た。
さっきは余裕が無かったから気付かなかったけど、こうやって見ると五十嵐さんの作る花火ってキレイだな。
連射式花火が終わり、俺は、花火の設置場所に歩を進めた。
連射式花火を支えていた最後に打ち上げる花火を立て直し、しっかりと杭で止める。
少し離れ、最後の花火のためにボタンを押す。
ひゅ~~~~~~ぅ、ドンッ!
「たーまやぁ~!」
後でみんなに謝ろ。
椿 Ⅲ
「なんとか無事でしたね」
高校生男子くんが言うように、雑草が生い茂って足下が悪いなか下流へと逃げた俺たちは、四人とも火傷も怪我も無く無事だった。幸い、低く打ち上がった花火はそれ以上低くなることはなかったが、何発も続いたため、更に低くなった照準が自分たちを狙うんじゃないかと肝を冷やしながら走った。
スターマインが終わった事を察し、足を止めた後、振り返って見た 打ち上げ花火はキレイだったが、腹が立った。
「あ、ほら見て椿君。キレイだよ」
榎が言った。こいつにとっては、さっきの状況も特等席だと楽しめるのかもしれない。
「悪かった。怖い思いさせて」
俺は軽く呼吸を整えてから、高校生組に謝った。一応俺は花火師の弟子という設定だから、師匠とバカな兄弟弟子の失敗を高校生組に謝罪する必要があるだろう。
「いえ、でもキレイでしたよ」
俺たちの、つーかたぶん、十中八九あの天使だけの失敗だと思うが、彼女は責めることはなかった。息を切らしているが顔には笑みを浮かべ、気を遣ってくれているのが判った。
高校生男子くんは、何も言ってこなかった。
さて、高校生男子くんはこの場で告白できるのか?
作戦通り、とはほとんどいかなかった。彼女も、花火を見に来て、まさか花火から逃げる為に走ることになるとは思ってなかったに違いない。まぁ、俺は、小事故くらいは覚悟していたけどな。
シチュエーション作りのための花火がマイナスに働いてしまった今、告白なんてできるのだろうか? つーか、これだと俺たちの今回の仕事は失敗になるんじゃないのか?
いや、失敗ではない。これも告白するための舞台作りだと思えばいい。同じ恐怖を体験すると、そのドキドキを恋のドキドキと勘違いするっても言うしな。それに、告白なんてどんなシチュエーションでも相手を愛する気持ちがあればできる。俺は告白なんてしたこと無いから知らないけど。
そうだ! 今からでも俺と榎がここから消えて、二人っきりという新たなシチュエーションを作ればいい。
高校生男子くんは呆然としている。もしかしたら告白する言葉を考えているのかもしれない。彼女は彼女でソワソワしている。よくわからんが、きっとこれはチャンスだ。
あれっ? 彼女のソワソワがキョロキョロになった。
「どうした?」
高校生男子くんが、榎の上の異変に気付き、訊いた。
「ないの。バッグに付けてた人形が…」
たしかに彼女のバッグについていたウサギ熊の人形が無くなっている。
「ホントに?大変だよ、椿君。私たちも探そう」
「ああ」
「すみません。たぶん走った時に落としたと思うんです」
だとしたらホントに大変だ。俺たちのせいじゃないか。俺は寝不足でシパシパする眼をこすって探し始めた。榎も目を細め、逃げて来た道を探しだす。
「オレ、も少し上流の方 戻ってみるッス」
高校生男子くんはそう言うと、踵を返し、走りだした。
しかし、いきなり姿を現した天使とぶつかって止まった。
おそらく天使は姿を消してここまで飛んできて、降り立ったところを偶然、高校生男子君と衝突したのだろう。
「いったぁ。何走りだしてんだよ?夕日に向かってダッシュしたい気持ちでも今は夜だぞ」
「すんません」
高校生男子くんは、周りが見えないくらい慌てているのか、いきなり天使が現れたことには驚いていない。
「おい、ちょっとこっち来い!」
俺は天使を呼び、彼女の人形を探している三人から離れた。万が一を考え、天使にテレパシーを繋いでもらって話をする。
『なんだよ、椿?』
『なんだよ、じゃねぇよ!お前のせいで俺たちは危険な目に遭ったんだぞ』
『やっぱり?あの三人には悪いことしたな』
『…一人抜けてんのは誰だ?』
『俺を名前で呼ばないヤツ』
たぶん俺のことだろうが、天使のその言い方だとここにいる全員が該当する。
俺は、自分たちが天使の打った花火から逃げる為に下流のここまで走ったこと、そのせいで高校生男子くんがまだ告白できていないこと、彼女がバッグに付けていたウサギのようなクマの人形を走っている最中に落としてしまい、今探していることを天使に話した。天使は、五十嵐さんと突風の妨害があって巧く打ち上げられなかったという言い訳をした。互いの情報を交換してみると、俺たちはろくに仕事できていない事実が判明したが、それには目を瞑ろう。五十嵐さんが来ていたなら一言あいさつしたかったなぁ。
『なるほど。だが、それはマズいな』
天使は言った。そしてテレパシーを切ると俺に背を向け、目下人形を捜索中の三人の方に声をかける。
「逃げるぞ。警察が来るよ」
みんなに聞こえるかどうかギリギリの声で、天使は言った。
「警察って何だよ?」
「警察くらいわかるだろ。法と秩序を守る方々だよ」
「うっせぇな。それくらい知ってる。何で来るんだって訊いてんだ!」
「無許可で花火大会やったからな。騒音とかで苦情出たんじゃないか?」
「ヤバいんじゃないのか?」
「だから逃げるんだよ。安心しろ。花火は全部回収したから証拠は残ってない。あ、五十嵐さんの吸い殻だけあるな」
「吸い殻ぐらいならほっとけ。逃げるぞ」
天使が余計な心配をしていると、上流の方からパトカーのサイレンが聞こえた。天使以外の俺たちは無実だが、余計なことには巻き込まれたくないので逃げた。花火を見に来たはずなのに二回も走るとは、彼女だけでなく全員の予想外だろう。俺も二回目は予想外だ。
河原からだいぶ離れた。
ここまで来れば大丈夫ということで、今は、住宅街の通りで立ち止まり、休んでいる。みんな 息を切らして、膝に手をやったり壁に寄り掛かったりしているが、俺は大丈夫だ。鍛えているから。
「なぁ、椿。今何時だ?」
天使も息を切らしていない。天使は最後尾を走っていたはずだが、うるさい位に聞こえるはずのカランカランという下駄の音が聞こえなかったことを考えると、バレない様にこっそり飛んでいたのだろう。
「9時半過ぎ」
俺はケータイで確認して教えた。
「マジかよ。やっぱり今週もリアルタイムでドラマ見れないかぁ。五十嵐さん、ちゃんと録画してくれたかな?」
天使は、既に仕事から上がったかのように別のことに意識を移している。
誰もそれに怒ることも共感することもなく口を閉ざしていた。
パトカーのサイレンがここまで聞こえる。8時過ぎに花火をやって危険+騒音を起こしたのは申し訳ない、反省すべきだとは思う。しかし、9時過ぎのドラマ時にサイレンを騒がせているのはイイのか?あっちは仕事だと言うかもしれないが、こっちだって仕事なんだ。大目に見てほしい。
それから時間が経った。天使が自分のケータイで時間を確認した後「あ~あ。ドラマ終わっちゃったよ」と言っていたから既に十時を過ぎたのだろう。みんな息は整っている。
「んじゃ、オレ河原に戻るッス」
高校生男子くんは言った。
パトカーのサイレンは聞こえなくなっていた。微かに見えていた赤い光も見えない。警察は、花火の痕跡も見つからないし、事件性はないということで引き返してくれたのかもしれない。犯人は現場に戻ってくる、という習性を利用した警察が罠を張っていないならだが。実際に犯人の天使と接点があり現場に居合わせた高校生男子くんは今、現場に戻ろうとしている。
「ちょっと待てよ。戻ってどうするつもりだ?」
犯人は現場に戻るという習性を元々持ち合わせず、状況を察していない天使が言った。
「そいつの人形を探すんスよ」
彼女の方を見もせずに言った。高校生男子くんのその気持ちは分かるが…。
「そうだな。だけど、お前は帰れ。高校生が夜遅くまで出歩いてると、また別の理由で警察のやっかいになる。だから彼女を家まで送って、お前も帰れ」
「俺たちはどうすんだ、椿?」
「俺たち大人組は人形探し続行だ」
「だったらオレも…」
「だから高校生組は帰れって。補導されんぞ」
帰らないと反抗する高校生男子くん、帰りたいと主張する天使、二人を説得した。天使の方は榎の「一緒に探そう」という一声で楽に説得できた。が、高校生男子くんは何を言っても引かない。それどころか、彼女まで人形探しを続けると言ってきた。俺は高校生組の説得を続けているのに、天使と榎はさっきの花火のことを話している。説得に協力する気はないらしい。
しばらく説得し続けると、彼女の方は折れた。自分の落とし物を今日初めて会った他人の俺たちが探すということに負い目があるのか、なかなか引き下がらなかったが、しぶしぶといった感じで帰宅命令に納得した。
「ほら、彼女が帰るってんだから送ってけよ」
「あの、私の家はここから近いんで一人で帰れます」
彼女はそう言った。
俺は、彼女に人形を見つけたら高校生男子くんに渡して返すと約束した。それに黙って頷くと彼女は一人で帰った。
あとはこの頑固な高校生男子くんだけだ。しかし、説得するよりもまず、彼女がいなくなったことだし、まずは作戦の失敗を詫びなければならない。
「あのよ…悪かったな。告白するためのシチュエーション作ってやるとか言ってこんなことになっちまって」
河原に戻ると言ってきかない高校生男子くんは、ひとまず落ち着いて俺の話を聞いてくれた。
「いや、いいッスよ。昨日会ったばかりのオレなんかのためにホントに花火を上げてくれるだけでも信じられないっつか、嬉しかったッス。だから気にしないでください」
「そうか、ありがとな」
「いえ。んじゃ、オレも帰るッス」
そう言うと、高校生男子くんは大人しく帰った。
何を慌てているのか走って帰った。
「おーい、椿。あいつ 止めなくていいのか?」
天使がワケの分からないことを言った。
「なんでだよ。帰るってんだから止める必要ないだろ」
「椿君、彼が言ったこと真に受けてるの?」
榎までワケの分からないことを言う。
「どういう意味だよ?」
「たぶん彼、河原に戻って人形探しを続けるつもりだよ」
「はぁっ?」何だって?
「ダメだよ、榎ちゃん。ニワトリさんは脳味噌がちっちゃいんだよ。だからこのチキンも、あの程度の嘘でも騙されちゃうんだよ」
「っるっせぇよ!」天使に怒鳴ると、俺は、河原の方へと足を向け、「おら、さっさと俺たちも河原に戻んぞ」と二人に言った。
あのガキ!俺様を出し抜こうなんて百年早いんだよ!
俺たちは、というか俺だけが走って高校生男子くんを追った。榎も走ろうとしていたが体力がないのかついてこない。天使は歩いている。走って逃げた時とは違い、カランッカランというゆっくり歩く下駄の音が夜の住宅街に響いた。
河原に戻ってくると警察の方々はいないが、高校生男子くんは本当にいた。地面を這うように草の根を分けて彼女の人形を探している。俺は彼に近づいた。俺を騙そうとしたことは、彼の必死な姿に免じて特別に許してやろうと思う。
「おい、お前は帰るんじゃなかったのか?」
「帰る途中ッスよ。今はちょっと寄り道ッス」
俺に気付くと、高校生男子くんは何事も無いように言った。俺を騙そうとしたくせに。
天使たちも遅れて来た。
「お兄さんたちもホントに来てくれたんスね」
高校生男子くんは意外そうに言った。俺にとっては彼がまたここに戻ってきて真剣に探している方が意外だが、まぁいい。
それから天使たちも参加して四人で人形を探し始める。しかし、天使は黙って作業することが苦手なのか、「花火見たら焼きそば食べたくなってきた」「最近綿菓子食べてないな」などと余計なことばかり喋っている。
「おい、黙って探せよ」
「いいだろ少しぐらい。なぁ、そういえば、その人形ってそんなに大切なモノなのかな?」
天使の口は止まらない。そのくせ一生懸命探している高校生男子くんの手を止めさせる。
「知らないッスよ」高校生男子君は、ぶっきらぼうに答えた。「アイツにとって大事なのかもしれないけど、俺は知らない。けど、オレは見つけてやりたいんスよ。だって、自分があげたモンをバッグに付けて持ち歩いてくれてたんスよ、見付けてやりたいじゃないスか」
「お前のプレゼントだったのかよ…」
思わず俺は手を止めた。つーか、全員が手を止めて曲げていた腰を伸ばしたり関節を伸ばしたりしている。ちょうどいいから休憩だ。
「プレゼントなんて大したもんじゃないッスよ。友達の男女数人で遊びに行った時にゲーセンで取った物をあげただけッスから」
「ねぇ。もしかして…」
「ん。どうした榎?」
「え?ううん。なんでもない」
榎が何か言いかけた。だが、何でもないと言って天使の方を見ている。それにしてもゲーセンであげた物かよ。だったら最悪またゲーセンで取ればいいと思うが、高校生男子くんは真剣に探しているし、きっとそういう物じゃないのだろ。
俺もマジで探すか。
楸 Ⅳ
「ねぇ。もしかして…」
『榎ちゃんストップ!』
俺は、とっさにテレパシーで榎ちゃんが喋るのを止めた。何で止めたの、と榎ちゃんが目で訴えかけてくる。
『もしかして榎ちゃんは、彼らが両想いなんじゃないかって思っちゃったりする?』
俺がそう言うと、榎ちゃんは頷いた。
『榎ちゃんが思っている通り、俺もたぶん彼女も彼のことが好きだから大切にしている人形なんだと思う。でも、彼にそう言っちゃうと両想いだったんだって安心して油断するでしょ。だから今は、そこの鈍感コンビには黙っておこ』
榎ちゃんはまた黙って頷いた。了解してくれたようだ。
それにしても面白いことになってきた。百パーセントとは言い切れないけど、たぶんあの二人は両想いだ。たぶん高校生男子くんは鈍感だから気付いてない。あと椿も。彼女も、彼のことが好きじゃなかったら、よっぽどその人形を気に入ってない限り、たかがゲーセンの景品をバッグに付けて大切に持ち歩かないでしょ。たぶんアレが『好きな人がくれた物はどんな物でも大切にしたい』ってヤツだ。
俺がそのことに気付いて感心している間に、みんなはまた探し始めた。
んじゃ俺も再開しますか。
しかし、どんな人形なのかイマイチぴんと来ないな。椿はウサギみたいなクマの人形って言ってたけど、それってどんなクマだよ。俺も実物見てればもっと簡単に探せるんだけどな。いっそ柊でも呼んで〝千里眼″使って探させるか?でもなぁ。あんなヤツに頼らないでも「お、これなんかそれっぽいな」こうやって人形くらい見つけてやりたいな。
ん?
『榎ちゃん、榎ちゃん』
俺は榎ちゃんをテレパシーと手招きで呼んだ。
「なぁに?」
「しーっ。もしかして探している人形ってこれ?」
「そうだよ。スゴイね、天使さん。見つけたの?」
俺が見つけたウサギ熊の人形を見せると、榎ちゃんは小さい声で誉めてくれた。どうやら本当にこのウサギ熊は彼女の物らしい。俺って流石だな。
「じゃあ早く彼に渡してあげなきゃ」
「待って」俺は慌てて、テレパシーではなく直接口に出して榎ちゃんを止めた。「俺に考えがある。ダメだったさっきのシチュエーションを挽回して二人をハッピーエンドに導くようなアイディアが。だからちょっとの間、これは内緒にしててちょうだい」
「…うん、わかった」
榎ちゃんは不思議そうにしていたが、俺に深く訊いてくることもなく納得してくれた。
うん、よし。これでいい。新たな作戦だ。その名も『天使は恋のキューピッド作戦』。
それじゃあ、ACP開始だ!
椿 Ⅳ
ったく、今度はあの天使、榎の邪魔してんのか?これも仕事なんだから黙って働けよ。
「おい、ちゃんと探してんのかよ!」
俺が二人の方に向かって怒鳴ると、榎は「ごめんね」とまた探し始めたが、天使はそのまま立ち上がり探すことを止めた。そして、俺のことをニヤついた面で見て「あんまりでかい声出すなよ、椿。なぁ、俺思うんだけど、この暗い中探すより明日探さないか?」と捜索終了の提案をした。
「はぁ?」
「だから、明日、彼が学校行っている間に、日中の明るい時に探した方がいいんじゃないかって言ってるんだよ」
なるほど。天使の真意は早く帰りたいだけかもしれないが、言うことには一理ある。たしかにこの暗がりじゃ見つかる物も見つからない。それに、俺たちも帰るって言えば高校生男子くんも帰るかもしれない。いつの間にか十一時近くになっている。このままだと本当に彼は歩道され、高校生を連れ回している俺たちも警察に何か言われるかもしれない。
「そうだな。今日はもう帰るか」
この場は天使の提案に乗っかるのが得策だと思い、そう言った。高校生男子くんは尚も帰らずに探すと言い張ったが、「このままだとお前は補導されるから、俺たちを信じてくれ」と言って帰宅することに納得させた。
河原から出て、道路に上がった。ちゃんと四人いる。今度は騙されない。
「んじゃ、今日は解散な」
天使がそう解散宣言を出した。そして俺たち三人は明日の昼にまた河原に集まること、高校生男子くんとは夕方に、俺たちが彼の高校に行って会うことを確認した。
よし。アイツ等、全員帰ったな。
俺は、帰るふりをして再び河原に戻って来た。ひょっとしたら高校生男子くんが同じことをするんじゃないかと不安になったが、どうやらアイツも今度は素直に帰ったらしい。
暗闇で人形を探すことを諦め、また明日にしようと言って解散し、わざわざ途中まで帰ってから戻ってくる。寝不足なのに、こんな面倒くさいことをしたのには理由がある。仕事が全くできていないまま、ただの足手まといで帰ることはできない。
ってことで新たな作戦だ。
簡単な作戦だ。俺が一人残って彼女の人形を探し出し、それを彼に渡して新たな告白シチュエーションを作ってあげる。ただし人形を見つけるのは今夜中。闇に紛れて活躍する。まさしくダークヒーローの名にふさわしい働きじゃないか。
つーことで。作戦名『ダークヒーローが恋のキューピッド作戦』開始だ。
「ちょっとお兄さん。なにやってんスか」
「……んだよ、お前か。…俺は世界救って眠いんだよ…」
…ん?
俺が目を開けると、ゲームでは仮初めでしかない明るい世界があった。その中に高校生男子くんがいて、俺を呼んでいる。やっと俺は世界を真の平和にできたのか?
「いや、違うだろ!」俺は自分のアホな思考にツッコミを入れ、上半身を起こした。「おい、今何時だ?」
まだ立つことは出来ないので、俺は胡坐をかき、立ったまま俺を見ている高校生男子くんに訊いた。
「えーっと、朝の5時過ぎッスね」
「マジかよ…」いつもなら早すぎる起床時間だが、今日は違う。遅すぎだ。
たしか2時くらいまでなら覚えている。探しても全然人形が見つからなかったんだ。んで、その後にどうしようもなく眠いからってことで仮眠をとったんだよ。たった数十分のつもりが3時間以上も寝ていたのか…。明るくなってからじゃ闇に紛れて活躍なんてできない。
つーことは、「ダークヒーローがキューピッド作戦」は失敗…か。
俺は、ガクッと頭を垂らした。
「まさか昨日の夜から帰らないでずっと探してくれてたんスか?」
「ずっとって、今は寝てたし結局見つかってねぇけどな。…つーか、お前は何してんだよ。学校はどうした?」
「今登校中ッス」
「まだ朝の5時なんだろ。最近の高校はそんなに早いのか?」
「…いや、だから今は登校中の寄り道ッス」
つまり、学ランを着ている高校生男子くんは早すぎる登校中に河原へ偶然二日続けて寄り道しているってことか?…んなワケないだろ。彼も彼女の人形を探しに来たんだ。
現に、早速探し始めた。
寝たとはいえ、たった三時間ではここ数日の睡眠不足解消というわけにはいかず、俺はまだ眠い。だから寝起きで人形を探すことはできず、胡坐をかいて痒い頭をかき、止まらないあくびを止めることなく存分にし、早朝から人形探しに勤しむ高校生男子くんの頑張りを見ている。
それから彼はしばらく人形を探し続けているが一向に成果はあげられていない。成果が上がる時というのはこの場合、人形が見つかった時であるから人形が見つからない間はずっと成果は上がらない。
俺は寝惚けた頭を働かせ、立ち上がる。だが、人形を探すつもりはまだない。
「なぁ。朝飯食ったか?」
「はい。軽くなら」
「なら何か食おうぜ。奢ってやるからさ、どっかのコンビニに握り飯でも買いに行こう」
腹が減っては何もできない。人形探しは朝飯食ってからだ。
「いいっスよ」と遠慮深く断っていた高校生男子くんだが、そこを無理やり連れて近場のコンビニに行き、適当に食料と飲み物を買って河原に戻って来た。今日はちゃんと金を払う客として行った。河原に適当に座り、彼と一緒に朝飯を食べた。
「お前、朝は米食えよ、米。力でねぇぞ」
「すんません。でも朝からパンってのもいいッスよ」
「へ~、そう」
こんな感じのどうでもいい話をしながら朝食を食った。
朝飯を食ったらいつの間にか7時過ぎになっていた。俺にも大学があるが、たしか今日は休みにできるはずだ。しかし、高校生男子くんは俺のように自分で時間割を組むことはできないから、平日の今日は学校に行かなければならない。彼もそのつもりだから学ランを着ているのだろう。つまり何が言いたいかって言うと、彼のタイム・リミットだ。
「おい、そろそろ学校に行けよ」
朝飯のゴミを買い物袋にまとめて入れている高校生男子くんに言った。
「いやでも、もう少しだけ。もう少し探せば見つかる気がするんス」
「はぁ~。もう少しも何も、お前は充分に頑張ったよ。だから後は俺に任せろ。お前の『頑張り』が彼女に伝わるためのお膳立てはしてやるから、お前はもっと『別のこと』を彼女に伝える準備でもしろよ」
寝起き二時間ちょいの睡眠不足にしては、俺はカッコイイことを言えた。
高校生男子くんとは予定通り今日の夕方、放課後の時間にまた会うことを確認し、そして、その時彼女に告白できるよう手筈を整えておくように言った。彼は今更告白することに渋り、「あ、やべ。学校に遅れる」と逃げるようにこの場を後にしようとした。
「ちょっとまて」俺は走って行こうとする彼を呼び止め、「このゴミ、どっかで捨てといてくれ」と頼んだ。
彼はそれを快く引き受け登校していった。
俺は一度家に帰る時間も惜しんで人形を探した。高校生男子くんがいる前では使わなかったが、今回の仕事ではここ以外では使うチャンスが無いと思ったので〝願いを叶えやすくする力″を使う。彼女の持っていた人形を思い出し、それを見つけるイメージをして、見つかることを願い、感覚を研ぎ澄ませた。しかし、視力が少し上がった気はするが、これといった成果はない。本当にこの河原に人形を落としたのか疑いたくなる。
昼を過ぎ、2時を過ぎてから榎が来た。
「あれ、椿君。もう来てたの?てゆうか、もしかして昨日からずっと帰ってない?」
昨日と同じ服装でいる俺に気付いて、榎が言った。
「あぁまぁな。つーか、おせぇよ」
俺がそう言うと、榎は驚いていた。驚くだけで、俺の頑張りが伝わった様子は見られない。もしかしたら高校生男子くんの頑張りも人形を見つけなければ今の俺のように伝わらないのかもしれない。俺の頑張りが伝わってない榎は「ずっといた椿君からすれば遅いでしょ。つーか、おせぇくねぇよ」と言い、持っていたバッグからケータイを取り出した。たまに榎が俺の口調を真似て話すが、寝不足で疲れている時にやられるとイラッとくる。
「ほらっ見て」
そう言って榎が俺に見せたケータイのメール画面には、天使からの受信メールがあった。その内容は、『明日の2時過ぎに河原に来てね。そのあとで高校に行くから』というものだった。俺は時間確認をいつもケータイでするが、今日は高校生男子くんに時間を訊いていたからメールに気づかなかったのだと思い、自分のケータイを開いた。しかし俺のケータイは何も受信していない。考えてみれば、彼に時間を訊いたのは今朝の数時間だけだから昨日榎に届いたメールが俺にも来ていたら気づいているはずである。そのことを榎に言うと「あれ?これも椿君には内緒にしてるのかな」と怪しい発言をした。
嫌な予感がした。
裏で暗躍している存在がいる。俺の知らないとこで何かが起こっていたのではないか?
榎を問い詰めると白状した。天使がしていることを。
「ぃよう!今日も晴れてるねぇ。さぁて、彼のため、彼女のために今日こそは頑張って人形を探すぞー。おー」
「………」
2時過ぎを指定した天使は、3時前に来た。昨日とは違う浴衣で、いつも通りのアホ面で来た。二時五十五分はたしかに2時過ぎではあるが、これは3時前と表現すべきだろう。
「あれ?ノリが悪いぞ、椿。てゆうか、なんで昨日と同じ服着てんの?いっつも代わり映えのしない服装だけど、それは明らかに昨日と同じでしょ?」
「………………」
「それに引き換え、榎ちゃんは今日もおしゃれだね。春っぽくてイイよ」
「…あのね、天使さん。ばれちゃった」
「ん?なぁにがっ、ったい!」
ここらでストレスを発散しようと思い、俺は思いっきり天使のケツを蹴り飛ばした。余力を振り絞り、ありったけの力で蹴った。四つん這いになり尻を抑えている天使をさらに蹴り、地面に倒した。ホントは羽を引き千切りたかったが、羽は浴衣で隠れているので我慢した。
天使は自分で言ったように合体するつもりなのか、身体を地面にうつ伏せで付けたまま起き上がらない。俺は親切だから、合体の手伝いをしてやるために天使の背中に座る。そのまま榎が全てを白状したことを天使に言って聞かせた。
「なるほど。良く気付いたな、椿。流石は俺のパートナーだ。ちゃんと成長しているな。…てことで、そこをどけ!浴衣汚れんだろ!ねぇ榎ちゃん。このバカをどけて」
天使は地面に伏せたまま暴れる。どうやら謝る気はないらしい。天使に頼まれた榎は、自分も天使と一緒になって俺に隠していた負い目があるのか、離れた位置で「えへへ」と乾いた笑いを浮かべながら、俺たちを見ているだけだ。
「人形見つけたんならそん時に言えよ。おかげで俺は夜通し頑張っちゃっただろ。俺の時間返せよ!」
「抜け駆けして夜通し勝手に頑張っちゃったのは椿だろ。俺は悪くない!まぁ時間は無理だけど、昨日渡しそびれた週刊誌なら、ホラッ」
天使はうつ伏せのまま浴衣の袖口に手を入れ、俺が三日前に買って昨日読んだ週刊誌を、自分の背中に座っている俺に渡した。
「それは持ってるって二日前に言っただろ!」
俺は一応受け取って言う。
「知ってるって。でも昨日仕事に行く時に高橋さんに渡されたんだよ。『椿はもう持ってるからいらないそうです』って言ったら、『俺も要らんから』って渡すように言われたよ。まぁ残業手当ってことで納めてくれ」
俺は週刊誌という武器を残業手当ということで受け取った。この本には読む価値はなくても使い道はある。この週刊誌の角って結構硬いんだよ。
「ったぁ!本は読むもんだろ!殴る物じゃないはずだ!俺と本に謝れ!そして早くどけ!」
天使は頭をさすり、まだ暴れる。自分は謝らないくせに俺にだけ謝れと言うこの天使にはもう少しキツくお仕置きが必要かもしれない。俺がもう一発「週刊誌の角アタック」を食らわせようとしたら榎が止めた。
「ほらっもう終わり。椿君も天使さんの上からどいて。そろそろ行かないと遅れちゃうよ」
榎に言われ、俺はしぶしぶ天使の上からどいた。天使は起き上がり、浴衣を整えながら付いた土汚れを払い落している。よく考えたら発案は天使だったとしても、それに乗っかった榎も同罪な気がした。そんなヤツにあれこれ命令されるのは納得できない。
しょうがないので先に歩き出した榎の後頭部にデコピンだけした。
「いたぁいっ!なぁに椿君!」
「うるせぇよ。っ痛!」
俺の後ろを歩く天使にチョップされた。
「女の子に手まであげる、暴れん坊め。成敗してやる」
高校生男子くんには悪いが少し遅れる。
俺は心の中で彼に謝り、羽を引き千切るべく逃げる天使を追いかけた。
高校生男子くんと彼女が通っているという高校に来た。予定より到着が遅れてしまったようで、ちらほらと下校している生徒の姿が見える。
河原で天使を追いかけていたら何故か榎に怒られた。時間が無いのだから喧嘩をするなと。そこで榎に怒られることも釈然としなかったが、あれ以上姿を消しながら逃げ回る天使を追いかけるのは不毛であるとも思ったので素直に止めた。高校までの道中、天使の作戦というモノを聞いた。その作戦を聞く限り、俺の出番は無い。
天使の作戦はこうだ。
俺たちは人形を見つけられなかったと言って、高校生男子くんに謝る→彼は彼女に昨日から必死に探したが見つけられなかったと謝る→彼女はそれを聞いて、自分の大切にしていた人形を頑張って探してくれたことに喜ぶ→そしてイイ雰囲気になったところで奇跡が。天使が彼の頭上から人形を落とす→告白→成功→イェーイ。
この作戦だと俺は高校生男子くんとの約束を果たせていないと天使に言ったが、人形を見つけられなかった俺には何も言う権利はないとして聞き入れられなかった。だからせめて、不自然すぎる奇跡について訊いたが、天使は「いいの。ラブには不自然な奇跡が必要なんだよ」と言い、やはり聞き入れられなかった。人形を見つけた天使に、人形を見つけられなかった俺は、逆らう権利も意見する権利も無い。
高校についた時にはもう、仕方ないので天使の言う通りにしようと思っていた。
校門前に高校生男子くんが立って待っていた。彼も彼女もテニス部で、彼女は練習に出ているが、彼は部活をさぼって来たらしい。誰かに見つかって部外者がいることを問題にされても面白くないので、校門から離れて話をしようと彼に提案すると黙って付いてきた。
天使の作戦通り、俺は人形を見つけることは出来なかったと彼に謝った。出番が無いなら無いでも良かったが、俺が見つけられなかったことは事実だから、俺が謝る役を買って出た。作戦発案者の天使は俺の後ろで状況を傍観し、榎は俺の横にいて天使と同じく傍観している。
「いいッスよ。わざわざありがとうございました」
彼は文句の一つも言わないが、だからと言って残念そうというワケでも無い。どんな結果でも受け止めよう、彼がそう思っているのが、ひしひしと伝わってきた。
天使の作戦では、この後は彼が彼女に謝るということだったが、彼女が部活中では次の段階に移れない。それならと俺は余っている時間に出番をもらう。
「彼女に告白する手筈は考えたのか?」
俺が彼に訊くと、彼は眼をそらした。
「いまさらッスけど、やっぱり告白は止めとこうかな、って…」
高校生男子くんは言った。俺たちが人形を見つけられなかったと言っても彼に表情の変化はなかった、少なくとも俺には変化が感じられなかった。たぶん彼は、今 俺たちと会う前から告白はしないと決めていたのだろう。
天使は、彼の諦めを聞いても何も言わない。作戦の急な変更に戸惑っているのだろうか。
「なんで?頑張って人形探してたでしょ。そのことだけでもあの子に言えば…」
「いや、いいんスよ。そんな言い訳みたいなことしたくないし」
彼らが両想いなのではと勘付いている榎は、彼を鼓舞しようとしたが、彼は聞かない。彼が頑固なことはわかっているので、面倒くさくなりそうだ。
「一個だけ教えてくれ」俺がどうしようか考えていると、天使が俺の後ろから高校生男子くんに訊いた。「なんで告白しないって決めたんだ?」
「こんな俺なんかじゃあいつを幸せにできないし、する自信もない、って思って…」
彼がそう言うのを聞くと、天使はため息を吐いた。そして髪を掻きむしり、「どんなお前かは知らないけどさ、俺から言わせれば傲慢だよ。人を幸せにするなんて簡単にできるとでも思ってるのか? ただの人間が、ガキが、誰かを幸せにしてやるなんて傲慢だ。自己満足なエゴだよ。そんなことで悩むなんて無駄だよ。人間らしく、まずは自分のことからでもなんとかしてみろよ」と言った。言いたいことは良く分からないが、別に自分の望んでいない展開を不満に思い、言ったワケでもないだろう。
「お前がそれ言っていいのか?」と、俺は自分の仕事を否定するようなさっきの天使の発言は失言に当たるんじゃないか、と訊いてみたが、天使は「いいんだよ。楸さんは天使だもん」と言って、呑気にあくびをした。
「えっ、天使…?」
高校生男子くんは天使の正体については深く触れず、天使に言われたことを考えている。
「なぁ。元はといえばコイツが発破掛けたのもあるけどさ、今のままの関係を変えたいからって、一度は告白するって決めただろ」俺は、後ろにいる咥えたアメを落とさないように片方の口を閉じてあくびをいるマヌケ面の天使を、振り返らずに親指でさして言った。「あの時、お前は何で告白するって決めたんだ?キスしたいからか?エッチなことしたいからか?」
俺がそう言ったのを聞いて、高校生男子くんはまた少し考えた。
「……いや、そういう気持ちもないっていったら嘘だけど、もっと別な理由だった…」
「彼女を幸せにしたい、ってのか?」
「…いや、それも違った…」
「じゃあなんだ?」
「…アイツと笑い合いたい。最近は恥ずかしくなってちゃんと見れてないけど、アイツの笑った、俺の好きなアイツの顔が見たい。そんでそれを他のヤツには渡したくない。俺の隣で笑っていてほしい。…それじゃダメッスかね?」
高校生男子くんは、顔を赤らめてそう言った。
「知らねぇよ」俺は応えた。「俺じゃなく彼女に訊け。お前はそう望んでるんだろ?だったら、この天使が言うように、まずは自分のためにでも動いてみたらどうだ?」
俺に告白する理由なんて言われても困る。それがいい理由なのか、彼女が聞いて喜ぶ言葉なのか分かるワケ無い。
「オレのために、ッスか?」
「ああ。勝手しといてなんだけど、俺はもう何もしないっつーか、やることないから。元々出番も無いのに出しゃばり過ぎたし。告白するもしないも、あとはお前の好きにやれよ。お前がしたいように」
人形も見つかって、あとは天使がそれを渡すだけの今、俺がここにいる理由はない。
「…はい」
「じゃあな」
俺は、高校生男子くんに別れを言って、高校から帰る。母校でも無い学校から大学生になった今 高校から帰るということに疑問を感じたが、どうでもいい。榎や天使は高校生男子くんと彼女はたぶん両想いだと言っていた。だとしたら後はあいつ次第だろ。結果が分かる他人の告白も、どうでもいい。俺は眠いんだ。今日くらいはゆっくり寝たい。
一足先に高校から帰る俺の後を榎だけついて来た。
「ねぇ、椿君。あの子たちうまくいくかな?」
榎は、心配そうに訊いてきた。
「なんでだよ。両想いなんだろ?だったら上手くいくだろ」
「両想いかも、って言ったでしょ。それに、もし付き合ってもその後は大丈夫かな?」
「アフターサービスでもしろってか?ヤル気しねぇよ」
「椿君は、幼馴染の二人がどうなるか気にならないの?」
「…どうでもいい」
「あっそ。じゃあ私もどうでもいい」
榎は、先ほどの反撃のつもりか軽く飛び跳ねて俺の後頭部にデコピンした。背の低い榎のギリギリ届いた帽子越しのデコピンに威力はない。俺はさらに反撃を考えたが、やっぱりどうでもよくなった。
「なにイチャついてんだクソ椿!」
いきなり現れた天使のフライング・クロスチョップを後頭部にモロに食らった。実際にフライングしているヤツのチョップは榎のデコピンとは違い痛い。これもどうでもいい……とはいかない。
俺は眠かったが、逃げる天使を追いかけた。アイツの羽で枕でも作れれば良いと思って。
楸 Ⅴ
「じゃあな」
椿はそう言うと、校門に向かって歩き出した。
いや、じゃあな、じゃねぇよ! まだ終わってないよ。
まったく、鈍感コンビのせいで俺の作戦が台無しだ。それに、ここまで働いたのに告白シーンも見れ なかったら何で仕事をしたのか分からないよ。全然映画予告に活かせない。
「まって、椿君」
あっ。あ~あ。榎ちゃんまで行っちゃったよ。
しゃーねぇな。作戦はちょっと変更だ。てゆうか、もう既に変えられてるし。
俺は、走って椿を追いかけた榎ちゃんを泣く泣く見送り、高校生男子くんに向き直った。さっきはつい、気持ちを伝えないで逃げようとする彼にキツイことを言っちゃったから、ちゃんとフォローもしないと。
「あのさ、最後に一個いいか?奇跡ってのはマンガだけじゃなく、俺たちの世界でもちゃんと起きるんだよ」
「えっ、何のことッスか?」
「もし奇跡が欲しかったらポッケの中を探してみな。あと…できたらお前は逃げるなよ。逃げたら結構 後悔すんぞ」
高校生男子くんは。俺が言ったことを不思議に思い、自分の学ランのポッケを探った。しかし、奇跡どころか何も入っていないポッケを不思議そうに見ている。
これでいいかな。
俺は「じゃあね」と高校生男子くんに別れを言うと、榎ちゃんの後を追った。何を話しているかは分かんないけど、なんか楽しそうだ…。あ、椿の頭小突いた。
クッソ!なんなんだよ。俺が仕事してるってのに。そんなヤツにはフライング・クロスチョップだ!
「なにイチャついてんだクソ椿!」
後頭部にクリティカル・ヒットした。椿はよろけている。いい気味だ。
「なにしやがんだぁクソ天使!」
俺を追いかけて来る椿と追いかけっこしてやってもいいが、俺は忙しいから、また今度だ、椿。
「おい、榎。アイツ何処行きやがった?」
そっか、危ないな。姿を消していても榎ちゃんには見えるんだ。さっさととんずらしよっと。
「どっかに飛んで行っちゃったよ」
「クッッソォ!」
バイビー、椿。お前は助監督どころかエキストラも無しだ。
さてと。また仕事の時間だ。
すっかり日も暮れて、部活の時間も終わった。高校生男子くんはあれから部活に戻ることも無く、彼女が帰るのを待っていた。彼女が一人で帰るのを見つけた高校生男子くんは、彼女に声をかけた。ここで、ずっと空に浮いてスタンバイしてた俺の出番だ。
俺は姿を消したまま高校生男子くんに近付いた。そして彼の学ランのポッケにこっそり、俺が見つけた彼女の人形と、オマケで五十嵐さん特製の寿命が長い線香花火を二本入れた。
俺は二人の様子が見えるように、二人の真上に席をとる。
さあ、舞台は出来た。役者も揃った。あとは頑張れ。
「あれっなんでいるの?帰ったんじゃなかったっけ」
彼女は笑っている。キミは今から告白されるんだよ。
「…あのさ。今、暇?」
何言ってんだ?さっさと告白しろよ。
「うん。暇、だけど」
ほらっ。暇だってよ。
「マジで?」
なに疑ってんだよ。早く告白しろって。てゆうかポッケに人形 入ったの気づいたか?
「うん。……なに?」
彼女も気にしてくれてんだろ。ほらっ。さっきの笑った顔がなんたらってヤツ言えよ。
「……あのさ」
来る。来る!
「…うん」
そこだ!いっけぇ!
「あの…好きです」
よっしゃあ!それで…それで!
「………」
「俺と付き合ってください」
「……はい」
「マジで…?ぃよっしゃああ!」
…え、それだけ?
おいおい、結局ポッケの人形に気づかないまま告白して成功しちゃったよ。あんな感じなの告白って。奇跡も何にも要らないの?
「…あっ、うそ? あ、これポケットに入ってた。はいっ」
今渡すのかよっ!
俺は映画予告の構想を練るために空に戻って来た。
高校生男子くんは最後まで俺の思い通りに動かなかった。オマケであげた線香花火は、二人がイイ雰囲気の中、長い時間話せるようにって渡したのに気付かないまま帰っちゃうし。…学ランをクリーニングに出す前に気づけばいいか。
まったく。仕事をしてまで恋愛の取材しようと思ったんだけど、キスシーンはおろか肝心の告白シーンも良くわかんなかったな。両想いの幼馴染だったら、あんな感じになるのかな?もしかして、笑った顔がなんたらって臭いこと言うよりも、直球で「好き」って言えばいいのか?
とりあえず、今回の彼らみたいに幼馴染が直球の告白をするってことでやってみるか。
んじゃ、アクション!
幼いころの約束が…いや、違うな。
幼馴染の二人が……あれ?
子供のころの思い出を………ん?
カット!おかしいな。取材までしたのに、最初よりダメだ。
てゆうか、俺の幼馴染って…誰だっけ?そもそもいるっけ?
…あれ?幼馴染ってどんな感じなんだっけ?
………あれ?
作中で行われている映画予告について、非常に分かり難い遊びをしてしまったことを、ここでお詫びします。
椿がプレイしたゲームは、一応実在の物をやっているということになっております。どうでもいいけど、言っておきたかったので。




